第35話 魔力式移動チェアーに乗って
「…ドゴッッッ」
私が力強く着地したことで、氷河に亀裂が走る。
「ガゴッッッッ」
氷河の一部が割れ、崩れ落ちる。
「おおっ!!!」
私は飛び退いたが、イヴの方向へ向かって氷の塊が落ちていく。
「イヴ!危ない!!!」
「イヴ!危ねぇえー!!!」
私とマルグはイヴに向かって叫んだ。
すぐにイヴの方に目をやるが、イヴは焦っているどころか、冷静にゆったりとレイピアを構える。
ウイ島で木を貫通させたあの時の構えと同じだ。
ジャンと一戦交えたあの時の姿を思い出す。
イヴの身体の中にある魔力の器から、川のように右手に持たれたレイピアへと魔力が移り、刃身に水が纏りはじめた。
しかし、ジャンとの稽古の時とは、何かが…前と違う…。
私にそう感じさせたのは、イヴがレイピアを持つ手とは反対の左手を、氷の塊にゆったりと向けたからだ。
イヴへ向かって一直線に落ちてきていた氷の勢いが弱まる。
「氷が………」
イヴのかざした手のひらから凄まじい風が吹き起こったのだ。それもあの大きな氷の塊の勢いを殺すほどの風量だ。
少し遅れて、私とマルグもイヴによって巻き起こった強い風の中に晒される。
まるで空中に止まっているようにさえ見える氷の塊。
イヴの方へ目を戻すと、彼女はすでに地面を離れ、華麗に宙へ舞っている。レイピアから突きが放たれる直前だった。
氷の塊の勢いがなくなった時点で、すでにイヴは水を纏ったレイピアを手に、氷の塊に向かっていたのだ。
落ちかけていた氷の塊に、あっという間に渾身の一撃が放たれた。
「ゴォオーーン。ゴッ…ゴッ…ゴッ」
イヴの後ろに、レイピアで粉々に砕かれた氷が次々に落ちる。
塊が元々あった氷河の壁からは、まだ落ちきっていない氷の残骸がパラパラと落ちて来る。
それほどに一瞬の出来事だったのだ。
「イヴ!大丈夫?」
「スッゲー。何だよ今の粉々だよ」
私たちがイヴに駆け寄ると、何事もなかったかのように突っ立っている。
「私は全然大丈夫!でもこれが……」
「あ……」
「あ〜あ。ポッキリいっちゃったね」
見るとイヴのレイピアが真っ二つに折れている。
「ごめんイヴ……やりすぎた……」
「んーん。2人とも怪我がなくてよかったわ。それに前からこのレイピア、今の私の力に耐えられそうにないなと思ってたから」
「おぉ…すごいね……ほんとに氷が、木っ端微塵だよ…」
まったく…10代にして末恐ろしいパワーだ。
私はイヴの魔力が年々研ぎ澄まされていくことに気づいてはいたが…まさかここまでだったとは…。
「イヴ。やべえよ。今の水と風の2属性だろ…」
「多分そうだけど…珍しいの?」
「当たり前だろ?これじゃあ…それで有名になったサラとほぼ全部が同じじゃねえかよ…次のマジックフェスティバル……やべえ事になるぞこりゃ…」
マルグはなんだかワクワクしているようだ。
はぁ〜。まさかこれほどイヴが優秀だとは…それほど目立ちたくはないのだが…一体どうなることやら。
私たちの初めてのマジックフェスティバルはいかに……。
リストとマルグの宿での生活は初日の魔力症事件が嘘だったかのように穏やかに過ぎていった。
私たちを警戒していたリストの姿はもうない。
リストは魔法こそ使えないものの、数日一緒にいるだけで、心を磨き上げてきた実に教養のある誠実な人間だと感じている。
私が何か言うといつも謙遜するが、サラがHOTELフェルメールを建てたのは、十中八九、彼の背中を見て育ったからだろうと確信して言える。 HOTELフェルメール の名前をHOTELサラにしていないのが、良い証拠だろう。
「ドッドッドッドッド」
私とイヴはしっかりと厚着して、一階へ降りていく。
「おはよう。リストさん」
「おはよう」
「おはよう…なんだ2人とも早いな。フフッ…それに…ずいぶん着込んでるな。雪だるまみたいだ。都会へ出るのか?」
「先週ここへ来てた紫装束のベンさんに王都を案内してもらう約束で…」
「行ってきます」
「そうか…若い人たちにはきっと楽しい場所だ。楽しんできなさい」
宿を出た私たちは、乗り物に乗るべく、ベンから伝言で、住所を聞いているであろう赤装束の双子のうちの兄の元へ向かった。
またどうせ眠っているのだろうな。そう思いながら、私は管理室の中を覗きこんでみた。
「あれ、イヴ…あの人起きてるよ」
「そうね、まだかなり時間も早いのに…」
テーブルの上に脱ぎ捨てられずにしっかり三角帽子も被り、前を向いている。何なら不自然なほど姿勢も良い。
「ガゴンッ……ギィーー」
木の扉を開ける。
前と同じように音を立てながら開いた。
「おじさん。おはようございます」
「ングンッ…ガァーーゴーーー。ンン……ムナァアムナァア…ムフフ…」
いびきをかきながら、目を開け、前を向いたまま眠っている中年に手をかざしてみるが、反応はない。
「呆れた……目を開けたまま寝てるよ……」
「フフッ」
今回ばかりはイヴも微笑んでいる。マリアはあまり興味がなさそうだ。
「よし……スゥーー。 ……ワァアアアアアアアアーーー!!!!!」
「どァアアアアアアアアあああーーーーーーーーーー!!!!!!!」
フライパンの上のポップコーンのように何度も上下に跳ねながら中年は驚いた。
「ヘヘヘッ。おはよう……おじさん」
「あーもー……びっくらこいた。ボウズッ…いちいち驚かすなよっ」
「ごめんごめん。2人乗りの椅子借りたいんですけどっ」
「あー、ちょっと待ってくれよ〜。お前さんには確かっと…ベン・グラフの家だな…」
「そうそう。そうです」
「えーとなー『ビルボバ通りの76番地』だな。こっから3時間てとこだな。おまっとさん!2人掛けの魔力式移動チェアー『16番』を使ってくれ!!おいおい、ところでよそのでっかい精霊はどうすんだ」
「マリアは1日くらい余裕で走れるんだ。ありがとう!!!」
「いっっっ……1日………」
驚く赤装束の中年を横目に私は割り振られている番号の16番を探す。
「12〜13〜14〜15…これだ!16番。イヴこれだよ」
「ありがと」
16番の魔力式移動チェアーへ先に乗り込み、後からイヴも私の左側に乗り込む。
魔力を流すと、魔力式移動チェアーは接続されていた配線からひとりでに離れ、すぐに浮き上がる。
「おぉっ」
「フフッ…」
赤装束の中年が叫んだ。
「おーい。ベルト閉めろよーい」
「はーい」
私たちはすぐに腹部をベルトで固定した。
蜻蛉のように俊敏に動き回り、氷の断崖に造られた乗り場の敷地から飛び出していく私たち。
「オォオオー乗ると想像より早いな」
「フフッ…マリアは…?」
振り返るとかなり早い魔力式移動チェアーにゆったりと軽やかに走ってついてきている。
「さすがだ。大丈夫そうだね」
道の上から約1mほどの高さを保ったまま浮遊し続け、ベンの住む王都シュポロンの中腹部へと向かっていく。
「厚着して来なかったら凍え死ぬよ。コレ」
「モコモコで寒くないもんね」
魔力式移動チェアーに乗る私たちは吹きさらしで屋根がない。
王国はこの椅子を少し改良すべきではなかろうか……。
すでに王都内にも関わらず、まだ民家はちらほらとしか無い。
朝もまだ早いからだろうが、人も全然いない。
宿だけがちらほらと続く…。
「ザザッ」
「おぉ。少し風当たりがマシになった」
「ありがと。マリア」
私たちの前をマリアが走り始めたことで風除けになってくれたのだ。
走り出して1時間ほどすると、一気に景色が変わった。
グレーの布の屋根がずらっと並び、ようやく日が昇った氷の街並みで人々の声があちこちから飛び交っている。
私たちは市場へ到着したのだ。
「おぉー。すごいねかなり長いよこの屋台の列」
「少し見ながら行ってみたい」
「ガコッ」
私が魔力式移動チェアーのレバーを引くと次第に減速し、地面スレスレまで下降する。
屋台には、さまざまな色の石や本。アクセサリーといった雑貨。
それに、何かの動物の皮に牙といった素材類。
何やら得体の知れない液体の入った容器も見える。
見慣れない景色といろいろな物に心が躍る。
市場でもやはりマリアと一緒にいるからか視線を常に感じるし、よく店の人にも話しかけられる。
「そこの白い髪のお嬢さん!どうよ。この首飾りに腕輪!!」
「大帝国産の果物〜だよ〜。椅子に乗ったお二人さん余った魔力でどおよ!」
赤装束のおじさんやおばさんが次々に声をかけてくる。
「イヴ。あの紫の果物、半分こしてみない?」
「うん!」
レバーを引き、一度地面に着地した。
「おじさん。紫のそれ1個ちょうだい」
「おいおいおい。すげえ目立つ精霊連れてんなぁ」
「ハハ…どうも」
「兄ちゃんたち異国人か?お目が高いぜ??ヴリードフルーツの中で、紫のヴリードパープル。これが1番甘いんだ!!!魔石か魔力どうする」
「ヴリード、どこかで聞いた名前だな。じゃあ魔力で!!」
「ダハハッ、あたりめーだろ何言ってんだ。そりゃおめえ、大帝国がヴリードだからだろ?おっ。魔力な。ちょっと待っとけよ」
「ヴリード酒にヴリードフルーツ……なるほど。ヴリードは大帝国の名前だったのか」
「はい、おまっとさん」
店主が出してきた石版に手をかざすと毎度のごとく、屋台の後ろにある大きなタンクに魔力が流れていく。
「お店って全部そのタンクがあるんですね」
「兄ちゃん。一体どっから来たんだ?何にも知らねえのな」
「すみません。旅ばかりのもので」
この時「つい最近、小さな島から来たもので……」と言いそうになったが、リストの言葉を思い出し、あまりウイの事は話さないでおこうと思った。
「貯め込まれた『魔力タンク』と、国で造られた『魔導具』は、よっぽどの理由が無けりゃ9割方がヴリードに送られるのさ」
「ほぼ全部……」
「そうさ〜。ほぼ全部ってのが世知辛いが、送らねえと俺たちもやっていけねえからな。この国は全部氷河でできてっからな〜食材はもちろんのこと派手なもんは何も手に入らねえ。ヴリードとの交易が絶対に必要ってわけなのさ。さ、次のお客が来てる。気をつけてなーお二人さん」
赤装束のおじさんは次のお客の元へ去って行った。
再び魔力式移動チェアーに乗り込み、私たちは先を急いだ。
「メリメリッ」
紫のヴリードフルーツは綺麗に半分に割れた。
中は薄いピンク色で真ん中に大きな種がある。
ウイにあるボットの畑で成ってる果物たちと比べると、ずいぶんと水分量が少ない。
そういう品種なのだろうか。
「はい、イヴ」
「ありがと」
私とイヴがほぼ同時にヴリードパープルを口にする。
「おぉ〜んん〜。美味いね」
「んん。確かに…美味しい」
確かに美味い。でも、私たちが考えていた事は同じだろう。
想像していたほどは甘くない。
「んん。ウイの果物が甘すぎるのかも」
「マルグが林檎に驚いてたものね」
赤装束の店主はヴリードフルーツの中で1番甘いと言っていたはずだ。
もちろんこれも甘い事は甘いが、かなり控えめな上品な甘さだ。例えるならスーパーで売っている枇杷の実が近いだろう。
「よし、そろそろ先を急ごう。レバーを押すよ?」
「うん。大丈夫!」
果物を食べ終えた私たちは先を急いだ。
市場を抜けると、すぐに私たちの目の前に巨大な氷河の都市が聳え立つ。
私は魔力式移動チェアーのレバーをまた少し緩めた。
「都会っぽくなってきたよ…」
「そうね…見て。奥まで続いてる」
氷壁の内部には青白く幻想的な都市が遥か彼方まで築かれ、広がっているではないか。
何重にも重なり、大きくうねっている氷河はこの都市が長い年月をかけて自然が生み出した姿なのだということを感じさせられる。
青白く輝く塔。それに建物…そのどれもが氷の世界にうまく溶け込んでいる。
五階建てくらいのマンションだろうか…雪をまとった細長い……これまた魔石式移動カプセルを大きくしたバージョンの様な。よく似たそんな形の建物が建ち並んでいる。
氷河の山肌を何重にも通った通路は高低差のある街並みを縫うように伸びている。
それは、さまざまな建物同士が細長い氷の橋や屋根のある氷の回廊が結んでいるからだ。
凍てついた青白いその街並みに、街中の建物から暖かな橙色の明かりが漏れ出ていて、人々が暮らしていることを実感させられる。
上層から下層へと続く階段や、
氷の断崖に沿って設けられた街道では、上着をしっかりと着込んだ人たちが、すでに行き来し始めている。
「キュイィーーーン。ザザッ」
またレバーを押して、氷河に築かれた街中を上へ上へと軽快に進んでいく。
「ビルボバ通りの76番地で止まるはずだよ」
「76番地か…まだ結構先までありそうだね」
イヴが言った通り、76番地まで行くのに3、40分ほどかかった。
魔力式移動チェアーのボタンが点滅し、一棟のカプセル型のマンションの前に辿り着いて止まった。
「ここだよね多分。……ベンさんは何階に住んでるんだろう…」
「ガッ……ガコッ」
2階の窓が開き、ベンがそこから顔を出した。
「思ってたより早いな、待ってたよ。今行くからもう少し待っててくれ〜」
「あ!ありがとうございま〜す」
よかった…無事に合流できた。
それにしてもかなり上まで登ってきたな…。
マンションが建っている場所の反対側。
つまり通路沿いの壁から下を見下ろすと、数十分前までいたであろう『1番地』は氷山の麓に隠れてもう見えなかった。
「いやいや、お待たせ。魔力式移動チェアーはそこの隙間に置いておけばいいよ。帰る時に必要だろ?」
「すみません。じゃあ、遠慮なく」
私はベンが指し示した氷河の隙間に魔力式移動チェアーをしまった。
私が魔力式移動チェアーをしまい終えるとすぐにベンが口を開く。
「ここもシュポロンの中に入ってるといえば入ってはいるが、まだこの時点で君たちには、魔法王国ラルムールのラの字も伝わっていないはずだっ!」
「えぇ!そこまで言いますか!? HOTELフェルメールとかなんかすっごい広い工場地帯とか見ましたよ?」
「ん。ああ〜そうか。じゃあラ・ルくらいだ!」
「ラ・ル……」
「ああ!もういい!!早く行くぞ!!」
「フフッ」
ベンがツボのイヴはまた笑うのだった。
ベンが住んでいる住宅街であるビルボバ通りは126番地まであるのだそうだ。
私たちは76番地から残りのビルボバ通りを歩き進んで行く。
歩きながらベンが口を開く。
「2人ともシュポロンのどこへ行ってみたい?」
「私は〜。今お世話になってる宿の亭主と息子さんへのお土産と、入れるなら学校を見てみたいです」
「どちらもお安いご用さ。何せ教師である私と一緒なんだからね。もちろん入れるさ。イヴは?」
「私は……マリアの毛をとくブラシと、あとレイピア が折れてしまったから。武器屋さんとかがあれば行きたいな」
「おいおい。レイピアが折れた!?何したらそんな事になるんだ。折れることなんてあまりないはずだ…」
「いや、私のせいです……剣術に付き合わせた時に…」
「フフッ…ポルテ反省してる」
「おいおい。なんだかこれ以上聞かないでおくよ。末恐ろしくて、君たちを見る目が変わってしまいそうだ…… さぁ、着いたぞ!大通りだ!!」
「おおっっっ!!!」
「…………」
私は声をだして驚き、イヴは手のひらを頬に当てて驚いている。
私たちは目の前に広がる光景を見て思い知ることになった。さっきベンが言ったように私たちは本当に魔法王国ラルムールのラの字も知らなかったのかもしれない。




