第14話 魔力の秘密
手のひらと手のひらを見せ合っている。ルークと私の手のひらを見つめるアンナとミア。
ミアが口を開く。
「痛そう」
「ほんと……頑張ってるのね」
手のひらはタコまみれになり、腕も筋肉痛で上がらない。
「オヤジが男の証だってよ」
「私、痛いから布で巻いて振ってるよ」
「いいなそれ、俺もやろう」
あれから2、3日。素振りだけを続けている私たちは2人で修行するのではなく、別々にするようになっていた。
学校には来ているもののあまり授業には集中していない。元々おとなしい優等生タイプの私が健康優良不良少年に生まれ変わったみたいだ。
昨日なんてジャンに剣術のアドバイスをもらうために、躊躇なく学校をエスケープした。
風邪に続き、休みすぎでガザムに目をつけられるかもしれないが、特にジャンは注意することもなかった。
剣術にケトを溜め込む意識も忘れていない。無意識のうちに常に考えるようになってきたし、瞑想の時間も増やした。
気づくと時間が過ぎて夜になっている。前世では仕事人間だったけど、仕事をしていた時は早く帰りたかったのになぁ…。今は1日が24時間なのが憎いくらいだ。
何も無いこの島で、多忙を極めるストイックなトレーニーみたいな生活を始めた。そんじょそこらには居ない珍しい8歳児になってしまった自負がある。
ジャンに言われた通り、高タンパクのウボだって文句を言わずに、運動後に食べている。
ここ最近の村は平和だ。川が流れたおかげだろう。
夕食もオリベル家のみんなと4人揃って楽しく生活できている。ここへ私が転生して来た時に戻ったみたいだ。
今日は…学校がない。剣術を始めてから初めての休みだ。早朝からもう剣を片手ずつ100回は振っただろう。
身支度をして、私は山頂を目指した。
空気は澄み渡り、森の中には雪が降り積もる。島で初めての冬が訪れた。山頂はどれだけ寒いのだろう…アンナに上着を借りたがこれで大丈夫だろうか。
まだ山麓なのにもう、吸い込む空気が冷たいし、手先が悴む。
冬の森の中は、また夏とは違った植物が実っている。これは、何だろうか…。フフフ…ルークに聞けば分かるんだろうな。
少し疲れた私は、川のほとりで休んだ。さすがにこれだけ歩くと身体も熱くなるな。
せせらぐ水の音を感じる。水も冷たくて美味い。何だかいまだに不思議な感じだ。欲を言えば回遊魚が川で生活してくれると嬉しいのだが……
「…ザザッ」
背の高い草の陰から物音がして物体が揺れながら近づいてくる。アイテムボックスから短剣を取り出してかまえた。
大きいな…こんな大きな生き物この島にいるのか…
「ザバッッ」
「よっ、何してんだよ。こんなとこで」
「なんだ、ルークか!ハハッこんなところでも会うとはねえ」
「それな!短剣なんか出しちまって、すっかり板についたみてえだな」
私たちは座って話を続けた。
「何してたの?」
「いやな、すげえんだよ。ここ!川ができてからそんなに経ってねえのに、なんか見た事ねえもんいっぱい生えててよお!!」
「それで調べてたってことか」
「おう、最近は全部、調べ尽くして飽きてたところだったからよ楽しくてな。で、お前は?」
「トト様んとこ行こうと思ってさ。ルークを追いかけて別れたっきりだし、話したいこともあるんだ」
「ハッハッハ、楽しかったな〜あの日。……てかさあ、お前の短剣見せてくんね?」
「ん?いいよ。はい」
「ふっっ……だめだ。抜けねえ」
短剣を手にしたルークが鞘を抜こうとしたが抜けない。
トンズの時と同じだ。
ルークはそれなりに力を入れていた。それでも抜けないんだ、引っかかったわけではなさそうだ。
「おい、マジで抜けねえぞ。何でだ…ポルテ」
「さぁ…」
そう言いながら軽く抜いて見せると、ルークはさらに不思議そうにしていた。
「ルークあのさ、この前の話覚えてる?」
「当たり前だ。基地の話だろ?」
「さすが!フランクさんに島の北側、使える許可をもらえたよ」
「よし。でも、あそこマジで何もないぜ?」
「だから、いいんじゃないか。1から作る方がワクワクする!」
「ヘヘッ…まあな?北側にも川でも流れてくれりゃあいいけどなあ」
「ルーク!それ名案だよ。しかもナイスタイミングだよ」
「お?そうか??」
「そうと決まれば、もう行くよ。今度一度、北側へ行こう!!」
「おぉ!俺もここら辺もーちょい調べて帰るわ」
私たちは、よくするグータッチをして別れた。
北側に川が流れてくれたら…
「フフフ…」
私は1人ニヤけた。川さえ流れてくれれば、できることがかなり増える。アムとピム次第ではあるが……。いや、でも川を流す前に一度北側はちゃんと見ておきたいな。
んん…とりあえず山頂へ急ごう。それにしても、この短剣。ルークも抜けなかったな…もしかするとだけど、ケトが何か関係してるかもな…。
「寒っ…」
それにしても寒すぎる。山頂へ近づけば近づくほど寒い。もう我慢できないほどだ。私は少し駆け足で山頂へと向かった。
雪は積もっていないが、その代わりウォーターミントは凍りつき、周りにある植物も凍っている。
霧がかかって見えなかったウォーターツリーの巨木が姿を現し、滝のように山肌へ水が流れ出している。
真下からは見えなかったが、ここから見ると水でできた葉が空高く続くのが見える。水の葉は動き続け、心臓の鼓動のように揺れ続ける。
樹の水は全く凍っていないし、あれだけの水が流れているのに萎まないのが不思議なくらいだ。
滑る足元に気をつけながら森を抜け、私は先を急いだ。
「……何でここ、こんなに温かいんだ」
広場に到着した私は不思議に思った。草花も凍っていない。いつも通りの美しい花園だ。
アンナに借りた上着を脱いで、トトの家の方へ向かった。上着を脱いだ方が温もりを身体に感じる。
「ワオーッ、キャンッ…ドサッ」
「おぉっっっと…えぇ、ちょっと大きくなりすぎてない!?プラッツ…」
プラッツの子どもたちも一緒だがこれは子供のサイズなのかもう疑わしいほどだ。
それにプラッツに関してはティラノサウルス級だ。
いくらグラスウルフの体重が軽いとはいえこのサイズに上に乗られると重いだろうし、体積的にも上に乗られた絵面は私が殺られてる感が出てしまいそうだ。
ここへ来た時に初めて見たプラッツと同じくらいのサイズだな子供たちは…大きいが成長が早くて懐かしさすら感じる。可愛いものだ。
「ワオオーーン」
「うぉお」
不意打ちの遠吠えにびくついてしまった。
「ンハッハッハ、俺もびっくりの成長速度じゃて」
「トト様!」
「何で、ここだけこんなに温かいの?」
相変わらずたくさんのアクセサリーを身につけたトトが半袖で現れた。
ハートマークTシャツだ…かわいい。Tシャツをチラチラ見ている私にトトが言った。
「上を見てみい」
見上げた先のウォーターツリーの水が沸騰している。ぐつぐつと煮えたぎり空間を温める。
ここへ来るときに飲んだ川の水は冷たかったし、全部アムとピムがやっているのだろう。自由自在だな。
「アムとピムが?」
「あぁ…便利じゃろ。まったく…あいつらは意地が悪いのか優しいのかようわからん奴らじゃて…しかし、あの樹のおかげでプラッツも超巨大化じゃ!ンハッハッハ」
それにしてもデカくなりすぎな気はするが…まあ、トトが嬉しそうなのは何よりだ。
「さぁ、家に入ろう。ハーブティーでええな」
「うん!トト様この前は急に帰っちゃってごめんなさい」
「ンハッ、ええよええよ。無事でよかったわい。あの後アムとピムに後を追わせたんじゃて」
「やっぱり、トト様が!ありがと危うく死ぬところだったんだ」
扉をあけて前に掃除して綺麗になった部屋に入った。島に川ができたり、本から火が出たり。短期間でたくさん驚いた私は大きな葉が動くくらいではもう驚かなくなった。
椅子に座るとハーブティーを入れながらトトが口を開いた。
「しかし、お前さん、とうとう敬語使わなくなったな」
「あ、確かに。ごめんなさい」
「いやいやいや、待っとったよ。嬉しい限りじゃて。この島にもだいぶ慣れたみたいだの」
「ええ、だいぶ。トト様のおかげでね!あ、そういえば風邪引いたんだけどあの薬、苦すぎるよ」
「ンハッハッ、効果覿面じゃて」
「まぁ、それはそうなんだけどさぁ。ハハッ…冗談だよっ」
トトは嬉しそうに微笑み言った。
「して、今日は何用かな?」
私はトトにもらった本で何が起こったか、何を知ったか一部始終を話した。トトは頷きながら静かに話を聞いていた。
トトは知るべきだと思った。自分の息子が手にしていた本だ。私にはそれを伝える義務があると思った。
すると、あっけらかんとした表情でトトは言った。
「俺はどうやらケトを吸収できんらしくての」
「え!トト様ケトのこと知ってたの?」
「知っとるよ?」
「じゃあ何で教えてくれなかったのさ!」
「すまんすまん、変にいらんこと教えん方がいいと思ってな。あやつが魔法使いになってから言うとったが、どうやら俺はケトを身体から出してしもうとるらしくてな。吸収はできんらしい。ノッテさんやらのことは知らんかったが、あの本のことは、あやつがガキの頃にケトの存在を知って、ここで騒いどったから知っとるよ」
「ラルムール王国ってとこに魔法学校があるみたいで、トト様の息子さんはそこへ行こうと思ったんじゃないかと!」
「あ、いや。ポルテそれは違うの。俺もそれを言うたが、違うと言うておった。お前さんと同じように『私、私』言うてな。『私がやらねばなりません』言うて出ていったからな。まぁ、今となっては何をしに行こうとしとったんか…いくら考えてもわからんがな」
「…それを伝えに来たのに。知ってたなんて…」
「あやつは嘘はつかん男じゃったし間違いはないぞ。それに魔法も学校なんか行かんでも使いまくりじゃったよ」
今日はトトの倅の自慢大会である。私は魔法がまだ使えないのにっ!…と言うのは冗談で、命を落とすには若すぎたし、もったいない限りだと心から思う。ここでぜひ魔法を教わりたかったものだ…。
「私がトト様に知ってて欲しかったのは、そのことだけだよ」
「なんかすまんのぉ、遠いところを」
「全然!トト様の顔も見れたし!!あ、でもアムとピムにお願いしたいことがあるんだよね」
「ん、願い?」
「うん、川の事なんだけど。今南側にしか流れてない川を、北側にも流して欲しいんだよね」
「また変わった事を言うなぁ…北側は何もないはずじゃて」
「ハハッ…みんなそう言うね」
「まあ、俺としては島が豊かになるのは嬉しいが…ユーリウスがなあ」
「トト様もガザム先生のこと知ってるんだ」
「当たり前じゃて。島の者は全員知っとる。全員知っとるはずなのに、ユーリウスはいつからおるんかまったく思い出せんのじゃて…村の者は子供の頃から知っとると言うておったから、まぁ…気には止めんかったがな」
「不気味なやつだよ。本当に…。フランクさんから色々聞いたよ。怖いね…正直」
「そうか…フランクが。カルムのこともか?」
「聞いたよ」
「そうか、そんな事まで。あの事件も無念でならんかった。
息子に続いて、俺は友にまで先立たれてしもうたのよ。悔しいがユーリウス、あやつは俺にもどーもできん」
トト様もお手上げってことか。ガザムもあれだけのことをしてるんだ。敵も多そうなんだけどなあ…。みんな名乗り出てくれるとフランクさんも心強いんだろうになあ…。
「フフフフフ…………アハハハハ……」
いつも通りのお馴染みの笑い声で登場するんだな君たちは…。
それにケトを意識しているからか、すぐに気づいた。彼らの身体から、熱湯の湯気のようにケトが立ちこめている。
今まで全然気づかなかった。
「トト様!さっきの話伝えてもいい?」
「あぁ、かまわんよ?」
「ニンゲン 」
「え…」
私とトトしかいない部屋で声が聞こえる。
「コッチダ ニンゲン」
まさかとは思ったがそうだ。アムが話したのだ。
「ンハッハ、ポルテもついに、こやつの声が聞こえよったか」
「ついにって…ずっと話してたの?」
「あぁ、笑い声が聞こえたと聞いた時、姿は見えたみたいじゃが、まさか声も聞こえるんじゃないかと思っておったが、さすがに今日になったの。…遠慮はいらん話してみい」
「う、うん…アム!ピム!!」
「キューー、ハヤクーーー」
「早く言えってことか?…北側にも川を流して欲しいんだけど!」
「フフフフフ…………マリョク、ホシイ。 カワ ナガスカラ、ホシイ。」
魔力を早く渡せってことか。魔力を……?渡せるのか…。
「じゃあ、トト様もやっぱり魔力を?」
「いや、俺は何もしとらんけど?」
「え、じゃあ、トト様にはタダで、私には物々交換、持ちかけてるじゃん!」
なんか、ドライアドちゃっかりしてるなあ…。
商売上手だな…魔力まだ器に入れられないのに…。
俯いて考え事をしていたトトが口を開いた。
「もしや…もしやお前ら…テンダーに頼まれたんか…?」
「キューー」
「……そうか……それでか…あいつが………」
「トト様の息子さん?」
「あぁ」
息子のテンダーがどうやら島を出る時にトトのことを頼んだらしい。じゃあ、そのテンダーがずっとトトのために先に魔力を渡してたってことか?
分からない。そこまでしてテンダーはいったい何のために島から出ようとしたんだろうか…。
「まったく…。今になって知るとはな……お前たち…ありが…」
「パンッ…ザパーン」
「フフフフフ…………アハハハハ……」
水の玉が弾けて水浸しになるトト。それをみて笑いころげながらアムとピムが飛び回っている。
水浸しのトトも可哀想だが、この前せっかく掃除したのに…また水を拭かないといけない面倒臭さが勝ってしまったが、まったく心配なかった。見ると樹の床と壁はもう水を吸って乾いていた…トト以外…。
このウォーターツリー相変わらずすごい生命力だな…。
「あぁー!嬉しい気持ちが台無しじゃ!!」
「ハハハッ…掴めない奴らですね。ほんとに…。でもテンダーさんは最後までトト様を想ってたってことですね」
「…ンハッ…」
トトは嬉しそうに微笑み、アムとピムを眺めていた。
私は残ったハーブティーを飲み干した。
「トト様、ごちそうさま。そろそろ帰るよ…課題もできた事だし、出直すよ」
「おぉ、そうかい。どうじゃアム・ピム…北側に川を流してやったらどうじゃて…」
「いや、トト様。大丈夫!自分で何とかしてみるよ!!」
「おぉ、そうかい?」
少し驚いた表情でトトはそう呟き、立ち上がって扉の方へ向かった。
アムとピムが楽しそうな顔を浮かべ、無邪気に遊んでいるのを横目に見ながら、私もトトに続いて外へ向かったのだった。
「それじゃあ、トト様またね」
「あぁ、またの。お、そうじゃ、ポルテ。ちと寒いかもしれんが川に船を作っておいた。乗って帰ったらどうじゃて」
「え?」
「俺特製!ウォーターツリーの葉で作った箱舟じゃて!!まあ、こやつらの力が大いにあるがな」
「フフフフフ…………アハハハハ……キューーー」
「すごいな…乗ってみたい…」
出た〜トト様の特製シリーズ。何でもありだ…今日は驚くことはないと思ったのに…こんなこともできるのか精霊というものは。
私の背中を見守るトトがアムとピムに呟いた。
「お前たち、あやつ似とると思わんか?…子供の頃のテンダーに」
「キューー」
「さっさと北側にも流してやればいいものを…お前たちが考えとることは、よー分からんのお…ンハッハ。さ、お前たちはまたポルテに着いていくんだ…」
「マタカー」
ピムがそう呟いたのをトトは微笑んで見てから、家の扉を開け部屋の中へ戻っていった。
———本当だ。流れ出る川の上に、水でできた箱舟が置かれている。
私は水でできた船にそっと手をかけた。手をかけたというより、水の上に手を置いた経験なんてないわけで、気持ちは水の中に手を入れる気持ちだ。でも、水が手を押しのける。透明のところてんを押してる感覚に近いか…。躊躇しても仕方がない。私は勢いに任せて飛び乗った。
「えいっ…」
「ボニョーーン」
飛び乗ったとほぼ同時に水でできた箱舟が進み出す。———




