第24話 蘇る荒地
「ガチャッッッ」
長かった夜がやっと明けると、私は外へ飛び出した。
うずうずして眠れなかった。
魔力の器を自分のものにして、高ぶったこの気持ちを抑え込みながら、一夜をベッドの中で過ごした。
「カチャッ……ブンッ……フュッ」
じっと動かずにベッドで朝を待った反動で、短剣を抜いて素振りした。想像の敵は秒殺、ノックアウトである。
「ふぅーーー」
気持ちがいい。やっとこれで北側にも川を流せる。このまま村へ帰らずに、山頂から島の北側へ向かったほうが効率が良さそうだ。
「ニンゲン、ヨコセ、マリョク」
アムとピムが私の元に来て言った。
しめしめ。まだ、今じゃない。
「まだあげないよ!一度北側へ行ってからだ!!」
「ケチー」
へへへ…良い気味である。
いっつもイタズラされた仕返しだ。本当にそういう気持ちもあるが、本当の本当はボットの元へ早く行きたかったのだ。
今はまだ川は流せない。作戦は計画的に確認してから進めたい。結構、ボットを待たせてしまっている。
今頃どうしているだろうか。
「ステータス…………」
気持ちが高ぶりすぎて見るのを忘れていた。
「……えぇ〜〜〜〜?」
思わず顔がニヤける。
STATUS
______________________________
名前:ポルテット・エウトピア
年齢:9歳
筋力:34
魔力:∞
知力:12
_______________________________
SKILL
魔法: 1
アイテムボックス:∞
発行可能金額:80円
________________________________
魔力が無限になっている……。待って。結構すごいんじゃない?コレ。
今もずっと身体の中に魔力が巡っている。なんかもう、考えなくても無意識のうちに流してしまう。これは…調子に乗って天狗にならないようにしなければならないな。…そのレベルでしょ。
実るほど 頭を垂れる 稲穂かな。 ポルテット・エウトピア
筋力も10→34に上がってる。知力は10→12で微妙だが贅沢は言えない。
0円だった発行可能金額も80円に増えている。トトに渡した¥1札、アイテムボックスに収納済みの¥250にステータス内の¥80で合計¥331か……。
魔力が増えても、魔法の数値は変わらないみたいだ。
数値は変わっていくけど、いまだに何をして数値が上がってるのか分からない。
イヴは魔力を水に変えていたけど、私は何に変えられるんだろうか。
手を前に出してかざしてみた。
「ふっ」
「モゴモゴッ」
少しだけ地面の土が盛り上がった。
うわ、出た。この感じ……。
魔力の器が見つからなかった始めの頃の記憶が蘇る。
「まただ…」
土が盛り上がっただけ……また足踏みするのか……。
何だか全てに1つずつ試練が待ち受けている。
魔法の数値が1だからってことかっ……!!!
かなりのチート能力を持っているはずなのに全然、無双できている実感がない。
無限の収納力のアイテムボックスに、無限の魔力。いいもの持ってるんですけどね〜!神様!!
あ〜、そうだ。神頼みなんかしたって、神ってあの気だるそうな奴だもんな〜。やめたやめた〜。
「ガチャッ」
イヴが目を覚まして、外へ出てきた。
「おはよ〜!イヴ。今日は北側へ行くけど。先に村へ帰ってる?」
首を横に振っている。どうやらまた一緒に来るみたいだ。
ということは今日でプラッツはマリアとしばしの別れになるかもしれない。そういうことだ。
まぁ、いつでも会えるけど、娘を嫁にやるような気持ちになるんだろうな。ずっとくっついて寝ている。
「イヴ。見てて……はっっっ」
手をかざしたが、また地面がもこっと盛り上がる。
クスクス笑っているイヴ。
「ハハッ…笑うなよ〜。私も困ってるんだ。せっかく魔法が使えると思ったのに」
イヴは肩をすくめながら、私にも分からないと言っているような表情だった。
マリアが顔を上げてイヴの方へ駆け寄っていく。プラッツもゆっくりと立ち上がり、後を追ってくるのが見えた。
邪魔になるかな。私はそっとトトの家に戻ったのだった。
「アタタタ!」
トトは腰を押さえながらも、昨日よりは身体を起こしやすそうだ。
「昨日よりマシそうだね。トト様」
「ンハッハ。昨夜は泊まってもらえて助かったわい。ところでお前さん、昨日どこで寝たんじゃ?」
「え?そこのベッドだけど」
「ん?俺のベッドの横に枕を……あぁ。なるほどの…ンハッハ。鈍感なやつめ。お前も罪な男よのお」
「え?」
どういう意味だろう。分かっていないのは私だけなのだろうか。
私たちはそのまま北側へ向かうべく、身支度を済ませた。
「トト様、これ」
私は干し肉と林檎をトトへ渡した。
「おぉ、すまんな。何から何まで」
イヴはプラッツの頭を撫でている。プラッツは悲しそうではない。子どものマリアを激励しているようにさえ見える。主人となったイヴへの忠誠を誓わせているんだろうか。
「アオーーーーーーッ」
マリアの遠吠えはどこか昨日よりも幼く、ここで育った感謝の気持ちを私に感じさせる声色だった。
ここからじゃ表情が見えないが、イヴはどう感じているだろうか。
「ニンゲン、マリョク」
「あああ〜もう!忘れてないよ。トト様。アムとピムをちょっと借りてもいい?」
「ンハッハ。いよいよじゃな。行ってきなさい。お前たち」
川を流すためだ。アムとピムも連れて行く。
プラッツとトトに別れを告げた私たちは、島の北側へ向かうべく、広場とは反対方向へ歩みを進めた。
広場の外でイヴの横にマリアがいることが新鮮だ。撫でられて嬉しそうにしている。
「アム、ピム。お前たちはこの島のこと。どれだけ知ってる」
「ケサレル、ティカ、ナイショ、コワイ」
「お前たちが消されるってことか?」
「ニンゲン、ワタシタチ、ウイニイル、ナイショ、ヤクソク。ティカ、ケサレル、ティカ、ウイ、キライ、ニンゲン、カワ、ナガス、ヤクソク」
「この島にいるとティカに消されるってことか?そのティカってやつ…お前たちが見えるってことは…魔法使いってことか?」
「ワタシタチ、ケサレル、カワ、ナガレナイ」
「そのティカって奴に、バレなきゃいいんだな?」
「キューーーー、セイカーイ」
そのティカって奴のこと、本当にこいつらは恐れてるんだろうか。
ずっと笑っているから分かりずらい。まさにオオカミ少年とはこのことだろう。
下りは早いな。森がだんだんと緑を失っていく。海の潮の香りに侵され、相変わらずの、荒れた森が姿を現す。
「今日は一段と海の香りがするな」
少し西側にそれながら下った私たちは、拠点となる予定の岩場へ到着した。
「待って。これ……」
「あ〜!久しぶりじゃないか。ポルテにイヴ」
「あ、ボット!これ……」
ふらっと偶然にもボットが現れた。
初めて来た時に「天然の高架下みたい」と思っていたが、岩場は岩場だ。凸凹していた岩場が、前世に戻ってきたのかと思うほど綺麗に削られ、本当に本物の高架下のように、すでに姿を変えているではないか。
劇的にビフォーとアフターが違う。
ボットが呟いた。
「本当に高架下みたいでしょ?」
「凄すぎるよ。端の方まで全部?」
「ちょうど、さっき終わったんだ」
ここからでは見えないほど遠いのに。もう向こう側まで……この人。本当に人間か。
ふと見えたボットの手には何度もマメができ、治っては潰れてを繰り返しているのだろう。血が滲んでいる。
「ボット…その手」
ボットは背中に手を回して隠すようにして呟いた。
「ハハッ、約束したからね」
「……ありがとう。遅くなった」
「いやいや、こんなのまだ準備が終わったばかりさ。今日で助かったよ」
「心強いよ…ほんと」
「すぐ片付けるから、ちょっと待ってて」
ボットは私たちに気づいた時、イヴの真横にいるマリアのことは何も言わなかった。
やはりマリアが見えないみたいだ。
ブルームウルフが精霊だということを改めて実感する。
「ボット。早速だけど一緒に来て欲しいんだ」
「あ、うん。でもどこへ?」
「一緒に来てくれればすぐ分かるよ」
不思議そうに、道具を片付けるボット。
私たちは山から離れ、海の方へ歩いて出てきた。
相変わらずの波の壁が立ちはだかる。
近づけば近づくほど、耳に波の音しか聞こえなくなっていく。
「ちょっとポルテ!めっちゃここ海水かかるんだけど!!何のために来たの?」
イヴとマリアは水飛沫がかかって、しかめっ面になっている。
「早速だけど材料の準備ができそうなんだ!!!」
「おぉ!設計図も頭の中にできてる!!腕がなるよ!!!アイテムボックスの中かい?」
「いや、まぁ見てて!!アム、ピム出番だ!!!」
「フフフ……マリョク………タベルッッッ…キューーー」
私の周りを飛んで回るアムとピム。
目を閉じ、身体の中を流れる魔力の黒い光がどんどん濃くなっていく。
私はすかさず手を前に出すと、左右それぞれの手に、背中をピッタリつけるアムとピム。
みるみるドライアドの身体が大きくなり、私と同じくらいの大きさになった。
「ムゥ〜フフフ〜……マリョク……ムァ〜ハハハァ〜…ウマイーー」
「ゴッッッッッ」
アムとピムは私の手から離れ、勢いよく飛び出す。どんどん加速し、アムとピムが通り過ぎると、遅れて砂が宙に舞う。
「ポルテ…勝手に砂が……」
「ふう〜〜〜」
私はゆっくりと目を開け、呼吸を整える。
アムとピムが、山の中腹部付近まで舞い上がり、そしてピタッと止まった。
今まで一緒に声を出していたアムとピムが、交互に呟く。
「モンッッッッ!・アクアッッッ!!」
「ドゴッッッッッ」
トトが住む山頂に聳え立つウォーターツリーから勢いよく水が流れ出し、山肌を水が龍のように流れ下ってくる。
山肌の岩に当たった水が火花のように散り、流れを変え、山稜の方へどんどん迫って来る。
「まずい…みんな避けて!!!」
私たちがいる丁度ここへ向かって流れて来ている。
「ドゴォォオオッッッッッッッッッ」
後ろの海に聳え立つ波でできた壁に、ウォーターツリーから流れた水がぶち当たる。
私とボットは砂浜にダイブし、ダイブしたイヴをマリアは横っ腹をクッション代りにして守った。
紙一重で交わすことができた私たちは、間一髪で巻き込まれなかった。
「ふぅ〜、あぶなかったね」
「呆気に取られて逃げるのを忘れていたよ」
「ハハッ。私もだよ」
少しずつ、緩やかになっていく川の流れ。
「フフフフフ…………アハハハハ……キューーー」
戻ってきたアムとピムは元々の小さいサイズに戻っている。
「アム、ピム。小さくはなったけど、触れてないのに、今もずっと魔力吸ってるだろ。なんでだ」
「ツナガル、ケト、ハリシナヒ、マリョク、ウマウマッ」
「ハリシナヒ…そうかお前たちの世界を経由して……くれてやるから、川の水、山肌に流せるか?」
「ラクショー、キューーーーーーー」
山肌に流れた川を中心に水が網状に張り巡らされ、広がっていく。重力を無視するように横向きに広がり始めた。
「ポルテ、さっきから誰と話してるの?」
「精霊だよ。ボットもそのうち見られるかもね!そんな事より、見て!2人とも。山の方!!」
水がどんどん横に流れていき、水に触れて荒れ果てた大地に緑が広がって行く。
「これは……」
「アオォーーーーーー」
マリアは遠吠えし、イヴは目を大きくして驚いている。
連鎖反応で広がっていくドミノ倒しのように、山肌が緑色に染まっていく。
潮水に侵され続けて荒れ果てた姿から本来のあるべき姿をゆっくりと取り戻して行く。
山肌を眺める私たちの足が、幻想的に変わりゆく山の方へと誘われ、勝手に歩みを進める。
「……なんて美しいんだ」
「作戦大成功だよ。でも…これは想像以上だよ……」
森へ足を踏み入れると、私たちの周りにも、押さえ込まれ続けていた、黄緑色の元気な葉たちが枯れた木々から顔を出す。
「パシャッ……パシャッッ」
山肌に張り巡らされた水の道路が身体に当たるが、私たちはそれをドアのように押しのけて進んで行く。
水圧は弱い。まったく不快感はない。
山肌が洗い流されて、潮の香りが少しずつ消えて行くのが分かる。
森を見上げると、もう荒れ果てた以前までの姿は無い。見開けた視界もだんだんと緑で埋まって行く。
緑に染まり終わった山肌が、今度は遅れた春を迎えるように、いろいろなパステルカラーに染まっていく。
何かのアトラクションに乗ったみたいだ。
ボットとイヴ。もちろん私も、あまりにも美しいその光景に口角が上がりっぱなしだった。
痩せ細って枯れていた木の幹が、生き生きとし、力強く根を張っていく。
「ボット。どう?この木材たち」
「申し分ないなんて言葉、恐れ多くて言えないよ」
「スゥーーーーーー」
深く息を吸うと、鼻の奥に咲き誇った草花の甘い香りが微かに残る。
ようやく動きが止まったが、張り巡らされた水はそのままだ。
「キューーーーー」
木々を避けながら、アムとピムが飛び回る。
「ねえ!私たちの前のこの水路とかはこのままでいいの?」
私の肩に飛び乗り、呟いた。
「トメル、カレル。ウエ、ハシレル」
「ザバッッ」
アムとピムはそう呟くと、私たちの目の前を流れる水の上に、大きい水の箱舟が出来上がった。
私がこの前乗ったものより大きい……。
いや、もうこれは箱舟っていうサイズじゃない……船だ…。
「うおっ、何だこれ…」
「船だよ。すごいよ……私たちも乗れるし、こんなの…なんだって載せられる。それに運べるじゃないか」
「水だよ?……乗れるの?…これ」
「濡れないよ…前に乗ったことがある。いや、まぁ結局濡れたけど。魔力を渡すとこうまで手厚いのか……」
「サパッ」
私たちが乗ろうとすると、水でできた船の、当然ながら水でできた扉が開いた。
「ポヨン」
ボットが乗り込んだ。
「……ポヨン」
続いて、私も乗り込んだ。
「イヴ…」
私の手を取り、乗り込むイヴ。
「……ポヨン……」
「サパンッ」
イヴが乗るのを待っていたかのようにすぐに閉まる水の扉。
「……ポヨンッッ……」
扉が小さくて乗れなかったマリアが上から飛び乗り、乗船した。
「フュッッ……シャアアアアア」
動き始める水の船。
「うわぁァアアアアアアア」
「おぉォオオおおおお」
「フハハハッハーーーー…………アーッハハハハー……」
また、すごいスピードで、山肌をあみだくじのようにジグザグ走り回る船。
前のことがあるのに、また疑いもなく乗ってしまった。
この光景も同じだ。前と同じように船に並走してケタケタと笑い続けるアムとピム。
前後左右に揺られる身体。
目がまわる。
ボットも気分が悪そうだ。
イヴは……どうなってる?
そう思ってみた時だった。
「アハッ…ハハッ…ハハハッ…アハハハハッ」
満面の笑みでコロコロと笑う彼女の姿があった。
「イヴ…声がぁわぁァアアアアアアア」
「おぉォオオおおおお」
「フハハハッハーーーー…………アーッハハハハー……」
絶叫する私とボットを見て、ドライアドは最後まで意地悪そうに笑っていた。
「シアアァァァ……サパッ」
水の船がゆっくりと止まり、扉が開いた。
「ふー、楽しかった…」
「スタッッ」
船から一番にイヴが飛び降りた。
「うっ……イヴ…声…ふ〜。声!!!出たんだね」
「スタッ…」
そして私。
「うっぷ……」
「スッタ……」
最後にボットが降りた。
「サパッ…パシャッッ」
水の船は扉を閉め、ただの水に戻り、潰れるように消えた。
川の一部となって姿を消したのだ。
「すごいよ、イヴ。話してみて」
「ポルテ…ありがと。でも…ボットが」
「あ、ほんとだね………大丈夫? ボット」
「うん、だいじょ…………キラキラキラキラキラ⭐︎」
大丈夫ではなかった。
少しの間、ボットの背中をさすってあげた。
幸い、到着したのはボットの家のすぐ前の森だった。
意気消沈したボットをマリアが背中に乗せて、家の前まで運んでくれた。
後からボットに聞いた話だが、どうやって家に運ばれたのかは何も覚えていないらしい。
「よいしょ〜〜〜」
ボットを自分の部屋のベッドへ寝かせた。船に一番に乗り込んでいたが、前世から、乗り物酔いが激しかったらしい。忘れていたのだろう。
「うぅ〜〜」
「ボット…少し休んでて…」
家にボットを運びこんだが、木のベッドしかなかった。どうやら今まで布団なしで生活していたみたいだ。今のうなだれた姿も相まってより、哀れに思えてしまう。
寝かせる前に、私はアイテムボックスから布団を出してベッドに敷いてあげた。
「ガチャッ」
私はボットの部屋から出て扉を閉め、振り返った。
林檎の木の横に立っているイヴ。
「イヴ…!」
「ギュッッッ」
私はイヴにハグしてから肩を持ち、揺らしながら話した。
「えぇええ。びっくりしたよ。乗ってる時は回ってたから、あれだったけど、急に女の子の笑い声が聞こえるからさぁああ。
いやぁあ〜。よかった。声が出るようになって!本当に!!
あれ?イヴ??」
顔が真っ赤になって、気を失っているイヴ。
「え、あれ!?なんで?乗り物、楽しそうだったのに!!え!?」
前にルークが豪快に眠っていた。林檎の木を囲ったサークル状の椅子にイヴを寝かせた。
「も〜なんだよ〜。2人とも〜」
せっかくみんなで、この嬉しい気持ちを共有したいのに……2人ともダウンしてしまった。
「カリッ………」
「うま…」
私は1人で真っ赤に実ったリンゴをかじって呟いた。
自分のしたことで、イヴがダウンしてしまった




