第22話 シャッターの向こう側
「イヴ温かいでしょ?上着をもらうよ」
着ている上着を脱ぎ、私に渡すイヴ。
ウォーターツリーの水の葉で覆われる空。
美しく咲き誇る草花を、遊園地へ来た子どものように眺めている。
気に入ったようだ。ここへ来ると私も落ち着く。
グラスウルフもイヴのケトを感じ取れるのか、恐る恐る近づいて嗅いでいる。
「ンハッハ…よう来たな。今日はお嬢さんも連れているみたいだ。さっそくハーブティーを入れよう」
トトはプラッツを撫でて、イヴに微笑みながら言った。
軽く会釈するイヴ。
じゃらじゃらと相変わらずアクセサリーが多い。はじめて会った時のローブ姿より部屋着を見ることの方が増えた。
今日の部屋着はグレー地のスウェットっぽい。胸元にドーン文字で『ねまき』と書かれている。丁度、イヴの魔力が溜まる胸元の器のあたりだ。
…相変わらずかわいい部屋着。一体どこから見つけて着ているのだろう。
トトの家のウォーターツリーの前まで来た。
目につく何もかもが不思議なのだろう。イヴは目を輝かせっぱなしだ。
それに、前来た時より幹が太くなっている。
「また大きくなってる」
「ガチャッ、キィー」
トトが扉を開ける。
「グラスウルフもどんどん育つしな、この樹もまだ大きくなる。どんどん動くせいでな?部屋に装飾もつけられんのじゃて」
嬉しそうな顔をしながら言っている。
良かった。トトに倒樹を譲ってもらえたこと本当に感謝している。
樹は大きくなっているが部屋の広さは変わらないな。
……本当だ。少しずつだけど樹が成長して壁と天井が動いてる。
「トト様。これ、お土産」
焼いた魚をアイテムボックスから取り出した。
トトはアイテムボックスのことも不思議そうに見ている。もう、私は、隠すのをやめたのだ。
「大きいな。あの川でか?」
「びっくりでしょ。多分これでまだ稚魚だ」
「ありがとう。おぉ、まだ熱いな。お茶を淹れてからいただこう」
大きな葉が動き、椅子になる。
イヴは恐る恐る座ったが、ちゃんと身体を支えてくれることがわかると、嬉しそうに私の方を見た。
「フフッ。トト様のハーブティーも美味しいんだ」
「カチャッ」
テーブルの上にティーカップが置かれる。
「ンハッハ。どうぞ」
「フフフフフ…………アハハハハ………」
部屋の中を飛び回るアムとピム。
魔力を持つイヴは当然彼らが見えるのだろう。目で追っている。
「あ!出たな!?ドライアドめ!!聞いてよトト様。水の箱舟でイタズラされたんだ。冬の川に落とされて…風邪をぶり返すところだったよ」
「ンハッハ。まったく懲りない奴らじゃて。お嬢さんも見えるか。たまげたな。ポルテに続き、精霊が見えることが容易いことのように思えてくる」
トトは目を丸くして呟いた。
「それだけじゃないんだ…。イヴ、トト様に見せてあげて?」
背筋を伸ばし、目を閉じるイヴ。
「フフフフフ…………アハハハハ………」
ドライアドがケタケタと笑いだす。
ケトがイヴの身体に激しく入り、胸元が黒く輝く。
トトも何か感じ取っているみたいだ。
スッとイヴが目を開く。
「ポヨッ」
イヴの指先から水の玉が現れる。
「こ…これは。テンダーと一緒の…」
星の形にしたりハートの形にしたり、水の玉を自由自在に操っている。
「イヴは魔力を操れるんだ。アム、ピムそうだろ?」
「クフフ………オンナ、マリョク、カンジル。アハハ………タベタイ」
「すごいな。お嬢さんは魔法使いじゃったか」
「イヴの魔力でも川は流せるか?」
「フフフ………ソレ、オマエトノケイヤク。オンナ、チガウ」
初めから自分でなんとかするつもりではあったが、やっぱりイヴでもできることは出来るってことか。
ドライアド、今回は私の策にハマったな。
…いや、ただの負け惜しみでしかない。
「トト様〜。私には魔力の器がないのかなぁ」
「んん〜。俺にはさっぱりじゃて……。美味いな、この魚」
「そうだよね〜。どうしよう……魚はイヴが獲ってくれたんだよ?」
「美味しいよ、お嬢さん。イヴといったかな?」
「トト様。イヴは話せないんだ。診てもらいたくて、ここへ来たんだよ」
「そうか…気の毒に…イヴ。ちょっとこっちへ来てみなさい」
魚を食べ終えたトトの元へ、ゆっくりと向かうイヴ。
「ちょっと喉を見せてもらえるかな?はい、そのまま。あーと。言ってみてくれるかい?」
「……」
イヴはやはり声が出ない。
「はい、イヴありがとう」
「どう?トト様」
「んん、声帯に問題はないし。心因性かもしれんの。記憶障害もあるとなると、精神的なストレスとショックがあったんかもなあ」
イヴ自身は記憶も失っているから、実感が湧かないのだろう。平気そうにはしているが。
辛い過去か…思い出さない方が彼女のためかもしれないな。
飛び回るアムとピムが呟く。
「フフフ………オンナ、シロイ、ナツカシイ。………ババリアー」
「もしかして、何か知ってるのか?」
「フフフフフ…………アハハハハ………」
ケタケタ笑って飛んでいる。
くそ…肝心なことは教えてくれないのか。
イヴが白いのが懐かしい。ババリア。何を知っているんだろうか。
「あ、そういえば。トト様、かえるまめの箱ある?」
私も短剣をホルダーから抜いて言った。
「イヴ首飾りを見せてくれる?」
イヴは服の下に隠れた首飾りを襟元から出した。
「ほぉ。これもか」
「そうなんだよ」
私たちは同じデザインの、そして槍の紋章が描かれた装飾品を見比べた。
「これもイヴと何か関係があるのかな」
「イヴとの関係は分からんが、この金属に何かあるのは間違いなさそうじゃて。この前、何かヒントがあるかと思ってな?俺の爺さんのものも漁ったが見つからなんだ」
「デルスさんだっけ?」
「あぁ。この箱をくれた爺さんの友が誰だったか知りたかったんじゃがな。しかし、この紋章の色とイヴの首飾りについとるそれ。色が同じじゃな」
「たまたまかと思ってたんだけど、やっぱりトト様もそう思う?」
イヴの首飾りについているドーン文字が彫られた『ペンダント』と『槍の紋章』の色は水色で全く同じなのだ。
イヴにペンダントを渡した誰かが、首飾りに合わせて色を近づけたんだろうと思ってはいるが…
……そう思っていると、部屋を飛んでいたアムがイヴの肩に乗った。
首飾りに付いた水色のペンダントトップをじっと見つめて呟いた。
「グランド、テルシュ、クランネール!…アハハハ」
ピムの元へ戻り、また笑って飛んでいる。
「フフフフフ…………アハハハハ………」
視線をイヴの首飾りに戻した。
「え…」
「んんっ……」
その瞬間、イヴの首飾りの『紋章』と『水色のペンダント』が、私の短剣の『紋章』が、トトの箱の裏の『紋章』が水色の光を放ち、輝き始めた。
私は短剣をそっと見つめ、手に取った。
「カチャッ……シャワッ」
私はゆっくりと短剣を、鞘から抜いた。
湾曲した刀身が姿を現すと、その水色の刀身も同じ光りを放ち、輝いている。
その光は部屋全体を、そして私たちの顔を明るく照らした。
だんだんと大きくなっていく水色の光は、この部屋全体が海の中のように水影を作り出し、私たち自身がまるで海底にいるように錯覚させるほどだった。
「トト様……コレは……」
「んんっ……」
部屋中を照らした水色の輝きは、時間が経つにつれてゆっくり消えて元へ戻った。
「今のは…」
「いや…こんなことは初めてじゃて」
やっぱりイヴのペンダントとこの槍の紋章には何かある…。
「フフフフフ…………アハハハハ………マブシーーー」
イヴのペンダントに何かした当の本人は、相変わらずはしゃいでジタバタしている。
輝き始める前にアムが呟いた言葉はなんだったんだ…。
「さっきイヴに言った『オンナ、シロイ、ナツカシイ、ババリア』。あとは、この水色の光が出る前に言った『グランド、テルシュ、クランネール』だよね…2人ともピンとくる言葉は?」
「んん、無いな」
イヴは自分の髪を触りながら口パクで『し ろ い』と言っている。
私もそう思う。イヴの白い髪色にババリアという言葉が何か関係していそうだ。
『グランド、テルシュ、クランネール』は全く分からない。呪文だろうか。考えても無駄そうだ。
考えるだけでは分からない気まぐれなドライアドのヒントを待つか。
あとできることは、あれしか………。
「おっと。アタタタッ」
「トト様!?」
「すまん。ポルテ、腰をやってしもうたみたいじゃて…」
トトは驚きすぎたせいか、ぎっくり腰になってしまった。
細身ではあるが長身のトトを奥にある大きな葉のベッドで横たわらせた。
「最近よくこうなる…癖がついてしまってな」
「大変。いつもどうしてるの?」
「プラッツの子らに助けてもらっとるよ。あぁ、そーいえば、あの子ら5匹の名前決めてやってくれん?」
「え、このタイミングで!?」
「ンハッハ、いつでもかまわんから。つけてやってくれ。アタタタタ」
私たちはこの日、ぎっくり腰になったトトのこともあり、トトの家で1泊させてもらうことにした。
それにしても不思議なことが起こったものだ。
私の魔力の器に影響があれば嬉しかったが何もない。変わらずステータスは1のままだった。
ここで1泊すると決まれば、さっそく私とイヴは上着を羽織って、食材探しに森へ入った。
歩きながらイヴを見て呟く。
「イヴ…君の白い髪と白い肌が一体何だったんだろう…種族とかかなぁ。でも普通に人だし。私も珍しいと思うんだ?灰色の髪に緑の目だしさ〜。不思議だったね〜」
イヴは私の方を見ずにコクコク頷いている。
記憶が戻るとまた話せるようになるんだろうか。
まあ、身体にダメージがなかっただけでもここへ来た収穫はあっただろう。
「よしっ!」
森へ着くやいなや、すぐに採集を始めた。
イヴはここ数ヶ月、ルークに引けを取らないくらい植物採集が上手くなった。
いや、ルークに仕込まれたと言った方がいいか。
森は雪解けの水分と川の水のおかげでここら周辺も珍しい食材が増えているらしい。
イヴは私が知らない植物だってどんどんアイテムボックスへ入れていく。
献立は何にしようか…ここへ来て数分だがもうすでにアイテムボックスには結構食材が集まった。
…まだ夕食まで時間があるしな…。
「あ!イヴ!!身体が冷えてきたし、献立も思いついた!帰ろう」
帰り道もイヴは楽しそうだ。よっぽどここが気に入ったらしい。
それにこの空間にいるイヴが、これまた映えている。
私は前世ではカメラも趣味だった。意外と凝り性なのだ。
これまでも、ここでの生活で何度も撮りたい瞬間はあったが、無いものは無いと思い仕方なく心でシャッターを切っているというわけだ。
今日で言うと特に広場での彼女の笑顔は私の心の中のメモリの1ショットとなったのだった。
トトの家へ到着した私は、粉状のユユの実を水でこねて。袋に入れて踏んでいる。もちろんイヴもだ。
要はうどんを作っている。今夜の献立は鍋だ。しかもうどん入り!
ぎっくり腰のトトも食べやすいだろう。ミルクうさぎの肉に、海鳥の肉もまだある。
「すまんなあ…アイタタタ」
トトは重症とまではいかないみたいだが、うつ伏せでこちらを見ている。
うどんを踏み終わった私たちは、夕食の時間までプラッツたちと遊ぶことにして外へ出た。
「私が初めてプラッツと会った時は子供たちくらいの大きさだったんだよ?ウォーターツリーの水で急成長したんだ」
言っているそばから、向こうのほうでドライアドから水をもらい飲んでいる。
「ドサッ」
「おぉ……」
プラッツだ。相変わらず大きい。
大きすぎてどうやって遊べばいいか分からない…
プラッツと睨めっこしているとプラッツの子供たちはすっかり、イヴのことが気に入り遊んでいる姿が目に入った。
グラスウルフがウォーターツリーから水を飲んでいる姿を見たイヴは、いいことを思い付いたようだ。
魔力を練って、自分の手から水をあげている。なんとも微笑ましい光景だ。
まだ私と睨めっこを続けるプラッツ。
前までの大きさなら、上に乗られて顔を舐められても、自然と私も顔が笑ってしまい、ほのぼのできる感じではあったが…。
子供たちと遊び終えたイヴと私をじっと見つめてくるプラッツ。
「うわぁっ」
「ドサッ……ドサッ」
プラッツは私とイヴを口で咥えて、背中に乗せた。
白い毛並みがとても柔らかい。
「おぉっ。イヴ、ちゃんと私に掴まって!」
「トトットトットーン」
イヴは私にぎゅっと掴まっている。
たなびく私とイヴの髪。
私たちを背中に乗せたプラッツが、花園をかけ巡る。
「ワァオオオオーーーーーン」
大きな遠吠えと共にプラッツの身体が宙に浮かび、森の木々の上を次から次へと駆け巡る。
グラスウルフの体重が軽いからなし得る芸当だろう。
プラッツは森を駆け巡りながらも、私とイヴを気遣って走っているのが分かる。
掴まっていっるイヴの顔を見たが、楽しそうだ。
「アオォーーーーーン」
また遠吠えをしたプラッツは、助走をつけながら、しっかり掴まれと言わんばかりにこっちを見た。
「イヴ!プラッツがしっかり掴まれってさ!!」
大きな声で言ったつもりだが、自分が話している声が後ろへ置き去りにされる感じがする。
白く細い腕が私のお腹に力強く巻きついた。ちゃんと聞こえていたみたいだ。
「ドドッドドッドドッドドッドドッ」
プラッツの強く踏み込んだ足音が聞こえるたびに、山頂の森から遠ざかっていく。
ウォーターツリーを登って行っているんだ。
どんどん風を切りながら上がっていく。上りの方が速いジェットコースターみたいだ。
水でできた葉が透き通ってまるで空を駆けて走っているようだ。頬にあたる風が冷たくて気持ちがいい。
少しずつプラッツは足を緩め、やがて頂上で丸くなり。背中にいる私たちを見た。
その表情は微笑んでいるように見える。
「アオーーーン」
「フフッ、プラッツ。私たちにこれを見せたかったの?」
顔を、私とイヴに擦り寄せてくるプラッツ。
「へへへ。大きいけど可愛いんだから、お前はっ」
そこから見える景色は、海の遠くにある水平線に沈む、美しい茜色の太陽。
空に向かうにつれて鮮やかな群青と紫が混じり合う美しいグラデーションを作り出す。
「なんて綺麗なんだ…ありがとう。プラッツ。イヴも嬉しそうだよ」
イヴの顔を見て私は本日、二枚目の心のシャッターを切った。
せっかくの美しい景色を見て穏やかな心の余韻に浸りながら、見えてしまった。
気づいてしまった。
この島を覆う高い波が、この島の周りだけだということに……。
大体1キロくらい先までだろうか…さらにその先は見渡す限り、他の島は見えない。
南の浜の漂流物はかなり遠くから流れてきているみたいだ…。
こんなの…この島からなんて出られっこ無いじゃないか…。
テンダーさんは魔法を使えたみたいだけど、こんなの波に飲まれるに決まってる。
ルークがジャンから聞いたことは大体合っていた。
北側から高くなり南側の方へ緩やかに低くなっているのが見える。
それだけじゃない。
波が北側から南側に食い込むように流れ込んでいく。
あの馬鹿げた漂流物の量は全てあの変な波の壁のせいだったのだ。
「トントン」
イヴに肩を叩かれた。
私はせっかくの綺麗な景色を前に、怖い顔をしてしまっていたんじゃ無いかと思い、顔を覆った。
「なんでもないよ」
そう言うと、イヴは微笑み、夕焼けの方へ顔を戻した。
今は忘れよう。今だけは……。
太陽が沈み、プツンと糸が切れるように辺りが暗くなった。
ゆっくりとプラッツが立ち上がり、私たちはグラスウルフの子供たちが待つ花園へと戻った。
「トッ」
地面に足をつけたプラッツ。
「ザッ……ザッ……」
私とイヴも地面へ降り立った。
「ありがとう。プラッツ。いい気分だよ」
プラッツを撫でると、グラスウルフの子供たちも寄ってきた。
イヴの周りに集まる5匹のグラスウルフの子どもたち。
よく見ると、だんだんとイヴの胸元が黒く光り、勝手に魔力を作り出す。
イヴも今何が起こっているのか分からないみたいだ。
「イヴ!」
やがてイヴの手から水が溢れ出し、グラスウルフの子どもたち皆んなを覆い始めた。
「ワァオオオオーーーーーン」
大きな水の玉に覆われる子どもたちに、大きな声で吠えるプラッツ。
水の玉が突然ぎゅっと小さくなり中の様子が見えなくなった。
———次の瞬間
「パシューーーーーーーー!」
「うわぁっ」
水の玉が破裂し、視界が水蒸気で何も見えなくなる。
「一体、何事じゃて!アタタタタ」
腰を痛めたトトも、ただならぬ雰囲気に部屋の扉を開けて出てきた。
水蒸気の煙が消えていき、うっすらと辺りが見え始める。
水で覆われ、さっきまでそこにいたはずの5匹のグラスウルフがいなくなっている…
しかし、彼らがいたはずの場所には、私たちには見覚えのない1匹の生き物が立っているのだった。




