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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
427/430

壬生村の首

屯所とんしょに戻った武田観柳斎は、仰々(ぎょうぎょう)しく芹沢に書類を差し出した。

つつしんで、芹沢局長ご所望の書面です」

芹沢は肘置きに頬杖ほおづえをついて、まるで大名のようにそれを受け取ると、面白そうにたずねた。

「で、どうだった?」

武田はこれくらい造作もないといった風に肩をすくめた。

「おかげさまで、話はいたって円滑えんかつに運びましたわ。ちょっと字が震えてて読みづらいかもしれませんけど」

芹沢は詫び状に目を通しながら満足げにうなずいた。

「何よりだ。おまえの言った手土産てみやげを用意するには少々骨が折れたからな」

手土産あれなら持って帰れと突き返されましたが、どうなさいます?」

芹沢は、水戸派閥の配下たちに向き直って、軽く手を振った。

「そこら辺の案山子カカシの頭とでもえとけ」

「そりゃあ、面白い趣向でんな」

新参の佐伯又三郎が下卑げびた笑みを浮かべると、古株の平間重助が顔をしかめた。

「ずいぶん荒っぽいな、芹沢さん」

芹沢はフンと鼻を鳴らした。

「隊士たちへの見せしめが必要なんだろ?こいつはうちの人間じゃないが、勝手なことをしたらどうなるか、いい見本にならあ。会津のおえらいさんがたにもよく言っとけ。浪士組を名のって、ちまたで押し借りを働いてるのは、こういうやからだってな」

武田は今さら道義を説くことに何の意味があるのかと宙を仰ぎ、

「ま、そういうことにしておきましょ」

と、流れるような動作で部屋を辞した。



さかのぼること数時間前。

同日朝。


仏生寺に降りかかった災難を耳にして以来、芹沢は荒れていた。

血眼になって殺害犯を捜す芹沢に、古くからの相棒である平間重助は釘を刺した。

「あの仏生寺さんを斬るとは、江戸の剣術界でもそれなりに名の知れた男に違いない」

芹沢達は、一縷いちるの望みをり所に、現場周辺の聴き込みを行っていた。

それを目撃した町人たちの証言をつなぎ合わせると、おおよその経緯が浮かび上がってきた。


下手人げしゅにんは身なりのいい江戸訛えどなまりの男たちが四、五人。

暗がりではっきりと顔は見ていないが、襲われた側は、みな駕籠かごから降りたところを無残に殺されたという。

ただ、そこに異物が混じるように、不可解な人物がひとり登場する。

細身の剣士が少し遅れて現れ、数人の刺客を倒して逃げおおせたというのだ。

しかし、翌朝見つかったのは駕籠かごに乗っていた仏生寺たち三人のみだった。

剣士に倒されたはずの刺客たちの遺体はみつかっていない。

命までは取られなかったのか、あるいは生き残った者が持ち帰ったのか。


「その生き延びたという男を見つければ、犯人の名を知っているかもしれん」

わずかに希望をつないだ芹沢は、執拗しつよう捜索そうさくを続けた。


そんな折、とある商家の暖簾のれんをくぐると、一人の男が帳場の前で凄んでいるのに出くわした。

「誰に口を効いてる?私は会津中将おあずかり、浪士組の横田長兵衛、刀のさびになりたいと申すか?」

新見や平山五郎たちが遭遇そうぐうしたのと同じニセ浪人だった。

りずに浪士組の名をかたり、悪辣あくらつな押し借りを働いているところを、よりによって本物の芹沢に見つかったのである。


芹沢は背後からゆっくりと、地を這うような声で声をかけた。

「あんた、今『浪士組』と言ったが……」

「いかにも」

「俺は、浪士組の局長、芹沢と言うもんだが、はて、見ない顔だな。」

横田の顔からさっと血の気が引いたかと思うと、隊士たちを突き飛ばすように走り出した。


二条城の南西、都を南北に走る千本通りが三条通りと交わる辺り。

千本通りに沿って西に二条城の小堀が流れており、それが都の途切れる境界線のようになっていて、その向こうに広がる湿地帯しっちたいの中にはポツンと天文台てんもんだいだけが建っている。

つまり、人目はない。


「待て、この野郎!」

野口健司が追いすがり、横田が捨て身で振り回した刀を苦もなく打ち落とした。

「ま、まってくれ!私はクスリを買う金が欲しかっただけなんだ」

芹沢が背後からゆっくりと追いついてきた。

「ふうん。そりゃ気の毒に。病弱そうだもんな」

「こ、これは、私の考えじゃないんだ。偽浪士にせろうし元締もとじめが大坂にいて…私たちは、そいつの言うことに従ってるだけなんだ」

かれもしねえことをペラペラとよくしゃべるねえ。どうせ、その横田とかいうのも偽名なんだろ?」

「う…あ、ああ…。う、植村と申す」

「ついでにその元締もとじめの名前も吐いちまいな?ほんじゃあ、見逃してやらあ」

「言う!言うから!元締もとじめの名は、イ、イシヅカ。たしか、イシヅカイワオと云ったはずだ!」


洗いざらい白状した植村の背中を、芹沢は突き飛ばした。

男は、つまずいて倒れそうになりながらも、なんとか体勢を立て直し、

そのまま北の方角に逃げ去ろうとした。

「どうも」

芹沢は刀を抜くと、無情にもその背中を斬りつけた。


血飛沫ちしぶきが舞う。

むせ返るような草いきれと、せみの声。


植村は、よろめきつつ、それでも生にすがりつこうと、重い足を交互に前へ出した。

畦道あぜみちの脇に生えている一本の柿の木まで辿り着いたとき、ついに植村は力を使い果たして、そのみきに肩を預けた。

すると、木陰から抜き身を下げた男がひとり、まるで幽鬼ゆうきのようにゆらりと姿を現し、

問答無用で植村の首をねた。


「おう。遅かったじゃねえか」

芹沢が声を掛けたその男は、やせ細り、別人のようにやつれた新見錦だった。

新見は、ブン、と刀の血を払い、さやに納めた。

「ただいま帰りました。また、ゴミ掃除を手伝わせてください」


血の匂いを嗅ぎつけた一羽の烏が、柿の木の枝にとまった。


芹沢はニヤリと笑って、新見の肩を叩いた。

水臭みずくせえこと言うなよ。ご帰還きかんを祝して一献いっこんと行くか?」


「いえ。色々と挨拶あいさつに寄らねばならぬところがありまして。では、のちほど」

新見は疲れ切った笑みを浮かべて誘いを辞退した。

そのやせ細った体は別にしても、新見がまとう空気は、以前とどこか違っていた。



時計の針を元に戻す。


水口藩邸での世にも恐ろしい「交渉」を終え、ほうほうの体で壬生の屯所とんしょへと帰り着いた井上源三郎たちは、離れの縁側に座り込むなり大きく肩で息をした。

「ハー、心臓が止まるかと思ったよ」

六畳間で寝ころんでいた沖田総司が井上達の方にゴロンと寝返りを打った。

「どうしたんです?みんなして蒼い顔しちゃって」

井上から水口藩での一幕を聴かされた沖田はムクリと起き上がって胡坐をかいた。

「…荒っぽいなあ」

原田左之助は履いていた草履ぞうりを地面に叩きつけて毒づいた。

かなめの野郎、絶対に許さねえ!」


そこへ、血の匂いと酒の香りを漂わせた芹沢鴨が、ひょっこりと現れた。

芹沢は、井上達の足元に、無造作に案山子かかしの首を放り投げた。

「これは俺からのお駄賃だちんだ。案山子かかしの首が一個余ったんでな」

井上は、その言葉を頭の中で咀嚼そしゃくして蒼ざめた。

「まさかあの首を…?」

「これで水口藩みなくちはんの一件も帳尻が合うだろ。浪士組は清廉潔白せいれんけっぱくだとな」


沖田総司は顔色を変えて、芹沢に詰め寄った。

「南の田圃たんぼにさらしたんですか?!」

「ああ。口の悪いご近所もいるようなんでな」

「あそこは子供たちだって通るんだ!」

芹沢の目にわずかな動揺がよぎった。

しかし、口をついて出たのは冷酷な答えだった。

「…それがどうした」


植村を斬り、新見と再会したことで、芹沢の内なる破壊衝動は一時的に治まったものか、あれほど固執していた「仏生寺の仇討ち」のことは、それ以来、あまり口に出さなくなった。


一方、

「えらいことになった」

加藤屋敷に戻った水口藩みなくちはんの公用方は、その夜布団に入って天井を見つめるうち、今さら事の重大さに気づいた。

恥ずべき謝罪を「詫び状」などという形に残し、言質をとられるなど、なんと無分別な行いをしてしまったのだろう。

こんなことが殿にバレれば、切腹も免れないではないか。

それからはまんじりともせず、歯の根が合わないほどの恐怖と共に一夜を明かした。


翌朝、やつれ果てた顔で同僚に事の次第を相談した井崎は、一つの結論に達した。

もはや、自分の手には負えない。

河原町に、都一大きな道場を構える戸田一心斎先生を頼ろう。

あのお方の威光と人脈を以てすれば、あるいはあの不逞ふていやからからび状を取り戻せるかもしれない。

わらをもつかむ思いで、水口藩は老剣客を動かした。


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