第28話 出航!カルルキン号
「まいどあり〜!!!」
レストランで食事を終えた最後の村人を見送った。
「イヴ…アンナとジーナさんに皆んな帰ったって伝えてもらえる?」
「わかった…ポルテ…この後…」
「おい、ポルテ!こっちのチェック頼むわ」
私とイヴの間にルークが割り込むように話しかけてきた。
「もう終わったの?さすがだね」
「ヘヘッ、何年やってると思ってんだよ。お?何だよ。イヴ…何で睨んでんだよ」
「…………別に」
「ルークお邪魔だったわよ?」
「何だよ、ミアまで」
「何してるの?ルーク。チェックでしょ?」
貨幣の流通量が100,000円になったエウトピアバンクでは、労働による対価の貨幣の受け渡し業務に加え、『お引き出し』と『お預け入れ』の機能も完備した。
機能といっても全てをルークが1人でこなしている。
相変わらずの記憶力だ。
「オッケー!今日も完璧!!」
「うっし。じゃあ、帰るわ俺」
「お?めずらしいじゃん!」
「まあな!」
おやおや?いつもは「うっし。飯食うぞポルテ」とくる。
アンナとデートでもあるのだろうか。足早に出ていってしまった。
「んんっ,はぁ〜〜」
ロックパレスの前まで出て、一息ついて背伸びをする私。
何気なく見つめる5キロメートルに及ぶロックパレスの奥の方だが、一番端はここからではやはり、見えない。我々エウトピア商会の長さ自体も500メートルもあるのだ。
商会に銀行。私たち職員が生活できるスペースも完備され,なんならまだ使っていないところさえまだたくさんある。
私たちの商会だけではない。エウトピア商会を除く、残りの4500メートルは90メートル区切りで設計され50軒の建物がボットたちの手によって建設されている。
正直,村人全員が使っているが、持て余しているところも多い。苦労したボットの手前、「こんなにいらなかったな」なんて口が裂けても言えない。
つまりロックパレスにはエウトピア商会とその他50の合計51軒の建物が収容されているのだ。
手抜きされていないその造りには、いまだに感動する。
「ポルテ、何みてるの」
「いや、いつみてもすごいなと思ってさ」
「な…なんだよ。褒めたって何も出ないよ?あ、林檎あげる」
「ハハッ。ありがと…お腹すいてたんだ」
「ロックパレスは木っぽさを消したくてね。それで、全部白く仕上げたんだ」
「さすがだよ…ロックパレスも、もう4年目か〜」
私たちは商会の前に置かれたベンチに腰掛けた。
「カリッ」
「いつ食べても美味いな」
「いつ聞いても嬉しい限りだ」
「ハハハッ」
「フフフッ」
「あ、ちょうどここらへんだよね。ボットと初めて出会ったの」
「本当だ…懐かしいね…」
「まさかこんな日がくるなんてね」
「フフッ。たしかにね」
「ボットはこの島から出てみたいとか思う?」
「えぇ?」
ボットは少し笑いながら聞いてきたが、私の表情を見て何か悟ったのか、少し考えてから呟く。
「島をか〜、考えたことなかったな〜。その様子じゃ、ポルテは出てみたいんだね?」
「………うん〜。まぁそんなところ」
「そっか。まぁ君のことだから心配はしてないけど」
「フフッ。あの波がある限り無理なんだけどね」
「ポルテが海へ出ることがあったら僕が渾身の船を作ってみせるよ」
「本当に!?嬉しいな〜それ。かっこいいのがいいな」
「フフッ、任せてよ」
短剣をホルダーから抜いて眺めているとそれを見たボットが呟いた。
「綺麗だよね。その短剣。フフッ、しかもイヴとペアルックでしょ?」
「ペアルックって……久々に聞いたよ。それで言うとトト様もだよ?」
「そうなの?トト様は何持ってるの?」
「かえる豆の箱が同じデザインなんだ」
「へぇ〜。同じものが3っつも…」
「ロイが短剣を『もう使えるはず』って言ってたけど、どうやって使うのか意味がわからなくてさ〜てか、普通に使ってるし」
「ふ〜ん。そうなんだ。首飾りに短剣に箱か〜。かえる豆…豆。豆。豆。豆は関係ないか」
「ボット…」
「ん?」
「かえる豆って何のために使うかで木の形変わるよね…」
「多分そうなんじゃない?村の樹の家はトト様がそうやって作ったし」
「ガコッ」
「あ、ちょっとポルテ…」
私はベンチから立ち上がって走りながらボットに叫んだ。
「ボット!もしかしたら船がすぐ必要かも!!!」
「ガコッ」
「なんか今そんな気がしたよ」
ボットも立ち上がり、私の後を追ってきた。
「ザッッッッ…シャワッ」
砂浜についた私は、右手で短剣を抜いて構える。
そこから見上げた波の壁が、「今すぐ島を、お前たちを吸い込んでやろうか」と言っているかのように見下し、聳え立っている。
「ポルテ、どうするつもり?」
「ボット…ちょっと離れてて。危ないかも」
私はずっと心の中で、この短剣が何とかしてくれるとばかり思っていた。
波に向かって振ってみた時も、砂浜に短剣を立ててみて観察した時も。
ずっと…ずっとだ。
「フワァッッッ」
…私を中心に、風が巻き起こり、砂埃が舞い始める。
「トト様はかえる豆に使われたんじゃない。使ったんだ…… 私も、この短剣を自分のものにする」
抜かれた短剣の刃身と紋章が水色の光を放つ。
「ゴッッッ」
さらに勢いを増す風が、私の灰色の髪をたなびかせ、服も肌に当たってパタパタと音を立てる。
離れてその光景を見ていたボットが、砂嵐に巻き込まれそうになって逃げるように、さらに距離を取った。
「ペッペッ……口に砂がっ。ポルテ!!!これは……」
「うん!」
私は右手だけで持っていた短剣に、慌てて左手を添わせた。
「短剣が…」
短剣が少しずつ大きくなり、瞬く間に大剣へと姿を変えていく。
「……ハハッ…すごいな……」
「ギュオッッッッッッッッッ」
持ち上げた大剣の刃身に、目の前にある海の水が渦を巻きながら集まり始めた。
私は大剣を強く握り直す。
「クッッッ…グォオオッッッ………重いっ」
私は剣に振り払われてしまいそうになりながらも、頭の中は冷静だった。
次々にパラパラ漫画のように浮かんでは過ぎ去っていく………
今までの島での生活が。
島のみんなの顔が。
ガザムのあの言葉が。
———『あなたたちが見ている世界はここだけ。あまりにも狭く、ちっぽけなのですよ』———
「ッッック……ォオオオオオオオ」
私は、唸りを上げて渦を巻く大剣を振り上げ……
身体をバネのように使い、深く、青暗い波の壁に向かって渾身の力で振り下ろし、叫んだ。
「行けぇええええええええええ!!!!!」
振りきった一撃が、波の壁に到達し
………刹那……音が消えた………。
その直後。
「ドゴンンッッッッッ………
ゴヴァァアアアアアアアアアアアアアアア」
衝撃音とともに円心円状の衝撃波が島に走った。
追うようにして山肌を暴風が襲い、木々がひっくり返った傘のようになって、幹を揺らす。
私は、振り下ろした大剣を持ったまま、呆然と立ち尽くし、その光景を見ていた………。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
大剣から放たれた斬撃が、海底を覗かせながら強引に波の壁を左右に引き裂いていく。
無数の白沫が、島を覆った水のバリアに当たって無数の波紋を作り出す。
「ヘヘッ……見たか……私たちは、ちっぽけじゃないぞ。ガザム」
斬撃に押し込められていた海水が、露出した海底に覆い被さるように波打ちながら飲み込んでいく。
左右に分かれた波の壁は、屹立したまま、向かい合って天高くまだ聳え立っている。
放心状態で私に近づいたボットが口を開く。
「ポルテ………海が……」
「ボット…見て…水平線だ……」
見開けた奥の海原が夕焼け空に照らされオレンジ色にキラキラと光り輝いている。
私たちが海を眺めていると、暴風から身を守り、ロックパレスに避難していた村人たちが次々に顔を出し、騒ぎ始める。
「おい!何だあれ」
「波が……波が割れてるぞ…」
「ポルテだ。ポルテがいる、あいつがやったのか」
私とボットは顔を見合わせて笑った。
「てゆうか!僕もいるんだけどな〜」
「ハハッ。私が大剣持ってるから…って…あれ………」
大きくなった短剣は、いつの間にか、元のサイズに戻っていた。
私はそっと、9歳の誕生日プレゼントでもらった短剣ホルダーに入った鞘へ、短剣を労るように戻した。
「ありがとう……」
私たちの元へどんどん村人が集まり始めた。
私は一躍時の人となってしまった。押し合いへし合いになって、それはもう…もみくちゃになった。
「あぁっ…」
私といたボットも巻き込まれてしまい人に酔って、挙げ句の果てには『考える人』の体勢で出会った頃の場所に作ったベンチで座り、一点を見つめ続けていた。
ここを海峡と呼ぶべきか、水路と呼ぶべきか……定かではないが、その日以来、ここは『ポルテの軌跡』と呼ばれるようになった。
———「カンッカンッカンッ」
ボットが船を造ってくれている。
「デザインとかは気にしないで!」「丈夫にしてくれたらそれでいいよ」と私は言ったが、さすが職人だ。初めに「かっこいいのがいい」と言ってしまったのを覚えていて、手は抜けないらしい。私は身体が特殊だから眠らなくても大丈夫だが、ボットは違う。ロックパレス建設の際は何度も体調を崩していた。朝から晩まで作業をするものだから、何度も顔を出しているわけだが。
初めは「大丈夫、大丈夫」と言われていたのが、今となっては「僕が作るんだから!ちょっと黙っててよ!!」と怒られてしまう始末だ。
私が島を出て行くことに、村の皆んなはどう感じているのだろうか。
何事もなかったかのように島の人たち全員が接してくるから、あれ、皆んなにちゃんと話したっけ……とすら思ってしまうほどだ。
「おい、ポルテ〜チェック頼むわ〜」
「あ、うん」
「パタパタパタパタパタ」
預かり金のダブルチェックを済ませた。
「おっけい!完璧」
「おーーし、飯にするか」
「ルーク……どう思ってるんだよ」
「んぁ?何が」
「何がって……私がここを離れることをだよ」
「なんだ、その事か……」
「なんだ…って。怒るとか。悲しいとか。俺も行きたいのに。とか……」
「帰ってくんだろ?」
「え?」
「だから、また島に帰ってくんだろって」
「まあ、そうだけど」
「だろ?じゃあ、いいじゃねえかよ。お前がここを捨てるわけじゃねえ」
「……皆んな、私が島を出るって言っても、何も言わないんだよ」
「あたりめーだろそんなもん。島の皆んながお前のこと信頼してんだ。お前が決めたことを、とやかく言う訳がねえ。それに!……そんなこと言う奴、俺が言わせねえ」
「ルーク………」
「ケッ…水臭え奴だぜ…まったく………ロックパレスは、俺たちに任せろよ」
「君が親友で良かった。ありがとう」
「うっせえ、当たり前だっての」
「ハハッ。相変わらずだな〜」
「フッ…アッハッハッハッハ」
「フッ…ハッハッハッハッハ」
私は島での生活を1日1日噛み締めながら過ごし、真夏の今日!出航の日を迎えた。
北側の海には私の出航を見届けようとほぼ全員の村人が集まってくれた。
「ボット。船、ありがと…コレはすごいね……」
「え、わかる〜?旅の最中は僕を思い出して、カルルキン号って呼んでね。船体は黒で仕上げてガレオン船っぽくしてみたんだ。夜はヴァイキングがいるかもしれないからね。隠れなきゃ。それに、まず、見て!この帆なんだけど、何重にも重ねて植物の葉をイメージしたよ。半透明にしたのは、帆柱を木の枝のように模様を走らせてみたかったからなんだ。黒い船体と半透明の帆の対比が生み出すハーモニィー!!!が、なんとも優美でしょ?あ、船室はもう僕の得意分野中の得意分野だからね〜中は…」
「ボット!!!喋りすぎだ。みんなポルテと話してえんだよ」
ルークがボットを遮るように言った。
「あ、ごめんポルテ……」
「ん〜ん。嬉しいよ。ありがと。着いたら大事にアイテムボックスへ収納するからね」
ボットは嬉しそうに、目をキラキラさせていた。
「ルークも……」
「早くいけよ………」
私は黙って手を差し出し、ルークはそれに応え、いつものグータッチをした。
「死ぬなよ。ポルテ」
「うん」
「ダーハッハッハー。ポルテ鍛錬を怠るなよ?」
「あなた、他にいうことはないの?気をつけてね。ポルテ、無事に帰ってくるのを祈ってるわ」
「ジャンさん…ダリアさんも来てくれたんだ。ウルはいないの?」
「ごめんなさい。ポルテ…すっかり反抗期になっちゃって…」
「あ、いいよいいよ。よろしく言っといて?」
「悪いな…俺がぶっ飛ばしとくわ」
「ルーク、兄弟喧嘩もほどほどにね。じゃあね」
ルークの寂しそうな横顔が見えたが、私ももう、それ以上顔を見られなかった。
「ミアにジョアさんにゴーシュさんも!行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけて行くんだよ」
「うん!ミア。ルークとアンナの話帰ったら聞かせてね」
「フフッ任せて。行ってらっしゃい」
「フランクさん、ジーナさん、アンナ………いや、泣きすぎ!フランクさん」
「だっべ。ざびじいじゃん」
「フフッ。だって。さみしいじゃん だね?ハグしよう、フランクさん」
「あぁ」
フランクが耳元で囁いた。
「しっかり、食べるんだよ」
湿っぽくなりたくなくて私は目頭が熱くなるのを必死で堪えた。
「ちょっと、あなた。ポルテが出航しづらくなるわよ」
「ジーナさん、行ってきます」
「気をつけるんだよ」
ジーナともハグをした。気丈に振る舞いながらも、涙を堪えているのが分かった。
「ポルテ、お土産。待ってるよっ」
「ハハッ最後はアンナか。しっかりしてるなあ。もお」
「それじゃあ!行ってくるよ皆んな!!」
「おぉ!行ってこい」
「帰ったら話聞かせてね」
村人たちに見送られながら、私は最後の荷物のアタッシュケースを持ち上げた。
「ねえ、アンナ。イヴ知らない?朝からいないんだけど……最後くらい会いたいのに……」
「フフッ……ポルテ。寂しがる必要はないわ…あ、ほら。来た来た」
「ポルテ!」
「あ、イヴ!!」
ロックパレスの方から現れたイヴは大きなカバンとアタッシュケースを持って立っている。
「私も行く」
「えぇ!?!?」
「タッタッタッ…タンッ…スタッ……」
イヴは大荷物にも関わらず、身軽そうに走って私より先にカルルキン号に飛び乗り、ニコッと微笑んだ。
「ダダッダダッダッ……トスッ」
イヴに続いて、当然、使い魔のマリアもカルルキン号に飛び乗った。
「あ、ちょっと!!!」
「ガコッ」
私も慌ててカルルキン号に飛び乗った。
慌ててルークにボット、アンナにミアに目をやるも、特に驚いた様子はない。
イヴが私について来る事を皆んなは知っていたみたいだ。
「皆んな!知ってたの?」
「おぉ!言ったら危ないとか言って止めるだろ?イヴ、またな!」
「また船室の感想教えてね〜」
「ポルテ!今回は鈍くて助かったわ〜!」
「イヴ、気をつけて!!」
「うん!!!皆んな……皆んな。大好き」
「イヴ〜〜〜!!!!」
普段あまり感情を表に出さないイヴの言葉に、皆んなが号泣し始めた。
老若男女、問わずにほぼ全員がだ。
なんか私の時よりリアクション大きくない!?!?と思いながらも、私たちはゆっくりと島から離れていく。
私もまた皆んなに叫んだ
「行ってきます!!!!!!」
私とイヴは島の人たちが見えなくなるまで手を振り続けた。
波の壁がカルルキン号に影を作った。
私たちは大海原へと続く『ポルテの軌跡』を真っ直ぐに進んでいる。
『ポルテット・エウトピア…主人公・佐藤 円』
『アンナ・オリベル…おせっかいな少女
カルム・オリベル…アンナの祖父でありトトの友
フランク・オリベル…ウイ島の村長。アンナの父親
ジーナ・オリベル…フランクの妻。アンナの母親』
『ミア・エルレロッテ…アンナの親友
ジョア・エルレロッテ…ミアの母親
ゴーシュ・エルレロッテ…ミアの父親』
『アッシュ・バーナード…目立ちたがりの少年
アッシュの取り巻き2人…アッシュの友達
リオ・ネスレ…生徒
エナ・ロウデル…生徒
ケイ・ノーティッツ…生徒』
『トト・アルド・サンダー…ウイ島の父的存在。
テンダー…亡くなったトトの息子
デルス・アルド・イカル…トトの祖父
アムとピム…精霊・ドライアド』
『ガザム・ユーリウス…不気味な教師』
『ルーク・ジョイス…ポルテの親友
ジャン・ジョイス…ルークの父親
ダリア・ジョイス…ルークの母親
ウル・ジョイス…ルークの弟』
『トンズ・カーチス…鍛冶屋の中年』
『ロイ・テスタ…ポルテが可愛がっている男の子』
『イヴ…白い髪と水色の瞳を持つ謎の少女』
『ボット・カルルキン…島の西端にいる少年
ミラ・カルルキン…亡くなったボットの母親』




