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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
404/404

翠紅館会議 其之伍

「それを抜く気なら、死ぬ覚悟を決めなさい」

琴は、小鉄の言葉を借りて警告した。

「なんで?死ぬのは僕じゃない」

躊躇ちゅうちょなく抜き放ったその刀は、彼のたけに合わせて長くはないが、目立って反りが深い。


琴と少年の刀は、激しく火花を散らした。

少年の有利は明らかだった。

なぜなら琴は、少年を傷つけまいと手心てごころを加えている。

足場の悪い茂みの中で苦戦しながらも、琴は何度も少年の刀をはじき返した。

「自分たちが何をやろうとしてるか分かってるの?上手うまくいきっこない」

「ああ、ちゃんと分かってるよ、お姉さん。あなたたちこそ、(老中)小笠原なんかにまんまと油揚あぶらげ(徳川家茂)をさらわれて、今どんな気分?これからどうするつもり?」



落下の衝撃しょうげきで気を失っていた小鉄は、剣戟けんげきの音に目を覚ました。

「いててて」

木の枝がクッションになったのか、大きな怪我けがこそなかったが、節々(ふしぶし)が痛む。


足を引きずりながら音のする方に向かった小鉄は、

ひらひらと舞うように剣を交える二人に眼をうばわわれた。

このし暑さの中、双方そうほう、汗すらかいていない。

まるで、この世のものならぬ存在、狐火きつねびが飛び交うさまを思わせる。


琴のいだ刀は、また少年にヒラリと交わされた。

「別に幕府方ばくふがた肩入かたいれする気はないけど、公方様くぼうさま老中ろうじゅうに連れ去られたわけじゃないでしょ」

「同じことだと思うけどね。小笠原かれ命拾いのちびろいしたよ。朝廷が妙な横やりを入れて奴らを大坂に足止めしなければ、都に足を踏み入れた瞬間、僕が首をき切ってやるつもりだったのに」

「そんなことをすれば、大勢おおぜいが死ぬ」

「それって、異人にびへつらう奴らのこと?あんなのは畑の野菜と一緒さ。時勢じせいいたところで、どうせ理解もできない。いい頃合ころあいでり取って、漬物つけものにするくらいしか、使い道はないんだ。奴らが何人死んだところで、それがどうだって言うのさ」

「ふざけないで!」

思わずカッとなり踏み込んだところで、琴はつたに脚をからみ取られた。

「しまっ…!」


琴の短い叫びに、小鉄はハッと我に返った。


すきありとみた少年は、また身体からだを深く沈める。

「多分、あなたの方が強かったのに、運が悪かったね」

しかし、逆袈裟斬ぎゃくけさぎりのモーションに入ったところで、

小鉄の長ドスが少年の袖口そでぐちを松の木のみきい付けた。


「くっ!」


動きをふうじられた少年は、体勢をくずし、刀を取り落とした。

しかし、軌道きどうれた刀は、小鉄の右肩に傷をつけていた。

「やれやれ、ガキの思い上がりは始末しまつに負えんなあ?少々、おきゅうえてやらなあかんみたいや」

小鉄は右腕からしたたる血など気にもめず、短刀ドスを抜いた。

「…またおまえか」

少年は憎悪ぞうおに燃えた眼で、小鉄をめ上げている。


しかし、

「おーい、河上―っ!何処どこだ―っ?!」

「大丈夫か―っ?!」

遠くから叫ぶ声が聴こえて、

松林まつばやし隙間すきまから、翠紅館すいこうかん攘夷志士じょういししたちがゾロゾロ斜面を降りてくるのが見えた。


琴は巻き付いたつたを引きちぎると、小鉄にけ寄った。

「大丈夫?」

小鉄は「河上」と呼ばれた少年の刀を踏みつけながら、強がってみせた。

「なに。こんなもんカスリきずじゃ。今さら、一つ二つ傷が増えたとこで、なんてことあるかい」

琴がその刀を拾い上げ、遠くに投げ捨てると、

小鉄はそれを目で追いながら少年に尋ねた。

同田貫どうだぬき(肥後の名刀)か。えらい分不相応ぶんふそうおう得物えものを持っとるやないか。小僧、おまえ肥後ひごか」


少年は応えず、気が抜けたように、その場に座り込んでいる。


「それじゃ。さよなら、坊や」

琴はひとこと掛けると、小鉄に肩を貸した。


そのまま木々の間をうようにしてなんを逃れた二人は、

一町いっちょう(約110m)ほど行ったところで、低木ていぼくの茂みに身をひそめた。


琴は、胸に巻いていたさらしくと、それを細くいて小鉄の腕をめ付けた。

「ねえ」

「あ?」

包帯ほうたいを巻く琴の横顔を見つめながら、小鉄はぶっきらぼうに応えた。

郷目付ごうめつけだったうちの父もね、お城でご家老かろうとケンカして、そのまま逐電ちくでん(逃亡)したの」

「…え?それで?」

興味を引かれた小鉄は、続きをうながした。

「それきり」

「それきりって、なんや。そのあと、家族はどうやって食うていってん?」

「最初は遠戚えんせきに身を寄せたけど、母と私の他に弟が二人もいたからね。すぐにけむたがられて、私は吉原(遊郭ゆうかく)に売られた」

「吉…え?…えらい簡単に言ってのけるやないか」

琴は包帯の結び目を作ると顔を上げた。

「別に。どう言ったって事実は変わらないし…。さ、とりあえずこれで血は止まる。あとでちゃんと医者にせて」

「こんなお飯事ままごとで、いちいち医者にかかっとれるかい」

小鉄がまたらず口をたたいたとき、

二人の頭上から、よく通る少年の声がひびいてきた。


勝山かつやま!…滝夜叉姫たきやしゃひめ!…聴いてる?もし、次に会うことがあったら、 きっと君を殺す。きっとだ」


「…いったい、何者なにものなの…?」

琴のつぶやきが届いたかのように、少年は続けた。


「僕は肥後勤王党ひごきんのうとう河上彦斎かわかみげんざい。覚えておいて。ああ、あと言い忘れたけど、元服げんぷくして、もうずいぶん経つはずだから、次は子ども扱いしなくていいよ」


河上彦斎かわかみげんざい

それは肥後藩士でも、随一ずいいちうたわれた使い手の名前だった。


二人は目を見合わせた。

「あのガキ、ええとしした大人おとなやんけ!」

「なるほど。ただの見張みはり役じゃなかったわけか。どおりで手古摺てこずるはずね」

「…ちゅうか、覚えとれよ。今度()うたら、ただじゃ済まさんからなあ!」


侠客きょうかくは、腕に刻まれた刀傷かたなきずを押さえながら、

彦斎への遺恨いこんと琴への奇妙な連帯感が綯い交(ないま)ぜになった、

なんとも言いようのない気分を味わっていた。


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