第16話 謎の美少女
「バコッッッ」
大きな音がして樽の蓋が開いた。
私の背丈と同じくらいある樽だ。背伸びして覗き込んだ。
「うわぁあ!」
驚き、のけぞる私にルークが駆け寄った。
「おい、どうした。ポルテ」
「ルーク……樽の中に女の子が入ってる…」
「ハハッ…お前。俺を騙そうったって……マジじゃねえか…」
覗き込んだルークも驚いている。私たちと同い年くらいの美しい白い髪の少女がぐったりして樽の中に入っているではないか。
着ている白い服は汚れ、所々破れている。
少女は身動き一つしない。
「死んでんのか?」
……私たちはゆっくりと樽を倒した。
意識のない少女の頬に私は、そっと触れた。
良かった。冷えてるけど、まだ体温もあるし、息もしてる…。それに、この子の周り、ケトが漂ってる…。
「大丈夫……まだ生きてるよ」
「どーなってんだよ。お前に続いて、また人が流れてきたぜ。この島」
そうだった、私もこんな感じで登場したんだもんな。そりゃ驚くに決まっている。
この少女も転生者ってことも考えられるのか?…いや、この樽には見覚えがあるし、どこかから流れてきた樽っていう線が濃厚だろう。
「本当だね。ルーク、急いで家まで運ぼう」
「あぁ」
私とルークは意識のない少女をお互いの肩にかけて村まで運ぶことにした。
「この子どこからきたと思う?」
「分かんねえ…でも、この島以外に船を持った島があるのは確実だぜ」
ルークは何か知っているみたいだった。話は後ですることにした。
肩に抱えた少女の唇が真っ青だ。呼吸も浅いし、意識も全然戻りそうにない。
「まずい、先を急ごう」
「おう」
村へ入ると、通り過ぎる人通り過ぎる人みんなが、少女を抱えた私たちを見ている。
声をかけてきた者もいた。
「おい、なんだ…どうしたその……お前ら」
「ごめん、また今度!」
「おい、どけどけ。見せもんじゃねえぞ」
オリベル家に入るなりフランクがいた。良かった…ガザムはまだ学校か。いずれは知られることになるだろうが、今居られると都合が悪かっただろう。
フランクは驚いて言った。
「2人とも…その子は?」
「フランクさん…海に流されてきたみたいなんだ。樽の中に入ってて…」
「諸君!少し席を外します…」
フランクは、その場にいる人にそう言い残し、少女をおんぶした。
「話してる暇はなさそうだね…僕が上へ運ぼう」
上の階に上がってきた私とルークを見るなり、ジーナが目を丸くして言った。
「あら、あなたたち学校は?」
「ごめん、ジーナさん。話は後で!」
フランクが衰弱した少女をおぶって階段を上がってきた。それを見てジーナはさらに驚いた表情になっている。
「大変…あなた!その子を私のベッドへ!!」
「あぁ、頼むよ。僕は先に暖炉の前に布団を用意しておくよ」
そう言いながら、フランクは少女をジーナのベッドにそっと置いた。
心配そうに眺める私とルークに、ジーナが呟いた。
「大丈夫よ。さあ、着替えさせるんだから。男は出てなさい」
おっと…。
私たちは慌てて部屋から出た。フランクは早急に布団を出してきて暖炉の前に敷いている。
私は暖炉の弱くなった火に薪をくべ、ルークは相変わらず、人の家なのにどこに何があるのかを知っていたかのように慣れた手つきで、棚からやかんを取り出し、蓋を開けてやかんに水を入れた。
暖炉の前にいる私にやかんを手渡し言った。
「これ、あったほうがいいだろ」
「そうだね、今のうち沸かしておくよ」
ルークから受け取ったやかんを私は薪をくべた暖炉の上へ乗せた。
落ち着かない。
少女はどうなっただろうか…。
誰も口を開かない静かな部屋で、最初にフランクが口を開いた。
「驚いただろ…座って待っていよう」
「うん」
「おぉ」
いつもの4人がけのテーブル。私たちは3人で椅子に腰掛けた。
数分しか経っていないだろうに時間が長く感じる。
「ピューーーーーー」
やかんの水が沸いた。私は椅子から立ち上がり、やかんに手をかけ、テーブルに置いたと同時にジーナが扉を開けた。
「終わったから暖炉に運んでもらえる?」
「よし、運ぼう」
ベッドから少女を抱き抱えたフランクが、暖炉の近くに敷いた布団へ彼女をゆっくりと下ろした。
雪のように白い肌が余計に青白く見える。まだ、顔色が良くない。
まだ意識が戻らない。
「脈もあるし、息もしてるわ。少し様子を見ましょう」
まだ意識はないが、ようやく一息つけそうだ。
張り詰めていた空気が、少し緩んだ。
皆んなの上がりきっていた肩が下がっていくのが分かった。
まだ、意識が戻るか分からないが、私たちが海へ行ってなければこの子はそのまま命を無くしていただろう。
意識を取り戻して、不幸中の幸いと言えればいいのだが……。
ジーナは熱湯を容器に入れ、布で巻いた。血色の無い少女の頬に少しあて、そっと布団の中に入れた。
要は湯たんぽの代わりになったわけだ。
気のせいかもしれないが、さっきより少し血色が戻っているような気がする。
「良かった…」
呟いた私にフランクが口を開いた。
「それで、彼女をここへ運べたのは良かったけど。君たちはなぜ海へ?」
怒られるかもしれないとは思っていたが、思ったより早くバレてしまった。
でも、私はフランクの目を見ればわかった。子供に話す時の目ではない、それは私とルークの事を、もう1人の人間として接し、聞いてきているのが分かった。
……変にごまかすのはやめようと思った。
「フランクさん…ごめん…正直、私はこの村を、もうこれ以上大きくはできないと思ってる」
フランクは話を黙って聞いている。私は続けた。
「この前お願いした島の北側を自由に使いたいっていうのは、そこに基地を作ってしまおうとも思ってる。いや、基地だけじゃない、おいおいは、そこに新しい村を作ろうとも思ってる」
黙って話を聞くフランクの横で、ジーナが驚き何度もフランクの顔を見ている。
フランクは呟いた。
「この前、ガザムの恐ろしさは話したはずだよ?」
「分かってる。学校はもう行かないけど、ガザムにはバレないように上手くやるよ」
「ふぅーーー」
深いため息をついてからフランクはまた続けた。
「君たちの行動を見ていて、何となく、何か起こる気はしていたんだけど…これは想定外だったよ。まったく…すごい事を思いつくんだな…」
「ごめんなさい…」
「いや、謝る事じゃないさ。だが、僕はこの村の村長だ。この村で生きる人を守る責任がある…もちろん家族を危険には晒せない…分かってほしい」
「えぇ…もちろん」
「いや、でも。僕にできる範囲でなら、全力で協力させてほしい。
いや……まだ変なプライドが邪魔してるな…すまない。
……頼む…この通りだ。この村を…この島を……ガザム・ユーリウスから救ってほしい」
深々とお辞儀するフランクにジーナは溢れる涙を拭いきれない。
「ちょっと、フランクさん頭を上げてよ…そんな…まだ上手くいったわけじゃないよ…」
「いや…それくらいするべきだよ。僕はいまだに何もできていないも同然だ」
「そんな事あるわけがない。何もできてなかったらジーナさんが黙ってないよ。悪いのはどう考えたってガザムだしね」
私はフランクに川を北側にも流そうとしていることや、基地を早急に作る予定だという計画の手のうちの全てを話した。
静かに頷くフランクに、ジーナは、まだ意識の戻らない少女の様子を見守っている。
ただしフランクから約束として、週に1回は必ず学校へ顔を出すように言われた。
理由はガザムの機嫌と様子を見ておいた方がいいということだった。ガザムとずっと関わってきたフランクさんの言うことだ。聞いておいた方が身のためだろう。
一度行かないと決めてしまったし、誓いを曲げるのはルークも私も嫌だったが、渋々行くことにした。
それからあろもう一つは、北側へ行く時は尾行にも気をつけるように心配された。
少女は意識はまだ戻らないものの血色が良くなり、頬が赤らむほどになっていた。
転生した私自身も、大概の美形になったと思っているが、少女は見れば見るほど綺麗な顔の造りだ。まるで人形を見ているようだな…。
ジーナは家事に戻り、話し終えたフランクは、少し急いで下の階へ戻って行った。
相変わらずこの家には人が集まる。一体何をそんなに話に来ることがあるのだろうか。また
ガザムが何か噛んでいるのだろうか…。まったく、フランクさんも気が休まらないな。
私とルークは少女の様子を伺いつつも、暖炉で暖を取って座っている。
「さっき、この島以外に船を持った島があるって言ってたじゃん」
「ん?あぁ」
「何で分かるの?」
「なんだ、お前まだ見たことねえのか。…俺が4歳くらいの時に、この村の裏側にバカでかい金属の家みてーなのが運び込まれたわけよ。海にあったら邪魔って話になってさ」
「今もあるってこと?」
「おぉ、今は、採れたユユとウボだろ?それだけじゃねえけど物置になってら〜」
「全然気づかなかったよ」
「まぁ、ここからだと反対側だし、見えねえからな…無理もねえよ」
「でも、それがあったら何で船があるって分かるの?」
「あぁ、それは今はもうねえけどな。旗が付いてたんだよ。船のマークの旗がな」
少し考えてから私は思い出した。
「ちょっと、待って……忘れてた…。これと同じじゃない?」
アイテムボックスから短剣を拾った日に、一緒に拾った旗を広げてルークに見せた。
「お、これだよ、これ!何だよ。持ってんなら分かるじゃねえか」
「いや、今まで忘れてたんだよ」
本当にすっかり忘れていた…。それにここへ来てすぐで、間もなかったからだろう。船のマークが描かれていたことが別に珍しいとも感じなかった。おそらく金属の家というのはコンテナのことだろう。それだけ大きな物に旗が付けられてたんだ。貨物船クラスのサイズがこの海の上を移動しているだろう。
「ドッドッドッ」
階段を上がる音がする。アンナだな…。
「ただいまー、えっ、あれ。ルークまでいる」
「フフフ…嬉しいでしょ〜?」
「バシッ」
「いてっ」
ルークに分からないようにアンナに背中を叩かれた。
暖炉の前に横たわる少女を見つけたアンナ。
「え、誰!?この子……」
「海で流されて来たらしい。俺とポルテで運んできた」
近づいて眺めるアンナ。
「かわいい…お人形さんみたい。寝てるの?」
「いや、まだ一度も目を覚まさないんだ」
「え!?…そう…心配ね。早く目覚めてくれるといいわね…
今日ガザム先生があの2人はどうしてるって聞いてきたわよ。知らないって誤魔化しておいたけどね。サボり?」
「ありがとう、助かるよ」
「わりい、アンナ。これからもっと聞かれるかもしれねえ」
「どういうこと?」
さっきと同様に私たちはアンナに考えていること。しようとしている事をガザムの過去のこと以外は全て話した。
フランクと同様に静かに頷きながらアンナは話を聞き、不安そうに聞いてきた。
「壮大すぎて私にはよく分からないけど、この村の大人たちの微妙な空気感は私だって、肌で感じてた。お父様は話してくれないけど、このままじゃダメなんでしょ?」
無理もない。同じ家に住んでいるのが村長なんだ。彼女は彼女で色々と感じることがあったのだろう。
ルークが帰って、外が暗くなっても少女は目を覚さない。
パチパチと暖炉で燃える薪の音だけが聞こえる。
「ポルテ、今夜は交代で見ようか」
「ありがとフランクさん、大丈夫だよ。今日は一日ズル休みしたようなもんだしね。ここで眠るよ」
「そうか?冷えるからね。暖かくしなさい」
「ありがと」
「バタン…」
みんな自分たちの部屋へ入って行った。
「パチパチッ」
暖炉の火っていつまででも見つめていられるよな…。
少女の横顔を暖炉の火影がゆらゆらと揺れて踊っている。
いい香りだし、落ち着く。
私はゆっくりと目を閉じ、瞑想をした。
体の中に入ってくるケトの量がゆっくりと増えて、身体の中で激しく渦を巻いているのがわかる。
…くそ〜、もう少しで何か掴めそうなんだけどな…。
意識を集中していなくても、身体にケトが勝手に流れるようにはなっているのだ。
この集中した時の渦をどうにかするんだろうなぁ…。
身体の左側に移動させてみたり、右側に移動させたりしてみてるけど、この渦が動くだけなんだよなぁ〜これがさぁ〜。
てゆうか、精霊とか神の世界のハリシナヒってとこからケトがどうやって身体に流れているんだろうか。
まったく不思議なものだ。そんなことを考えながら時間が経つのも忘れて瞑想を続けた。
初めの初めは瞑想するとシャトルランの後くらいぐったりしていたけど、最近は空腹だったり眠気に襲われない限りはずっとしていられそうなくらいだ。
本当にあと1つだけピースが足りない。本当にそんな感覚だ。
もう2、3時間は経っただろうか。
私はゆっくりと目を開けた。
「パチッパチッ」
暖炉の薪はまだ音を立てて燃えている。
私の顔の目の前に、意識のなかったはずの少女がしゃがんで覗き込んでいる。
なぜか分からないけど私は驚かなかった。
見つけた時の彼女を纏っていた微弱なケトは身体に入っていくケトは大きくなり、ゆらり揺れているように見える。
彼女も黙って見つめている。白いまつ毛に、眠ってずっと開かれていなかった水色の大きな瞳が現れる。
ガラス玉のような綺麗な瞳に、暖炉の炎に照らされる私が映り込む。
「目が覚めたんだね」
「……」
「……あれ、聞こえてる?」
こくりと頷き、口をぱくぱくさせる彼女。
「もしかして…話せないの?」
コクコク…。頷いている。
ひとまず意識が戻ってよかった。
みんな眠っているだろうし、今夜は誰も起こさないでおこう。
「グゥ〜〜〜」
「え?」
少女が顔を真っ赤にしてお腹を押さえている。……可愛らしい限りだ。
「ハハハッ。恥ずかしがることないよ…ちょっと待ってて」
確か……ここに。あった。この前、私の誕生日会でフランクさんが用意しすぎてた…あった、これだ!ミルクうさぎの干し肉!
冬は保存がきいて便利だな〜。私は短剣でウボの実を食べやすいサイズに切って器に入れ、少女に渡した。
受け取ると食べていいのか分からず私の方を眺めている。
「うんうんうん。それ食べてちょっと待っててね」
少女は嬉しそうにウボの実を頬張った。
よかったよかった。それだけじゃ味気ないだろう…久々のポルテズキッチンだ!
よし、それでこの干し肉をっと……あ……。
横にいる少女の気配を感じて、見てみたら目を輝かせながらヨダレを垂らしている。
私が見ていることに気づいてすぐに我に返っていた。
「ハハハッ…待っててね〜」
アイテムボックスからルークに教えてもらった植物を出してっと。
長い串に植物と肉を交互に刺して、ポルテ特製のスパイスをぱらっと〜。
暖炉で炙れば〜
「……完成! 暖炉バーベキュー!! 暖炉で焼くとすごい美味しいんだ!はいっ……熱いから気をつけて食べてね」
少女はまた、私の許可を求めるように目を輝かせてこっちを見ていた。
「どうぞ、召し上がって」
「ハッフ…ハ……フ」
よっぽど空腹だったのだろう。どれくらいの間食べられていなかったんだろうか。熱いのに慌てて食べている。
これだけ良いリアクションをしてくれると、作った私としてもなかなか嬉しいもんだ。
私は水を取りに行こうと、何も言わずに立ちあがろうとした。
すると、まだ食べ終わっていないのに、少女が私の服の袖を掴んで不安そうにこちらを見ている。
「えっ……水を取りに行くだけだよ……」
どこへも行かないことに安心したのか、彼女は嬉しそうにまた串のお肉に夢中になっていた。
よっぽど不安なのだろう。何かから怯えてるみたいに見える……。海に流れてきた樽の中から出てきたのだ…よっぽどの事があったんだろう…今日はゆっくり休んだ方がいい。
「ゴクッ……フーーー」
渡した水も一気飲みだった。
「落ち着いた?」
コクコク頷く彼女に微笑み、私は頭を撫でた。こんな少女が海を渡ることになる世界線があるなんて…。
「よかったよかった」
あ、無意識で頭を撫でてしまった。ほぼ同い年じゃないか。なんかイケてる男感が出てしまっていないか心配だ。私は我に返って手を引っ込め、話しかけることで誤魔化した。
どうやら、少女はそこまで嫌がってないらしい、良かった。
「自分の名前はわかる?」
横に首を振る少女。これは困った。名前がわからないのか。
「自分が誰かも分からない?」
眉間に皺を寄せて、不安そうにコクッっと頷いた。どうやら記憶喪失のふりの私とは違って、本当に記憶喪失らしい。
「ジャラッ…」
彼女の首に首飾りがつけられているのが見えた。そのデザインが気になった私は少女に尋ねた。
「ねえ、首につけてるもの見てもいい?」
彼女は首についているそれに、やっと気づいたような表情だ。
またコクっと頷く。服に隠れていた装飾が現れる。
その瞬間、私は息を呑んだ。
「これは……」




