第29話 小さな海賊
「そろそろか……」
山頂から眺めていた景色の通り、波の壁の厚さは1キロメートルほどだった……。
ポルテの軌跡も半分を越え、カルルキン号がポルテの軌跡の終盤へと差し掛かる。
それにしても一体どうなってるんだこの波は………。カルルキン号から渦巻く波の中を眺め、そしてじっと見つめてみる……。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
目を凝らしながらそのまま上空も眺めてみる。
「ほぇ〜〜〜〜〜〜〜〜」
じっくり見てもやっぱり不思議だ。
船上でうろうろ、キョロキョロしている私にイヴが呟く。
「驚いた?」
「あぁ。波が割れた時はそれはもう」
「違う。私が付いてきて」
「あ、うん。なんか……ちょっと安心してるのかも……1人じゃなくなって」
「フフッ」
「なんだよ、そのイジワルそうな微笑みは」
「別に〜」
イヴは嬉しそうに少しスキップして見せた。
どうやら旅が始まるのが相当、嬉しいらしい。
視界が急に明るくなり、影に隠れていたカルルキン号が太陽の元へと晒される。
「おぉ!ついに……」
「綺麗……」
晴れ渡った空と輝く海。そして海鳥の声が私たちの船出を祝福する。
目の前に広がる大海原と未知なる世界への第一歩に心が躍る。
波の壁で見えないウイ島の山頂から巨大なウォーターツリーだけが聳え立っている。
離れたところから見ると、さらにデカく見えるな。
「あ、そうだ」
「何?それ」
「私のお守り」
私は銀色の懐中時計……ではなく、コンパスを取り出した。
9歳の誕生日にオリベル家の皆んなから貰ったプレゼントだ。肌身離さず、今まで持っている。
誕生日と同時に私は7年前のオリベル邸でのことを思い出している。
トトから貰った本。ノッテ・マザーが著した『魔法学のすすめ』の記憶だ。
ノッテが炎となって私の目の前に現れ、魔法の国があると知った、あの日のことを。
———「島!?そんなところがあったなんて…。……ん〜そう、ここから西にあるのね。て事はラルムールはポルテちゃんの島から見て東にあるみたいね」———
ノッテと話した日のことが、まだつい最近のことのように覚えている。それほどに彼女の存在感と言葉は私の脳裏に焼きついた。
イヴがコンパスを覗き込んだ。
「どっちへ行くの?」
私は少し微笑み、舵台へ向かって仁王立ちで構えた。
「面舵!!いっぱーーい!!!」
「アオォオオーーーーー」
マリアも遠吠えし、イヴが微笑む。
「カラカラカラカラカラカラ」
舵を切り、私たちを乗せたカルルキン号は、東にあるとされる魔法王国ラルムールへと向かい始めた。
あ、そうだ。送り出してくれた皆んなの中にトトが居なかったのは反対された訳でもないし、喧嘩別れしたわけでもない。
———昨日会いに行って話してきた。
「そうか。やはり島を出てみたいか……」
「うん…見てみたいんだ。他の国を」
「ンハッハ。反対すると思っておるな?」
「…………」
少し俯いた私にトトは優しい声で呟く。
「まだ俺も元気じゃて、後継のことは考えんでええ……。それに、前に止めたのはお前を失いたくなかったからじゃて、お前が道を作った今。外の世界を見たくなるのは至極当然のことじゃて。それにあの憎かった波の壁も、この島を守る盾となろうぞ?」
トトは微笑み、私の方を見た。
「………じゃあ…」
「あぁ。気にせず行けばええんじゃて。心置きなく、お前さんの人生を彩りなさい」
「ありがとう。トト様」
トトは私にまた微笑み、口を開いた。
「ポルテや。俺からの願いを聞いてはくれんか…」
「何?トト様のためなら何でもするよ」
「良かったらテンダーの分まで見てきてやってほしい……外の世界を……そして、必ず生きて帰りなさい」
トトはそう言うと、そっと私を抱きしめた。———
島の川と水バリアの件だが、全くもって問題は無さそうだった。私が島を離れたとしてもドライアドはハリシナヒを通して魔力を吸収し続けてくれるらしい。
つまり!私が死なない限り、島のシステム障害は皆無と言うことだ!!
舵を切ったカルルキン号の帆は風を上手く受けて、東へ東へと進んでいく。
「いや〜〜〜。言ってみたかったんだよ〜〜〜『面舵いっぱーいって』ハハッ」
何も言わずに、イヴとマリアがこちらを見ている。
初夏の太陽がギラギラと私たちを照りつける。
「………オホンッ…てゆーか。暑っついな…船室に入ろうか」
「そうね」
お?船室へ向かうイヴがなんだか嬉しそうだ。
「ガチャッ」
女の子って部屋の中とか大事そうだもんな〜とか思いながら、船室のドアを開けた。
「な………なんじゃこりゃあああ」
「すごっ……」
イヴは手を頬に当てて目を輝かせている。
扉を開けた瞬間、私は驚きのあまり、息を呑んだ。
船室とは思えないほど豪華な空間が広がっていたからだ。
天井には精巧な装飾が施され、シャンデリアまで吊るされ、壁や柱には金の装飾も施されているではないか。
大きな窓には優雅なカーテンが垂らされ、磨き上げられた床には精緻な絨毯まで敷いてある。
「ボットはいったいどうやって…こんなもの……」
船体の下へ続く階段を降りると、中央には大きなソファとテーブル。
奥には天蓋付きのベッドまで見える。まるで王宮の一室を、そのまま船の中へ移してきたみたいだ。
奥へと続く廊下にもまだ扉がついていて、部屋がある…。
「ここ使ってもいい?」
「もちろん!じゃあ…私はここにしようかな」
イヴが選んだのは天蓋付きのベッドがある部屋だった。なんだか、元々彼女の部屋だったのではないかと思うほど似合っている。
私は書斎っぽい洋室にした。なんだか落ち着くし、眠る必要が無い私は、お気に入りのハンモックを付けたいがために、ベッドが置いて無い奥の部屋に決めた。
「えーと。全部で1、2、3、4……あとはここがリビングでしょ?上はダイニングにキッチンにバルコニーもあるし…えーっと…」
「4LDKね」
「よ………4LDK………ボット!やりすぎだよ!!!」
「アオォーーーーーーー」
カルルキン号からのマリアの遠吠えが、大海原へと響き渡った。
———その頃、ウイ島では………。
「ダァ……ハァ……ハァァアックシュッッッ」
「おい、ボット…夏風邪か?」
「いや、たぶん今頃。ポルテとイヴが僕の最高傑作に驚いてる頃だよ」———
「ギィイイイッッッ………ギィイイイッッッ」
船体が高い波で、シーソーのようになりながら前へ進む。
さっきまで快晴だった天候が、嘘のように荒れている。
「おっとっとっと……」
シャンデリアがゆらゆらと揺れている。
しかし、イヴは案外、平気そうだ。そういえば昔、島でボットたちと川を水でできた船で走った時も楽しそうだったもんな。
旅についてくるのが、船酔いするボットじゃなくて良かったのかもしれない。
「フフッ…ボットが船酔いしたの覚えてる?」
「ビックリした。今同じこと考えてたよ」
「懐かしいわ…」
マリアはイヴが座っているソファーの横で丸くなって眠っている。
私たちは何気ない昔話をしているとあっという間に時間が過ぎ、何もなかったかのように、いつの間にか天候は回復し、荒れた海を抜けていた。
「ガチャッ」
イヴがバルコニーへ出て呟く。
「綺麗……」
天の川を跨ぐように星が8つも輝いている。
月明かりに照らされ、海の水面にカルルキン号が映る。
私もバルコニーへ出て呟く。
「ガコッ」
「綺麗だね。星が8つもある。何星だろ…イヴ…これ」
「ありがと」
私はトト特製ハーブティーをイヴへ渡した。
イヴは昔から綺麗なものを見るのが人一倍好きだな…。
横顔を眺めながら時々ふと思う時がある。
イヴは今だに私たちと出会う前の記憶が戻っていない。
島では楽しそうに過ごしていたし、それはそれで良いのだけど……。
彼女にだって心配する家族がいるはずだ。
外の世界へ出たら私はイヴの事についても、調べてみようと思っていたのだ。
「イヴ。ラルムールへ着いたら君のことも調べてみようと思ってたんだ……」
「え?」
「ずっと考えてたんだけどイヴの家族を探せないかなって…。
アムとピムが言ってたでしょ?イヴの白い髪と肌を見て『ババリア』とか『グランド・テルシュ・クランネール』とか。ガザムが言ってた言葉と同じなんだ。イヴが『クランネールの末裔』って。イヴはどこかの種族だったんじゃないかな。それに私の短剣とイヴの首飾りも、ロイが『ポセイドンの短剣』って言ってたから…」
「もうやめて!!!!!」
イヴは少し泣きそうになりながら大きな声で言った。
「イヴ……私は君の……」
「そんなこと知りたくない!!!」
「パシッ……バタンッ」
イヴは私にティーカップを渡し、船室の部屋の中へ入ってしまった。
しまった……やってしまった。
どうにかできるかもしれないと思う気持ちが旅へ出た興奮でつい、早まっていろいろ言ってしまった。
「クゥ〜〜ン」
船室へ入るとマリアが悲しそうにしている。
主人のイヴと何かリンクしているのだろうか……。
「マリア…君の主人に失礼なことを言ってしまった…」
「コンコンコン……」
私はそのままイヴの部屋の壁をノックした。
天蓋付きのベッドの布団が丸くなり盛り上がっている。
「ごめんイヴ……君の想いを完全に無視した発言だったよ。
………おやすみ」
私は盛り上がった布団を少し眺めてから自分の部屋へ入りハンモックに腰掛けた。
その日はそのまま特に何もすることなく朝を迎えた。
リビングにいる私にイヴが呟いた。
「おはよう。ポルテ」
「あ、おはよう、イヴ。昨日はぁ………あっと…行ってしまった」
イヴが怒った感じは全然しない。
なのになぜか避けられている感じがする。
「おはよう。ポルテ」
「あ、おはよう、イヴ。一昨日はぁ………あっと…また行ってしまった」
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。
私たちがウイ島を出発し、もう一週間が経過した。
船は順調に東へと進み続けるが、ラルムールまでは一体どれくらいの距離があるのだろうか。
イヴもあの日以降、ずっとあの調子だ。
「カタンッ…カタンッ…カタッ」
自分の部屋を書斎っぽくしてみたくて、アイテムボックスからいろいろ出して、インテリアも置いてみたりしちゃったりして、暇を潰し始めてしまった。
日が暮れて何事も無くまた、1日が終わろうとしている。
新鮮さを感じていた海での生活もこうも何も起こらないと暇なものだ。
「コンコンコンッ」
「開けていいよ〜」
「ガチャッ…キィー」
「入るね」
「うん」
私の部屋にイヴが入ってきた。
「…………」
ダメだ。会話が続かなくて絶妙な空気が部屋に漂ってしまう。
そう思っているとイヴが口を開いた。
「この前はごめん。ここ数日、いろいろ考えたけど。私はやっぱり自分の過去は知りたくない……私のために動いてくれようとしただけなのに…ポルテは何も悪くない…」
「いや、それでも無神経だった。軽はずみだったよ」
「でも…これだけは分かってほしい……私は………」
「ドゴッッッッッ!!!」
イヴが何か言いかけたと同時に船内が揺れ、カルルキン号へ強い衝撃が伝わる。
イヴの頭を守り、その場へしゃがみ込む私。
「何だ…」
すぐに揺れが収まり、カルルキン号が進まなくなったことが分かった。
「ダッ…ダンダンダン…ガチャッ」
私は慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け上がって船外へ出た。
カルルキン号の船体の淵に無数の鉤縄がかけられている。
次の瞬間……
「どりゃああああああ」
「シャワッ……カンッ……カンッ………」
私は短剣を抜き、侵入してきた敵の攻撃を防いだ。
敵の数が次々に増えていく。
10人はいるか……だが…
「子ども……」
「……カンッ……カンッ………」
後から来たイヴも攻撃を受けるが、レイピアで受け流す。
「クソッ……こいつら手強いぞ。バルト!!!」
「ダッタッタッタッタ」
短剣を持った1人の少年が、私の方へ向かってくる。
「ギュッッ…ダン……ガイッ…ガイッガッガッガッ」
「おぉ」
私は感心してしまった。
バルトと呼ばれている少年が目の前で急停止すると身体を半回転させ、カルルキン号の船室の壁を蹴って私の斜め後ろから鋭い一撃を放った。
「ガイッッッ」
私は正面を向いたまま、右手でその一撃を払いのけて防いだ。
「あいつ…バルトの剣を防いだぞ……」
仲間の子供たちが騒いでいる。
少年は地面に着地すると猫のような姿勢で、数メートル後ろへ進みながら、その衝撃を殺した。
「やるな。剣術…誰に習った?」
「剣術?うるせえ!食いもんよこせ!!」
「驚いたな。独学ってことか」
「オラァッッッ」
「ガイッガガッガイッガイッガイッ」
「脇が開いてる。大ぶりで次の攻撃が読みやすいんだよ」
それでも低い体勢から小刻みな攻撃、かつその柔軟な身体を全身で使った大胆な攻撃も混ぜながら何とも豊富な攻撃パターンの嵐が次々に飛んでくる。
私はその攻撃に全て丁寧に応えた。
ジャンが私たちの稽古を受けていた時の気持ちが分かった気がした。
「クソッ………当たらねえ」
「君のお仲間は降参してるみたいだけど?」
「なっ………」
10人の少年たちはイヴに制圧され、すでに跪いている。
「ック………」
「カランッ」
少年は地面に短剣を投げ捨てて言った。
「俺を殺せ。こいつらは俺に付き合っただけだ逃がしてやってほしい」
「バ…バルト……」
「死ぬ時は一緒だぜ。バルト」
「お前ら……わりい…俺のせいだ」
仲間を見殺しにはしないか……。
見たところ私がこの世界に転生した頃くらいの歳だろう。
なかなかに肝の据わった少年の姿に私は昔のルークを重ねていた。
「バルトって言ったね。何のために襲撃を?」
不貞腐れてはいるが、私の質問に素直に応える。
「あぁ。貨物船より小せえし、見張りもいねえみたいだからいけると思っただけだ」
「貨物船……やっぱりルークが言ってた通りだ……」
私が転生する前に、村の裏側に運び込まれたコンテナを思い出した。
やはりこの世界には貨物船が存在する…。
「おい。俺なんざどうせ、はみ出し者だ。やるならはやくやっちまえよ」
「さっきから何言ってるの。殺さないし、言うことを聞いてくれればそれでいい」
「クソッ…奴隷ってことかよ」
「いや………しっかり食べて。私たちに君たちのことを教えてほしい」
私はアイテムボックスからパンに果物に肉、ボットの林檎も取り出して見せた。
焼きたての肉の香りが果物のフルーティーな香りが混ざり船上に漂う。
「……それだけか」
「あぁ」
「本当だな?」
「嘘じゃないさ。ほら…食べなさい」
警戒しながらも肉を一口食べたバルトは目を輝かせた。
また一口。また一口と貪りつくように食べ始めた。
その姿を不思議そうに見ているバルトの仲間たちに私は言った。
「君たちも…どうぞ」
顔を見合わせ、駆け寄り、食べ物に次から次へと手を伸ばす。
「何だこれ…クソうめえぞ」
「本当だ。食ったことねえ…こんなもん」
「あ、それ俺のだぞ」
「…いっぱいあるから」
私は、林檎をもうひとつ取り出し、少年に手渡した。
「……あ、ありがとう」
少し警戒しながらも、私の微笑んだ顔を見た少年は嬉しそうに林檎にかじりついた。
その光景をバルトが少し離れたところから、そっと見つめていた。
少年たちは輪になって食べ続けている。
よほど空腹だったのだろう。
「ポルテ……この子たち……」
「うん…一体こんな大海原でどうやって生活してるんだろう」
私とイヴが船室の扉の前で話していると、バルトが小走りで近づいてきた。
「なあ。さっきは悪かったよ……えっと…」
「…ポルテだよ」
「俺はバルト・セバスチャン。飯ありがとよ。ポルテの兄貴……」
「あ、兄貴……。いい響きだな〜」
「フフッ…嬉しそう」
「ハハッ嬉しいよ。急に弟ができたみたいで、それになんだか昔のルークを見てるみたいだよ…」
船室の中を覗いて見ているバルトが大きな声で言った。
「うっわ〜〜何だこれ。すげえ豪華な船だな。新婚旅行ってやつか?」
「ハハッ…新婚旅行だって。ねえ!イヴ」
振り返った私は久しぶりにイヴの顔が真っ赤になっているのを見た。
「ヒヒッ。なるほどねえ」
その光景を見て、バルトは意地悪そうに微笑んだ。




