第8話 由々しき事態
「おすっ」
ざわつく教室。今日もルークが学校に顔を出したからだ。
私とルークは昨日で一気に仲良くなった。自分でも驚くほどルークと気が合った。いや、彼がそれだけの魅力があるだけの話なのかもしれない。
今日は学校終わりに、一緒に山へ行く約束をしている。説得したかった訳ではないが、私自身がルークと会いたかっただけだと思う。
2日連続でルークに会えたことに、アンナには少し感謝してもらいたいところだ。
ガザムは相変わらずの態度でルークが学校にいるのを見て鼻で笑っていた。
今日も座学だ。ほぼ昨日の復習に、その続きというような退屈な内容だ。
「おーーーい!おーーーーーい!」
遠くからこちらを呼びながら村人が近づいてくる。
ガザムはまだ声に気付いていない。
その様子を見たアンナが気づくように促した。
「先生、誰かこっちに向かってきてます」
ガザムは壁に文字を書く手を止め、向かってくる人の方へ顔を向けた。
到着するなり男はガザムに耳打ちするように話し始めた。
どうやら村で何かあったようだ。
「……なん……たのむ」
慌てた様子だ。
内容を聞いてやろうと耳を澄ますが…クソ〜。…声が小さくて聞き取りにくい。
「今日はもう自習にします。では」
話を終えると、ガザムは私たちにそう言い残して立ち去った。
ルークは私の腕を掴んで、立ちあがった。
「行こうポルテ。ガザムの野郎、慌てて俺たちには気づかない」
「フフッ…いいね。…行こう」
私たちはこっそりガザムたちの跡をつけて行くことにした。
ガザムたちが向かった先にはフランクもいた。オリベル家で見たことのある顔ぶれが集まっていた。私たちは人の家…つまりは、木の影に隠れながらその光景を見ていた。……なんだかフランクも神妙な面持ちだ。
その光景を見てルークが言った。
「なにしてんだ、おっさん達…井戸でなんかしてんな」
「そうだね、水を汲んでるみたいだ」
そして井戸の周りに集まった者たちは、次々に水を口に含み、吐き出した。
「くそっ…もったいねえ」
怒って飛び出しそうなルークを私は止めて言った。
「ストップ、ルーク。フランクさんもいる。何か訳があるんだよ」
フランクとガザムたち一行は次々に他の井戸も回り始めた。どうやら全ての井戸を確認していく様子だ。
ルークと私は隙を狙って誰もいなくなった井戸の水を口にした。
「しょっぺええ…んだこれっ」
「ッペ」
私もルークもフランクたちと同じように水を吐いた。
…海水が混ざっているんだ。ガザムが突然呼び出された理由はこれか…。
誰かに気づかれる前に私とルークは学校へ戻りながら話した。
「どうなってる…」
「海水の味だった…まずいね…これじゃ井戸が使えない」
オリベル家で前に大人たちが水の話をしていた事を思い出した。この事だったのか…
学校へ戻り、席へ着くとアンナが言った。
「どうだった?ガザム先生」
「気付いてたの?アンナ」
「当たり前でしょ。2人が出る前にルークが話してたの聞いてたから」
アンナは言ってから自分が言った言葉に気づいて顔が赤くなっている。面白い…アンナは考えてから言葉を口に出す方じゃないからな。この天然さもある意味良いアピールなんじゃないのか。
さあ、ルークの顔はというと……これは………焼けた肌で分かりづらいが、少し照れ臭そうにしているのが分かる。
おやおや、これはこれは……私は1人ニヤッとしながらその場をや過ごした。
そうこうしているとガザムが颯爽と学校へ帰ってきた。
「今日はもう終わりです。帰りなさい」
学校を出てすぐに、私とルークはフランクの姿を探した。
さっき順番に回っていた井戸のほとんど全てが塩水に侵されていたようだ。井戸の周りには水が撒かれた跡がある。
結局フランクはオリベル家の1階、つまり…会議室にいた。
そう言えば……まだ詳しくは知らないが、ルークは自分の父親とフランクの仲が良くないはずだが、ここへ連れて来て良かったのだろうか。ルークを見るに…わりと平気そうだが、アンナにジーナも下の階にいる…中へ進むとガザムの話す声が聞こえた。ジーナとアンナが心配そうな顔で話を聞いているのが見える。
「フランク・オリベル…いや、村長。どうするつもりだ。やはりダメなのではないか?カルム前村長、亡き今……お前に務まるとは思えん」
「そんな……水の量も制限したはずなのに………」
数名のうすら笑いと、肩を落とすフランクの姿が見える。
私の心は怒りに満ち、彼らの元へ飛び出そうとするより先に、ルークの背中が前に見えた。
「おい、おっさんども。別に井戸水が海水になったの、フランクのおっちゃんのせいでもねえだろ」
「またあなたですか…ルーク・ジョイス…」
嫌そうな顔でルークを見るガザム。これが生徒を見る教師の顔なのだろうか。
フランクへの態度といい一体こいつは何者なのだろうか…。
私たちを見てフランクは焦った顔で言った。
「どうしてもう君たちが海水のことを……2人とも上に上がってなさい」
「やだね!…ガザム先生、あんたには俺もいろいろと思ってることがあるしなあ!」
ガザムの取り巻きのうちの1人が叫んだ。
「貴様っ!……ルーク。ガザム様に向かってなんて口を…」
ガザムが手下にそっと手を出し止め、笑って言った。
「フッ……よしましょう…子どもの戯言です」
啖呵を切ったが相手にされず、悔しそうな顔をするルーク。
入口から1人の大きな身体の男が入ってきた。
「うちの息子は間違っちゃあいねえ…俺はバカだがルークは良い男になるぜ」
「オヤジ…」
「お偉いガザム・ユーリウスさんよ。フランクも手を尽くしてる。今日は帰れよ」
「フッ…ジャン・ジョイスですか…何を言おうと結構ですが、どうするか決めなければいけないのはフランク村長です」
「あーあー。うっせえうっせえ。帰った帰った」
「………今日のところは帰ります。残された水も少ない…早急な対策をお願いします。…もしダメだったらその時は……」
取り巻きが嫌なうすら笑いを浮かべる中、ガザムたちはオリベル家から出ていった。
座っていたフランクがゆっくり立ち上がる。
「みんな、すまない…」
お偉いガザムさんは一大事だと言うのに協力的ではなさそうだ。
これまでガザムに接する村人の姿をわりと何人も私は見てきたとは思うが、ジャンとルークのようにこれだけ威勢よくものを言える人は少ないはずだ。さすが親子と言ったところか。
「……………」
その場にいるみんながフランクとジャンを交互に見る。
私はこっそりルークの耳元で囁いた。
「君のお父さんとフランクさんてさ、仲悪いんじゃないの?」
「あぁ、俺もどうなるかわかんねえよ……」
静まり返るその場にフランクが口を開いた。
「ジャン…久しぶりだね」
「おぅ。……ケッ…なんだこの様はよぉ」
静かな空間に2人だけの話し声が響いた。
「あの2人って……」
私は近くにいたジーナの元へコソコソっと行き、呟きかけたその時
大きな声でジーナが言った。
「あーもぉ、焦ったい。良い機会じゃないの…さっさと仲直りしなさいよ!良い歳の大人が!!」
「アハッ……アッハ……アッハッハッハッハッハッハッハーーー……ハーーァ」
「プッ……ハッハ……ハッハッハッハッハッハッハッハーーー……ダーーー」
顔を見合わせ無表情だったフランクとジャンの顔が段々と緩みだし、大きな声で笑い始めた。
そして静まり返った部屋に二人のため息が聞こえる。
握手を交わしハグする二人。この感じだと、どうやら元々は仲が良いらしく、ジーナも呆れたように笑っている。なんだ…気を遣って損をした。
飲み水の件もあるが、ひとまずみんなで食事をすることになった。
私も準備を手伝った。いつも通りの味の薄い食事だったが重い空気は無くなってる。
フランクもジャンも肩を組み歌い出す始末だ。そんな二人を見てジーナが聞いた。
「結局、あんたたちの喧嘩の原因てなんだったのよ」
歌いすぎて真っ赤な顔のフランクが口を開き。それを聞いてめずらしく黙る饒舌な男のジャンは恥ずかしそうに口をすぼめた。
「去年の夏、あいつの命日にジャンがうちに来ただろ?」
不思議そうにジーナが呟く。
「ええ。トト様の…息子さんでしょ?」
「あぁ、毎年海へ二人で行ってあいつの話をするんだ」
私は上のツリーデッキでフランクが話していたことを思い出した。
———「……私たちは親友だった…いや親友さ。 今でも呼ばれたような気がして振り返ることがあるくらいだ。…もういないのにね」
そう聞いて私はこう聞いた。
「波に飲まれるのを見た人がいるって……」
「あぁ、僕たちだ……必死に止めたけど…」———
そうか…僕たちって…その場にはジャンもいたって事か。
フランクは続けた。
「その日も一緒に海へ行ったんだけど…どっちの方があいつのこと好きだったか言い合いになってね」
ジャンはさらに顔を赤くし、ジーナは目を丸くして言った。
「え、それだけ?」
「そう」
「あっきれた、くっだらない」
「ジーナ…くだらないとはなんだよ」
「はいはい、わかったわかった。今日もジャンはそれで来たんでしょ?…行ってきなさいよ」
今日がその日だったのか…。偉人の妻は賢い女性が多いと聞いたことがあるが、ジーナは間違いなく、その賢い女性だろう。バランスの取れた良い夫婦だ。
アンナは今日で余計にルークに惚れただろうな。ジャンとフランクのわだかまりも消えたことだし、一石二鳥だ。ジャンと仲良さそうに出ていくフランクにジーナは言った。
「あなた…聞いてなかった村の井戸水の件は帰ってきてからしっかり話してもらいますからね?」
抜かりないジーナ。そして珍しくどこか少し抜けているフランクに前世の職場での私と似た、おっちょこちょいなところを感じてしまう。
恥ずかしさと申し訳なさからくる笑顔なのかフランクはなんともいえない笑顔で「はい…」と返事をして、出ていったのであった。
そして今、私はアンナとルークが話すのを密かに見ているのだ。
「ルーク…ありがと、また助けられちゃったね」
「またって…別に…本当の事言っただけだろ」
「カッコよかった」
「おい、やめろよ……照れるだろ」
いやーーーん、なんて初々しい二人なのだ。おじさん困っちゃう……。
ジーナもそれを見ていた。私とジーナは2人でニヤニヤしながら、その光景を見ていた。今後ジーナとはこの件で話が盛り上がりそうだ。
「ガチャッ」
扉を閉めた。
邪魔者は少し部屋で休むことにしたのだ。
それに、考えたいこともあったからだ。井戸水の件である。
フランクが一人で抱え込み悩まされるのもわかる。かなり深刻そうだ…飲み水は生きていく上で必ず必要になるし、貯蔵分は飲み水に全て回したとする。そうなると畑には海水だけを使うということになると次は食物の成長が難しくなるという別の問題が出てくるわけだ。
なんとしてでも真水が必要になるだろう。
海という大量の水に島は囲まれているのに、水に困らされるとは皮肉なものだ。
思い当たるのは、ウォーターミントの栽培にアンナが言っていたトト様の所にあるウォーターツリーというやつか。
いずれにせよトト様を頼ることになるだろうな。
まぁ思うに、フランクが出した手紙も似たような内容だろう。……でもアムとピムの事もある、私が行くのが1番話が早そうだ。
フランクの声がする。帰ってきたようだ…
上に上がってきたフランクは椅子に腰掛けていた。
4人掛けのテーブルに全員で座るなりフランクが口を開いた。私たちは真剣に話を聞いた。
「すまない…巻き込みたくなかったけど結局、解決できないまま最悪の形で巻き込むことになりそうだよ…。こんな事はこれまで無かったんだけど、井戸の水が片っ端から塩化していってる…つまり、僕たちの飲み水が無くなってきているってことだ。…アンナやポルテも知ってる通り、最近島のみんなには飲み水を制限してもらっていたよね…節制のためと曖昧に伝えていたけど、塩化対策のつもりだった…」
「フランクさん何か考えはあるの?」
「…トト様から手紙が返ってきたんだけど井戸を元に戻すのは難しいらしい…いよいよ最終的には山頂付近に移住も考えないといけないかもしれない…でも、そうなると、村人全員じゃできないんだ」
「移住……」
深刻な声でジーナが呟いた。
慣れ親しんだ場所だ、そんな反応にもなるだろう。……それに移住は全員では難しいか……村が荒れそうだな。
私はフランクに言った。
「トト様の所に明日行ってくるよ。無理かもしれないけど考えもあるんだ。できる事は全部やろう」
「私も行く!」
「アンナはダメだ。ここに残って」
「なんで?」
「山頂は遠い。あの広場へ行ける私たちが2人同時に行くより、交互に行けるようにしておいた方が効率がいい……ルークと一緒にいくよ」
「驚いたな……ポルテもあそこへ入れるのか」
驚いているジーナとフランクに力になりたい思いを込めて、私は強くうなづいた。
「……わかったわ」
アンナも理解したようだ。
私はすぐにジョイス家へ向かい、全ての経緯を話した。私とルークはすぐに発つことにした。
向こうに着く頃にはもう暗くなるだろう。
こんな状況でも山頂へ行く道中は楽しかった。ルークは学校へ来ていない間、独学で山の中で研究を続けていた。
まるで水を得た魚のようだ。
次々に植物を取って見せてくる。
「見ろ。これは生で食えねえ。俺は死にかけた!あ、でも焼いたら食えるぜ?あ!ポルテ…これは美味い」
「おお…ありがと」
今まで誰にも話していなかったからだろう。とても嬉しそうだった。それに私は思っていた…彼とならこの島で……
「あのさあ、ルーク………
って……あれ?……いない」
「フフフフフ…………アハハハハ……」
あぁ、なるほど。こうなるわけか……アムとピムだ。
ルークの声だけが聞こえる。
「ポルテーーー」
「ごめーん、ちょいここで待ってて〜!」
「おー、そこらへんうろついて待ってるわ〜」
ルークを誘っておいてよかった。ここら辺の物は山麓に生えているものとは違う。ルークなら気になって調べてくれるはずだ。
もう辺りは暗い。森を抜けたその先に、月明かりに照らされた広場が見えた。
夜だというのに明るい。夜風に揺れる草花も昼間とは違った美しさがある。ここは昼も夜も美しいのか……トト様が羨ましいな。
……ここで暮らすのも悪くない……かもな……。
相変わらずの大きな倒樹は明るい時間帯より余計に大きく見える。
「フフフフフ…………アハハハハ……」
アムとピムだ。姿を見せて、私の周りを飛び回る。
「お前たちの主人は中にいるかい?」
そう言うとアムとピムは大樹の中へ消えていった。
扉をノックしようとする前に中からトトが扉を開け、口を開いた。
「待っておったよ」
「トト様…お元気ですか?」
「ああ、俺は相変わらずさ」
「早速なんですがトト様」
「あぁ……わかっとるよ。村の井戸水の事じゃろて」
「ええ……」
「まぁ、まぁ。入らなさい」
私はトトの家に足を踏み入れた。
トトが続けて口を開く。
「あれはもういかん…アムとピムに手紙を届けさせたはず。この島も変わる時じゃろて」
「その事なんですけど、この島に川を作りたいんです」
「川を……どういうことだ」
「アムとピムの力を借りたいんです」
私は、思いついてる事をトトに全て話した。
「言っている事は分かる。が…できるかは俺にもわからん。あとだ、「かえる豆」でそれをするなら俺が死んだあと継ぐ者が必要だ。この大樹の代わりなのだ、つまりはここへ……アムとピムを見得る、お前自身がここへ留まらねばならん」
「やはり……そうでしたか」
「お前さん…分かって来たのか」
「ええ…なんとなくですが、息子さんの話をされた時に『継ぐ』と言う言葉を使ってたので」
———「島から出て行った、行く末も分からん……優しい子さ……」
「ここを『継ぐ』と思っておったがな。
……訳も言わず出て行ってしもうた」———
「あの時か……」
「えぇ……それに私ここが好きですし!トト様だってまだまだ元気でしょ?」
「ンハッ……言ってくれよるわ…。俺がここを守るのは家族と過ごした…受け継がれてきたここを守りたいだけ…言わば俺のエゴだ。元々、島の者でないお前に押し付けることになるやもしれんぞ」
「私けっこう職人肌ですし、向いてると思いますよ?トト様」
「ンハッ…即答か…ちゃんと考えとるか?あっけらかんとしおって、調子が狂うわい…まったく。それでポルテよ何から始める?……」




