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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
426/430

お使い始末 其之弐

水口藩邸みなくちはんていがあるのは、清水寺きよみずでら仁王門におうもんからぐ清水坂を下りきった辺り。

壬生からは歩いて半刻はんとき足らずといったところだ。


先頭の武田は扇をパタパタとやりながら、手には風呂敷ふろしきに包んだ箱をぶら下げている。

「あーヤダヤダ。二言目ふたことめには斬る斬るって。ヤバンったらありゃしない」

後に続く永倉は、芹沢とのやりとりを思い出しながら、今さら後悔にさいなまれていた。

「なにそれ、でっけえ菓子折かしおり。いきなり下手したてに出る気か?…にしても、ついお梅ちゃんの訴えかける眼差まなざしにほだされちまったが、ちと早まったかもなあ」

隣を歩く原田左之助が呆れたように鼻を鳴らした。

「アホか、てめえは。つまんねえ色仕掛いろじかけに乗りやがって。そんなに水商売の女が好きなら、ひとりで岡場所おかばしょでも行ってろ!」

「んなわけあるか、女は全般的に好きなんだよ!」

原田は大きなため息を吐いた。

「聞いた俺がバカだったよ。あーあ面倒めんどくせえ、こんな使いっ走りみてえな真似マネなんざやってられっか!」

後ろに続く井上源三郎が、苦笑いしながら原田の肩を叩いた。

「まあまあ。いわれのない中傷ちゅうしょうを受けたんなら、びを入れさせるのもいいだろうさ。ただ、本当にそうなんだろうね?」

永倉は鼻の頭をきながら、歯切れ悪く応じる。

「そ~こなんだよ、源さん。問題はさあ…」

話の腰を折るように、原田左之助が手を払った。

「どっちだっていいよ、んなこたあ!面倒めんどくせえことに変わりねんだから!だいたい、いい歳コイた大人が四人、雁首がんくびそろえて出向くような用事か!?」

原田を横目に、武田観柳斎はおうぎを軽く仰ぎ、どこか楽しげに口角を上げた。

「けどね、これはなかなかよく考えられた布陣ふじんだと思わない?温和な井上さんに、知的な私、そしてガサツな原田、ね?」

武田には弱い原田はボソリと不満を述べた。

「…よくもまあ歯が浮かねえな」

「それは置いといて。じゃあ、やっぱ俺はらねえんじゃねえの?」

永倉の期待を込めた問いに、武田が首を横に振った。

「バカね!あんたは、だって芹沢局長の名代みょうだいじゃないの」

面倒ごとを避けたい井上も調子を合わせる。

「そうそう。最後にバシッと言ってやって下さいよ」

押し付けられた永倉は肩を落とし、頭を抱えた。

「ウハア!行きたくねー!!」

この不毛ふもうな議論に終止符しゅうしふを打つべく、武田がパンと手を打ち鳴らした。

「とにかく、向こうさんの言質げんちをとらなきゃ芹沢局長が納まんないんでしょ?サッと行って、チャッチャとび状書かせて、パッと帰りましょ?」

原田はなかあきれ、なかば感心して、あんぐりと口を開けた。

「あんた、割り切っちゃってるねえ…」

甲州法度之次第(こうしゅうはっとのしだい)廿五(にじゅうご)条に(いわ)く、

童部(わらしべ)の口論、是非(ぜひ)およばざるか。

(ただ)し両方の親、制止せいしくわふべきの(ところ)(かえ)って欝憤(うっぷん)いたさば、()の父、世の為(よのため)(いまし)めずんばあるべからず、てね」

武田の講釈に原田は顔をしかめた。

「ハア?もっかい言ってくれ」

「つまりさあ、ガキのケンカなんて大人の方でよろしく納めときなさいってことよ!」

永倉は澱んだ目で武田をにらんだ。

「おいおい、ずいぶんネジ曲がった解釈もあったもんだなあ?」

「戦国時代から300年も経ってんだから、チャンバラに明け暮れてた頃ほど世の中単純じゃないの!甲陽軍鑑こうようぐんかんそらんじるだけなら、バカでもできるでしょ?時代に応じて多少の拡大解釈は許されるべきよ」

原田は皮肉たっぷりに吐き捨てた。

「さすが軍師殿ぐんしどの、一応もっともらしいことを言うねえ。どこぞの政治屋みてえだぜ」


水口藩邸みなくちはんていは、外様とざまらしく控えめな門構もんがまえの屋敷で、永倉が門番に名乗って「浪士組局長の名代みょうだいとして公用人こうようにんとお会いしたい」と用向きを告げると、

取次ぎが出てきて四人を表座敷おもてざしきまで案内した。

応対したのは、井崎という若い公用方こうようがたである。

「いったいどんな無理難題を持ち出す気なのか」と、全身からピリピリした警戒心がにじみ出ている。


挨拶あいさつを済ませると、武田は早速さっそく風呂敷包ふろしきづつみを差し出した。

「まずは、これをお納めください」

「ご用向きを伺う前から、そのようなものは受け取れません」

と公用方のガードは固い。

武田はつとめて柔らかい物腰ものごしで、用件を切り出した。

「いや実は、先日あなたが守護職に陳情ちんじょうされた件で、我々浪士組はいわれのない汚名をこうむっておりましてね」

いわれのない?」

公用人が聞きとがめてオウム返しすると、永倉がいつものニヤケ顔で補足した。

「ええまあ。その件で、うちの芹沢がひどくおカンムリで」

「我らにどうせよと?」

明らかに相手は気を悪くしている。

井上源三郎が例の人好きのする顔で懐柔かいじゅうに乗り出した。

「そのう、言いにくいんですが、芹沢に一言詫ひとことわびを入れて頂ければ、八方丸はっぽうまるく収まるんですがねえ?」

「私が何の根拠こんきょもなく、あのようなことを申し上げたと仰るのですか」

永倉がなれなれしい調子で小手招こてまねきして、

「いやいや、誰にでも間違いはありますって」

と、虚偽きょぎの自白へ誘導すると、

原田がふところから紙と筆を出して、インチキ書類にサインを迫った。

「そうそう、井崎さんだっけ?ほら、サラサラーっと、ここに一筆いっぴつ書いちゃって」

仮にも藩の代表としてこの席にのぞんだ井崎は不当な要求を断固としてねつけた。

「そ、そのような訳にいくか。当藩の希望は会津殿にお伝えしてあるはず」

武田は、あくまで友好的な笑顔を絶やさない。

「だから、誤解なんだってば」

「なにがです!」

「奉行所との一件は、翌日草間くさま様がわざわざウチの屯所とんしょまで足を運んでくださって、逆にびを入れて頂いたんですよ?お疑いなら、草間様ご本人に確かめてごらんあそばせ」

「仮にそうだとしても、あちこちから苦情の入っている押し借りの件はどう説明される?」

「それですけどね。当方の調べでは、あれは、浪士組をかた不逞浪士ふていろうし仕業しわざなんです」

「…いまなんと?」

一瞬の間があって、問い返したのは水口藩みなくちはん公用方こうようがただった。

が、

井上、永倉、原田も、心中しんちゅうまったく同じ言葉を吐いて、武田をかえりみた。

まさか芹沢の見え透いたうそをここで持ち出すとは、思ってもみなかったからだ。

武田は平然と続けた。

「つまり、私たちの偽物ニセものが、あちこちで借財しゃくざいしてるってこと」

「そのような戯言たわごとを信じろと?本気でおっしゃっているのか」

武田はふと庭の方へ視線を外し、百日紅サルスベリの花を眺めて、長い間を置いた。

それから、もう一度井崎に向き直り、さとすように話し始めた。

郁子むべなるかな。ま、そうよね。そう思うわよね?私が貴方あなたの立場なら、やっぱりそう思うもの。けどね、下手人はもう名前も顔も割れてるんですよ」


(ホントかよ!)永倉は口の動きで武田に念を押した。

武田は(大丈夫)と、アイコンタクトで応える。

「ならば、証拠を持ってこられよ」


「とにかく、これをお改めくださいませ」

武田は、再び風呂敷ふろしきに包んだ箱をズイと押し出した。

「これが証拠そうだと申すのですか」

そのとき、井崎はあることに気づいた。

しぼりのがらだと思っていた風呂敷の赤い斑点はんてんは、いつの間にか包みの下半分に広がり、畳に赤い染みを残している。

「これは?」

井崎が恐る恐る包みを解き、桐箱きりばこふたを取ると、そこには男の生首なまくびが納められていた。

「ひ、ひいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」

井崎は尻這しりばいで壁まで後ずさった。

「ご紹介しますわ。彼がその偽浪士にせろうし、横田長兵衛こと植村長兵衛殿。持ち運びの都合で、その一部ですけど」

中身は菓子だと思っていた永倉、原田、井上は、井崎のただならぬ様子に何事なにごとかと中をのぞき込み、みな同時に悲鳴を上げた。

「「「う、うわあああああああああ!!!」」」


「井崎様、誤解が解けて祝着至極しゅうちゃくしごくですわ。では、はいこれ」

武田は公用人に筆を渡しながら、にっこりとほほ笑んだ。


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