第12話 健康第一
身体がだるい。身体自体はすごい疲れているはずなのに、まったく眠れなかったからかな…。
ハンモックに包まれた身体を起こし、床に足が着くと、視界がふらついた。
「おっと……あれ?……」
うわ、これ熱がある時のあの感じだ…。くそ〜昨日はしゃぎすぎたせいだ…。ふらつく身体で部屋の扉を開けた。
いつも通りアンナが身支度に追われジーナが手伝っている。あぁ、今日も学校か…。
それと同時に、学校と連想してガザムの顔も思い出してしまう。
「おはよ〜」
「おはよー、え…ポルテの顔見て。なんかしんどそうじゃない?お母様…」
ジーナは私の方へ近づいてきて、おでこに手を当てた。
「そお…? ちょっと!熱い…すごい熱だわ。昨日で冷えたのね…」
されるがままに私は、椅子へ座らされた。
アンナとジーナがすごいスピードで私の部屋にベッドを運び込み、そこへ私は人形のように放り込まれた。病人を扱うにはちょっと豪快すぎやしないだろうか。
少しして冷たい水とトト様特製の激苦の薬を飲まされた。
ックー…何だこれ、ビター派な私でもかなり苦い。相当だぞコレは…今度、山頂へいった時、薬を飲んだ話をしよう。フフ…トトが笑っているのが目に浮かぶ。
アンナは私の身体を案じてから、慌てて家を出ていった。ベッドに横たわる私にジーナが口を開いた。
「これ、あの川の水よ」
「あぁ、なるほど。美味しいわけだ」
「ハハハッ…そうね、あなたのおかげね」
「……ゴホッゴホッ」
「あらあら、私がいると休めないわね。そろそろ行くわ。いつでも呼んでちょうだい」
ジーナが家にいてくれるのか…中身はいい歳の大人でも弱っている時は誰か近くにいてくれると安心するものだ。
ジーナは部屋から出る時に言い残した。
「ポルテ…これだけ言わせてちょうだい…フランクの妻として私からも感謝するわ。あの人、おちゃらけてるようで何も言わない人だから。あなたがここへ来てから、フランクも味方が増えた気持ちみたい…朝、いつも下へ降りていく姿で大体わかるの…私にはバレバレなのにねぇ……」
「フフッ…色々考える人だからね。好きだよ、フランクさんのそーゆーところが」
扉を閉めながらジーナは言った。
「フフフッ…私もよ。じゃあ、お大事にね…… 」
「バタンッ」
はぁ〜…身体が熱い、天井が回るな…。
昨夜から眠っていないのに全く眠気を感じなかったが、起きていることで感じる倦怠感から逃げるために無理やり目を閉じて、私はようやく眠りについた。
体調がすぐれないからか珍しく夢を見ている…。
ポルテの姿のまま、転生前に来たことのある。あの白い空間にいる……。初めて来た時にいた、肘をついて寝転がる気だるそうな妙に色気のある神を思い出したが……いない。
相変わらずそこには何もない…真っ白で果てのない空間。
海底の見えない、深い海の中に独りでいるような不安な感覚。
そこで特に何かするわけでもなく、ただ、そこにいる私を俯瞰的に見ている夢だ。
これは誰から見た私なのだろうか…前世の私である佐藤からみたポルテなのだろうか…。
私と私。
両方の自分が、自分を自分だと認識している。一人のはずなのに、その空間に二人いることに妙な違和感を私に感じさせる夢だった。
長い夢だった…何か起こるわけでもないまま、特に夢が終わる明確な理由もなく私は目が覚めた。
長い時間動けていなかった気分で、体調とは関係なく身震いをした。
眠る前から開けていた窓。見える空の色はもう、秋の茜色に染まっている。朝からこんな時間まで眠っていたのか……。
「まだ、少ししんどいな…」
「……じゃあ明日も学校へ来るのはやめた方がいいね」
突然話しかけられた私は、ベッドから起こしていた身体を捻って振り返った。
「うわぁ、ロイ!いるなら言ってよ」
「ヘヘッ、ジーナさんにお願いして起きるのを待ってたんだ〜」
3歳年下のロイ・テスタが椅子に座ってニコニコしながらこちらを見ている。
学校に来ていなかったのが心配だったのかな…ロイの顔を手で挟んで私はムニムニする。くるくる金髪の癖っ毛の可愛い少年なのだ。
いつもの調子でついつい可愛がっていたら、すっかり懐かれたわけだ。私は前世でも結構面倒見が良かったこともあってか年下には結構好かれやすい。
「むわあああ〜〜。やめてそれ〜〜〜」
「ハハハ、ロイは可愛いな〜。お見舞いに来てくれたのかぁあ〜」
ロイは自分のほっぺたをムニュムニュしてくる私の手のひらから逃げ出し、頬を押さえながら続けた。
「ぷはーーーー、そうだよ。それもあるけど聞いて欲しいこともあって」
「うん、何だよ。かしこまっちゃって。好きな子でもできたか?」
「もー、違うよ!!!ガザム先生のことで…」
茶化していたが、どうやら楽しい話ではないらしい。
「ポルテがこの島へ来た少し前の話だよ」
「……あぁ」
「夜中に目が覚めて夏だったし喉が渇いちゃって、井戸に水を飲みに行ったんだ…そしたらその後にガザム先生も来たんだ。先生怖いからなんか隠れちゃって…僕。その日はたまたまガザム先生も水を飲みに来たんだと思って家に帰ったんだけど…」
「……何してた?」
「後ろ姿で見えなかったけど、井戸に手を伸ばして、こうやって向けてた思う。でも……その次の日からなんだ!僕が水を飲んだその井戸も、この村の井戸の水がしょっぱくなったのも…ごめんなさい。怖くて言えなかったんだ……」
「あぁ〜…なんだ、そのことか!それはねロイ…フランクさんにガザム先生が頼まれて内緒で調べてたみたいだよ?」
「え、そーなの!?」
「そーそー。だからロイが心配することはないよ。でも、内緒にしてたいみたいだからこのことは内緒だよ?」
「うん!!!」
「絶対だよ?ポルテおじさ…お兄さんと指切りしよう」
私は差し出された私の手よりも、よっぽど小さなロイの手と指切りをした。
「指切りげんまん嘘ついたらほっぺたずーーっと触ります!!指切った!!」
「アハハハハー嫌だよそんなの、誰にも言わないよ!」
「フフフッ…ロイ、そろそろ外も暗いし帰りな」
「わかった、じゃあまた学校でね!」
「あぁ、気をつけてな!!」
ロイが出た私の部屋はシーンとしている。
窓の外から視線を感じた気がして振り返る。
「バサッ…」
「はぁー。何だ、コウモリか……大きいな」
視線に感じた気もしたが気のせいだった。この世界にもコウモリがいるんだな…。
それにしても……いったいどういうことだ。ガザムが井戸を使えないようにしたってことか?でも、どうやって…何のためにだ…。フランクさんを追い込むためにか?それにそんなことしたって自分の飲み水だってなくなるんだぞ?
クソッ……何が目的なんだ…そういえば今思えばボットのことだって気がかりだ。そもそもガザムは頭のキレる男だ。村のことも、いくらでも発展させられるはずなのに。ボットをわざわざ西端に閉じ込めないで上手くボットを操れたはずだ。……フランクから状況を聞くに、おそらくボットの母親もあいつが……
「グゥーーーーーー」
そうだ、朝食べてから寝っぱなしだったからな。結局何も食べてない…。
あぁ〜もぉ〜。こんな時って、めちゃめちゃりんごが食べたいのに……。
ロイが持ってきてくれたウボの実を暗い部屋で食べてから私は部屋を出た。眩しい…立ち上がるとまだ身体がだるいな…。
あ、夕食の時間か。みんな揃っている。
起きてきた私にアンナがコップとトト様特製の薬を渡して言った。
「あ、起きてきた。どお?体調……はい、水と薬」
「うん、まだちょっと。今日寝たら大丈夫かも。にがーーーーー」
「ハハッ、きっと薬のおかげで、こじらせないで済んだんだよ?遊びすぎたんだよ」
ぐうの音も出ない。フランクの気持ちを考えれば、はしゃぎすぎてしまった。申し訳ない限りだ。
「ロイがくれたウボ食べたから、私の分はいらないよジーナさん」
「そぉ、まだ食欲がないのね」
「明日も学校はやめておきなさい」
「うん、そうするよ」
良かった、フランクの顔は元気そうだ。やっぱりまだしんどいな…私はUターンして部屋へ戻っていく。
「はぁ〜、また戻るよ。みんなおやすみ〜」
「おやすみ」
「おやすみ〜」
「おやすみー」
みんなに見送られて、私はまたベッドに横になった。
そういえばルークの体調は大丈夫だろうか。元気になったらトト様にも早く会いに行かないと。あ、一度島の北側にも行ってどんなところか見てみたいし……。アンナが昔、北側で迷ったとか言ってたなルークに恋した所か…なんか聖地巡礼する気持ちになるな…かなり距離もあっただろうに。楽しみだ……さっきまで眠っていたはずなのに、また眠気が襲ってきた。
だんだんと意識が遠のいていく中で、向こうの部屋からうっすらと声が聞こえた。
「ちょっと〜、僕のベッドがないんだけど〜〜〜」
ごめん……フランクさん。このベッド、フランクさんのだったんだ。心の中でそう呟きながらも私は眠りについてしまった。
また、夢を見た。りんごを頬張る夢だ。夢中で。これは願望の方の夢なんじゃないのか…。お腹いっぱいの気持ちで目覚めたが、現実は空腹だ。夢は夢で終わった。現実を突きつけられる。 また、かなり眠ったみたいだ、起きて部屋に来たけど誰もいない。
ジーナからの書き置きがある。『今日も一日ゆっくり寝ておくように。 ジーナ』
身体も軽いし、ちょっと出かけてやろうかと思ったのを知っていたかのように先回りされてしまった。村長の妻恐るべし…。
ベッドに戻った私はトトにもらった本をアイテムボックスから出し、ようやく手をつけることにした。
『ラル………国 ノッテ………著』
かすれた表紙のドーン文字。魔法のことが何かわかるんだ…魔法なんて、そんなのドキドキするに決まっている…高鳴る胸を押さえながら、ゆっくりと本の1ページ目を開いた。
『この本が、あなたの転機になりますように』
1ページ目はそれだけ書かれている。……次のページをめくった、次も…その次も。そのまた次も……最後のページまで。
真っ白だ、何も書かれちゃいない。
何だよ……期待して損した。本を閉じてベッドの上に雑に置いた。
「ボッッッッッ」
突然、本に火が着き、燃え始めた。
「え、ちょっと!!!」
枕で叩いて必死に消そうとしたが違和感に気づき手を止めた。本は燃えているのに表紙の文字がじわじわと現れたからだ。
炎のようなデザインまで炙り出てきた。
本を手に取って確認したがベッドの布団は無事だ。 私は改めて本をまじまじと見た。文字のかすれた古本は見る影もない。表紙の文字もはっきりと見える。
『ラルムール魔法王国 魔法学のすすめ。 ノッテ・マザー著』
「魔法学のすすめ…」
「パタパタパタ……ボウッッッッ…」
「うわっ、火の玉か?…」
本のページが勝手に開き、開いた本から拳くらいの炎が現れた。
炎の玉はどんどん人の形になっていき、やがて一人のふくよかな女性の姿へと変わると、私に話しかけてきた。
「んんーーーサプラーイズ、ごきげんよう。珍しいわ!久しぶりだわっ!このご時世こうして呼び出されることも無くなってたもの!フハーーーッ…あなたねぇー?この本に『ケト』を感じさせた魔法使いの卵ちゃんは〜」
彼女が笑うと火花が散り、私の頬の近くを掠めて暖かくなる。
「こっ…これは……」
「おぉーっと、失礼。熱くなかった?ボーイ」
「え、えぇ。大丈夫です…マダム、あなたは…?」
「フハーーーッ、マダムですって?気に入ったわぁーっ。私はラルムール魔法王国 ノッテ魔法学校・校長太陽のノッテ・マザーよ」
「魔法学校……校長…私はポルテと呼んでください」
ノッテは陽気な口調ながらも鋭い目つきで話を続けた。
「ポルテちゃん、この本はね、私の手の届かない魔法使いの原石ちゃんを見つけるために、私が執筆した本なのよ。まあほぼ文字も書いてないから作ったというのが正しいわね」
「じゃあ、私も魔法使いの素質が?」
「そーれは、まだわからないわ。あなたが『ケト』を感じることは百も承知!器に魔力を注げるようになりなさい」
「『ケト』、『器』?」
「ごめんなさい、分かるように話すわ、ダメね私ったら。今の子達に話す癖がついてるわ。ポルテちゃん、ところで、あなた一体どこの子なの?」
「ウイ島ってところに」
「島!?そんなところがまだあったなんて。………ん〜そう、ここから西にあるのね。て事はラルムールはポルテちゃんの島から見て東にあるみたいね」
「そんな事まで…その本で分かるんですか」
「フハーーーッ、ポルテちゃん褒めるのが上手ねえ。本の位置で分かるわよ…オホンッ…話が逸れたわね。戻すわよ……まずは『ケト』からよ。いい?」
「はい」
「ポルテちゃん霊魂か聖霊を見たことは?」
「あります!ドライアドを」
「ドライアドね……素晴らしい!!話が早いわね。我々、魔法使いは自然界に存在する霊魂、精霊といった普通の人には見ることのできない自然や物質に宿る存在。いわゆるアニミズムとされるものを見ることができるわ」
「はい」
なるほど。じゃあドライアドが見えるトト様はなぜこの本でノッテに会うことができず、魔法も使えなかったのだろうか。
ノッテは話を続けた。
「空気には窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素といった成分が存在するように、精霊や神が生活していると言われている世界『ハリシナヒ』には『ケト』という成分が存在する。そのケトを無意識のうちに吸収できてしまっていること自体が魔法使いの資質の1つってわけ。大丈夫かしら?」
「じゃあそのケトを私も吸収してるからドライアドが見られてるってわけですね?」
「ハッハーーー、ポルテちゃん。バッチリよ」
「フフッ、ありがとうございます」
「でも!ここからが大事よ。このケトを魔力に変えることができなければ話にならないってわけ。魔力量の多さにも繋がる魔力の器の大きさも重要になってくるけど、これは生まれつき決まってしまっているし…それよりケトを変換できるようになる方が先ってところね」
「じゃあ、器が大きくて、ケトを魔力に変換するスピードも早かったらいいんじゃ…」
「フッハッハッハ、驚いたわ。ポルテちゃんあなた頭が冴えてるわね。その通りよ、両方を兼ね備えていればそれに見合った魔法を使うことができるわ」
ノッテはニヤッとしながらそう言った。
「うぉぉおー、じゃあ私の器の大きさは?あとケトは魔力にどうやれば変換できるんです?」
「ここからじゃ器の大きさは見る事はできないわね。今からケトを感じられるように手助けはできるから、あとはあなた次第よ〜!毎日鍛錬しなさ〜い。ハーッハー」
「あなた次第ったってどうやって…」
「まあまあ、待ちなさい…」
ノッテが次第に近づいてきて、私の身体を炎が包み込んだ。
「うわぁっ……ってあれ……熱くない?…」
耳元で炎が何かを燃やすような音がパチパチと聞こえるのに身体は全く熱くない。なんなら温かくて病み上がりの身体にちょうどいいくらいだ。そして、ゆっくりと私を包んだ炎は消えていった。
身体にうっすら蒸気みたいなのが入ってくるのが見えるし、感じる。これがケトか……。
「フッハー、上手くいったようねえ。それに、あなた……驚いたわ…ケトが見えるのね」
「はい、蒸気が身体に入って潤いを感じるというか、なんというか」
「そう、それがケトよ。これから…あ、ポルテちゃん、ごめんなさい。呼ばれてしまったわ。そろそろ行かないと。校長って結構忙しいのよー?」
「え!ちょっと!!これからどうすれば!?」
「あなたなら大丈夫なはずよ。これから毎日、その潤いとやらを溜め込む感じを意識し続けなさ〜い?いい?毎日よ。じゃあね〜……あ!!!それに魔力を無事溜め込めるようになったら是非!!我がノッテ魔法学校を受験することをおすすめします」
ノッテは私にウインクして続けた。
「今度もし会えるとすれば、このラルムール魔法王国になるでしょうね。じゃあ、ほんとに最後よ。またね、チュッ」
「あぁー!ありがとうございまし…って、消えちゃったよ」
炎でできたノッテは私が礼を言い終わる前に投げキッスして消えてしまった。その後表紙の文字が消えた本を何度か手に取ってみたが何も起こる気配はなかった。聞きたかったことを思い出したからだ。
「ごめん、トト様。なんで魔法と本、使えなかったか聞きそびれた……」




