第36話 大通りラルムール・ボード・ストリート
「ドッツードッツードッツードッツー」
街に鳴り響く大きな音楽が心臓にまで響き渡る。
「フォーーーーン。フッ……フッ」
氷でできたローマ建築のような建物の間を、『金属でできたホウキ』に乗った魔法使いたちが器用に飛び交い、あちこちへと通り過ぎていく。
「ベンさん…この大通り…」
「人が…いっぱい……」
「ハッハー。いい顔してくれるじゃないか2人ともー。ここが大通りの『ラルムール・ボード・ストリート』だ。朝は出勤する人が多すぎるからなぁ。君たちの買い物は後にしたほうがいいと思うぞ」
「ベンさんに任せますよ!」
ベンは混雑した大通りの中へと向かって歩いていく。
緑に赤に青…そして紫。さまざまな色装束の魔法使いと次々にすれ違い、大小いろいろなサイズの三角帽の魔法使いが街に入り乱れている。
やはりここでも、みんなマリアが気になるようで、絶えず視線を感じるし、極め付けには、下を向いて歩いていた者が、マリアに気づいて綺麗に二度見していた。
少し先にいるベンを見失わないようにしなければ…。
「でもやっぱり。黒と白の装束の人は見当たらないね…」
「そうね…たしかに……」
「おぉっ…これまたすごいな……」
少し街の中へ進むと、人混みの隙間からラルムール・ボード・ストリートの全貌が見えてきた。
これまでに無いほど大きな氷河やビルがあちこちに聳え立ち、大小さまざまなサイズのモニターが、その氷河とビルの表面に埋め込まれている。
こっちの映像は……おそらく魔導具の広告だな。
あっちのモニターは?……どこかの風景。
そしてそのほとんどのモニターに映っているのは、開催まで1ヶ月を切ったマジックフェスティバルの広告だ。
次々に映像が切り替わっていくその光景は、ニューヨークのタイムズスクエアを思わせる。
見上げていたモニターから目線を街に戻すと、数々のお店が立ち並んでいる。
その一方で、モニターの間を縫うように、氷河の中には住宅街まで築かれているのだ。それでいて、街はたくさんの人で埋め尽くされている。
住宅街と商業エリアが一体となって融合している。これぞまさに大都会というわけか…。
人混みの間をどんどん進んで行くベンが、私たちを振り返り、街の音に負けないよう大きな声で言った。
「このまま30分ほど歩けばノッテ魔法学校があるぞ」
「そんなに続くんですか?ここ!」
「ハハッ。そーだー!1番端までは3時間はかかるぞ〜!!簡単に行けないほうがワクワクするだろ〜?」
「楽しいからすぐ着きそう」
「ベンさんイヴも楽しいってさ!てゆうか、ベンさんスピード落として!!マリアがいるんだから。なかなか進めないんだ」
「おっ。すまんすまん」
ベンは少しスピードを落とし、私たちはまた4人で進んでいく。
「それにしても……マリア自身がかわいそうだなあ。これだけ立派だとよく見られる」
「私もこの国についてから、よく感じますよ」
「マルグが言ってたように、マリアをノーブルアクトにしまえればいいのだけど」
「お!?イヴ。あのレイピアはノーブルアクトじゃなかったのか?」
「分からない…剣術を始めたときから使っていた物ではあるんだけど」
「ん〜。私は使い魔がいないからね。その辺はよく分からんなあ」
「教師のベンさんでも難しいってことですか……」
「私は身体強化の魔法が専門だからな〜。ノーブルアクトのことは、他の紫装束以上の誰かに聞いたほうがいいかもな」
「そうしようよ。今日武器屋さんに行く前に誰かに聞いておいたほうがいいよ」
「そうだね……ありがと。そうする」
「ツーーーーーーッ……
ワォァアアアアアーーーーーーーーー!!!」
———突然、ボード・ストリートに設置された全てのモニターの画面が、同じ映像に切り替わったのだ。
割れんばかりの人々の声とともに、どこかの祝典の映像が映し出される。
巨大なモニターの画面にさえ収まり切っていない、どこまで続いているのか分からないほど巨大な城の中腹部が映っている。
そして、その城下に集まる、ものすごい数の国民の姿も映し出されているのだ。———
その映像が流れ始めると、私たちを取り囲む人の流れが少しゆっくりになった。
そして、モニターの映像に城のバルコニーが拡大され、6人の者たちが城の中から姿を現した。
「オォオオオオオオオオーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ますます国民の歓声は大きくなる。
その者たちが纏う雰囲気たるや、圧倒的な存在感。
そして、何も言わずとも感じる生まれながらの煌びやかさ。そのどこかに、私は何ともいえぬ恐怖を感じた。
6人がバルコニーの上で足を止めると、真っ先に目に飛び込んできたのは、『ロージーピンクの髪と瞳』をした、1番前の真ん中に立つ男だった。
いや、その男だけではない。
その場にいる6人全員が『ロージーピンクの髪と瞳』を持っている。
真ん中の男を入れて男が4人。そして……女が………おそらく2人だ。
その男が目に飛び込んできたのは、ただ6人の前の中心にいたからでは無い。
もし端にいたとしても全く同じ結果になったと確信を持って言えるだろう。
画面越しにでも伝わってくる。私を見ているわけでは無いのに身体を刺すようなその視線。
国民だけではなく、その男の周囲にいる5人さえ圧っするほどの、圧倒的な強者としてのオーラ。
感情を排除したかのようなその眼差しに、私は気圧され息を呑んだ。
「………ベンさん……あの、真ん中にいる男は、誰ですか……」
「えぇ!?大帝国ヴリードの皇帝『エドワード・ノヴァ・ヴリード』さ」
「……皇帝……ですか」
「ポルテ……そうか…皇帝を初めて見たのか。私も初めてここで見た時は同じような顔になっていた気がするよ」
「じゃあ…あの6人は?」
「全員『ヴリード家』の人間だよ。
さっきも言った通り、真ん中にいる短髪で華やかな衣装の男が『長男のエドワード・ノヴァ・ヴリード』
ここから見て皇帝エドワードの右にいるクールそうな綺麗な女の人がいるだろ?あれが『長女のクロエ・ヴリード』
その横にいる長い髪をサイドで三つ編みにしてる儚げな男が『次男のジュエル・ヴリード』だ。
そして今度は左にいる3人だ。
女装をしてはいるが筋肉隆々の男が『三男マルガリータ・ヴリード』
細身のサングラスをかけているのが『四男クラウス・ヴリード』
最後にぽっちゃりした髭の男が『五男ハインツ・ヴリード』だ
見て分かるだろうが、あの6人は血の繋がった『きょうだい』ってわけだ」
「いやいや……髪と瞳の色が一緒なだけで全然似てないですよ」
「ハハハッ…そうかぁー?」
「オォオオオオオオオオーーーーーー!!!!」
まだ大きな歓声が聞こえる画面にまた目を戻すと、皇帝が静かにすっと手を上げた。
「…………………………」
まるで誰もいなくなったかのように、静まりかえる映像。
その異様な光景に、国民による皇帝への圧倒的な支持と支配を改めて実感させられる。
皇帝エドワード・ノヴァ・ヴリードは1ミリの心の乱れも、そして感情すらも感じさせない穏やかな口調で口を開き、話し始めた。
「親愛なる国民の諸君。
真の平穏とは、揺るぎない秩序のなかにのみ存在する。
今日集まってもらったのは他でも無い。
私の執事である『クロウ・ロドリゲス』に本日を持って、ヴリード家第二のエンペラーとし、『シルバー・カエサル』の称号を与える。
以上だ。私を信じ、ただその身を委ねるがいい」
「オォオオオオオオオオーーーーーー!!!!」
また国民の地鳴りのような歓声が鳴り響く。
しかし、私はバルコニーに祝福の雰囲気より違和感の方を先に感じた。
ずっと無表情クロエ。そして拍手するジュエルとマルガリータ。クラウスは舌打ちをし、ハインツも不機嫌そうだ。
その光景を見て横でベンが口を開く。
「あぁ〜。まぁ、分かっていたことではあるけど、気に食わない『兄弟』もいるだろうなぁ」
「その執事そんなに優秀なんですか?」
「あぁ。異常ともいえる。帝都の業務だけでなく他国の業務も完璧にこなしてるらしい。
もちろんここラルムールにも携わっていると聞く。あ、ポルテ、イヴ。見てみなさい…出てくるみたいだ」
「…………………………」
また皇帝が手を挙げると、国民は静まり返った。
そして、城の中からグレーのスーツを身に纏い、余裕のある笑みを浮かべながらクロウ・ロドリゲスと思わしき人物が登場した。
少しの乱れもないスーツはおそらくオーダーメイドで誂えられている。スーツの胸元には大きなブローチと黒い杖を持った右手にの指輪がキラリと人差し指に光っている。
額を潔く出したバーガンディーのオールバックの髪が、その洗練された冷徹な美貌と強者の微笑みを際立たせる。
皇帝の少し後ろに立ったクロウは国民へ、そしてモニターの前にいる私たちへ話し始める。
「フッフッフ……『シルバーカエサル』……もう一人の皇帝。
などという物々しい役職を…私の様な者がいただきましたが、私にとっては皇帝陛下の髪を一筋整えることの方がよほど重要……。
ですが、いただきましたこの地位があれば、皆様よりあなた様の存在をより近くに感じられる実に素晴らしい実権でしょう。フフフッ……
親愛なる大帝国の皆様!!!このワインレッドの髪といただいたブローチにかけて、これより私は『もう一人の皇帝』として、あなた方を極上の平穏で満たして差し上げることをお約束しましょう。
ただし、陛下を狂おしいほどに敬い、その忠誠を尽くし続けるのです!!!!
フフフッ……さあ皆様、全ては我が主のために!!!!!」
「オォオオオオオオオオーーーーーー!!!!」
歓声に包まれながら皇帝が城に消え、後に続いて6人も中へ入って行った。
「あれ!?もうおしまい??」
「いやいや、これでも長い方だ。全員が揃うのなんて数年ぶりだよ」
「へぇ〜。そうなんだ…ねえ。イヴは誰がすごいと思った?あれ…イヴ?」
「なんか……あれ?……………」
イヴがそう呟くと、ついさっきまで元気だったイヴが一点を凝視したまま立ち尽くし、その白い肌に汗を浮かべ、明らかに何かに怯えたように小刻みに震えている。
「え、なんで………どうしたの?」
イヴの呼吸がだんだんと荒くなって行く。
「ポルテ、そこに私の知り合いの薬剤店がある。イヴを連れて一度入ろう」
「はい!イヴ、歩ける?」
「はぁーっはぁーっはぁーっ。あぁ…えぇっと…」
「よしっ」
意識が朦朧とし、反応も鈍くなったイヴを、私は背中に背負った。
先を行くベンの後を追って人混みを横切る。
「あ、ちょっと、すみません。 ベンさん!どこですか!」
「ここだ!」
「ガチャッ…カランカランカランッ」
私たちは15メートルほどにわたって立ち並んだ店の前を通り抜け、『魔法薬剤店メディカモルド』と書かれた看板がある建物に着き、ベンはその店の扉を勢いよく開けた。
「ちょっとちょっと〜。お客さん扉が壊れちまうよ…なんだベンじゃねえか。どうしたよ…慌てた顔して」
「ハンド…連れの様子がおかしい。ベッドを貸してくれ」
「すみません。お願いします!」
「なんだ!?えらく若い連れだな」
「私の背中の彼女を!」
「おっと、こりゃあいけねえ。真ん中のベッドでいいから寝かせてくれ」
店頭にいた紫装束の店主は私の背中に背負われているイヴに気づき、慌てて奥の部屋へ続く扉を開けた。
奥の部屋には3台のベッドが並んでいて、私は真ん中のベッドにイヴを寝かせた。
「あぁ〜、まぁ意識はあるみてえだな。でも、脈がかなり早い。それに瞳孔も開いてるな」
店主は手慣れた様子でイヴを診察していく。
「どうですか?」
「ポルテ安心しろ。あいつは医者ではないがそこらへんの医者なんかよりよっぽど使えるぞ」
「ハハッ…使えるだと〜?おい、ポルテとやら。安心しろ…ただの発作だ」
「……発作。彼女は記憶障害を患っています。何か関係あるでしょうか」
「なるほどな……上出来だ。メリーちゃーん!!!」
「はいはいは〜い」
カーテンの後ろから眠たそうな顔をした青装束の女の子が出てきた。
「吸入根にメンタルハーブとえーと、どーしようかな。ライトポーションで大丈夫だ。ネブライザーしよう」
「あいあいさぁ〜」
眠たそうな女の子は恐ろしく早いスピードで何かを済ませ、そして長いチューブの先についたマスクを店主に手渡した。
「はい。イヴちゃ〜ん ゆっくり深呼吸できますか〜」
「スーーハーースーーハーー」
「スポッ」
メリーから受け取ったマスクを深呼吸しているイヴの顔につけ、こちらを振り返って微笑んだ。
「ハー。まぁ少し安静にしたら大丈夫だ」
「ハンド。助かる」
「ありがとうございます…ハンドさん。挨拶が遅れました。ポルテット・エウトピアです」
「いいってことよ。おぉ、これはこれはご丁寧に…メディカモルド・ハンドだ。まあ〜正確な原因はまだ分からんが…パニック障害ってやつだな」
「にゃいにゃいにゃい〜」
青装束の女の子がまた出てきたカーテンの後ろへと消えて行った。
「あ。メリーさんも!ありがとうございます!」
「はいはいは〜い」
カーテンの後ろから返事だけが聞こえた。
「さっき言ってた記憶障害はいつからだ?」
「私が8歳の頃に彼女に出会って、その時には名前すら分かっていませんでした。今も正確な年齢も知りません…」
「イヴが…そうだったのか…」
ベンが深刻そうな顔で呟いた。
「長いな……人混みで発作が出たってことか?」
「いえ…大通りのヴリード家の映像を見てたら急に……」
「大帝国…んん〜分からんな。まあ、イヴちゃんが落ち着いたら聞いてみるか」
「お願いします…」
ベッドに目をやるとイヴは呼吸も落ち着いた様子で瞳を閉じている。
一安心と言ったところか。
ベンが真剣な表情で呟いた。
「ハンド。クロウが第二皇帝に就任したぞ」
「あぁ。歓声は聞こえた。第二皇帝か…皇帝もまた随分と大胆なことを考える……」
「親族も他の『きょうだい』でさえ差し置いてだからな。クロウの力はますます大きくなるだろう」
「あのエドワード・ノヴァ・ヴリードに認められる手腕だからなあ。クロウは4人いるって噂もある」
「ハハッ……一体誰の情報だよ」
「さーな。大帝国さまさまのことは庶民の俺たちには分からんさ」
「魔法王国は『魔力と魔導具』を渡してるんですよね?大帝国に」
「おっ。若者のくせにそんな事に興味があんのか?」
「おい、ハンド。ポルテはそこらへんの15歳とは少し違うぞ。大人と思った方がいい」
「おっと。そうか…それは失礼」
「いやいや。まだここへ来たばかりで気になるだけですから」
「ハハッ……知ってるさ。怒っていいんだぜ?」
「え!?私を試したんですか……」
「ハンド〜。その歪んだ性格なんとかしろよ」
「いや、つい付き合う人間を選ぶ癖があってね」
ベンは私を気遣ってそう言ったが、なんだか話しやすくなった。
「じゃあ大帝国からはラルムールは何を?」
「素材系の物に食料。魔石も、娯楽品も雑貨も。ほぼ全部さ!完全に大帝国の思い通りになっちまってんだ!!」
ハンドは完全に納得いかないと思ってる言い方だった。
「おいおい…ハンド」
「ベンちょっと黙ってろ。あくまで俺の考えだし…知るなら早い方がいいって」
「市場のおじさんも言ってました。世知辛いって」
「見てみろよ。そのおっさんも信用できるぜ?でもな…この国も俺の感覚じゃあ約半分が完全な大帝国信者だ。発言には気をつけろ」
「…ハンドさんもったいぶらずに教えてください」
「ハハッ……よし。いいか?俺は大帝国へ行った事はない。だが、この世界は…いや、『大帝国以外の三国』はすべて…大帝国ヴリードのコマでしか無いってことだ」
「……どういう意味です?………」
「あ〜っと。この国で例えるならだ…魔石あるだろ?」
「はい…」
「魔石式の魔導具に、魔石を使えば、エメラルドグリーンの魔石はただの石ころになりやがるだろ?」
「あの…魔力式しかまだ使った事が無いんです」
「そうか…まぁいい。つまりだ…俺たちは!大帝国の動力源になる『魔力』と!魔石さえあれば何度使っても無くならない『魔導具』をずっと渡し続けることになるんだよ!!」




