参、沈黙
華と楔、其の参
花を奪うことが間違いなどという奴は、己の愚かさを悟るまで煩悩に苦しめばよい。
「だから殺してやる」
目の前に座り込む女にそう告げても、女はただにこりと微笑むだけだ。それが私からの愛だと知ってか知らずか。だがそれでも私はそれを止めるつもりなどない。
「わけを問わぬのか」
女はそれでも、ただひたすら微笑んでいる。太股まで捲れ上がった着物の裾から伸びるその綺麗な脚と、純白い肌が肌蹴た胸元はあまりにも甘美に私の目に映る。
だからこそ私はこの女を奪い去りたい。綺麗な花だからこそもぎ取り、摘み、死臭と混ざったその色香を嗅ぎたい。そんな欲求を感じたことなど今まで一度たりともなかった。それまでは女は大切に扱うべきだと考えていたが、そんな愚考などこの女の前では全くの無力だ。
「死んでも構わぬと申すのか」
ならばどうしてこの女は逃げぬのか。捕え縛り逃げる術の全てを奪った。ここは山奥の猟師小屋なのだからひとなど来はしないだろう。この女が例え間抜けで馬鹿で阿呆だとしても、ここで殺されるのだということくらいは想像がついたはずだ。
だが、それでも女は微笑んでいる。まるで死を待っていたかのようにすら映る。
何故なのだろうか、どうしてこの女はこんなに穏やかでいられるのか。そしてこの沈黙は何を意味しているのか。それが私には分からない。
己の愚昧さには呆れてしまう。美しい花を奪う力があろうとも、この女に言葉を紡がせるようなことはできないのだ。
「私などと話すことはないということか」
するとどうだろう。女はゆっくりと首を横に振った。ならばどうして、何も語らないのか。
不意に気付く。女は微笑んでいるというのに、その目は嘆いていた。何かを告げたくとも告げることができぬ、まるでそう言いたいかのようだ。
「もしかして、お前は話せぬのか」
そう問うと、女はやはり悲しげに微笑み、そして小さく頷いた。だがそれでも分からぬことがある。どうして殺されると分かっているというのに、この女は笑っていられるのか。
「生きるのが、辛いのか」
女は頷き、呻くように言葉にならない言葉を発した。そして私に身体を預けた。
どうやら私は大きな間違いを犯していたようだ。私にはこの女を殺すことはできない。言葉にならなくとも、その心は伝わった。
私に殺されたいのだということ。それはある意味で最も強い、私への束縛だ。
だがそれもいい。花を奪うのではなく、花に奪われることも。




