第32話 王都シュポロンへ
「スゥーーーッ」
「どうぞ、中へお進み下さいませ」
開くと、その先には美しい氷の扉にも全く引けを取らない、私たちを何とも幻想的かつ神秘的な部屋へと誘った。
贅沢にも、99階のフロアスペースの半分に創り出されたその一室。
壁が、天井が、柱に至るまで全ての氷が、埋め込まれたダイヤモンドのように光り輝く。
「ガチャッ」
「ブウォオッ」
扉が閉まると、ベルガールが私たちの毛皮のコートを巾着から取り出し、ハンガーラックにかけ、入口横の氷のクローゼットにかけた。
「それは?」
「こちらですか?魔石式のアイテムポーチです!本来、みんな魔石を入れるのに使ったりしてますが…魔石を消費する上に数も少ないので、これはホテルフェルメールからの借り物なんです」
「へぇ〜〜〜」
私がこっそり港でカルルキン号をアイテムボックスへしまった選択は、間違いでは無かったようだ。
少し奥へ進み、部屋を見上げれば別世界のように何重にも連なったアーチ状のデザインの氷が天井の先へと造り出され、さらなる奥行きを感じさせる。
部屋全体は淡く青白い氷が冷たさを感じさせる。しかし、それとは対照的にあらゆるところで赤々とした炎が静かに燃えて揺らめいている。
丸いテーブルの真ん中。そして大きな暖炉。装飾のような蝋燭が置かれ、灯された炎の光が辺りの氷を琥珀色に染める。
「映画の中みたいだね」
「えいが?」
「あ、いや……綺麗だなと思って」
「そうね」
イヴも部屋を眺めるのに夢中のようだ。
さらに奥へ進むと、天井から巨大な氷のシャンデリアが現れる。
そのまたさらに奥には氷のベッドが置かれている。周りは滑らない氷の床によく馴染む白銀の毛皮が敷かれ、氷のベッドフレームには雪雲のようなモコモコの毛布がセッティングされていた。
「マリア、ベンさんをここへ」
「ドサッ…」
私は丸いテーブルに沿って置かれた、絨毯と同じ素材の白銀の毛皮のソファーに、眠っているベンをマリアの背中から寝かせ、ベルガールに問いかけた。
「ここは、なんで氷が溶けないんですか?」
「ここは創業者であるサラ・フェルメール様のホテルなんです」
「サラ・フェルメール……それで?」
「ごっ…ご存知ないんですかぁ!?!?」
「すみません、ここへ来たばかりで……」
ベルガールは完全に勤務中である事を忘れたように必死に早口で話し始めた。
「サラ様は!それはそれは、もうお美しいですし!魔法王国において史上最年少の12歳で白装束になられたすごい方なんです!!私が5歳の時に初めてマジックフェスティバルでサラ様をお見かけしてからはサラ様は私の憧れなんです。だから、サラ様に憧れて魔法学校にに入学して、今も通っていますし、これからだって少しでも追いつくために頑張ってます。…」
「あの〜」
私は止まらないベルガールに声をかけるが、まだ止まりそうにない。
「それに…私なんてまだアルバイトですけど、ここで働かせてもらえると決まった時はそれはもう天にも昇るよ……」
「あの!!!」
「え!?はっ………大変失礼いたしました」
ベルガールは我に返って、話を止めた。
「フフッ…いえ、サラ様もきっとあなたのような方がスタッフで嬉しいと思いますよ?」
ベルガールは嬉しそうに微笑んだ。
それにしても…そのサラ・フェルメールの氷だから溶けないってことか…すごいな……。
「フロントの紫装束の女性も言ってましたけど、マジックフェスティバルって何なんですか?」
「ドサッ…スクッ」
ベンがソファーから落ちて、ゆっくりと立ち上がって言った。
「オホンッ……マジックフェスティバル…それはねぇ」
「フフッ…」
どうやらイヴはベンがツボのようだ。
「あれ!?ベン先生!」
「ん?おお!セアじゃないか」
「二人知り合いだったの!?」
「私の生徒だよ。というかポルテ…ここ……どこだ」
「ホテルフェルメールの最上階だよ」
「さ…最上階だって?……だって、ここは確か、帝国の方を迎える時か魔石が1000個…魔力だって国王様レベルに必要なはずだよ?」
「あ、えっと。わ………私が魔力で」
「ま……魔力で!?…ポルテ……君はいったい何者だい……」
「すみません…隠すつもりはなかったんですが……」
「あ…あぁ。心配するな。他言はしないさ。セアも分かったね…」
「はい!もちろんです!!」
「そうか…マジックフェスティバル。それで君たちは遠路はるばるラルムールへ来たってことか」
「どういう意味ですか?」
「ん?入学試験を受けるんじゃないのか??」
「いえ……何も知らずたまたま。まぁ…ここへ来たのはたまたまじゃ無いですけど」
「なんてことだ……必ず受けなさい。宝の原石が受けないでどうするんだ」
「ハハッ……ありがとうございます。そうすることにします」
「セア…彼らにマジックフェスティバルのことを教えてあげてくれるかい?」
「あ、はい!」
「ちょっと。私に部屋を見させてもらえるかい?」
そういうとベンは最上階の部屋を嬉しそうに見て周り始めた。
「フフッ…ベン先生……」
「ハハッ」
「子どもみたい」
私たちはなんだかベンのおかげで一気に仲良くなれた気がした。
セアがすぐにマジックフェスティバルについて話し始めた。
「いいですか?マジックフェスティバルは年に一度開かれる催しです。7日間にわたって3つの項目が用意されています」
「3つの…」
「はい
まずは『ノッテ魔法学校の入学試験』です。
魔法適性のある15歳以上の人が毎年数千人受験しにきます。
どこから来てるのかはよく知りませんが、大体は大帝国から来ていると聞いています。
次に『ルーレット・グリモワール』です。
フェスティバル当日。会場に入る前にナンバープレート付きのネックストラップが渡されます。
そして、なんと!国王様が直々にルーレットを回して下さいます。見事当選された方にはグリモワールが贈呈されます!!!
まぁ……国王様は特別席にいるので声しか聞こえないんですけどね……。
でも、受け取った人は王宮に招待されて、国王様より直接手渡しされるみたいですよ。
そして最後が!私たち魔法使いが身に纏っている三角帽とローブコートの色を決める『色の装束の等級発表』です!
なんといっても!!黒と白の装束の魔法使いたちを全員観ることができる絶好のチャンスなんです!
もう何年もメンバーは変わってはいませんが、マジックフェスティバルの大トリなんです!!!
もちろん私の愛してやまないサラ・フェルメール様も拝見できる絶好の機会!!!あ、それに…黒と白の装束は等級発表されるそのタイミングで……」
セアの話を遮るように、部屋を見終わったベンが口を開く。
「まぁ、1ヶ月後にマジックフェスティバルに参加すればいいって話さ」
話を遮られ、セアは肩を落としていたが、急に表情を変え、胸元につけたバッジに手を当てながら、何かを聞くような仕草を見せた。
「すみません。そろそろロビーへ戻ります。何かございましたら、フロアのもう半分はスタッフたちが待機してますから、何なりとお申し付けくださいね。 あ、あと!もう夜ですし、あの台に手で触れてみて下さい」
そう言ってセアは奥に見える円柱の氷台を指し示した。
ずっと待機しているのか……さすが最上階。至れり尽くせりだ。
「スゥーーー」
セアが扉を開けかけると、ベンが口を開いた。
「あ、セア。私も一緒に降りるよ。そろそろ帰らないと」
「ベンさん。一緒に泊まっていけばいいのに…」
「いやいや。手間をかけさせてしまったし、もし君たちが良かったら来週にでも王都のシュポロンを案内させてくれ」
「いいんですか!?」
「あぁ。南のここからだと…。君たちは魔石式移動カプセルは使えないから〜……魔力式移動チェアーで行っても3日はかかるからね。覚悟した方がいい」
「街でみんなが乗ってたやつか…3日も!?明日、さっそくシュポロンへ向かいます」
「ハハッ…休みが終わるからね、私も明日家を立つもりだ。現地で落ち合おう。それじゃあ……私はお邪魔だろうし、ここら辺で失礼するよ?フフッ」
ベンは私たちを見てから、軽くウインクし足早に出て行った。
「ガチャッ…」
「………」
「………」
なんだか妙に閉まる扉の音が響く気がする。
私は少し慌てて、話した。
「あ、セアさんが台に触れろって言ってたね!」
「そ…そうね。行きましょ」
「サッサッサッサ」
「サッサッサッサ」
氷の床が本物のカーぺットのような歩き心地で、音まで聞こえてくる。
「スッ」
氷の台に乗せた私の右手とイヴの左手が重なり合った。
「あぁ、ごめん…」
「大丈夫……」
次の瞬間……
「ファスッ……ファスッ……ファスッ……ファスッ」
次々と開いていく氷のカーテン。今まで壁だと思っていたものは分厚い氷のカーテンだったのだ。
カーテンが開いたところ全てに、「目の前には何もないのではないのか」そう感じさせるほどの、透き通った氷が姿を現す。
それだけには留まらず、美しい氷のカーテンレールが氷の額縁となって、その奥には巨大な絵画のような絶景が姿を現したのだ。
開かれて見えなくなってしまったカーテンの代わりのように、夜空いっぱいに広がる極彩色のオーロラが天から降り注ぐ光のカーテンとなって、凍てついた大地を包み込む。
オーロラの奥に見えうるは険しい雪山。
所々に氷の橋もかかり、遠い先の山間に山よりもはるかに高い無数の建物が、ここからは見えない先まで続き続けていることが言わずともわかる。
「すごいな……この部屋のメインはこの景色だったんだ……」
イヴは嬉しそうに、小走りで移動しながらいろんな角度から外を眺めている。
さっきのベンのようだ。これを見ずに帰ってしまうとは…もったいない無い限りだ。
マリアは暖炉の前で丸くなっている。
私たちは景色を楽しみながらアイテムボックスの果物を食べ、部屋でのひと時を存分に楽しんだ。
夜が明け太陽の光が部屋の中をキラキラと輝かせる。
イヴが目覚め、出発準備を済ませると私たちは部屋を後にした。
「ガチャッ」
「うわぁあ」
扉を開けると目の前に、男性3名女性2名の計5名の青装束のスタッフが立っていて私は驚いたのだ。
そのうちの1人の男性スタッフが口を開く。
「おはようございます。お客様。私たち昨夜は何もご提供できておりませんが、よろしいのでしょうか……」
「一晩中ずっと待機してたんですか!?大満足ですよ。ねえ?イヴ」
マリアも満足そうだ。もちろんマリアの主人もだ。
顔を見合わせて安堵した表情になるスタッフたち。
私は何かしてあげたくなってしまい、アイテムボックスの存在がバレないようにそっと林檎をあげた。
「これ、みんなで食べて下さい。私の故郷の果物です」
「見たことがない…。い、いえっ。いただけません。こんな貴重そうなもの。…あれ…冷たい……」
半ば強引だったが全員の手のひらに林檎を乗せた。
「痛む前に食べて下さいよ?よく冷えてますから…それじゃあ」
嬉しそうなスタッフを残し、私たちは足早にエレベーターへ向かい、乗り込んだ。
透けたエレベーターから見下すロビーがどんどん近づいてくる。
まだ、あまり人がいない。私たちが急いだのは本当はもう少し部屋を楽しみたかったが、最上階に泊まってしまったがためにまたロビーで目立つのを避けたかったからだ。フロントへ向かい、透明のカードを差し出した。
「チェックアウトで。あ…昨日の…」
カードを渡して気づいた。昨日と同じ紫の装束の女性だ。
「おはようございます。ポルテット様にイヴ様、そしてマリア様ご出発でございますか?」
「はい。さすがですね…」
「恐縮です。昨夜、出られましたベン・グラフ様の分の魔力はいかがいたしましょう…」
「あ、えっと。じゃあ、できるのならチップに…あなたとセア。99階のスタッフの5名へ」
「身に余る光栄でございます。かしこまりました。申し訳ございませんが、私の方から支配人には伝えさせていただきます」
「わかりました。それじゃ」
「あ、お待ちくださいませ」
「恐れ多くも、セア・サインは私の姪なのです。皆様に、また王都でお会いしましょうと」
「フフッ…そうでしたか!また来ます!!」
「心より感謝申し上げます」
回転扉から出ていく私たちを見て、そっとセアの叔母が呟く。
「フフッ……あの魔力量で驕らず謙虚…不思議な子ね」
「ガコッ」
「あの!」
「え?」
回転扉で外へ出ず、そのままロビーに顔を出した私に、驚く紫装束のフロント女性。
「なんたらチェアーの乗り場ってどこですかね…」
「フフッ……魔力式移動チェアーね。表通りへ出て、右へ。5つ目の角をまた右へ曲がって歩けば出てくるわ」
「ヘヘッ……ありがとう」
「あ……しまった。タメ口……私も、まだまだね……」
それもまた、誰もいない早朝のロビーでの光景なのであった。
どこまでも静まり返った氷の街
まだ少し薄暗い…それに昨日賑わっていた表通りは、片手で数えられてしまうほどの人通りだ。
「おおぉ…寒っ」
「手が冷たい…」
コートから出た首から上が冷たく、吐く息が白い。それに前から思っていたがイヴは末端冷え性のようだ。
そして…私たちとは違ってマリアは余裕そう。
「身体が冷えきる前に乗り込もう」
「あの椅子。マリアも乗れるのかな……」
「あ……」
私たちが見たのは1人乗りか2人乗りだけだったように思う。
「向かって無理だったら一度ホテルへ戻ろう」
「ゴルルルゥウウ」
私たちの正面に横向きで伏せるマリア。
「ポルテ乗せてくれるみたい」
「マリア…助かるよ」
「クゥ〜〜クゥ〜〜〜〜」
「トスッ…トスッ」
プラッツの背中より二回り以上小さいが、白い毛並みとその触り心地が彼女の大きな背中を思い出させる。
柔らかく白い毛の下にある筋肉には弾力としなやかさを感じる。この筋肉が無駄のないスマートな佇まいを生み出しているのだ。
私たちを背に乗せ、氷の街をかけていくマリアの姿が街の氷の建物に映っては消え、映っては消える。
波打つ全身の筋肉がマリアに抱きついた両腕へと伝わってくる。
3つ目、4つ目、5つ目の角を曲がり、そのまま真っ直ぐにかけていく。
「顔が凍るぅ〜〜〜。なんか前にもこんなことあったなぁああ〜……」
私は真冬に川を水の箱舟で下った時のことを思い出した。
「アハッ…ハハハッ…ハハッ」
私の後ろにいるイヴは相変わらず、こういう時によく笑う。
「ガシュッッッ」
ほんの20秒ほどの出来事だった。
張り出した大きな氷の断崖の下に、乗り物がずらっと並んでいる。
「ドサッ」
「ストッ」
駐車場と言うべきか…降り立った私たちは端にある建物を見つけた。
「管理人がいるんじゃないかな」
「行きましょ」
中を覗き込むと赤装束の中年が三角帽を脱ぎ捨て、テーブルに足を乗せながら、うたた寝をしている。
いや、あれはうたた寝というより、完全に眠っている。
「ガゴンッ……ギィーー」
開けた木の扉が思っていたより音を立てながら開いた。
「あの〜」
「ガァーーーーーゴーーーーー。ンン……ムナァアムナァアム
…ほっ…ほっぷすてっ…プーーーー」
居眠りを続け、寝言を言いながら放屁する中年。
「うわぁっ」
私は指で鼻をおさえ、イヴとマリアは外へ逃げた。
「スゥーーーーーー」
私は扉の外で息を吸い、中に顔を戻して大声で叫んだ。
「ワァアアアアアアアアーーー!!!!!」
「どァアアアアアアアアあああーーーーーーーーーー!!!!!!!」
中年は驚き、羽ばたいても飛べない鳥のようになりながらテーブルから崩れ落ち、テーブルの下へ消えて見えなくなった。
「乗り物!レンタルしたいんですけど!!」
「よっくらしょっと。へーー……びっくらこいた」
起き上がってきた赤装束の中年に、私は鼻をつまみながら言った。
「オナラも、こいてましたよ…」
「ダハッハッハッハ。そうかぁ…すまんすまん。で、何にする?」
「人が2人と、使い魔も乗れるものがいいんですけど」
「んん〜。あらよっと」
赤装束の中年は外へ出てきて、少し考えてからまた口を開いた。
「ん〜〜〜〜。お!そーだそーだ!!マジックフェスティバルに向けてええのが入ってきとったわい」




