第15話 異世界で迎えるバースデー
「フフフフフ…………アハハハハ………」
「うわぁーらるぅわぁあああースピード落としてぇえーー」
アムとピムがケタケタ笑いながら、私が乗っている水の箱舟に並走して飛んでいる。
ものすごいスピードで進んでいく箱舟。進む方向を見ていたいが目を開けているのが辛い。口を少しでも開けようものなら口の中に空気が入って頬が激しく揺れる。
っっっ…早すぎる…それに寒いっ…顔がっ…顔が凍るっ……。
山肌に積もった雪が、太陽に照らされて白銀に光り輝いている。
そんな景色を見る暇なんてない。せっかくの景色を楽しむ余裕なんて無いからだ。
それにそんなことを考えている場合でもない。
水でできた箱舟がどこかへぶつかった時のことを想像してしまう。硬くない。柔らかいことがより安心感を無くさせている。そんな水の箱舟が、そしてドライアドたちのいたずら心まで加わって、かえって恐怖心を倍増させる。
ぶつかっても大丈夫なのか…。
私は箱舟の両脇を掴んで投げ出されないようにするのに必死だ。掴んでいる水が本当に例えただけのつもりだったところてんみたく、ちぎれてしまわないかも疑わしい。
「うわぁあああ〜〜〜〜」
うっすら目を開けると、さっきまで山頂付近にいたはずなのに、景色は一瞬で変わり、まだ3分も経っていないはずなのにもう山麓を通り過ぎて、海のすぐ近くまで来ている。
一体何キロ出てるんだっ…この箱舟っ。
「シューーッ」
また前みたいに砂浜でダイブするしかないと思っていたら、急にウボ畑の横で箱舟が減速した。
箱舟の中に乗っている私の身体が急なブレーキによって前に飛び出されそうになる。
危なかった…身体が宙に浮いたぞ。
短剣を振り続けて鍛えた成果がもう?そのおかげだろうか……何とか箱舟にしがみつき、私は振り落とされずに済んだ。
「……バシャッッッ」
助かった。そう思ったのも束の間だった。
水の箱舟が、川の一部に戻るように消えて無くなり、私はそのまま川の中へ放り出された。
「はぁあっっ……冷たいっ」
「フフフフフ…………アハハハハ……」
アムとピムが嘲笑っている。
川の水が冷たすぎて息ができなくなったぞ。
くっそー…あいつら…冬の川だぞ…。人の心はないのか…。
ないのだろう、ドライアドなのだから。
山頂の広場をあれだけ暖かくするほどの力を持っているくせに…。
笑いながら山頂へ帰っていくアムとピムを睨みつけ、私は絶対に魔力を使いこなして、アイツらを見返してやる。そして、何としてでも言う事を聞かせてやると誓った。
川から上がった私は、震えながらオリベル家へと急いだ。
家に入るなりジーナが私を見て驚いて言った。
「えっ、ポルテ。あなた、またびしょ濡れじゃない…」
「ジーナさん…私に…着替えと…火を……火をお願いします…」
顔を青くした私は、おそらくアンナのものであろうモッコモコの服に着替え、暖炉の前でホットミルクを飲みながら、ぬくぬくと暖まっている。
「はぁ〜、暖まる」
「風邪ぶり返すわよ〜本当に」
「フフッ…気をつけるよ。そーいえばジーナさんアンナは?」
「ミアと海へ行ってまだ帰ってきてないわよ?」
「今日は何持って帰ってくるんだろね…フフッ」
「この前なんて、大きい穴の空いた黒いの転がして帰って来たのよ?
まったく…。あの子、どこに置くつもりだったのかしら。すぐに元の場所に返させたわ。アッハッハ」
「穴の空いた黒いの?それって…どれくらいの大きさだったの?」
「高さはこれくらいで…幅はこれくらいだったかしら」
それは間違いない…車のタイヤだ。
どこかから流れ着いたんだ…ラルムール魔法王国か?…分からないな。ノッテに聞きたいけど、もう本では話せなくなってしまったし。気になるな…
「ジーナさん、ミルクありがと。身体、温まったからちょっと部屋で休むよ」
「え、ええ…」
「バタン…」
私が入った部屋の扉を眺めてジーナは呟いた。
「急に深刻な顔で…どうかしたのかしら…」
部屋に入った私はベッドではなくハンモックに揺られた。
やっぱり私はベッドじゃなくてこの方が落ち着く。この身体が包まれる感じが好きだ。
あ、ちなみにベッドは部屋にはもうない。
風邪が治ってすぐフランクさんに返したからだ。
可哀想なことに床に布団を敷いて寝たフランクさんは、慣れないことをして腰を痛めていた。
「アハハハ、僕は全然、大丈夫だよ。ポルテ〜 はうっ…」
「あ、フランクさ〜〜〜〜〜ん!」
そんなこんなもありながら今日に至る。
部屋へ入り、ハンモックに揺られる私はまだタイヤのことを考えていた。
ラルムール魔法王国は間違いなく、この島より発展しているだろう。そして、まだ、どこかにあるやもしれない他の国、あるいは他の島も…おそらくこの島より……。
悔しい…。
島に川が流れたくらいで大騒ぎしてしまった。
それにしても、この島には何で他の国や島から誰も来ないんだ?
だって来てもおかしくないはずだ。あれだけ、たくさんのものが流れてくるのに…。
それにだ、それなりに生活もしてるから煙だって上がっている。
ウイ島自体がそんなに小さい訳じゃない…いや、何ならむしろ大きい。
今日だって朝から山頂まで3時間以上はかかった。朝から出発したのにもう日が暮れかけてる。
北側にだって早く行きたいけど南東に位置するこの村から2時間弱はかかるらしい。
元銀行員の職業病だろう、計算は得意だ。東京ドームだったら大体3800個分くらいある。
やっぱりこの高い波がそうさせているんだろうか。答えのない疑問が頭の中を堂々巡りする。
ルークとはやく一度北側に行かないと…。
「コンコンッ」
部屋の扉をノックする音。
「開けていいよ〜」
「……」
返答がない。誰だろう…恐る恐る扉を開けてみた。
え…なんでだろう…部屋が暗い。
いつもなら夜はランプに火がついているのに…それに数十分前にいた暖炉の火も消えている。
暗い…なんだ…じゃあ誰がここをノックしたんだ…。
アンナのイタズラかな…。
お、階段の下が明るい。
アンナがノックしてそのままフランクさんの所へ戻ったのかな…。
いたずらっ子めっ……そう思いながら、暗い部屋を通って階段を降りた。
「パーーーン」
部屋にクラッカー草の音が鳴り響く。
「ポルテ!ハッピーバースデー!!」
オリベル家の人はもちろん、ミアの両親のエルレロッテ家に、ルークたちの両親であるジョイス家の人まで全員が揃っている。
そうか…今日は12月24日か…私の誕生日だ。35歳…いやいや、9歳の誕生日だ。自分の誕生日をすっかり忘れていた。そういえば、少し前にアンナに誕生日を聞かれて話したっけ。
「びっくりした!…ハハッ…ありがと!…みんな」
「さあ、ポルテも座って座って。主役も揃ったことだし。村長の僕から…これはポルテの誕生日会でもあるんだけど、僕からポルテとルーク。そして、今回の井戸水の件で僕を陰ながら支えてくれた皆んなへのお礼の会ってことで、集まってもらったんだよね……感謝します。ありがとう」
フランクさんの人柄に集まった皆んなの表情が緩み、温かい気持ちになるのが伝わってくる。
そんな中、ジャンが口を開く。
「けっ、水臭えやつだぜ。小っ恥ずかしい話は早く済ませろよ。フランク」
「ハハッ…ごめん。そうだね。改めてポルテ、誕生日おめでとう。皆んな今日は肉をできる限り用意した!腹いっぱい食って帰ってくれ!!かんぱーい!!!」
フランクはミルクうさぎの肉を右手に持ち、よく冷えた水の入ったコップを上に掲げて音頭をとった。
「かんぱーーーい」
それに応えるように一斉に皆んながコップを上に掲げた。もちろん私もだ。
全員が水を口にした。
ただの水なのに色んな味がする気がする。そして格別に美味かった。
ジュースなんかより酒よりずっと。
こんなに賑やかな誕生日はいつぶりだろうか。はじめてかもしれないな…。
ジャンとフランクは相変わらず肩を組みはしゃいでいる。落ち着いた雰囲気のミアの父・ゴーシュもあんなに笑っている姿を初めて見た。
見ていて飽きない光景だ…無意識のうちに笑顔になってしまう。
アンナが私の名前を呼ぶと少し皆んなが静かになり、私の方を皆んなが見つめる。
「ポルテ!」
「え、なに?なになに?」
「お父様の提案でそれぞれでプレゼントを用意したの」
「プレゼント!?そこまでしなくてもいいのに…3個も?まぁ、嬉しいけどね。ヘヘッ」
「フフフッ、私たちからはコレよ」
「うわ、かっこいい。懐中時計?」
「よかった、好きそうなデザインだと思って拾っておいたの。でも中の時計は壊れてて、だから時計は外して、お父様が中にコンパスを埋め込んでくれた。どお?」
「めちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう!フランクさんも!!」
センスが良すぎる。この前、私が島の北側を自由に使わせて欲しいと言ったからだろう。
島とはいえここは広い。地理を全部知っている訳ではないし、コンパスは役に立つ。何よりデザインもかっこいい。親子揃ってセンス抜群である。
チェーンもついているからパンツのベルト通しにだって付けられる。
嬉しそうにベルト通しにコンパスをつける私にフランクは微笑み、痛そうな腰をさすりながら呟いた。
「どういたしまして!」
「あ、腰痛…ごめんね…フランクさん」
「ポルテ、私たちからはこれ…気にいるかわからないけど…」
ミアたちからは黒い糸で編み込まれたベルトをもらった。ジョアとミアの2人で交代しながら作り上げたらしい。相当時間がかかる作業だっただろうに…。バックルはゴーシュが取り付けたみたいだ。皮のベルトよりもよっぽど頑丈そうだし、何より軽い。皮は使っているうちに形が変わってしまうし、この島の人たちは物々交換をしてるからかプレゼントが上手なのかもしれないな。
「なに言ってるの!気に入ったよ。嬉しいよ…ありがとう。このベルトだけで生涯、生きていけそうだよ」
「ハハハ…言い過ぎだよ」
「よっしゃ。俺たちからはこれだ!いったれ!!オヤジッ」
「アホたれ。ルーク、お前が考えたんだから。お前が渡せよ」
「これ…やるよ」
「カッハーーー、こいつ照れてやがるぜ。ダリア」
「いいわね〜なんか…男の友情って」
「うっせーなー、短剣用のホルダーだ。大事に使えよ」
「ハハッ。すごいじゃんこれ、どうしたの?」
「皮のソファを海で見つけたからよ、それで作ったんだよ。まあ、作ったのはほぼオヤジだけどな」
「作ったの!?みんな器用すぎない?短剣ずっと腰に刺してるだけだったから、こーゆーの欲しかったんだよね」
「ヘヘっ」
「よかったわね。ルーク」
「おぉ、デザインは母さんがしたんだぜ?」
腰に刺している短剣を抜いて、もらったホルダーに刺して驚いた。
「ありがと…すごいよダリアさん。何でこんなにぴったりなの?」
「え?それはルークが短剣のサイズと形を言ってきたからよ?」
「ルーク本当に?」
「おぉ、そんなの当たり前だろ」
いや…全然当たり前じゃない。トト様の部屋を片付けた時も難なくすぐに元の位置に直していたし、短剣を見たのもトンズの鍛冶場で数秒の間に見ただけだっただろう。朝に山の森で会った時に、短剣を抜こうとした時が初めて短剣を触ったはずだし。ようやく確信したが、ルークの記憶力は常識の範疇を超えている。
「すごいよ。もしかして、見たらすぐ記憶できるんじゃない?ルーク」
「んー、あんまり意識したことはねえけど。思い出したい時のことが映像で出てくんだよな」
「どうりで…ピッタリなわけだ…」
「ルークすごーい」
ミアとアンナが口を揃えて言った。
「へへへっ」
間違いない…。ルークはエイドシック・メモリを持ってるんだ。目で見た景色や物を鮮明に脳内に記憶できるんだ。それで後から細部まで正確に思い出せるってことか。つまり映像で記憶できるんだ。こんなハイスペックな人が友なんて…なんて心強いんだ…。
アンナが小包を私に差し出した。
「ポルテ!トト様からも手紙とプレゼントをもらって来たわよ」
「え!トト様からも?今日会ったのに何も言わなかったのに!!」
「ハハッ…だって内緒だもん」
「手紙は分かるけど…耳飾りが入ってる…もらったネックレスのデザインと一緒だ…でも私耳たぶに穴空いてないよ?」
「ああ、そのことなんだけど…この島の人間は生まれたらみんな開けるのよ。見て!皆んな空いてるでしょ。魔除けのためって言われてる」
本当だ。ピアスを着けていないだけで気づかなかった。皆んな空いている。文化的に女の子が空けるとかは聞いたことがあるけど…
「え、ちょっと待って。じゃあ…」
「そう、空けてもらうわっ」
「え、待って。ちょっと、怖いかも。あ、ちょっと、あ!あ〜〜〜〜〜〜」
無事私はトト様の耳飾りをつけることができた。
ジーナとアンナが揃って言った。
「似合うじゃなーい」
初めてアンナの服を借りて登場した私を見た時と全く同じトーンだった。
「あぁ…怖かった…風邪の時もベッドに投げられたし、たまに乱暴だよ!!!」
「男の子なのにウジウジ言うんじゃありません。まったく」
「ハハハハッ」
会場が笑いに包まれた。こんなことを言いながらもトトからのプレゼントも大満足だった。歳を重ねたらトトみたいにジャラジャになって音させながら歩いてたりして。とかも思っていた。
手紙の内容も実にトトらしい文面だった。内容は私たちだけの内緒である。
「みんな、ありがとう。プレゼントまでたくさん…大事にするよ。これからもよろしく」
「アーーッハッハッハッハッハーーー、食うぞー!」
またジャンだ。どうやらかしこまった言葉だったり雰囲気が恥ずかしくなるらしい。恥ずかしがるルークをバカにしていたが、人のことを言えない。
いや、親子だから人のことではないのか。似た物同士といったところだろう。
その後も、ほのぼのとした雰囲気の誕生日会は就寝の時間ギリギリまで続いた。
…ただ私だけが気づいていた。賑やかに続く誕生日会の外でガザム・ユーリウスが去って行く後ろ姿が暗闇に消えていくのを。
何でいるんだ…見てたってことか……。
私は必死で心の中では消えた笑顔を、皆んなに悟られないように、そっと意識を楽しい誕生日会に戻したのだった。
私とルークは今日2人で学校へ行かなかった。
いや、今日から2人で学校へ行かないことにした。
これはガザムとの完全な決別を意味し、いい加減な決意では無い事への第一歩だった。
そんな記念すべき1日目は海での物集めから始まった。
「なあ、ポルテ」
「……」
「おい!ポルテってば」
「どうしたのさ」
「なんか思ってたのと違うぜ。せっかくワクワクしてたのによお。こんなの普段やってることと変わんねえよ。こんなに運べねえし。言われた通りに使えそうなの集めたけどよお」
「まあまあ、そう言わずに見ててよ」
私はアイテムボックスに物を入れてルークに見せた。
ルークは目を輝かせた。
「おい、ポルテ。説明しろ」
「ハハハハッ。驚くとは思ったけど説明しろは想定外だよ」
この常識離れした現象をすぐ受け入れるルークが私はとても面白いなと思ってしまった。
「物を収納できるんだ。出し入れ自由!しかも容量も無限ってわけ」
「このやろー、先に言いやがれ!」
「ヘヘッ…ごめん。びっくりさせたくてさ」
「これだったら、遠い北側でも物運び放題じゃねえか。もーちょい持ってっていいか?」
「フフッ…いいよ。何ならインテリアなんか置いちゃって、おしゃれにしちゃっても!」
「インテリア?何だそれ」
「あ、ごめん。何でも無い。続けて?」
ルークは不思議そうに漂流物を探しに戻った。
さて、私も何かいい物ないかな〜。何でこんなに物がいっぱいなんだ本当に…。
もう、迷路みたいだな…。
何気なく見た先に樽がある。なんか見覚えのある樽だ。
「あ…。魔石が入ってた樽か」
私はアイテムボックスから樽を出した。やっぱり、同じ形だ。
でも全然違う。大きさが……。私と背比べできるくらい大きいな……。
プレゼントの短剣ホルダーに入った短剣を鞘から抜いて、私は樽の蓋をこじ開けた———




