第10話 ライド・ザ・リバー
「メキッ…メキッッ……メキメキッ」
倒樹に根付いたウォーターツリーはまだ、どんどん上へと伸びていく…上は暗闇で見えづらい…というか全く見えない。
横たわった倒樹は、軋みながらウォーターツリーと一体化していく。倒れて横に伸びていた大樹がみるみる縮んでいっているのだ……。
どんどん縮んでいってしまう長年住んだ倒樹を見ているトトの顔は、悲しく、少し寂しい顔に見える。
これまで住み続けた、見続けた、守り続けた樹なんだ。想うことが多いだろう。私はトトにそっと呟いた。
「すみません…トト様…倒樹のこと」
「いや、これでいい。いずれは広場の一部になってたんだ、新しい命の一部になれたんじゃ。俺がくたばる前にこれが見れた。光栄なことさ……まぁ…あいつにも見せてやりたかったがなぁ…さあ、お前たち!まだ夜中じゃて!あれじゃ眠れん!さぁ、片付けた片付けたっ!」
「あぁ〜〜、忘れてたぜ」
「あぁ〜〜、忘れてた」
成長して動き続ける根の壁、荒れた部屋。
部屋のそのものが生き物になったみたいだ。
片付けるのが億劫になるほどの有様だ。
一度扉を閉めたくなるほどに。
ただ、水浸しだった部屋の中は乾いているように見える。床に触れてみた。やっぱりそうだ。乾いている。
部屋にあった水の玉もどんどん吸収されていっている。ウォーターツリーは水があるところまで成長する。この部屋の水も吸収してるといったところだろう。水を見つければ、そこへ向かって根を伸ばし、吸い上げる。
凄まじい生命力だ……。
かえる豆の力も混ざるとこれほどまでに……トトも驚いている様子だ。
「まさかここまで早く成長するとはな。これだけ長く調べても、かえる豆は謎が多い」
「どうやって豆は繁殖を?」
「分からん。これを…」
トトが見せた箱の中には、水色のかえる豆が入っていた。さっき慌てて外へ出た時も一緒に持っていた箱だった。
「知らんううちに増えとるんじゃて…最後の一個になったとしてもな…」
「不思議ですね…これだけ大きな樹になったり、村の家みたいにもなるし…どこから生まれたんでしょう」
「さあな、こやつらは知っとるんじゃろうけどな…いたずら坊主めっ」
アムとピムは相変わらず2人で遊んでいる。ルークが不思議そうに聞いた。
「こやつらって誰だよ」
私たちはクスクス笑った。
「さぁさぁ、掃除じゃて」
棚に置かれたものを元に戻し、掃除していった。3人もいるんだ、すぐに終わるだろう。
トトは、やっと見つかったものがあったり、懐かしいものが見つかったりで楽しそうにしている。
まだ動き続けている天井には、まだ装飾を戻すこともできないだろう。
どうやらルークは記憶力が相当良いみたいだ。ここへ来る時にも思ったことだ。メモもしていないのにほとんど自分が見つけたり、試食した植物のことを覚えていた。すごいな、ほとんど迷う事なくどんどん元の位置に戻していく。
私も思い出しながら片付けた。部屋はどんどん片付いていった。おっと…ポケットから¥1札が落ちた。
私はそれを持ったままトトに話しかけた。
「トト様!全然進んでないじゃないですか」
「いや、すまん。懐かしいものが多くてな」
「フフ…分かります。トト様、これ」
「なんじゃ、紙か」
「ええ、¥1札といいます。私が創ったものです。……物々交換しませんか」
「この絵は…樹か…それに模様も美しい。何でも構わんが俺からは何を?」
辺りを見渡しながら、トトは私に問いかけた。
「……この島の…いや、あなたが住む…ここの、未来を…」
「ンハッ……頼もしいのお…まったく……ありがたく受け取るぞ…長生きも悪くねえなぁ」
トトは微笑みながら私に言った。
私はさっき父が持っていた、かえる豆の箱が置かれているのにふと目をやった。さっきは気づかなかったが、どこかで見た装飾なのだ。何だっけこの装飾…。
「トト様、この箱…見せてもらってもいいですか」
「あぁ、構わんよ…じゃがポルテ、中の豆を濡らすなよ」
「芽が出るのですか?」
「あぁ、俺がこの豆で知っていることは、目的がないまま芽が出てしもうたらすぐ枯れてしまうんじゃて」
じゃあこのウォーターツリーは目的があったから伸びたというのか……
「アムとピムが力を使ってるからじゃないんですか?」
「いや、それも大いにある。だが、やはり目的がなければこやつらがおっても枯れてしまうんじゃて」
不思議だ……私はトトの机に置かれた箱を、中の豆が落ちないようにそっと持ち上げた。ゆっくりと回し、底の面を見た時に思い出したのだ。
「トト様!この箱の裏の紋章、何か知ってるんですか?」
「ん?この3つ股の槍の紋章か?」
そうだ…。どうりで見覚えがあるはずだ。私が海で拾った短剣の装飾と全く同じだったのだ。
そしてこの槍の紋章。この短剣の柄にもある…やっぱり……。
「これを…見てくださいトト様」
私はアイテムボックスからこっそり短剣を取り出しトトに差し出した。
老眼鏡をかけ直すトト。水のレンズが入っていないことに気づき慣れた手付きでフレームに水を張った。
「これは……同じ紋章…じゃな」
「何の紋章か知ってるんですか?」
「俺も同じ物を見るのは初めてじゃて…この箱はなあポルテ…俺がガキの頃に祖父様から受け取った物じゃて。よくは知らんが友から貰った物らしい。えらく大事にしとったし、祖父様の形見じゃて……すまんが…それ以外は、よく分からん」
「んーそうでしたか……じゃあ、この短剣もかなり前のものってことですね」
「んむ、そうじゃろなぁ…んっと」
トトは自分のネックレスを外し◇形のペンダントトップを開けた。
「カチッ…」
箱からかえる豆を3粒取り出し、中に入れ私に差し出した。
「お前ならいつか使えるじゃろ、¥1札の礼じゃ。受け取っとけ」
遠慮して断ろうとしたのを察したのか、トトは半ば強引に微笑みながら豆の入ったネックレスを私の首につけた。
「めっちゃ、かっこいいこのネックレス。ありがとうトト様!」
「ンハッハッ…豆よりネックレスが嬉しいか」
「へへへ」
私たちのやりとりを見て羨ましそうにルークが言った。
「おいー、俺が片付けしてる間に随分楽しそうじゃねえかよ〜」
「ごめん、ルークついはなしこんじゃってさ」
「ンハッハッ…すまん。お前にもこれを」
トトはルークに指輪を渡した。
ルークは嬉しそうに指輪をつけた。
その後も私たちは作業を続け、片付けはようやく終わった……水で洗われたせいか、それとも私たちが片付けたおかげか…来た時よりも綺麗になった。
疲れ切った私たちはようやくベッドで眠りにつけたのだった。
———「おい…………おいって………ポルテ…………」
んぁ〜……騒がしい。ルークの声か。アンナみたいだ。あの二人似てるんじゃないか?もー眠いのに…まだそんな長い時間眠れていないだろ。さすがに早起きすぎやしないか…。
私は眠くて開かない目を片目だけ開け、外に目を向けた。まぁ、もう外は明るいみたいだが…
「んーーー、まだ眠いよ。ルーク」
「馬鹿野郎、早く起きろ。待ってられるかよ」
私はルークの肩に担がれて半ば強引に外へ出された。
「ルーク、昨夜の仕返しなら謝るよ…でもしょうがなかったろ…あれは…」
「ちげえよ……早く見てみろって」
眩しい……私は眠い目をこすった。いつも通り広がる美しい野原、プラッツは気持ちよさそうに背伸びしている。プラッツの子どもたちも、もう走り回っている。
———私は気づいた。美しいグラスウルフの白い毛並みに、広い美しい野原に、ルークの顔に、私の手に、身体に、全てのものに見える。
水影だ……。辺り一面が全て、光が反射して天井に映った室内プールの水面のようになっている。
私はゆっくり空を見上げた。昨夜、空高く伸びていった、倒樹に根付いた大樹を。
「……ウォーターツリーだ………」
昨日プラッツたちが水浴びをしていた広場で見たウォーターツリーの100倍はあるだろう。
水の葉たちが作り出した水影が、広場全体を覆ってしまうほどに大きい。
そして、この水はいったいどこまで、空高く伸び続けているのだろうか……。
太陽の光を受けてキラキラと光って輝いている。…眩しい。それほどに透明度が高いってことだ。
水影が揺れる私たちの顔には自然と笑みが溢れていた。
「何とも言えん美しさじゃろて」
扉を開けたトトが私たちに言った。
「トト様!これは……」
「ンハッハッ、上出来じゃて。見てみい、庭にあったウォーターツリーの水もかっさらって成長しよったわ」
指された先を見ると昨日あったウォーターツリーは萎んで枯れている。そして、ここにあったはずのトトの倒樹もまた、すっかり綺麗にウォーターツリーに吸収されて無くなっていた。
「お前らが出てきたとこ見てみい。中身は同じじゃがな。どーよっ」
トトの家は場所は変わらず、同じ場所のままウォーターツリーの一部となった。
大きく、上に伸び伸びと成長したまさに大樹と呼べるウォーターツリー。
トトの顔もどこか私にはスッキリして見えた。
私とルークはしばらくプラッツの子どもたちと遊んだ。ルークには内緒だが、アムとピムも混ざっている。トトはハーブティーを飲みながらプラッツに微笑みながら何か話しているのが見えた。
アムとピムだが、ウォーターツリーの大樹の水をすでに自由に扱っている。私たちにかけたり、野原に撒いたり、水の玉を作ってみたり。まあ、そもそも彼らがこの樹を作ったと言ってもおかしくない。トト様が種を作ったおかげも大きいが。ドライアドの力は偉大だ。でないと樹がこんなに早く成長はしない。
……さあ、ここからが本番ともいえる…私たちの仕事はまだ終わっていない。プラッツたちと遊び疲れた私はトトのもとへ戻った。
「ありがとう…トト様すごいですね。ウォーターツリー」
「あぁ、倒樹が見違えったわい。あとは……あいつらがどうしてくれるかだけじゃなぁ…」
「そうなんです。イタズラっ子の彼らが人間のために手を貸してくれるかどうか…」
そう、あとは村まで川を引けるかどうかだ。
そもそもウォーターツリーと言っても樹自体が水を生んでいるわけではない。その長く伸び続ける根は水を探して伸び続けるわけだ。
つまり山頂にできたこの大樹も、海水を吸い上げるために、海へ向かって根を伸ばし続けるわけだ。
サイズが違えど、この大樹だって同じウォーターツリーだ。この広場に水影を作るほどの凄まじい量の水を吸い上げたわけであって、そもそも彼らドライアドの力なしでは、私たち人間だけの力では何もできないのだ……。
私たちはアムとピムに聞こえないようにコソコソ相談した。
「トト様…あいつら、やってくれますかねえ。あと島にどんな動線で川引くかも考えようですし。そこも迷い中なんです」
「俺にもそのあたりは分からん。ちょいちょい俺にもなんかしてきよるしのぉ…アムもピムも…まったくあいつらは…。まぁ、動線やらそのあたりはフランクと相談せえ」
「ちょっと様子を見てみましょう。アムとピムが機嫌が良さそうな時に言ってみます。 フランクさんたちも心配してるだろうし、そろそろ村へ戻ってみます」
「ドゴッッッッッッッッッ」
「あぁぁーーーーーーーーーポルテーーーーーーー」
私はすぐに大きな音がした方を見た。
ものすごい勢いで流れ出る水。
ウォーターツリーの大樹から、広場を避けるように山麓の方向に向かって水が流れ出し、滝のようになっている。
ルークの叫び声は聞こえるが、姿は見えない。
水に流されたんだ……大きかった叫び声はだんだん離れてゆく。
「フフフフフ…………アハハハハ……」
踊って、はしゃぎだすアムとピム。
私は笑いながらトトに言った。
「まったくあいつら…ハハッ……イタズラっ子すぎるだろっ……トト様! 急ですけど、また来ますね!」
私は勢いよく流れ出る水の所へ走った。私のうしろから大きな声でトトが叫んだ。
「おい、ポルテよ。どうする気じゃ」
「大丈夫!大丈夫〜!!ハハハッ」
私は水の中に飛び込んだ。冷たい…身体が水の流れに持っていかれる。
「っぷはぁ〜〜」
水面に顔が出た。
目の前を、ものすごい勢いで景色が流れていく。
木が次々に後ろへ吸い込まれていく。周りの風景がどんどん変わっていく。
歩くとあれだけ時間がかかったのに…どんどん身体が水の流れに乗って加速していく。
だめだ、笑いが止まらない……楽しい。
「うわぁーーーハッハッハッハッハッハッハ」
「…ルテーー」
「ハッハッッハッハッハッハッハッハッ」
「おい、…ポルテーーーーーーー」
あれ!?先に行ったはずのルークが私のほぼ真横に後ろから現れた。
「何で!先に流されたのにーー!」
「ハハッ…木につかまって待ってたんだーー!お前なら来ると思って!!」
「ビンゴーーーーオーーーー」
「ハーーーハッハッハッ」
人工的にできた、すぐに終わってしまう つまらないウォータースライダーとはわけが違う。
これは山全体を使った、超巨大ウォータスライダーだ。そりゃ勢いだって規格外に決まっている。
「うわぁっ、おい、やべーぞっ!ポルテ!!岩だーーー!!!」
「うわぁあーーーーーーーーーーーーー!」
「フフフッ…………アハハッ……キューーーーーーー」
聞き覚えのある笑い声と共に川の流れを木がうねって邪魔をする。川の流れが変わったのだ。
目の前まで迫った岩は、川そのものが避けるように流れていく。
私たちは無事、岩に当たらず川の流れのままに流されたわけだ。
危なかった…命拾いした。
トトに言われて来たのだろう。私たちが流れる上をアムとピムが飛んでいるのが見えた。
山頂からまだそれほど時間が経っていないのにもうすぐ村の近くなのがわかる。
「あっぶねえーーー、死にかけたぜ」
「ルーク!このままだと、最後はあの高い波の海に投げ出される!!」
「おぁあーーー!確かになぁーーー!!じゃあ砂浜で出るぞ!!!」
「オッケーーーーー」
私はアムとピムに聞こえるように叫んだ。
「おーーーい!村は避けて畑の横に通してくれーーーー!!」
この勢いのまま村になんて流れたら大変だ。人が流されてしまう。
私は勢いよく流されながらも、川ができて便利になった分、島の一部が川によって左右に分断されてしまい向こう側にいけなくなってしまう不便さに気づいていたのだった。
まあ、出てくる問題は一個づつ解決していこう。私は今を楽しむことにしたのだった。
「Fuーーーーーーーーーーーーーー」
「アッハッハッハー。楽しそうだなポルテー!まぁ俺もだけどなあ!!」
「フフフッ…………アハハッ……キューーーーーーー」
トトに私の言うことを聞くように言われていたのかもしれない。利口だ。アムとピムは、ちゃんと言うことを聞いて畑の方の道へ進んでいる。
水の流れる方向が畑の方向に向かい、水の流れは勢いを増す。
「ドゴッッッッ」
「ックッッッッ、何つー…水のっ…がっ…勢い…ゴボッッッッ」
「ルーークーーーッ……ゴボッッッッ」
私は水の渦に巻き込まれながらも、畑の横をしっかり通っているのが見えた。
この道はアンナと通ったことがある。もうすぐ浜につく…そろそろ体勢を変えないとっ……私は外へ飛び出すために必死で体勢を整えた。
今だっ!!!!体を捻りながら頭を守ってタイミングよく外へ飛び出した。
「ドフッッッッっ……あぁーー…いってぇーーー……」
砂浜に着地した。砂浜でもこの衝撃だ。岩場だったら間違いなく血を見ることになっただろう。
私は砂まみれになりながら、もし脱出に失敗していたら……と想像してゾッとした。
自分が脱出したその先の川の流れを見ると、海の高い波の壁にぶつかり続けるウォーターツリーの川が見えた。
おぉ、怖……。
ルークは無事だろうか…私とは反対側の浜に出たのか?……まずいな。
やはりルークの姿が見えない……
「おいおいおい……嘘だろ……ルークーーーーー!」
どこにも姿が見えない。
そんな……私は激しくぶつかり続ける川と海の境目に目をやった。
「ドガッッッッ」
後方から勢いよく何かがぶつかってきた。
「いってぇーーーーー……あーーもーー
…心配して損したよ。ルーク」
「へへへっ、助かったぜ? クッションくんっ!……立てるか?」
ルークは倒れ込んだ私に手を差し出した。
「あぁ!それにしてもクッションくんだと!?」
私はルークの手を掴むと、そのまま真っ白な砂浜へ引き、ルークも仰向けに倒れた。
「ップッ……アッハッハッハッハッハッハーーーーーー」
「ダァーー…ッハッハッハッハッハッハッハーーーーーー」
———私たちは大の字で砂浜に寝転んだまま仰向けになって大笑いした。




