第11話 不気味な男
あぁ…見上げる空が青い。雲ひとつない空から降り注ぐ太陽が、顔を照らしている。
ウォーターツリーの川は止まることなく流れ続けている。
アムとピムはいつの間にかいなくなった。彼らのイタズラも終わったのだろう。川の流れは穏やかになり、心地の良い川のせせらぎと、相変わらず高い波の海の音が両方入り混じって聞こえる。
水から飛び出したばかりの私たちは、砂のたくさんついた背中を川で洗い流すことにした。
まったく……あいつらイタズラするにしても限度がある。危うく命を落としかけたんだ。
…とはいえ、勝手に山に川を作ってくれたんだ。私たちの望み通りになってくれたわけだ。承諾されるかどうかも分からなかったドライアド相手の交渉をする必要が無くなったんだ。あまり文句は言わないでおこうではないかっ。
川の中に入ったルークが水を飲んでから言った。
「っくぁーー、俺らが流された時の水より冷てえっ…うまい」
私も一口、水を口に含んで飲み込み、笑って言った。
「ハハッ…ほんとだね。…ルーク服が冷たいよ。風邪を引く前にそろそろ村へ戻ろう」
秋になった島の色はすでに紅葉が訪れ、赤く染まっている。
私は相変わらず霧のかかった山頂を見上げながら思った。
山頂から流れてきたというのに水には一切の濁りがないのだ。
さっき躊躇なく何も考えずに私たちは水を口にした。それほどに透き通っている…これもドライアドの力なんだろうか……。
今回はアムとピムのちょっとしたイタズラが功を奏した。これでフランクの汚名も返上できるわけだ。
走り続ける私の脚は、高鳴り続ける心臓の鼓動に合わせるように、止まる事なく回転し動き続けた。
私たちは流れる川に沿って続く村へ戻る道を走り続けた。畑には突然流れて来た川に驚いている村人たちが見える。そんなことは気にもとめず、私たちはケラケラと笑いながら村に向かって走った。
「おい、ポルテ!みんな驚いてやがるぞ」
「ハハッ…そりゃそうさ!いきなり川ができたんだからっ」
やっと村が見えてきた。気持ちはもうオリベル邸についている。一刻も早く到着したいのに、なかなか到着しないように感じる。
村に戻ってみると村の者たちは、まだ全然川の存在に気づいていないようだ。ここから川は見えないし、あまりのことに呆気にとられて、誰も伝えに来てないんだ。私は一刻も早く、このことを伝えたかった。
勢い一杯にオリベル邸へと向かい、ようやく到着した。
入り口に人が大勢いる。
もお…こんな時に限って…。
入りづらいオリベル家の前にいる人を掻き分けながら入ると、奥にもまだ人がいる。広いはずの一階にこんなに人が大勢いるなんて。
背が小さくて助かった…。
ガザムを筆頭に前に来ていた見覚えのある取り巻きもいる。数日前にここへ来た時から、まだそんなに日が経っていないのに…また来たのか、こいつらは。……それに危機とはいえ、かろうじてだが、まだ塩化していない井戸もあるはず。それに予備の水だってあるだろうに…。
集まっている人を避けながら先へ進むと、フランクの声だけが聞こえてきた。
「ガザム、頼む。あと、2日くれ……。トト様に話し次第、すぐに移住の準備を始める…」
「いい加減にしたまえ、フランク村長。見てみなさい…あなたの家に集まったこの村人の数を。みなさんが不安にさらされているのですよ?
それに………フランク…聞きましたよ。全員じゃ移住は難しいそうではないですか……ご自身は楽園に逃げ、村人を置き去りにするおつもりか?」
「どこでそれを……」
「クフフッ……聞きましたか皆さん。彼は仲良しの皆さんだけで、水の豊かな山頂部に逃げようとしているのです。この者は…」
「違う!!!…そうなった場合、村へ水を運搬するための工事に入る計画も進めていた!!」
「……物は言いようです。本当かどうか疑わしいですねえ…自分たちだけ山頂へ行ってしまえば、残された村人は放置されたりしてねえ…クフフッ」
私たちは人混みを押しのけてようやく最前列に到着した。
おでこに汗を滲ませながら必死に説得するフランクが見える。
ジーナにアンナ。ミアも母と来て心配そうにフランクを見つめている。ジャンもフランクに加勢している様子だが深刻な状況だ、強く出られるはずがない。
相変わらずガザムの取り巻きからはうすら笑いが聞こえる。
胸糞が悪い…転生した身ではあるが、私もルークも子供なんだ、大人たちと、お偉い奴らの裏の事情なんざ関係ない。助け合うことを忘れた、足を引っ張り合う前世の政界、いや、社会のそれと瓜二つだ。
「おいおいおいおいーーーー!」
大きな声でテーブルの上に上がり、仁王立ちで叫ぶルーク。その場の全員がルークに目をやった。ガザムの取り巻きが騒ぎ出す。
「貴様!また出てきよって」
「今日こそはおらんと思えば……」
「図が高いぞ!降りろ!!」
そのままガザムの取り巻きたちはルークをテーブルの下へ引き摺り下ろそうとする。
「ドゴッッッ」
足を掴もうとするその手を、するりとかわしたルークはそいつらの顔面を思いっきり蹴り上げ笑って言った。
「はっ……くたばりやがれっ! 聞けっ! 皆の衆!!! 時は満ちた!!!!」
その場にいる全員があっけに取られた表情でルークを見ている。そして、ルークは言った。
「あ、いや……。こっちじゃねえ。話すのはポルテだ」
えぇーーーーーーー。すっごいパスの出し方じゃん…ルーク。
おじさん蹴り上げたのはスッキリしたけど…。私、結構おとなしいタイプなんだから……。なんかヤンキーの友達のガリ勉みたいな…なんか凸凹コンビみたいな扱いされない!?大丈夫そう!?!?とか思いながらも勇気を出してテーブルの上に私は上がるのだった。
「あーー、えーーっと。ご紹介に預かりました。ポルテット・エウトピアです。
ルークが話した通りです。…えっと……」
たくさんの人がこちらを見ている。アンナも、ジーナもジャンもルークもミアもアッシュもだ。それにガザム。この村の子どもから大人まで……。心配そうにこちらを見つめるフランクとも目が合った。こんな様を晒したかったんじゃない。
私は、はっとなり思い出したのだ。この島を守ると決めたことを…その誓いを…。深く深呼吸した。
「スゥーーーーーーフーーーーーーーー」
ダメだろう、こんなんじゃ!
私はこちらを見つめるフランクに微笑み、みんなに大きな声で切り出した。
「村長 フランク・オリベル・甲の命により!私は山頂に住まわれる、トト・アルド・サンダー・乙に対し、長年の住処である倒樹を生贄とし、ウォーターツリーの大樹を根付かせるよう要請した!
結果!乙はこれを受諾し、甲に対し今後、ウォーターツリーによる河川の水を村へ提供し、村の発展に尽力するとのこと!ここに報する!!!」
……きょとんとするみんな。 あれ、ちょっと硬すぎたかな。
フランクが口を開いた。
「ポルテ…それじゃあ、今もう川が?……」
あ、そうか。それはそうだ。実物の川を見ていないんだ。実感が湧かないのだろう。
「そーだよ、フランクさん。もう水が枯れることはないよ。みんな!行こう外へ!!畑の方を見てもらいたい!!!」
ざわつく村人たち。
想定外のことが起こっているだろうに相変わらず無表情のガザム。
川を見ようと少しづつ、オリベル邸から減り続けていく村人たち。
少しして畑のある方角から騒ぎ立てる村人たちの声が聞こえ出した。川を見つけたのだろう。一気に声のする方へ村人は集まって行く。こちらを無表情で見つめていたガザムもゆっくりと外へ出ていった。相変わらず不気味な男だ。
あっけに取られたフランクの腕を掴み、私は外へ連れ出そうとした。
「行こう。フランクさん」
「あ、あぁ」
玄関を出た私たちは目を細めた。秋ももう中頃なのに太陽が島を照りつける。ゾロゾロと川の方向へ歩いて進んでゆく村人をフランクの腕を掴んで、次々と追い抜いて私たちは走った。
村を出るとすぐに穏やかに流れ続ける川が顔を出し、せせらいでいる。もともと凹凸のあった場所を流れ続ける水は波を打ち、水飛沫が太陽に照らされキラキラと光り輝く。天候も私たちの味方をしているみたいだ。
「ポルテ…これは……」
「さっき言った通りだよ。綺麗でしょ?」
「……あぁ、綺麗なんてもんじゃないさ。すごいよ……」
水に足を入れて遊ぶ子ども。しゃがみ込み水を手で掬う者、驚き呆然と川を見つめる者。
村にいる老若男女、皆全員が集まっているんじゃないだろうか。
ルークが追いついてきた。
「フランクのおっちゃん、これで文句ねえだろ。ガザムもよお」
私たちは辺りを見回したが、ガザムの姿はそこには無かった。あの男は全く…。何を考えているのか、全くわからない。
アンナもミアも揃い、大人たちに見守られながら、私たちは村へ戻ってきてからまだ服が乾いていないのにはしゃいで水遊びをした。
これだけの人が水に触れてもやっぱり全く濁っていない…地団駄を踏んでみたがやっぱりだ…生活するにも都合が良くて助かる。
また今度トト様にお礼を言わないと。突然飛び出して来ちゃったしなぁ〜…。たまに衝動的な行動をとってしまうのは私の悪い所だ。感情と感覚優先の生き方は子供の頃から変わらない。あ、もちろん前世の頃の話だ。
人混みは好きじゃないが、川に集まった明るい村人たちの声は悪くない…。
時間を忘れて遊び続けた私たちはようやく陸へ上がった。
日が落ちるのも早くなった…。日が暮れて徐々に帰り始める村人たち。
オリベル家に帰ってきた私たちは、夕食をとった。そんなことはないはずなのに、随分とここへ帰って来ていなかったように感じる。
食事を終えた私とフランクはまた木の上のツリーデッキで話をしている。
相変わらず美しい星空の下でフランクが口を開いた。
「ポルテ…恩に切るよ。それにしても僕を立てすぎだ。気を遣わせてしまったね」
「いや、拾ってもらった身だし、これでようやく一員になれた気持ちだよ」
「おいおい、ずいぶん卑下するんだな…気が引けるじゃないか。何か礼をさせて欲しい」
フランクらしい…相変わらず律儀だ。ガザムのような、村に敵がいるのが不思議でしょうがない…。
「あ!じゃあ、フランクさん!!」
「ん〜?」
「島の北側をさ、自由に使わせて欲しいんだ」
「北側を?全然いいけど…何もないし誰も行かない所だよ?」
やっぱり…だから良いんだ。何もない…誰もいないところ。ウインクして言った。
「うん!そこが良い!!誰にも内緒だよ(^_-)……」
「ハハッ……君のことだ。また何かしてくれるんだろうね」
「フフッ…まあねっ……。あのさ、フランクさん。話変わるんだけど、ガザム先生って何者なの?」
「あぁ、ガザムか。ガザム・ユーリウス……彼は僕の父に仕えていた人だよ」
「アンナのおじいさんにってこと?」
「あぁ、カルム・オリベル 前村長さ。2年ほど前に病で他界して、僕が村長になった」
「そのカルムさんに仕えたのが、ガザム先生ってこと?」
「そういうことさ……。でもね、建前上だったよ。仕えるといっても言葉だけのハッタリだった」
「どういうこと……?」
「ガザムの言いなりだったんだ…父は……。
この村はずっとガザムの意のままなんだよ。いまだにね…。
僕が村長になって、ずいぶん違うこともしてみたけど、どうやらそれがダメだったらしい…父とは違う僕をみかねたガザムは僕には仕えず去って行ったよ。 君も見ての通り、目をつけられてこのざまさ…。まったく、情けない限りだよ……」
「………そんなこと…」
「……フフッ…少しでも変わった事をするとこれさ…ルークもそうだったんだろう」
私はこれを聞いて初めてルークと学校で初めて出会った日のことを思い出していた。
⸻村の畑には無い、山で見つけた珍しい植物をバッグに入れて持って来たルーク。
必死でガザムに訴えかけるルーク。
そして、そのルークを見て不機嫌になっていたガザムを⸻
「ガザムのことを知りながらも勇敢に立ち向かうルークにはいつも感謝してるんだ。そして君もね…ありがたいよ本当に…」
フランクに私は頭を撫でられ、少し照れ臭くなって笑った。
「ヘヘヘッ」
「でもね……ガザムは君たちが思っているより恐ろしい人だ。
⸻……父・カルムがまだ村長の時代の話だ。
この村には君たちのようにガザムに勇敢に立ち振る舞う『ボット』という少年がいたんだ。
毎日島のために、村人にいろいろなことを呼びかけては、行動していた。もちろんガザムにもだ。僕も、もちろん見たことがあるよ。 彼の力と存在は彼が歳を重ねるごとに村にとって大きくなっていった。
……でも、ある日を境にそれは大きく変わっていった……ボットは自分が得するために村人たちを操作している。自分の権力に酔いしれ、既得権益を守る事に 必死だという噂が回った。⸻
僕はこの噂を作ったのもガザムだと思ってる」
「じゃあ!ボットさんは…」
「あぁ、もちろん濡れ衣さ。ガザムほど力がなかったボットは村から裏切り者のレッテルを貼られ、二度と村へ入ることの許されない契約を結ばされてしまった……生きていれば、彼は今も『島の西端』で1人で暮らしてる」
「…なんてことを……そんなのボットさんに会いに……」
「それはダメだ!!!」
至近距離で突然大きな声になったフランクに私は驚いた。
「!?!?」
悔しそうに口を開くフランク。
「……ックッッ……彼が西端に閉じ込められた次の日のことだ。彼のことを信じたボットの母が西端の地に会いに行ったんだ」
「なんだ…じゃあ…」
「次の日もボットに会いに向かった彼女は!!!
……森の中で斬殺されて見つかった……」
………私は言葉を失った。
穏やかに流れ続けていた日常の裏に隠れた、このウイ島の深い闇。
その現実を目の当たりにした私は、受け入れることができなかった。
「…………すまない、父は本当は病で他界したんじゃ無いんだ。
これもだ…頼む。アンナには内緒にしてもらいたい!
フランクは息を整え言った。
「スゥー…ふっ……
父は……この、ボット・カルルキンとその母への責任を感じ…自らの命を絶った……」
「……っな……」
アンナになんて話せるはずがない。アンナの祖父は言いなりになっていたんじゃない。そばにいたカルムさん自身がきっとガザムの恐ろしさに気づいていたのだろう…。
「本当にすまない…ずっと話すべきか迷っていたんだ。だから……ポルテ……活躍してくれるのは心から嬉しく思う…。でも君たちにもガザムには気をつけて欲しいんだ……ジーナとアンナにも何かあったら僕はもう……身勝手ですまない」
「水くさいよ。謝ってばっかり!私だって気持ちは同じだよ…」
クソッ……まだ何も私自身が最悪の状況になったわけではないのに、ガザム・ユーリウスとゆうたった一人の男に見えない人質を取られているような気分になる。
そして、こんな複雑な状況下で、転生したばかりの私を家に受け入れ、今日のように集まっていたガザムたちに威勢よく迎え入れることを言い放ったフランクの懐の深さを身に沁みて感じた。
何も知らずに今日一日中、水遊びではしゃいでいた自分が恥ずかしくて、腹が立った。
外が肌寒くなり数日ぶりに自分の部屋へ戻った私は、ハンモックに揺られながら眠れず、そのまま次の日の朝を迎えた⸻




