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『エウトピア』貨幣の無い異世界で、私は円を発行する。  作者: 葡萄
1章ウイ島編

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第25話  故郷の子守唄

「カリッ…」


私は林檎を食べ進めている。


ボットにも林檎、擦ってあげようかな。


「スッ」


案外すぐにイヴが起き上がってきた。


「おぉ………大丈夫?」


「大丈夫じゃない…」


「え、どうしよう。擦った林檎、食べる?」


「違う、そんなんじゃ……」


「ガチャッ」


イヴが何か言いかけたが、ボットの部屋の扉が開いてボットが口を開く。


「はぁ〜〜。死ぬかと思った」


「ボット。擦った林檎食べる?」


「いや、いらない。まだちょっと胸のあたりが気持ち悪いよ」


「そお?」


「イヴ……本当に話せるようになったんだね。良かった…」


「いや、そうなんだよ……ね?イヴ」


「ボットありがと」


おや……私にはリアクション無しだ。

少し怒っていることは分かるぞ…。


なぜだろうか…女心を読むスキルも追加で欲しい。一体、何を考えているのやら。


「ドンドンドンッ」


突然、扉がノックされた。


村でならまったく不自然には思わないが、ここ西端の地で鳴るノックは不自然だ。


家の中に緊張感が走る。


「シャワッ」


「シャキッ」


私は鞘から短剣を抜き、イヴも鞘からレイピアを抜いた。


扉の方をじっと見つめ、警戒する。


「グルルル」


マリアも家の扉に向かって唸る。


その場にいる全員が静かになり、何も話さなくなる。


そんな中、ボットが扉の向こう側の人に呟いた。


「そこにいるの誰?」


「ガチャッ…キィー」


ゆっくりと開く扉。


「だー!俺しかいねえだろ。お前ら!!俺がいねえからって、飯を抜け駆けしてるんじゃねえだろうなっ」


「なんだ、ルークかぁ」



「はぁ〜………」



私とイヴは剣を鞘にもどした。


「なんだじゃねえよ。どうなってんだよ。こっち側の山。めちゃめちゃ花、満開だし。なんか川めちゃめちゃ、あちこちに流れてて、来るの大変だったっての」


「ふふっ、元気だな。気づいた?」


「さすがに気づくだろ!おい……兄弟。ついに、やりやがったな?」


ルークも嬉しそうだ。テンションが高い。


「ハハッ。もう私たちの思い通りだよ。ルーク」


「あぁ。川の水で、前の小便も洗い流されたな」


「ルーク。汚い…」


「あれ?イヴ。お前。今、声が…」


「フフッ。驚いてる。間抜け顔」


「誰が間抜け顔だ!まぁ、良かったじゃねえかよ。 おっ!ボット。いたのか。邪魔してんぜ。なんか……顔色わりーな」


「ハハハ、酷いな。僕の家だよ?いるでしょそりゃ。ちょっと色々あってね」


「フフッ」


「あ、イヴ!笑うなよっ。本当にしんどかったんだよ?」


「フフッ、ゴメンナサイ」


急に西側へ来たルークに私は尋ねた。


「ところで、ルークは、何しに来たの?」


「いや、そのことなんだけどよ。ここ2日間、ガザムの野郎が村にいないからよ」


「え、どういうこと?今までそんなこと無かったのに」


「いや、アンナが言うに、ちょくちょくあるらしい。年に何回か。当然学校もないらしいぜ」


「知らなかったよ。2日もこの島のどこにいるんだろ」


「それで来たんだぜ?ここへ来てたらやべえと思ってよ。探しながら来たけど、どこにもいねえんだよ。アイツ」


「今、ここに気づかれたら厄介だよ」


最悪の状況が頭に浮かび、みんながまた静かになる。


ボットが口を開いた。


「ポルテ、今のうちに今後の計画を立てよう」


「そうだね。でも腹が減っては戦はできぬ。食事をしながら話そう」


作っている時間がもったいない。ポルテズキッチンはお休みだ。


ボットの蔵から採れた新鮮な野菜と果物を家で広げてみんなで食べながら話した。


「んぐんめえ。で、もごする?」


「うめえ。で、どうする?ね。  ルーク。飲みこんでから話しなよ」


「でも。本当にここからどうするの?ポルテ」


おぉ。何だか今だにイヴが話せることに驚いてしまうな。


私が驚いているとイヴが不思議そうに見つめてきた。

話してみて気づいたが、意外とイヴはクールなキャラだ。


今まで表情が豊かに感じたのは、自分が話せないが故に、私たちへの気遣いだったのかもしれない。


「ん?ポルテ??」


「あ、うん。えっとね、とにかく。私は北側のこの地を、島の繁華街と歓楽街にしたいと思ってるんだ」


「おぉ……聞くだけでなんかワクワクするな」


ボットだけが反応する。


「おい、俺にも分かるように説明しろ」


「私にも…」


ルークとイヴがそう呟いた。


知らない世界のことだ、無理もないだろう。


私は続けた。


「ごめん。えっとね…村人のための楽園を作るのさ。ここに」


私はニヤッとしながら言った。


ボットは目を閉じて、微笑みながら話を聞いている。ルークは果物をまた1口頬張りニヤけた。


未来のこの地がどうなるかを想像したのかもしれない。味方なのが心強いと思わせる、いい表情だ。


「ここに…村のみんなを?」


「うん…イヴはどう思う?」


「できたらすごいけど、村からここまで3時間はかかる」


「そのことなんだけど……さっきの使えないかな」


「あ!さっきの船かい?」


「ボット、御名刹!」


「なんの話だよ」


「ルークはちょっと黙ってて」


「おい、イヴ。俺への当たりキツくないか?」


「フフッ。そんなことない…傷ついた?アンナに慰めてもらわなきゃ」


「あ、お前。それ言うなら、お前だって」


イヴにキツく睨まれるルーク。


「ポルテに………オホンッ……イヴ冗談だよ。冗談!」


「何?私がどうしたの??」


「何もない!話を続けてポルテ」


イヴは何に照れたんだろう。声が出るようになっても、シャイガールは健在だったようだ。


「この山肌に流れてる水路。北側から西側のここ、だけじゃなくて山全部に通せば……」


「……船で自由に行き来できる」

「……船で自由に行き来できる」

「……船で自由に行き来できる」


「みなさんご明察!どう?革命的でしょ」


「うん。理にかなってるよ。でも、ルーク。よく分かったね」


「来る時、岩場だと思ったら川だらけの北側を、はるばる歩いて来たんだぜ?もし船があったら速攻乗ってるっての」


「それはそれは。遠い所を失礼しました」


和やかな昼下がりだ。


そう思った瞬間だった。


「ドゴッッッ」


家の扉が外れて中に倒れる。


倒れた扉の上に怪我をしたフランクが倒れ込んでいる。


「フランクさん!!!」


力を振り絞って身体を起こしたフランクが呟いた。


「みんな……早く逃げなさい」


「コツコツコツ」


足音とともに、ゆっくりと家に誰かが入ってくる。


逆光で姿が見えない…。


「シャワッ」


「シャキッ」


私はまた、鞘から短剣を抜き、イヴも鞘からレイピアを抜いた。



ゆっくりとした動き。

左手をポケットに入れたシルエット。


家に入ってきた者の姿形がだんだんと視界に明確に映る。


ガザム・ユーリウスだ。


「ぐぁっ」


ガザムに右手で首を掴まれ、立ち上がらせられるフランク。


「まったく…フランク・オリベル。あなたは察しが良くて面倒ですよ。本当に」


ガザムは相変わらず左手をポケットから出さず、見せない。


家の中をじっくり観察するように眺めている。


「ほーこれだけの物を1人で…片腕を失ったとしても、あの時、殺しておくべきでしたかね。ボット・カルルキン」


「ガザム・ユーリウス!!!」


「覚えていただけてましたか。わざわざフルネームで呼んでいただいて。光栄ですねぇ」


「だまれ!忘れるはずがないだろぅ」


「クックック…その様子じゃ、ミラ・カルルキンの事もご存知のようですね」



「フランクさんを離せよ。ガザム」


「あぁ、もう先生は付けてくれないのですね。ポルテット・エウトピア」


「ドゴッッッッ」


ガザムに勢いよく家の壁まで飛ばされるフランク。


「ぐぁぁあっ」


「フランクさん!!!……お前っっ…」


「はぁ〜〜、ここは。つい数年前まで上手くいっていたのに、ますます面倒なことになってますねえ。帰って来るなりこれです。ポルテット・エウトピアにルーク・ジョイス。まったく…面倒な奴らだ」


「お前は何者だ。一体何がしたい」


「何もしたくない」


「は?」


「だから、何もしたくはないのですよ」


「言ってる意味が分からない」


「そのままの意味ですよ。何もさせず、何もしたくない」


「おいポルテ。何言ってるんだあいつ」


「私にもよく分からない」


「はぁ〜。それにあなた。ここへきた時から気づいてはいましたが、クランネールの末裔ですね?それにブルームウルフまで使い魔に。これもまた厄介な…」


イヴのことか?それにこいつ……ブルームウルフまで見えてるのか…。


「この人数で話すには少し狭いですね」


「パチンッ」


「ゴォッッッッッ」


ガザムが指を鳴らした瞬間、景色が外に変わった。


まだ、家具と林檎の木がある。場所が変わった訳じゃない。


家の壁と屋根が一瞬で消えて、なくなったのだ。


間違いない…私たちは元いた場所から動いていない。


「っな………」


「僕の……家が……」


「マリア!フランクさんを!!」


「アオーーッ」


マリアが負傷したフランクを咥え、どこかへ走り去って行く。


イヴ、この状況でナイス判断だ。



ガザムはその光景を目で追っていたが、すぐにこちらへ戻し、呟く。


「フッ…まあ、いい。たまたま私より先に居ただけですし、あなたたちを殺せば、私は身体を失うんでね。殺したくはないのですよ」



ガザムが初めてポケットから手を出した。


左手が無い…。


「この通りです」


「シャワッ…ギンッ…カンッ…シャッ…フュオッ………」


私にルーク、イヴも剣を抜き、全員でガザムへ攻撃する。


ガザムの動きは遅く見えるのに、いつの間にか腰から抜かれた剣で、私たちの全ての太刀筋が軽くいなされる。


こいつ……一歩も動かずに。


「いきなりですね。殺さないと言っているでしょう?」


「訳わかんねえ事ばっか言いやがって、なら俺たちをどうするつもりだ」


「…レイピアが全然当たらない」


ルークとイヴは話しながらも、鋭い攻撃をガザムへ向け続けるが、当たる兆しがない。


「ルーク、イヴ。一回ストップ」


「ッザッッッ」


攻撃を止める。イヴとルーク。


「おい、何だよ。ポルテ止めんなよ」


「さすがポルテット・エウトピア。物分かりがいい」


「褒めてもらえて嬉しいよ先生。皆んな、よく分からないけど、こいつは私たちを殺すことは本当にしないみたいだ」


「さっきからそう言っているでしょう」


「うっせえ、お前黙ってろ! おい、じゃあ、どうすんだよ。ポルテ」


「このままじゃ、私たちは負ける…ガザム。交渉をしよう」


「ほぉ」


「村から出て行って、私たちの前に姿を見せないでくれ。そして関わるな!」


「ククッ…ハハッ…アーーッハッハッハッハッハッハッハーーーハーーア」


「なんだよ気持ち悪いな…何がおかしい」


「いやいやいや、面白いでしょう。それで?」


「お前の要求を聞こう。あまりにも無謀な要求の場合は、今度こそ相手しよう!力でねじ伏せる!!!」


「クハーーーッハッハッハ。雑魚が何を言っているのです」


「交渉決裂だな…」


「シャワッ」


私は短剣を構えた。ルークとイヴもまた剣を構える。


「交渉を飲まないとは言っていないでしょう?」


「どう言う意味だ」


「ここにいたのは念のためだったんですよ。こんな取り残された島より、他が忙しいのです。初めから放っておけばよかったものを。私としたことが」


「念のため?念のためだと??……念のために母さんを殺したのか!!!!!」


突然ボットが剣を持ち、ガザムに向かって剣を振り回す。


「ガッ……カランッッ……ゴスッッッ」


いつの間にか剣を鞘にしまっている。


ガザムは素手でボットの剣を地面に払い落とし、そのまま右拳がボットの腹部にめり込む。


「グァハッッッッ」


数メートル吹き飛び、吐血するボット。


「おいおいおい!大丈夫か!!」

「ボット!!!」

「血が……」


「ザッ………」


また立ち上がるボット。


「母さんだけじゃない。カルム村長もあんたが殺ったようなもんだろ!!!オォオアアア!!!!!!」


ボットがガザムに再び飛びかかろうとした。


その時…。


「シュッ!!!!!」


私たちの前に突如あらわれた一筋の光。


早い…。目で追えない。


「ピッッッッッ」


動き回る光がガザムの頬をかすめ、血が流れる。


腕、脚と次々に服が破れ、ガザムの肌に傷がつく。


ガザムは表情を変えずに口を開いた。


「これはこれは、驚きましたね。姿を変えてもなお、ボット・カルルキンを守りますか。フフッ…まったく、涙ぐましいですね〜」


動き回った光はそっとボットの目の前で止まった。

ボットは呟く。


「あいつ…誰に話してるんだ。それに……勝手に傷が……」


あれは…蔵にいた精霊だ……ボットを守ってるのか……。


精霊は少し微笑み。ボットを見つめ、すぐにまた鋭い眼差しをガザムへ向ける。


「シャッ」


「虫ケラがっ……」


剣を抜いて戦闘体勢に入ったガザムに私は慌てて言った。


「おい、ガザム!まだ話は終わってないぞ。ずっと話の先が見えてない…」


「おい、本当だぜ。分かるように話しやがれ」


「この島で人生を終える者たちに話しても無駄でしょう?」


「じゃあガザム、お前は魔法使いなのか?」


「アーーッハッハッハッハッハッハッハーーー、ハーーア。本当に面白いですね。あなた。答えはノーです。私は魔力を持たない」


「ボットの家を消したのは魔法じゃないのか」


「質問は終わりです」


「待て、イヴに言ったな?クランネールの末裔って何だ!」


「しつこいのは嫌いです。私は初めからここからは消えるつもりだったのですよ。あなたが切り出したのですよ?交渉の続きです。私の要求はまだ何も聞いてもらっていない」


「なっ……お前…」


「クックック……いや〜正直、してやられましたよ。村の川もここの無駄に美しくなった森も。放っておいたら次々と……ここにはドライアドがいるのではないですか?ポルテット・エウトピア」


「知らないな…」


「嘘つきは泥棒の始まりですよ?」


「パチッ」


ガザムがまた指を鳴らした。


姿を消して隠れていたアムとピムの姿が私たちのすぐ近くであらわになる。


「やっぱり……いるじゃありませんか」


「キューーーーーーー」


私の後ろに隠れるアムとピム。私は呟いた。


「おい!なんでまだいるんだよっ」


「コワイ……ティカ……ケサレル」


「ティカ?…お前たちが前に言ってたあのティカってやつ。ガザムのことか?」


そう言った瞬間。ただならぬ雰囲気をガザムに感じ、反射的に目をやった。



ずっと無表情だったガザムの顔が殺気に満ちたおぞましい表情に変わっている。


「ドライアド…話したのか…貴様ら…」



「キューーーーーーー」

怯えて震え出すアムとピム。


ガザムがまた指を鳴らそうとする仕草を見せた。


その時。


「ゴッッッッッ……ガインッッッッッッッッ……ギギギギギッッッッ」


金属音と共にガザムは鋭い一撃を受け、足裏で土を削り、砂をまきあげながら数メートル後退する。


剣と剣が重なりものすごい音が鳴る。


砂煙が消えると、長剣を持った大きな男の背中がガザムとの間に突如、現れた。


「俺のかわいいかわいい教え子たちの未来を奪ってくれるなよ!ガザム!!!」


「ジャンさん!!!」

「オヤジ!!!」


「おう!!!ボコボコのフランクが帰ってきたと思ったらよ。ここまで身体が勝手に浮いてよ!!!ビビったぜ」


「ありがと。マリア」


イヴがマリアを撫でている。


マリアがジャンを乗せて連れてきたのだ。なんてできた使い魔だ。


「次から、次へと………」


「へっ……お前の手下どもは全員、村でのして来たぜ?」


「手下?…あんな者たち甘言に釣られるか、恐怖で従っていた。ただの駒に過ぎない」


「相変わらず、冷てえ男だな。てめえはよっ!!!」


「ガインッッッ!ガインッ!ガインッ!ガインッ!ジュオッッッ!!ガインッッッッッ」


攻守乱れぬ攻防が続くが、少しジャンが優勢だ。


「ダッッッッッ」


「あ、おい。逃げるのか」


その場から走り去るガザム。


すぐに後を追いかけるジャン。私たちも引き離されないよう後を着いていく。



蔵の前を通り、ボットの家よりさらに西端の方へどんどん逸れながら進んでいく。


「ザァーーーーーーーーーーーー」


波の音が大きい。


ガザムとジャンの足が止まった。


ついたその場所は、後ろに高い波の壁が聳え立つ崖だ。


何だか…火サスのワンシーンみたいな場所だな…。


「おい、ガザム。もう逃げられねえぞ」


「クックック。いーえ?どうでもいい人たちを殺してこれ以上、身体を失うのが惜しいだけですよ」


「身体?何言ってんだ。お前」


「そうか…ジャンさん!ガザムは人を殺すと身体を失うみたいだ」


「どうなってんだ。てめえの身体はよ…」


「その左手は…母さんを殺したからってことか」


「あの時はむしゃくしゃしていましてね………後悔はしていますよ」


「後悔…だと…」


ボットが悔しそうに呟く。


「殺したことじゃありませんよ?勘違いしないでください」


「ガザムてめえ。さっきからゴタゴタと知らねえよ。そんなこたーよお!!!」


ジャンが叫んだが、ガザムは気にも留めず話し出す。


「ドライアドのことはもういいです。交渉もあなたの勝ちで良い。ポルテット・エウトピア」


「…じゃあ、これからどうする気だ。村から出ていくんだな?」


「フッ……この島には、この立ちはだかった波があります。それ以上でも以下でもあるまい。あなたへの答えは全てイエスでもあり、答えはノーでもある」


「相変わらずよく分からないな…」


「あなたたちが見ている世界はここだけ。あまりにも狭く、ちっぽけなのですよ」


「だから、何が言いたい」


「……私が言えるのは、何もせず、何もさせたくない。それだけです」


私をじっと見つめるガザム。


「…………な……なんだよ」


「あぁーーー、わけわかんねえ!オヤジ。そいつ切り刻んじまえよ!!!」


「あ、ああ」


「では、皆さん!今まで散々邪魔してきましたが、私はここで失礼しますよ」


ガザムがこちらを不気味な笑顔で微笑み見つめながら、そのままゆっくりと崖の端から後ろ向きに落ちていった。


「……あ!!!」


「あ!おい。その先は……!」


ジャンはガザムが落ちた所まで行き、崖の下を見る。


「ガザムの野郎が……いねえ」


私たちも崖に駆け寄り、下を見た。


ガザムの姿はどこにもない。


「本当だ……いない」

「どこ行きやがった…あの野郎」




「ザァーーーーーーーーーーー」




聞こえ続ける波の音。



「ポルテ、アイツ死んだかな」


「いや、あの様子じゃ、死んでなさそうだよ」


「まぁ、良いじゃねえか!皆んな無事なんだからよ!!おい、ボットがいねえじゃねえか」


「ボットなら家の前で気絶してる」


「お、そうか……。て、嬢ちゃん!話せてんじゃねえか」


さっきのカッコよかったジャンはどこへやら。

また、元の陽気なおじさんに戻っている。




ガザムが消えた崖から、私たちは屋根と壁が無くなったボットの家の前に戻った。


「パシパシッ」


ボットの頬を叩くジャン。


「ん………」



「パシパシパシパシ」



「あぁ!痛いな!!もお!!!」


「ダーーーハッハッハー。ボット!起きたか」


「ジャンさん………老けたね」


「うるせえ。……デカくなりやがって…立てるか?」


「うん」



ジャンの肩を借りて立ち上がるボット。


「いってーーー」


「肋が3本。イカれてるな。ベッドはあるか?」


「あそこに……」


ボットが指した先には消し飛んで残った家の残骸がある。


「そうか…ここでお前は…」


「ポスッッ…」


空が見開けた家のベッドに横になるボット。


「いてててっ…ジャンさん…ガザムは…」


「どっか消えちまったよ」


私たちはそっと2人の姿を見つめる。


「そう…いててっ」


「おい、安静にしてろよ。………ボット……長い間。すまない…村のために…」


「いや、良いんだよ。まあ、ちょっと1人で寂しかったけどね…」


「おい、ルーク。兄ちゃんて呼んでやれよ?」


「は?どういう事だよ……」


「あれ?知らなかったの??ルーク。僕と君は兄弟だよ」



「ハァアあああ!?」

「うっそ……本当に?」

「……え…」


「じゃあ、なんでジャンさんて呼んでんだよ」


「あぁ。母さんの手前そう呼んでたらクセになったんだよね」


「待て待て待て。ボット、俺とオヤジの話した時、そんなこと一言も言わなかったじゃねえか」


「あれ?そうだっけ。

あ〜そういえば剣術の師匠って言っちゃったか。あの時もう母さんとは別々で暮らしてたからね」


「そんな……」


「お兄ちゃんて呼んでもいいよ?」


「呼べるかぁあああああああ!!!!!!!」


夕焼けの空にルークの大きな声が轟いた。



「おい、アム、ピム。まだいるんだろ?」


「フフフフフ…………アハハハハ……ティカ、イナイ、ジユウノミーー」


飛び出してきたドライアド。


ルークにジャン。そしてボットの3人はまだ話に夢中だ。


私とドライアドが話しているのに気づいてイヴが見ている。


「あのさ、魔力やるから今から島中に水を張り巡らせて欲しいんだけど」


「ポルテ、マリョク、ウマイ、オヤスイゴヨウ、キューーーーーーー」


「ハハッ、お前たちに私の名前、初めて呼ばれたよ。ニンゲンとか言われてさあ。ねえ?イヴ」


「フフッ、そうね」


山の方へ飛んで行ったアムとピムは西側から北側の方の山肌にもどんどん水が広がっていく。

北側が水で開花した時と同じように、ここから見える全ての緑がパステルカラーの草花に変わり、茜色の空に照らされ、また違った淡い色に染まって見える。


突然、親子兄弟だったことが分かり、騒がしく話していた3人も静かになった。変わりゆく山肌を見つめている。


「やっとだな。オヤジ」


「あぁ。村へ帰るぞ…ボットもな」


「うん。村か……なんか緊張するよ」



「フフフフフ…………アハハハハ……キューーーーーーー」



「ザバッッッッッ」


目の前を流れる川に、またあの水でできた船ができた。


「みんな!これで帰るよ」


「おい!なんだそれ…なんでもありかよ!」


「すっげええ。全部透けてんじゃねえか」


親子そろってリアクションが似ている。



私たちが今朝、乗ったものより、またさらに大きい……。


「村へ帰れるのは嬉しいけど。またこれ乗るの〜?」


「今度は酔わないよ。イタズラしたらアイツらに渡す魔力の量減らすから」


「キューーーー。モウ、シナイ」


「サパッ」


船の扉が開いた。


「ポヨン、ポヨン、ポヨン、………ポヨッ、ボヨンッッ」


「サパンッ」


全員が乗ると水の扉が閉まった。


「……ポヨンッッ……」


おっと忘れるところだった。またマリアは上から飛び乗り、乗船した。


「よーーし!それじゃあ、出発進行!!」


「フュー……シャアアア」


ゆっくりと滑らかに、村へ向かって真っ直ぐ動き始める水の船。


「肋折れてるんだから!ゆっくりお願いね!!」


ボットは念のためなのか仰向けで寝転んでいる。


「フフッ」


「イヴ!僕の不幸そうなの見るの好きでしょ!!」


「そんなことない」


「ダーーハッハッハーー。いい景色だなーーー」


「オヤジ、あんま動き回んなよ。でけえんだから」


「ボットはジャンさんには似てないね。ミラさん似なのかな。あ、でも中身は……」


「ちょっと!ポルテ!!」


おっと危ない。口を滑らせるところだった。


生まれ変わりを知っているのは私だけなんだった。それにしても賑やかな帰り道だ。



過ぎゆく景色がずっと美しい。草花の甘い香りがする。今度みんなで、花見をしたいな。きっと楽しいだろうな。


徐々に船のスピードが速くなる。前とは違った心地いい速さだ。ずっと私たちに並走しているドライアドもちゃんと言うことを聞いている。大人しいもんだ。


空を眺め、景色を楽しみながら、私たちは30分ほどで村へ到着した。


もっと乗っていたいくらいだが、楽しい時間はあっという間に終わってしまった。


「シャパッッッ」


船の扉が開いた。


「スタッ、スタッ、スタッ、………スタッ、ドスッッ」


船から降りると、目の前は村の入り口だった。



ゆっくりと歩くジャンとボットの背中を見ながら、私もゆっくりと村の中へと入っていく。


今ボットはどんな気持ちなのだろうか。


私は視線をボットがいるその先へ向けた…



ざわつく声、地面に立っている人の足音。



村人全員の視線がボットへ集まる。



村人の先頭にはジーナに肩を借りて青あざを作っているフランクが立っている。



ジャンに支えられたボットにフランクはそっと呟いた。



「長い間………本当に、すまない。………おかえり。待ってたよ…ボット」




「フランクさん……ただいま。ハハ。すごいな…みんないる





                   …あれ……勝手に涙が……」




ボットの横にいるジャンが、フランクが、ジーナが、何人もの大人たちが涙し、ボットを迎え入れた。




       「おかえり」

       「おかえり」

       「おかえり」

         ・

         ・

         ・




彼らの涙にはいろんな種類のものがあるだろう。



   後悔・懺悔・心配・安堵・歓喜



そんな事は私たちが言えることではない。


許し、受け入れ、愛した。彼の心の広さを『賞賛』すべきではないのだろうか。



ボットが幼くしてこの村を離れることに至らしめ、恐怖によってこの村を支配したガザム・ユーリウス。


彼らは生涯忘れることはないだろう。





ボットが村人の輪の中に満面の笑みで入って行く。 その光景が。表情が。仕草が。私には荒れ果てた地に水が落ち、芽を出した、あの時の双葉のように見え心が温かくなった。



ガザムがいなくなり、その日の夜は、盛大に村で宴が行われた。


川魚にミルクうさぎの肉。野菜に果物。いろいろな食べ物が振る舞われた。



すっかり夜になり、少しずつみんなが家に帰っていく。



宴の余韻に浸りながら鼻歌を歌い、川の水を飲みに来たボット。


「んん〜……♪ふ〜ふん〜……♪ん〜ん〜ん〜……♪ふ〜んふ〜ふ〜ん……♪ いててて。しゃがむのが、一苦労だなこりゃ」



風で揺れる森の木々。


ボットは何気なく森の方を見つめる。



一匹の精霊が鼻歌を歌っている。



『

  んん〜……♪


  ふ〜ふん〜……♪

  ん〜ん〜ん〜……♪

  ふ〜んふ〜ふ〜ん……♪


  ん〜んん〜……♪

  ふ〜ふ〜ん〜……♪

  ん〜……んん〜……♪

  ふ〜……ふん〜……♪ 』



「ハハッ…変だな…。嬉しくて、幻聴まで聞こえてきた。懐かしいな………母さんの子守唄。




帰ってきたよ……ただいま。母さん……」




木の上で精霊が優しく微笑む。

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