第9話 決意と誓い
「まずは……そうだね……待ってるルークをここへ連れて来たいですかね」
「おぉ。待っとるんか…アム、ピム。ポルテと一緒に行って、ルークを入れてやりなさい」
アムとピムを連れ、森で待たせたルークを迎えに行った。
ルークはウォーターミントを咥えて水を飲みながら嬉しそうに立っていた。服は汚れ、バッグがパンパンに膨らんでいる。何か詰め込んだのだろう。
「なんだポルテ。意外と早かったな」
「迎えに来たんだけど、必要なさそう?」
「いや、俺もトト様に会っとくわ」
「そう?じゃあ行こうか」
「うっし…意外と軽いわ」
ルークは膨らんだバッグを背負ってから歩きはじめた。
今までずっと歩き回っていたはずなのにルークは全然平気そうだ。森を抜けて広場へ足を踏み入れるとルークは辺りを見渡して言った。
「もっとガキのころにアンナと一回だけここへ来たことあるけど、そん時より植物が増えてんな。
…こりゃ綺麗だぜ」
トトの力でここは守られているということだろう。それどころか年々美しくなり続けているわけか…。
私たちは歩きながら話した。
「で?どうだったんだよ…ポルテ」
「まだ、分からないけど。この島に川を作りたいんだ」
「マジかよ…そりゃまたすげえ話だな」
私はルークにもトトと同じように今からしようとしていることを話した。
私の話を聞き終えたルークの目は輝いて見える。
私も気持ちは同じだ。だが、トトとドライアドの力を今まで見てきた私が想像で考えた方法にすぎない。
上手くいく保証はないわけで……。
ただ成功すればこの島は変わる。
山頂に着く前にルークに話しそびれた事を私は切り出した。
「ルーク…あのさあ」
「……ん?」
「もし川が出来て、村の水問題が解決したら私たちでこの島を変えよう…」
「お…おぉ……。いきなり大きく出るな。でもよ、どうする?俺は何をすればいい…」
「まず、山の北側に私たちの基地を作ろう」
「ガチャッ」
私は得意げに微笑みながらトトの家の扉を開けた。
初めルークは目を丸くしていたが、完成した基地を想像したのか、やがてやる気に満ちたギラついた笑顔になっていた。
「モフッッッ」
開いた扉からプラッツが飛び出して私に覆い被さってきた。
「重っ………く……ない」プラッツは前にあった時よりも少し大きくなっているのに、全然重くなかった。プラッツに顔を舐め続けられる私に、トトが言った。
「軽いじゃろて…グラスウルフは大きくなっても風船のように軽い。…おぉ、ルーク…ジャンは元気か?」
「相変わらずさ…トト様も元気そうで何より」
「時にルークよ…アンナと……」
「あぁあぁーーーーーー…トト様それでですね」
私はトトが話し出そうとするのを遮った。
ルークとアンナのそのへんの事情にはトトが空気を読まずに何か言う気がしたからだ。
私とジーナのこれからの楽しみを奪われてたまるかっ。……私はトトに話を続けた。
「さっそくですけどトト様……この大樹のこと、本当にいいんですか……」
「ん?ポルテ…この大樹がどうだってんだ?」
「この倒樹に新しい命を根付かせるんだ。そのための種を作ってもらう…それじゃあ…お願いします。トト様」
「大丈夫……もう始めとるよ」
「いつの間に……」
水の玉の数は20個ほどに増え、中に入ったかえる豆が水の泡でゆらゆら揺れている。
「そのウォーターツリーをなんとかって話か?ポルテ」
「そう。そのウォーターツリーなんだけど、自然に生まれたんじゃなかったんだ。トト様がウォーターミントを品種改良したものらしい。フランクさんは手紙でトト様が家を建てた時みたいに、村でもウォーターツリーを栽培できるようにしたかったみたいだけど、ウォーターツリーはここでしか栽培できないみたいだ。…アムとピ……あぁ。いやごめん…とにかく特別なものだったんだよ」
大きな葉の椅子からトトはゆっくりと立ち上がり、私たちに言った。
「まぁ、そういうことだ。…少し外へ出て話そう」
そう言われた私たちは、よくわからないまま外へ出ることにした。
相変わらず美しい広場が広がっている。
「ウォーターツリーの根は水のあるところまで伸び続けるでな、今もずっとここに必要な分だけ水を与えてくれてるわけで……まあ、あれだ。俺がここを守るためだけに作ったわけだ。…ほい、あそこを見てみなさい」
プラッツが走って向い、トトが指さしたその先には小さなグラスウルフが5匹元気に走り回っている。
「あれは…プラッツの子どもですか?」
「あぁ、そうさ。この前産まれた。俺も感動することが年々減ってるがな。嬉しいもんさ」
やがてプラッツと子どものグラスウルフは広場のウォーターツリーに近づいて行く。
太い幹を持ち、水でできた葉は無重力の中に浮かぶ花のように咲き誇る、本当に水が空中に浮かんでいるように見える。
「フフフフフ…………アハハハハ……」
アムとピムがウォーターツリーへ向かい踊り出す。広場に美しい水が流れ、プラッツと子どもたちが水を飲み、身体に浴びてはしゃいでいる…水が流れ出るたび葉の一部が鼓動する心臓のように動き続ける。
なんとも神秘的な光景に私はつい見入ってしまう。穏やかに流れるワンシーンにトトは嬉しそうに言った。
「ンハッ…いつまででも見ていられる。この光景を見せたくてな…ポルテよ…ありがとう…俺もできることは全力で手伝おう」
「子どもたち…また今度触ってもいいですかね……」
「ンハッ…かわええぞぉ〜。また遊んでやりなさい。種の事は任せて…さあ、今日はもう遅い、汗を流して2人とも俺の家で眠りなさい」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
私たちは、ウォーターツリーで汗を流した。
「ザァアーーーーーーーー」
自然の中で浴びるシャワーは、とても開放感がある。あ、もちろんちゃんと隠してますよ……。
水が流れ出るほど鼓動したように動き続けるウォーターツリーの葉。ここから見ても不思議だ。そして何より水が温かい。立つ湯気が空へと広がる。アムとピムはこんなことまでできるのか…。
「あったけー……なんだよ〜。ウォーターツリー便利すぎだろコレ」
「はぁーー、ほんと。疲れが取れるよ」
気持ちがいい。山登りの疲れが取れて行く気がする。
当然、ルークはアムとピムのことは見られない。木からお湯が出て余計に不思議に思うことだろう。
ドライアドのことも深くは分からないが、一体なぜ私には見えるのだろうか。
やはり、トトが言っていたように、魔法とも繋がりがあるんだろうが……トトの息子がいない今、ここに魔法の知識がある者はいない。
あの神だって転生してすぐに現れた後あれ以来、いっさい音沙汰なしだ。今こそ聞きたいことが山ほどあるのに……自分でなんとかするしかなさそうだ。
体の疲れと、汚れを洗い流した私たちは、トトの家にお邪魔した。
「すみません、トト様お邪魔しま……えぇっ」
さっき家の中に入った時よりもさらに水の玉の数が増えている。100個はあるだろう。
そして……トトの寝巻きが可愛い。なんか渋い感じの人がピンクに水玉の寝巻きだ。これぞ……ギャップ萌え……。そう思っているとルークが口を開いた。
「なんだトト様、随分と増えたなこの水の玉」
「おいおいおい。触るでないぞルーク」
「種がこれだけ必要になりそうってことですか?トト様」
「ウォーターツリーの種と、かえる豆を混ぜるんだ。俺にもどうなるや…分からん、時間がかかる上に上手くいくとも言えん。感覚意的に必要そうな数の倍を仕込んだだけじゃて…上手くいけば明日には芽が出ると思うがな。……あ、お前らベッドはそこじゃて」
トトが指さした先にあるのは小さな木の上に広がった葉のベッドだった。
シーツを広げてルークと私は横になった。8歳でよかった…ダブルのベッドくらいはあるが、身体が小さいおかげで広々としている。
私たちは話しながら寝ていたが、すぐに返事が返ってこなくなった。相当歩いていたからな…ルークはすぐに眠りについていた。
今ごろ村の人たちはどうなっただろうか…そもそも海に囲まれた島とはいえ、今まで普通に使っていたのに、急になぜ井戸が塩化したんだろうか…。
いろいろ考えていると眠れなくなってしまった。すやすやと眠るルークを起こさないようにそっと私は外へ出た。
肌寒い……この島にも、もう直ぐ冬が訪れるのだ。
私は丸くなって玄関の段に腰掛けた。向こうでプラッツたちも丸くなって眠っている。私の顔は無意識のうちに微笑んでいた。ふと我に返りステータスを見てみた。
開いたのはなんとなくだったが やはり何も変わっていな……あれ……?
———発行可能金額 1円
変わっているステータスが。1円…… 金額はまあ、あれだが…初めての変化だ。
どうしたもんか……。手始めに……
「…発行!」
……何も起こらない。それなら……。
「1円…発行…。って、そんな単純なわけ………あった」
手元に現れた『¥1』札。前世のものとデザインはかなり違うが、実に精巧な造りだ。
¥1マークに裏は木のデザイン、すでにどこかで使われている貨幣だと言われても全くおかしくない。
「戻れっ!」「バック!」「ハウス!」ステータスに戻すことは出来ないみたいだ。まあ、私にはアイテムボックスがあるからいいけどっ⭐︎……。
「さむっ…」
夜風にもあたったしはじめての収穫もあった、そろそろ家の中に入ろう…。
家に入ると静かに眠っているままのルークと、明かりを放つ植物の下でゴソゴソとトトが何かをしている。
トトは玄関から入った私を見ずに言った。
「眠れんのか?」
「えぇ、ちょっといろいろ考え事してたら夜風に当たりたくなって。トト様は?」
「俺はタネの様子見じゃて。昼寝もしたしな、ンハッ」
「ハハッ…どうですか…種は」
こっちを見たトトは水のレンズが入った眼鏡をかけていた。いちいち目を奪われる物を持っているな、この人は…。
じっと見つめているとトトは不思議そうな顔をして私がメガネを見ていることに気づいたようだった。
「ンハッ…これか?老眼鏡じゃて…ほれ」
私もかけてみたが水中で目を開けたようにぼやぼやしている。私は顔を歪めて、老眼鏡をトトにすぐに返した。トトは私の頭に手を置いて言った。
「ンハッハッハッハ…そりゃ子どもにはまだ早い。それで種はもう半分はイカれてしもうたわい。かえる豆の成長が早すぎるでな…その調整が難しい…はぁ〜、ちと休憩しよう」
光る葉に照らされた部屋の中でトトが入れてくれたハーブティーを飲んでいる。ポカポカと身体が温まってくる。
トトが話し出す。
「この前、夢に息子が出てきたよ。お前くらいの歳の時のな」
「よく見るんですか?」
「いや、久しく見とらんかった。お前にあったからかもしれん…ンハッ」
「フフフ…息子さんだと思ってください。ズズッ…はぁーうまい…」
「ンハッ、孫みたいなもんじゃて。そーじゃろ、特製ブレンドハーブティーじゃて。40年は飲み続けとる」
「この家に入った時の香りはこの香りだったんですね」
「あぁ…… 」
トトは何かを探しながら言った。
「あったあった……ポルテよ、これを…お前に」
「これは?」
「あいつがここを出る前に読んどった本じゃて。一冊だけ置いていったのか、忘れて行ったのか……また読むといい、魔法のことが少し知れるじゃろて」
「いいのですか…そんな貴重な物もらってしまって。それに形見なんじゃ…」
トトは自分が付けている腕輪をさすりながら言った。
「読んでみたが俺にはさっぱり分からんし、物は持つべきものが持つべきじゃて、それに俺には……これがある」
私はその読み込まれた本を受け取った。私の親指くらいの厚さだ。それほど厚くはない。
流れ着いた本だよな。流れ着いた時からこの状態なのか、それとも読み込まれてこうなったのか分からないが、表紙のドーン文字が所々かすれて読めない。
『ラル………国 ノッテ………著』
んん…全ては読めないが、実に興味深い。私は無意識のうちにぶつぶつ呟いていた。
「…国。やっぱり当たり前にこの海のどこかに国が存在するってことか…それにドーン文字だ。この島で使われてる文字と全く同じだ。そもそも何もない誰も来ることのないこの島にどうやって伝わったんだ…まさかこの島から伝わったと考えるのは難しいし……まあ、思うにトト様の息子さんはこの国へ向かおうとしたんだろうな………あ………すみませんトト様」
「ンハッ……いや、お前に渡してよかった。ゆっくり読みなさい」
その時、突然アムとピムが手を繋いではしゃぎ、踊り出した。
「フフフフフ…………アハハハハ……」
水玉も揺れ始め、部屋のものが床に落ち、家がぐらぐら揺れ始める。地震か!?そう思っているとトトが大きな声で叫んだ。
「まずい……ポルテ!ルークを起こして外へ出ろ!!……何しとる! 急げ!」
水の玉のうちの奥にあるひとつが異様に大きく膨らんでいく。
私はルークを言われた通り叩き起こし、半ば強引に引きずりながら玄関へ走った。
「ルーク!起きろっ! ゴッ」
「いってーなー、何すんだよ」
トトは何やらいろいろ、部屋のものをかき集めている。持てるだけのものを全て抱き抱えて外へ出てきた。
「なんだよ……ポルテ〜ねみいのに」
「なんですかトト様、あの水玉の大きさ」
「成功じゃて、ポルテ。 だがあの量じゃあ 水が足りんかったらしい。アムとピムが勝手に足しよったのよ…欲を言えば上に植えたかったがなぁ……ほれ、見とってみい」
「ドフッッッッ」
横たわる大樹の幹を突き破り、上から細い木が出てきた。
目を丸くするルーク
「スッゲ…」
「いかん…部屋がなくなってしまう」
トトがそう言って家に入って行った。私たちはどんどん伸びていく木を横目に見ながらドアに急ぎ、恐る恐るドアを開けた。
水玉があった所から根が部屋中に伸び、天井に向かって木が伸びている。
水浸しの部屋は根が張り巡らされている。荷物を抱えながら根をかき分けながら家の中に入るトト。
まだ部屋の中は水浸しだが、トトは荷物を床に置くとすぐに根に手をかざし始めた。
「んんっ……」
のび続ける根はゆっくりとトトから離れていく。離れた根が壁になり天井にみるみる収まってゆく、部屋はすぐに私たちの知っている元の形に戻っていった。だが、整然としていたトトの部屋は、見る影もなくグチャグチャになってしまった。
「あぁ〜あぁ、やってくれたのおアム、ピム!俺にまでイタズラしよって」
部屋の天井と壁を見ると、とめどなく動き続けている。ずっと壁紙が変わってるみたいだ。根が成長し続けてるって事だよな。なんだこの成長速度は……。
「でもトト様!うまく…いったんですよね」
「トト様の樹から木生えて見えてたよな…もう俺らが出た時」
「あぁ、うまくいったはずだ。少し予定は狂ったが、中はもう大丈夫じゃて…もう一度外へ出よう2人とも」
私たちはもう一度、広場へ出て倒樹の上を見た。
大樹に根付いた木はどんどん空を目指して伸びていく。
3人で伸び続ける木を見上げ続ける私たち。あ、もちろんプラッツたちも……。
……そう…長い時間をかけてこの地に返っていくはずだったトトの倒樹。この地に長く根付いた歴史のある樹、トトにとっては家族との思い出を…それより前からこの島を見てきた偉大なる樹だ。
私がトトに話した時、あの時、トトにお願いしたのだ。
———「この島に川を作りたいんです!長い時間をかけてこの地に返っていくはずだったこの倒樹に違うものを植え付けたいということです……無理を承知でお願いします。この大樹サイズのウォーターツリーをこの島に根付かせたい。私たちにください…この倒樹の寿命を…」———
トトはこの願いを受け入れたのだ。
その倒樹に根付く新たな命を私たちは生まれさせた。
この新たな命の誕生を見ながら、私はここを、この島を守る覚悟をしたのだった。———




