第13話 剣術はじめました
ノッテが消えてからも私は自分の身体にゆっくり入ってくるケトを眺めている。
意識しなければ全然見えないほどだが、身体の中にケトが流れ込んでくる。肌で呼吸することを意識すればするほどケトは多く流れ込んで身体の中に入っていく。
「ステータス」
久々に開いたステータスを見ればわかるように、魔力は元々1ある。
器が1しかないってことか?全くわからん…。
器の中にケトが溜まっていく感じを意識してみたが、ステータスは何も変わらない。
「くそ…ダメか……」
ノッテは毎日意識してと言っていた。根気のいる作業なんだろう…。悔しい、他人にはすぐ諦めることができるが、変なところで負けず嫌いな私は、こうなればこれから毎日一日中、隙があれば常に意識してやる!と心の中で変な誓いを立てた。
そしてふと見ると発行可能金額が増えている。
STATUS
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名前:ポルテット・エウトピア
年齢:8歳
筋力:3
魔力:1
知力:8
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SKILL
魔法: 1
アイテムボックス:∞
発行可能金額:250円
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「250円?……なんでだ……」
特に何をしたわけでもないはず…。一度¥1札を発行して、それからトトに¥1札を渡して、発行可能金額は0になったはず。何かしたか?
私はその後自分がしたことを思い出し、考えた。いや、待てよ…川を作ったな…。村を発展させたことの報酬ってことか?いや、今のところそう考えるのが辻褄が合うだろう。まぁ、なんせ増えるに越した事はない。何も考えずに嬉しくなって呟いた。
「250円!発行!!」
モニターに内訳が表示される。
『¥1札/¥10札/¥100札』
「おぉっ、選べるのか…」
¥100札を2枚と¥10札を5枚が無難なところだろう。
ところが私は¥1札を200枚、¥10札を5枚で発行した。
¥100札を見てみたいところではあったが、全て札なんだ。この方が枚数がいっぱいで嬉しいじゃないか!
お金大好きな佐藤の血が騒ぐ。
効率より視覚的な満足感を優先したわけで、実に陳腐な理由だが私は¥1札を100枚ずつ両手に持ち、広げてうちわのように仰いだ。
「オホホホホ……オホン」
失礼……これがしたかっただけなのだ。初めて発行した¥10札は、木のデザインが施された¥1円札とはまた違ったデザインだ。
『大きなとんがり帽子にローブ』のデザインが施されている。トレーディングカードを集めていた収集癖のあった少年時代の気持ちを思い出す。前世で普通の貨幣を手にした時よりもよっぽど心が躍っているということだろう。
それにしても体調を壊してみるもんだ。ベッドにいる時間が長かったおかげで、何も行動していないのに自分が進化したような気分だ。
ノッテが現れた事はそれにしても衝撃だった。ラルムールといったか。この島からどれくらいの距離にあるんだろうか。
魔法学校か……島を出るってことだよな、トトの息子のことだってあるし、高い波に阻まれているこの島を出ることなんてできない。
そう言い聞かせながらも、矛盾するように私はケトを溜め込む意識をやめなかった。
すっかり元気になって2、3日が経つ。
この2、3日というもの、村の人たちには会う人会う人、ほぼ全員から声をかけられた。300人しかいない島なわけで私とルークが村へ川を流した事は皆んなが知っている事だ。話した事のない人から礼を言われたり、私に興味なさそうにしていた人の態度も急に変わったりした。
悪い気はしない。
突然島に現れたやつだし、あまり関わりたくなかったのかもしれないし、なんなら急に有名人になった気分だった。
私と入れ替わりでルークが体調を崩しているらしい。学校へ来たものの、ルークもいないし同じような授業で退屈だ。
ガザムも相変わらずの仏頂面だ。壁に文字を書く背中を睨みつけていると目が合いそうになって慌てて目を逸らした。
学校が終わるとアンナを連れてルークの見舞いに行くことにした。
ジョイス家に着くとジャンが剣を持ち振り回している。振り回してはいるが、なんだかその姿は素人から見てもかなり様になっている。裸の上半身の筋肉も見事なもんだ。ジャンはこちらに気づき、剣を地面に投げ捨てた。
「ドスッッッ」
地面に剣が落ちると同時に砂埃が舞う。おぉ、あの剣、かなり重いらしい。
「お!お前ら、ルークの見舞いか!持つべきものは友だな。ハッハッハ」
「ジャンおじさん、ルークは?」
「おう、アンナ。自分の部屋でぶっ倒れてるぜ。まったく…情けない。あいつは頭はいいが、男たるもの筋肉もねえとなあ!ハッハァー」
ジャンは、口調はふざけてはいるが、この体格を見せられては説得力がある。相当な鍛錬を積んでいるだろう。この親にしてこの子ありといったところか、ルークがいい男なのも、頷ける。
「おう、ダリア〜。ルークの連れが来た。連れてってやってくれ」
外から聞こえる声に気づいたのか女性が顔を出した。ルークの母ダリアだ。
「一躍時の人ね。ポルテ。アンナもいらっしゃい」
「ダリアさん、久しぶりです。またお腹大きくなりましたね」
穏やかそうな顔でお腹をさするダリア。
「えぇ、もう7ヶ月よ…待ち遠しいわ……キャッ」
「ちょっと、ジャン!子どもの前よ」
「アーハッハッハ」
不意打ちでジャンがダリアのお尻を触ったのだ。まったくこの男は…仲のよろしい事で何よりだ……。
ジャンが続けて言った。
「ルークも兄になる。どうだポルテ、あいつと二人で剣術を始めろ。教えてやる、あいつが元気になってから毎日だ!」
「え、毎日!?」
「当たり前だ!歯磨きをするように!!食事を摂るように!!!毎日続けろっ」
なんてこった剣術に興味はあるが毎日となると話は別だ。どうやら…拒否権もなさそうだ。
妻であるダリアがニコニコしてこちらをみている。止めそうな雰囲気はない。
「ゴホッ…ったくうるせーなー。眠れやしないよ」
中からルークが水を飲みながら出てきた。
私たちを見たルークは寝起きで乱れた髪を直して照れながら言った。
「おぉ、ポルテに……アンナもいんのか」
「あらあら…フフフ。さ、ジャンそろそろ薪割りをお願い。あなたたちも部屋に入って?トト様特製のお茶で作ったミルクティーを作って持って行くわ」
「よっしゃ、まかしとけ俺のダリアちゃん〜」
トトの特製シリーズは一体何個あるんだろうか。
アンナとルークのことがお気楽なジャンにバレると思ったが、ダリアのナイスすぎるジャッジのおかげでルークの部屋へ私たちは流れるように入り、ルークはベッドで横になった。
「なんか、君のお父さんに私たち剣術を習うらしいよ。毎日…」
「うわぁ〜、ダリ〜。今まで逃げてたんだよ。ポルテを使ってきたか」
「フフフッ。いいじゃん〜強い男の人かっこいいし」
「おぉ、そうか?もう強いけどな俺は…」
「フフフッ……」
なんだ、誰だ!このお淑やかな女性は!!
ルークにも見せてやりたい。病に伏せる私をベッドへ放り投げた、このアンナという女の本性をっ!!!
…というのは冗談だ。この二人が将来うまく行くことを願っている。
「コンコン」
ミルクティーを持ったダリアが部屋へ入ってきた。
「アンナ、風邪が移るといけないから程々にね」
「ありがとう、ダリアちゃん」
「ダリアちゃん!?て呼んでたっけ」
私は驚いて聞くとダリアが口を開いた。
「んー、そうねえ。よく2人で海にも行くし、歳の離れた友達って感じよ?私は」
「ダリアちゃんっ私もよ!」
2人はハグしてキャピキャピしている。
アンナ、恐るべし。8歳にして嫁姑問題をクリアしている。いや、これは私の単なる勝手な考え方だ。
普通に気が合うんだろう。おっと、そもそも嫁姑って、まだまだそれは先の話だろう。ルークにもそれくらいガツガツ行ってもいいと思うが…。
「あー、相変わらず苦え〜」
私たちはミルクティーを飲み終え、ルークがトト様特製の薬の餌食になったところでジョイス家を出ることにした。
「じゃあ、ルークまた学校で!」
「おう!オヤジの剣術が先だったりしてな」
「ハハハッ…確かにね」
「アンナも…サンキューな」
「うん!お大事に」
夕暮れの空の中アンナと2人で歩きながら帰っている。最近ずっとルークと一緒だったせいか久々に感じる。
ふと見て気づいたが手にだけ少しだけケトを吸収しているのが見える。
やっぱりだ。アンナが山頂に入れるのも精霊が見えるほどではないがドライアドが気づいていたからというわけだろう。
「まさか、2人がこんなに仲良くなるとはね〜」
「え?アンナ、もしかして嫉妬してる??」
「ん〜ん、逆!ルークって人気者だけど、ずっと1人だったから」
「そうなんだ…」
「だから嬉しい!」
「俺も嬉しいよ…剣術も始まるしね、一緒にしたいことも山積みなんだ!」
「ジャンおじさん…手加減できるのかな〜」
「大人だもん〜、それにあの筋肉だよ?本気でされたら死んじゃうよ」
「アハハハッ…そうよね。また、いろいろ話聞かせてよ」
「任せて!」
———数日が経ちジャンの剣術の指導の日を迎えた。
私とルークはコソコソ話した。
「マジで学校より先に会ったな」
「いや、そうだね…まあ今日休みだし。てか、ジャンさん。めっちゃ張り切ってない?」
「あぁ。お前らが見舞いに来た後からずっとだぜ?すげえうるさかったよ。母さんも乗り気だしな…まったく……」
「さぁーお前ら!集まれよっ」
この前も持っていた重そうな剣を振り回しながらジャンが家から出てきた。
「もーいるだろうが」
「アーハッハッッハ、そうか!よし、今日はまず!お前らの剣を見に行くぞ!!」
「オヤジ、修行は??」
「うるせえ、後だ後!こういうのはなあ、形から入りゃいいんだよ!!」
「ハハハ…」
「ハハハ…」
呆れた、本当に大丈夫なのだろうか。ジャンに連れられて剣を見に行くことにした。
「うわっ……」
見覚えがある家についた。海で短剣を拾った日に来たことのある鍛冶屋の家だった。
「おーい、来たぞ。トンズのおっさん」
「おっ、てめー。久々じゃねえかよ。ガキも一緒か」
「ハッハッハ…俺も大概だが、相変わらずの汚ねえ口だなあ」
「うるせえやい。ガキ2人もいたっけか…あ!おめえ、思い出した!!フランクのとこのガキ!!!」
私はジャンの後ろに少し隠れて言った。
「ハハ……どうも。ご無沙汰してます」
「なんだ、ポルテ。滅多にここから出ないトンズのおっさんと顔見知りか?」
「うん、前にちょっと…」
「ガハハハ…前に珍しい短剣を持ってたからよー。物々交換を持ち出したがなトンズラこかれたのよ」
「それでか……じゃあポルテ。今も持ってんのか?」
「うん、これだよ」
私は槍の紋章のある短剣を腰から抜いた。いつもはアイテムボックスにしまっているが今日は剣の修行のつもりできたから腰に刺してきたのだ。
ジャンとルークが短剣を覗き込むように見た。
「おぉ…すごいな」
「なんだよポルテ〜いいの持ってるじゃんかよ」
「ガシッッッ」
間からトンズが短剣を奪って言った。
「いつ見ても美しい!譲ってくれ!!」
「あ、ちょっと返してください!」
「へへへ、よっと。お?…んっっ……なんだ。こりゃ抜けねえじゃねえか。鞘が」
いや、そんなはずは無い。何度も抜いた事がある。
興味がなくなったようにトンズは短剣を返してきた。
「なんじゃい、立派なのは装飾だけかい」
「スラッッッ」
私は短剣の鞘を持ち、ゆっくりと滑らかに、鞘が勝手に離れていくように鞘から短剣を抜いた。水色の湾曲した美しい刀身が現れる。
目を輝かせるトンズ。また私の刀剣に手を伸ばそうとする。
「ザッ」
「おい、トンズ。いい加減にしろよ」
鋭い表情のジャンがトンズを睨みつけ、トンズの首元にはすでに刀が向けられている。いつの間に刀を向けたんだ…注意してたわけじゃないけど見えなかったぞ…。
「その短剣はこいつのもんだ。物々交換の掟は知ってるだろ…その手を下ろせ」
「ック…わかった。わかったよ。ジャン、刀を下ろせ」
トンズの額から一気に汗が流れ出すのが分かる。
私とルークも息をするのを忘れるほどだ。
「ガチャッ」
「アッハーハッハ、分かればいいんだ!分かればっ」
ジャンは刀を下ろし、トンズと肩を組み元の表情に戻った。
「まったく、肝を冷やしたぜぇ…」
そう言いながらまだトンズの顔は青くなっていた。
「今日はこいつらの修行用の剣を探しにきただけだ、詫びに2本よこせ」
「んな……っ、ジャンてめえ…」
「おい、いいだろ?」
「っつーーあぁ、もお!好きなの持ってけ。剣なんざ使うやつあんましここにはいねえからなあ!」
またジャンの鋭い目つきを向けられトンズは渋々そう言った。
物々交換の掟のことを言った矢先にジャンも大胆な事を言う。交渉上手と言うよりほぼ脅しだろ、これは…。
「さーお前たち好きなものを選べよっ。あ、違うなルークだけだな。ポルテはその短剣だろ?」
「あ、うん。そのつもりで今日持ってきたんだ」
「よし、おいトンズのおっさん。この短剣と同じくらいの大きさでクソ重いやつよこせ」
「また変わったことを…待っとれ」
トンズは立ち上がり鍛冶場の奥の方へ消えていった。
ルークは眺めながら歩き回っている。かなり種類もあるし迷っているようだ。
「長えやつが良いんだけどな〜」
「ルーク、それだけわかれば十分だ。お〜い、おっさん長剣の重いのも頼むわ」
「まったく…人をなんだと……」
「おい、なんか言ったか〜?聞こえてるぞ」
「何も言っとらん!!!」
私とルークは顔を見合わせてクスクス笑った。
「おーい、ちと来てくれい」
トンズに呼ばれて私たちは鍛冶場の奥の方へ行った。
汗だくになったトンズが指す方を見ると短剣と長剣が出されていた。
「こんなもんでよかったなら持っていってくれた方が助かるわい。これ持ってさっさと帰った帰った!」
「おっもい」
「おっもて」
私たちはそれぞれの刀を持ち上げた。
かなりの重量がある。なんとか片手で持てるくらいだ。
ルークも両手で剣を持ち上げている。
「よーしっ。帰るぞ2人とも!!!世話んなったなトンズのおやじ」
「早く帰りやがれってんだ!」
「へへ、まぁそう言うなよ。じゃあな」
トンズ・カーチスの鍛冶場を後にした私たちはまたジョイス家へ向かうのかと思っていたが通り過ぎて畑の方へ来た。まだ耕されていないただの平地に到着すると、背中を向けていたジャンが振り返った。
「よしお前たち。一回剣を下ろしていいぞ」
止めていた息を吐くように、持ってきた剣を地面に下ろした。
「はぁーーーー、俺も短剣にすりゃ良かったぜ」
「はぁーーーー、いやこれも結構重いんだよ?」
「さぁ、話すぞ!いや、持たせた方が早いな」
ジャンは自分が持っている剣を前に向けて私たちに剣を持つように顔でジェスチャーした。
私たちが持つ前にジャンが手を離すと剣はゆっくりと倒れ始め、私たちは何も考えず2人で支えた。
「ズンッッッッ」
「っくおぉお」
「おもってぇえ」
重いのは知っていたが2人でやっと支えられるほど重い、想像以上だ。
「アーハッハッハ、わかったか、つまりそう言うことだ」
「いや、どう言う事だよ」
「ハハハッ、剣が重いのは分かるけど」
「そうだ、ポルテ。いいぞ。重い!日々、鍛錬する中で俺が編み出した、最も効率が良いと思った鍛錬だ。スピードは出ないが初めはこれでいい慣れればスピードは出るし、目は自分で鍛えろ」
「理屈は分かるけどよー。重すぎるぜこれ」
「ハッハー、知ってる。だから今日から毎日1年間は素振りだけしてもらう」
「ちょっ…マジかよ!」
「大マジだ…ポルテは両手で持つの禁止!必ずどっちか片手で振れよ。 あとはー、相手は自分たちで想像しろ死ぬ気で戦え。勝てるようになったら俺が稽古つけてやる」
「その間ジャンさんは?」
「俺か?俺も精進する。まだまだ強くなるぜ?俺に追いつけるなんて思うなよ?ガキども〜アッハッハッハ〜」
「つまんねえよ、そんなの〜。木刀とかでよーバシバシ戦おうぜ」
「おい、ルーク。気持ちはわかるが…剣術は大切な何かを守るために使うもんだ。俺はそう思うし、それが大事だ。そう思うだろ?」
この時きっとルークの考えていたことは私と同じだろう。さっきのトンズが首元に剣を突きつけられた姿だ。
そしてこの時、気づいた。この男にとって極め続ける剣技は家族のためなのだと…。
明るく豪快な男の目には、この島の事がどう映っているんだろうか。そして何を見てきたのだろう。
彼もまたフランクのように何かを知っているのだろう。
私たちはその後、日が暮れるまで重たい剣を振り続けた。
一振り また一振り。
腕が震え、手のひらが痛む。
それでも私たちは剣を振った。
いつか来るかもしれない何かから、何かを守るために。




