お使い始末 其之弐
水口藩邸があるのは、清水寺の仁王門から真っ直ぐ清水坂を下りきった辺り。
壬生からは歩いて半刻足らずといったところだ。
先頭の武田は扇をパタパタとやりながら、手には風呂敷に包んだ箱をぶら下げている。
「あーヤダヤダ。二言目には斬る斬るって。ヤバンったらありゃしない」
後に続く永倉は、芹沢とのやりとりを思い出しながら、今さら後悔に苛まれていた。
「なにそれ、でっけえ菓子折り。いきなり下手に出る気か?…にしても、ついお梅ちゃんの訴えかける眼差しにほだされちまったが、ちと早まったかもなあ」
隣を歩く原田左之助が呆れたように鼻を鳴らした。
「アホか、てめえは。つまんねえ色仕掛けに乗りやがって。そんなに水商売の女が好きなら、ひとりで岡場所でも行ってろ!」
「んなわけあるか、女は全般的に好きなんだよ!」
原田は大きなため息を吐いた。
「聞いた俺がバカだったよ。あーあ面倒くせえ、こんな使いっ走りみてえな真似なんざやってられっか!」
後ろに続く井上源三郎が、苦笑いしながら原田の肩を叩いた。
「まあまあ。謂れのない中傷を受けたんなら、侘びを入れさせるのもいいだろうさ。ただ、本当にそうなんだろうね?」
永倉は鼻の頭を掻きながら、歯切れ悪く応じる。
「そ~こなんだよ、源さん。問題はさあ…」
話の腰を折るように、原田左之助が手を払った。
「どっちだっていいよ、んなこたあ!面倒くせえことに変わりねんだから!だいたい、いい歳コイた大人が四人、雁首そろえて出向くような用事か!?」
原田を横目に、武田観柳斎は扇を軽く仰ぎ、どこか楽しげに口角を上げた。
「けどね、これはなかなかよく考えられた布陣だと思わない?温和な井上さんに、知的な私、そしてガサツな原田、ね?」
武田には弱い原田はボソリと不満を述べた。
「…よくもまあ歯が浮かねえな」
「それは置いといて。じゃあ、やっぱ俺は要らねえんじゃねえの?」
永倉の期待を込めた問いに、武田が首を横に振った。
「バカね!あんたは、だって芹沢局長の名代じゃないの」
面倒ごとを避けたい井上も調子を合わせる。
「そうそう。最後にバシッと言ってやって下さいよ」
押し付けられた永倉は肩を落とし、頭を抱えた。
「ウハア!行きたくねー!!」
この不毛な議論に終止符を打つべく、武田がパンと手を打ち鳴らした。
「とにかく、向こうさんの言質をとらなきゃ芹沢局長が納まんないんでしょ?サッと行って、チャッチャと詫び状書かせて、パッと帰りましょ?」
原田は半ば呆れ、半ば感心して、あんぐりと口を開けた。
「あんた、割り切っちゃってるねえ…」
「甲州法度之次第、廿五条に曰く、
童部の口論、是非に及ばざるか。
但し両方の親、制止を加ふべきの処却って欝憤を致さば、其の父、世の為誡めずんばあるべからず、てね」
武田の講釈に原田は顔をしかめた。
「ハア?もっかい言ってくれ」
「つまりさあ、ガキのケンカなんて大人の方でよろしく納めときなさいってことよ!」
永倉は澱んだ目で武田を睨んだ。
「おいおい、ずいぶんネジ曲がった解釈もあったもんだなあ?」
「戦国時代から300年も経ってんだから、チャンバラに明け暮れてた頃ほど世の中単純じゃないの!甲陽軍鑑を諳んじるだけなら、バカでもできるでしょ?時代に応じて多少の拡大解釈は許されるべきよ」
原田は皮肉たっぷりに吐き捨てた。
「さすが軍師殿、一応もっともらしいことを言うねえ。どこぞの政治屋みてえだぜ」
水口藩邸は、外様らしく控えめな門構えの屋敷で、永倉が門番に名乗って「浪士組局長の名代として公用人とお会いしたい」と用向きを告げると、
取次ぎが出てきて四人を表座敷まで案内した。
応対したのは、井崎という若い公用方である。
「いったいどんな無理難題を持ち出す気なのか」と、全身からピリピリした警戒心が滲み出ている。
挨拶を済ませると、武田は早速風呂敷包みを差し出した。
「まずは、これをお納めください」
「ご用向きを伺う前から、そのようなものは受け取れません」
と公用方のガードは固い。
武田はつとめて柔らかい物腰で、用件を切り出した。
「いや実は、先日あなたが守護職に陳情された件で、我々浪士組は謂れのない汚名を被っておりましてね」
「謂れのない?」
公用人が聞きとがめてオウム返しすると、永倉がいつものニヤケ顔で補足した。
「ええまあ。その件で、うちの芹沢がひどくおカンムリで」
「我らにどうせよと?」
明らかに相手は気を悪くしている。
井上源三郎が例の人好きのする顔で懐柔に乗り出した。
「そのう、言いにくいんですが、芹沢に一言詫びを入れて頂ければ、八方丸く収まるんですがねえ?」
「私が何の根拠もなく、あのようなことを申し上げたと仰るのですか」
永倉がなれなれしい調子で小手招きして、
「いやいや、誰にでも間違いはありますって」
と、虚偽の自白へ誘導すると、
原田が懐から紙と筆を出して、インチキ書類にサインを迫った。
「そうそう、井崎さんだっけ?ほら、サラサラーっと、ここに一筆書いちゃって」
仮にも藩の代表としてこの席に臨んだ井崎は不当な要求を断固として撥ねつけた。
「そ、そのような訳にいくか。当藩の希望は会津殿にお伝えしてあるはず」
武田は、あくまで友好的な笑顔を絶やさない。
「だから、誤解なんだってば」
「なにがです!」
「奉行所との一件は、翌日草間様がわざわざウチの屯所まで足を運んでくださって、逆に詫びを入れて頂いたんですよ?お疑いなら、草間様ご本人に確かめてご覧あそばせ」
「仮にそうだとしても、あちこちから苦情の入っている押し借りの件はどう説明される?」
「それですけどね。当方の調べでは、あれは、浪士組を騙る不逞浪士の仕業なんです」
「…いまなんと?」
一瞬の間があって、問い返したのは水口藩公用方だった。
が、
井上、永倉、原田も、心中まったく同じ言葉を吐いて、武田を顧みた。
まさか芹沢の見え透いた嘘をここで持ち出すとは、思ってもみなかったからだ。
武田は平然と続けた。
「つまり、私たちの偽物が、あちこちで借財してるってこと」
「そのような戯言を信じろと?本気で仰っているのか」
武田はふと庭の方へ視線を外し、百日紅の花を眺めて、長い間を置いた。
それから、もう一度井崎に向き直り、諭すように話し始めた。
「郁子なるかな。ま、そうよね。そう思うわよね?私が貴方の立場なら、やっぱりそう思うもの。けどね、下手人はもう名前も顔も割れてるんですよ」
(ホントかよ!)永倉は口の動きで武田に念を押した。
武田は(大丈夫)と、アイコンタクトで応える。
「ならば、証拠を持ってこられよ」
「とにかく、これをお改めくださいませ」
武田は、再び風呂敷に包んだ箱をズイと押し出した。
「これが証拠だと申すのですか」
そのとき、井崎はあることに気づいた。
絞りの柄だと思っていた風呂敷の赤い斑点は、いつの間にか包みの下半分に広がり、畳に赤い染みを残している。
「これは?」
井崎が恐る恐る包みを解き、桐箱の蓋を取ると、そこには男の生首が納められていた。
「ひ、ひいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」
井崎は尻這いで壁まで後ずさった。
「ご紹介しますわ。彼がその偽浪士、横田長兵衛こと植村長兵衛殿。持ち運びの都合で、その一部ですけど」
中身は菓子だと思っていた永倉、原田、井上は、井崎のただならぬ様子に何事かと中を覗き込み、みな同時に悲鳴を上げた。
「「「う、うわあああああああああ!!!」」」
「井崎様、誤解が解けて祝着至極ですわ。では、はいこれ」
武田は公用人に筆を渡しながら、にっこりとほほ笑んだ。




