第26話 島の楽園ロックパレス
…ガザムが西端の崖で姿を消してから半年が経った。
「ベロベロバ〜。ウル〜。お兄ちゃんですよ〜」
「レロレロバ〜。ウル〜。お父ちゃんですよ〜」
「フフフッ…」
ルークとジャンの変顔を見て、赤子を抱くダリアが微笑んだ。
「入るよ〜」
「おう、ボット。3日ぶりじゃねえかよ」
「ハハッ、ジャンさん。この前会ったばっかり。まだ3日ぶりだよ?」
「ダーーーハッハッハー。そうか?会えるのが嬉しくて、ついな!」
それほどに、ボットと会うことがもう普通になっているのだ。
「ボット、本当にここに住まねえのかよ」
「うん。村へはいつでも来られるし、あそこには林檎の木があるから。あ、ダリアさん!これ」
ボットは林檎を差し出した。
「こんなにたくさん。ありがとう。ボット」
「また今から北側で作業か?」
「うん!毎日朝から夜まで働きっぱなしさ。時間が足りないよ」
「まさか、あんなもんが建てられるとはな〜たいしたもんだぜ。それに、大変そうだが嬉しそうな顔じゃねえかよ」
「フフッ。わかる?」
「よかったわ。ボット、いつでも来てちょうだい」
「ありがと。ダリアさん!じゃ、そろそろ行くよ。ポルテに怒られちゃうからね」
「あ、ボット、俺も一緒にいくぜ」
「うん。行こう!」
家の外へ飛び出すルークとボット。
その姿を見たダリアとジャンが呟く。
「よかったわ…本当に」
「あぁ……」
「ぁああーー。きゃっきゃ」
「見て。ウルも笑ってる」
ジャンがウルにそっと微笑んだ。
———ここ半年で、この島は見違えるほどに変わった。
ダリアがみごもっていたウルは無事に産まれ、畑で栽培できる植物の種類も、ルークの力で格段に増えた。
栽培しやすくなったのにはもう一つ理由がある。私の無限の魔力を吸い続けるアムとピムはウォーターツリーの水で島全体を薄い水の膜のバリアで覆っているのだ。
それにより、潮水の飛沫が島内部に入ることもなくなり、もう荒れた場所など見る影もない。
村の子どもたちは思うがまま自由に生活し、それに伴って学校の存在も村人の記憶から徐々に無くなっていった。
山には今もなお、網状に張り巡らされた川が当たり前のように流れ、さらに村人たちはボットが作った木の船で、山肌を当たり前のように移動するようにまでなっている。
「ボット。お前の船はどこに止めたんだよ」
「あれ〜…どこだっけ…」
川のほとりには、何隻もの船が停まっている。
「あ、あったあった」
林檎の木彫りのデザインが施された1隻の船。
川まで船を押し、ボットとルークは勢いよく飛び乗った。
「シャーーーッ」
川の流れに乗って、まっすぐ北側に向かって紅く染まった森の中を走り出す船。
「もうすっかり秋だね」
「あぁ、飯がうまい時期だ」
「ルークいつでもいっぱい食べてんじゃん」
「ハッハッハ。許して?お兄ちゃんっ」
「こんな時だけお兄ちゃん言うなっっっ!」
船に乗っていると、対向の川を流れる船に乗った村人とちらほらすれ違う。
「おう、お前ら。ポルテんとこ戻んのか?」
「おぉ!おっさんは帰るところか?まいどあり〜!!」
もう島全体が村になったと言ってもいいだろう。みんなが自由に行動し、生活している。
「シャッ」
「よっと…」
北側へ到着した船から下りたルーク。
「おい、ポルテ」
「あ、遅いよ。ルークは今日店番でしょ?」
「硬いこと言うなよ。ウルが可愛くてな」
「じゃあ、僕は続きを進めるよ」
ボットは建設途中の建物の方へ歩いて行く。
「ボット。ここが落ち着いたら手伝いに行くよ」
「ありがと」
私たち。いや、ルークが見つけ出した岩場は、まっすぐにして長さ約5キロにものぼった。
岩場を削り、ものの数ヶ月で、本当の高架下の様に仕上げたボットの才能はやはり驚異的である。
それと同時に、実は精霊の力を無意識で借りていたものだったことも分かった。
それでも魔法ではないのだ。才能に変わりは無い。
知っているのは精霊が見える私とイヴだけである。もちろん、ボットも精霊が見えてはいない。
全くもって、無自覚だ。言葉では言い表せないが、なぜか今だに私から逃げ回るあの精霊。ボットといる姿を見ていると、なんだか微笑ましくてそれでいい、そのままでいいと思えてしまい、話さずにそっとしている。
ボットの手腕に、さらに人手も加わったことで、私たちが今立っているここから、すでに10分の1。約500メートルほど先まで、もう建物が建てられている。
そして、未完成ではあるものの北側のこの楽園の地には、『ロックパレス』と言う名がつけられた。
まさにここ。ロックパレスに一番初めに建てられたこの建物には、僭越ながら『エウトピア商会』と名付けられた。
驚くことなかれ、私はすでに職員も抱えている。
ご存知の通り、ボットは建物に船。それだけに留まらず、お願いしたものを全て完成させてしまう島の発展に欠かせないオールジャンルの職人と化した。
絶望的に料理が下手だったイヴはその美貌を活かし、ウエイトレスをしてもらっている。これがまた村人の老若男女にウケがいい。それにさすがレイピアの使い手である。あまりにスムーズな身のこなしで驚いてしまう。
ルークはその記憶力を生かして商会の店頭と会計も担当してもらっている。大胆な性格とは裏腹に超効率主義そして結果主義であることが判明した。基本はふざけているが、やはりなかなかにできる男である。間違いなくジャンの息子だと言うことを再認識させられた。
ジーナにミアは私が作る料理の補佐をお願いしていたが、数週間にして総料理長と副料理長の風格である。私はこの2人と一緒に生活してきたのだ、よく知っている。流石の連携プレーと、私の乏しい料理の知識をどんどん吸収し、アレンジまで施す始末だ。なんとも頼もしい限りである。
おっと、忘れてはいけない。私が可愛がっている3つ歳下のロイにはお手伝いをしてもらっている。
これが案外、みんなが気づかないところに気づく縁の下の力持ちなのだ。ガザムの動向に気づいただけのことはある。
まぁ、もう家族経営みたいなものだが一緒に働いてみて、今まで知らなかったことが多いことに感動と新鮮さを覚える。
畑から野菜や果物を仕入れて売ることはもちろん。ボットの蔵の珍しい植物も卸させてもらっている。当然、林檎もだ。
卸先は村長であるフランクさんの働きかけで、商会の取引先を作るために求人を募集してもらった。
対価として私の発行した貨幣を渡してもらっている。取引先になってもらえた暁には、貨幣を手にし、この商会を自由に利用できる様になるわけで…かなり魅力的なものだと思う。
内定は順調に進み、村人全員が働き手となるのも時間の問題だろう。
初めはフランクも貨幣の仕組みに感動していたが、前世を覚えている私とボットにしてはしごく当然。当たり前なものなのだ。
職員の紹介で大体のことは察していただけただろうが…
そう!
エウトピア商会には、私がメニューを考えたレストランを併設したのだ。
今のところ大盛況で毎日、何人もの村人が訪れる。
村人にはしっかり働いてもらう分、ここロックパレスを楽園にするため、充実させる工夫は惜しんではいない。
あ、ちなみにガザムに吹き飛ばされたボットの家は驚異的な速さでボットに修復された。
「はやっ」
「へへへ」
ほぼ全てが消し飛んでいたのに直すのに1週間もかかっていなかった。
結局、村では過ごさず、西端の地で生活することを決めたボットはあの林檎の木の元で生活を続けている。
もちろん、蔵の植物の成長を手助けしているあの精霊の力が大いに貢献しているわけで…。
そしてだ。
ボットが長い長い西端での独りの生活に終止符を打ち、島へ帰ってきたあの日。前にトトへ渡した¥1札とは別として、めでたいことに発行可能金額が80円→500円にまで上昇したのだ。
つまり、アイテムボックスに収納している250円を合わせると合計750円だ!!!ヒューヒュー………。
思い出せば、発行可能金額が変わったのは、初めて川が流れた時。そして今回のボットが村へ10年ぶりに帰ってきた時だった。
何かイベントを達成すれば発行できる金額が増えるのだろう。そういう答えに辿り着いていたのだが
……どうやら、それだけじゃないらしい。
なぜかって?
何もしていないはずなのに今も少しずつ発行可能金額が増えるからだ。
毎日少しずつ上がり続け、現在では100,000円にまで上昇した。
金額自体は、そこまで大きくはないが、島で流通させるには十分すぎる金額だった。
元銀行員の知識が役立っている。今のところは半分の50,000円だけを島で流通させている。それで十分、島の経済は円滑に回っている。
私は貨幣の仕組みを村に作ることに成功したわけだ。
発展していくにつれて毎日¥1札が使われ、激しく入れ替わる。
村の中では、勝手に¥1札を使って交渉をする優秀な者たちも出てき始めたらしい。いい傾向ではないだろうか。
物々交換で成り立っていたこの地に貨幣をもたらすことで、かなり便利になった。
大したことはしていない気がしているが、有能な大統領にでもなった気分になる。謙虚に生きねば…。
あ、そうだ。ロックパレスには銀行も作った。謙虚にと言ってる側から、これまた恐れ多くも『エウトピアバンク』と名付けた。
ルークには商会の会計に、さらにここエウトピアバンクの業務も担当してもらっている。銀行といっても貨幣の預け入れや引き出しをしているわけではない。労働している村人への対価を渡す月1回の単純な作業だ。これまたルークはメモを取ることなく村人全員のことを全て覚えてやってのけてくれるのだ。適任に決まっている。
私たちの商会では買い物をする村人の姿が毎日必ず見られるにまで成長している。
つまり、自給自足の生活を基盤とした村人のための楽園作りは、着実に進んでいっているわけだ。
そして今日も私は店頭に立っている。
「おい…林檎一個くれよ」
「アッシュ!久々だね。今日は珍しく1人じゃん」
「おぉ。今日はアンナはいないのか!」
「今日はレストランの方だよ。ねえ、アッシュって結構アンナ好きだよね。多分」
「うっせえ!!!俺様が、あんな女のこと…あ。あぁっ…あぁーーーーーーーーー」
アッシュから¥1札はちゃんと受取済みだ。
私から林檎を受け取ったアッシュが突然、宙に浮いて飛んで行った。
周りからは、そう見えるだろう。
プラッツの仕業だ。
「ンハッハッハ。ポルテ。お招きありがと」
相変わらず、ジャラジャラとアクセサリーの音をさせながらトトが現れた。
「トト様!来てくれたんだ!!」
「あぁ。山の下にいる自分がなんだか変な感じじゃて…」
「あ、その白い服!私と初めて会った時の服だ!!」
「ん?これか??よお覚えとるな。俺の一張羅じゃて」
「トト様の家で会ったらいつもかわいい部屋着だからさあ」
「あ!トト様!!来てくれたの?」
アンナが隣のレストランから顔を出した。
「アンナか。今日も元気そうで何より」
「あれ!?私があげた服着て来てない!」
「ンハッハ。ちょっと恥ずかしくて、村の皆んなの前では着れんよ…」
「あの部屋着…アンナからのプレゼントだったんだ」
「そーよ?今回のだってすごい可愛かったのに!」
「全面に俺のフルネームが書かれた服を…着れんよアンナ」
「ハハハッ…また着た時に見せてよトト様。アンナ、トト様をレストランへ案内して」
「オッケイ!」
今日はトトを私たちが招待したのだ。
トトとは私にピタッとイタズラするのを辞めたアムとピムのおかげでいつでも情報交換できる様になった。山頂からの降りてくるのも水の船を使ったようだ。
アッシュはどこへ行ったのだろう。
「フフッ…かわいい」
イヴが微笑んで見ている先にプラッツとマリアが久々に会えて嬉しそうに、じゃれて遊んでいる。
そういえば、ウォーターツリーがある所には、船で今だに誰も辿り着けないと村の中で話題になっていた。
ドライアドがまたイタズラを…と思ったが、彼らはあの花園を守っているだけなのかもしれない。
「スタッ」
店頭にいたはずのルークがレストランで皆んながいる前に立つ。
「注目!!!ポルテ特製アップルパイ!!作りすぎたからここにいる奴ら全員で食って帰りやがれ!!!!!!!」
「あ、ルーク!そんな勝手に……」
「おぉォオオおおーーー!!!」
村人の歓喜の声に私の声はかき消された。苦笑いになる私。
「まあ、いいか……ルーク!私はボットの所へ行くよ?」
「おぉ!サンキュー!」
「ンハッハ。愉快愉快」
賑やかなレストランを見つめながらトトは食事を楽しんでいる。
私は笑顔でアップルパイを食べるみんなを横目にそっと微笑み、工事中のボットたちの元へ向かった。
その後もロックパレスでの日常はバタバタと忙しくはあったが楽しく、平和な日々が続いた。
———また私はオリベル家のツリーデッキへフランクとともに上がって来ている。
フランクを私が呼び出した。
「フランクさんとここで話すの何回目かな」
「そうだね〜。ポルテが来て、この島は見違えったよ。改めて礼を言わせてほしい」
「ハハッ……いつまで経っても律儀だなあ!いいよそんなの!!」
「こんなに心が晴れる日が来るなんて思ってもみなかったよ」
「フフッ…よかった……」
「………それで、いつなんだい?」
「え?」
「ロックパレスに住むんだろ?」
「…知ってたの!?」
「やっぱりか〜。せっかく住まわせてやったのに、この薄情者!!!……なんてね」
「…一瞬ドキッとしたよ」
「フフッ。わざわざ僕の許可を取ろうとするなんて、君の方が律儀だよ」
「イヴもいるし…忙しくなって来たからさ」
「そっか…すぐ会える距離だけど、寂しくなるね。ま、いつでも帰っておいで」
「うん!」
「それで、結局いつなんだい?」
「明日!」
「明日!?また急だな。アンナが騒ぐぞ〜?コレは」
フランクの予想は的中した。
「えぇええーーーーーー、なんで?イヴまで連れて行っちゃうなんて。ポルテの薄情者!」
「だから、ごめんてば〜。でも毎日ロックパレスで会えるじゃん!」
「イヴもせっかく話せる様になって、寝る前楽しいのに〜〜〜」
「アンナ、私も楽しかったわ」
「イヴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ハグしている2人。ロックパレスで毎日会うというのに…。
イヴの肩越しにアンナが私を見て頬を膨らませて睨んでいる。
私も頬を膨らませて、おどけて見せてみた。
「アハッ…なんでそこで私の真似するのよ」
「ハハッ」
「あ、でも〜〜〜。イヴは嬉しいんじゃな〜い?ポルテと〜」
「ちょっと、アンナッ…怒るよ…」
「え、なになに?」
「はぁ〜。呆れた!鈍すぎる男も考えようね」
「え!何!!教えてよ」
「イヴ。もう一度、考え直した方がいいんじゃない?」
「クスッ」
肩をすくめてイヴが微笑んだ。
見かねたジーナが呟く。
「ほらほら、あなたたち。最後の夜なんだから仲良くなさい」
「急に出ていくことになったけど、みんな本当に感謝してます。ありがとう」
「ありがとう…おじさん。おばさん。アンナも」
「私はついで?」
またハグをするイヴとアンナ。
「やだ、この子たち…改まって」
いつでも会えるのに…少しうるっとしているジーナ。
情に厚いのは折り紙つきだ。
「なんだか息子と娘の門出って気分だよ」
いつものように優しく微笑むフランク。
その日も私たちは、いつもの様にみんなで食事を囲んだ。
皆んなが寝静まった後も私はハンモックに揺られながら、オリベル家で過ごした日々を思い出しながら朝を迎えた。




