第21話 まだ見ぬ花園を訪れて
ガザムの姿をいち早く見つけたイヴが私の後ろに隠れる。
「来てたんですか。先生」
「だからすぐ帰ってくるって言っただろう。ガザム」
フランクもいる。
いずれはこうなるとは思っていたが、まさか今日に限ってこうなるとは。
家の入口から入ってきた私たちの姿を見て、振り返り、足のつま先から頭の上まで舐めまわすように見るガザム。
あれ……この人ここまで気味が悪かったか!?
「あぁ。確かに。そうですね」
またフランクの方に顔を戻し話し始めるガザム。
フランクは平静を保ってはいるが、少し顔がこわばっているようにも見える。
「ここ数日はトト様の所へ行ってもらっていた。できた川の件でね」
「ほぉー」
まだ、入ってすぐのところに立っている私たちの方を見るガザム。
いつも通りの顔に戻っている。なんだったんださっきの顔は……。
「ポルテット・エウトピア、私の元へ最近来ない理由はなんだ。そこのイヴという娘も同様に」
「私はもう村の事は覚えた。あなたがオリベル家の元を離れた今。私がその役目を果たす」
表情は冷静だが、「その事をこいつに話したのか」と言わんばかりの顔でフランクを見る。
「僕も毎日、君の手下たちの相手が大変なんでね」
その場が凍りつくのが分かった。
私の方からはガザムの表情は見えない。どんな顔をしているんだ…。そう思っているとガザムがゆっくりとした口調で呟いた。
「まぁ、いい。…ポルテット・エウトピア。ルーク・ジョイスに似てきたな。それとも元々か?」
「流れた川のことはどう思ってるんですか?」
ガザムは何も言わずに、小さくため息をついてから家を出ていった。
ポケットに手を入れて去っていく。
今思えば、ずっとポッケに入れている左手は、いつもそうだった。
見たことがない。
初めて会ったあの時も…畑を耕すあの時も…壁に字を書くあの時も…ロイが夜中に井戸で見たガザムはどうだったんだろうか…。
「おかえり。よかったよ、良いタイミングだった」
「ごめん。雪で帰りが遅くなったよ」
「上で2人も待ってる。イヴも疲れたろ。ゆっくり休むといい。なんだか積もる話もあるみたいだ。またゆっくり聞かせてもらおう」
フランクは微笑み呟いた。そんなに顔に出ていただろうか。私たちは上の階に上がった。
ジーナとアンナが私たちに気づいた。
「あ!おかえり。どうだった?楽しかった??」
「パンが焼けてるわ。食べて」
ジーナは私が前に教えたパンをもう自分のものにしている。
「うん!ちょっと雪で遅くなった…今さっきガザム先生が来てたよ。危なかったんだ、助かった…」
「また来てたのね…」
2人の表情が沈む。
私はキッチンに向かい、隠れてこっそり焼いた海鳥を出して振る舞った。シチューはまた今度だ。
「何、これ…」
「食べられるの?」
「そうなるんだね、やっぱり」
昆虫食に抵抗があるような感じに似ているんだろうか。いや、そこまではいかない気もするが。
「海鳥だよ。美味しいんだよ?鶏肉って。ねえ?イヴ」
いっぱい食べたからか恥ずかしそうにしている。最近気づいたけどイヴは結構シャイガールだ。
アンナとイヴは抵抗しながらも口にして美味しさに気づくと、食が進んでいるようだった。
いつも後から登場するフランクにも焼いた海鳥は好評だった。
食事を終えた、私とフランクはまたツリーデッキに来ている。
食事をして温まった身体で外へ出ると心地がいい。白い吐息が視界に映る。
「フランクさん。ボットに会ったよ」
「ボット!?ボットってボット・カルルキンか」
「フフッ。そうだよ」
「たまげたよ。生きてたのか…西側まで行ったの?帰りが遅くなるわけだ」
「色々あってね。でも、収穫はあったよ」
「そうか。よかった、引きつけておくのもそろそろ限界そうだったんだ」
「ガザム?」
「あぁ。うまく注意を引けてるつもりだったけど。まったく、目を何個も持ってるんじゃないのかと思ってしまうよ。今日も急に家に来て君たちがいるか見に来たみたいだ」
「不気味だね。少ないとはいえ300人はいるのに……」
「まぁ、僕の家に住んでるのも大いにあるだろうけどね」
「どうやってガザムを引きつけたの?」
「魚さ」
「魚…がどうしたの?」
「君のおかげさ。川に魚が棲みつき出した。しかも、大きい。皆んなが騒ぎ出したから、それにあやかって。今後食べたらどうかと提案してみたってわけさ」
「おぉ!で、どうなった?」
「今のところスルーだね。ガザムも聞いたはずだけど、何を考えてるか分からない」
「そう…」
「今度見に行ってみるといい」
嬉しい誤算だ。川を見つけた魚が海と川を回遊しているということだ。
部屋に戻る前に見た夜空は今日も綺麗な冬の星空だった。
———今日も日課の素振りを終えた。
早めに訪れた冬が終わりを告げ、村から見える茶色い山肌が、少しずつ黄緑色に染まり出していた。
北側から帰ってきて2ヶ月ほどが経ち、私たちはどうしていたかというと、ジャンの稽古についていくのに必死だった。
ついていくというよりも、とんでもない練習時間になっている。
学校に行く暇なんてない。ガザムが見に来たことがあるがジャンはニヤッとしてお互い話してはいなかった。
「行くぞぉ、オラァ」
「ガインッ。シャワッ。ガッ、ガッ、ガインッ」
ジャンの大剣を弾き軌道を変え、生まれた空間に身体を入れて上手くかわす。それでも次々と次の一手が出てくる。
「はぁーはぁーはぁー。ジャンさんストップ。一回休もう」
「情けねえ。おい、次ルークだ。さっさと来い」
「ドォアアアア」
「ガインッ、ガインッ、ギギギ」
この調子だ。
ボットの家の前でルークと手合わせをしてから、楽しくなってしまった私たちはこっそり打ち合っているのがジャンに見つかった。
怒られたわけではない。感心され、練習内容が変わった感じだ。
ジャンも老衰で亡くなった師匠がいたらしいが、今までずっと1人で鍛錬していたから相手ができたのが久しぶりだったそうだ。
ジャンが練習を今までも見てくれてはいたが打ち合いまではしていなかった。危ないと思ったのだろう。口調は荒いが元々優しい男だ。
初めて撃ち合いをしたときは少年のように目を輝かせていた。楽しくて仕方がなかったみたいだ。楽しくて。ただ、それだけで私たちに付き合っているわけではないのは知っていたが、こんな経緯で練習量が増えた。
元々物覚えがよく、身体能力も高いイヴはすっかりレイピアが馴染んでいる。なんだか剣術をしているのに新体操のリボンを見ているように滑らかだ。
「おぉ〜〜〜」
「おぉ〜〜〜」
「おぉ〜〜〜」
「……」
私たち男3人が眺めると、イヴは恥ずかしがって練習を辞めてしまう。やっぱり、シャイガールだ。
もちろんボットのことだって忘れてはいない。
かなりの大仕事を頼んだ手前、待たせているんだ。焦りもある。
もう一つ。焦りを飛び越えて、ずっと歯痒いのが一向に器にたまらない魔力のことだ。
これがもうなんとも言えないほど歯痒い。
どうすればいいんだ。ケトはすでに私の身体を求めて渋滞しているのではないか。そう思うほどに流れ込んでくる。目に見えるからケトの存在がわかっているけど、感覚的には血液が流れていることは感じないのに勝手に流れているその域に来ている。
……なのに!ステータスの魔力数は一向に変わらない。一体どうなればどうなるんだろうか。
この流れ込むケトの量をアムとピムに一度見せてやりたいくらいだ。ハリシナヒとやらの成分なんだろ?すごいんじゃないのか??なんとかしてほしい。精霊の手も借りたい。ボットの家の畑の精霊が何か教えてくれないかとも思ったが、消えてしまったしなぁ。あ、いや。猫の手も借りたいか。
あぁ。そうだ…一度、イヴも一緒に山頂へ連れて行きたいのだ。ケトを纏うイヴをトトに紹介したいのもあるし、一番聞きたいことは話すことができない彼女をどうにかしてもらえるのかそう思ったからだ。
「ダァ〜〜〜。俺も休憩だ」
「お前ら、まだまだだなぁ」
「ポルテ。あのおっさん、体力バケモンだぞ」
「君のお父さんでしょ。体力もだけど、まだ本気じゃない。かなり強いよ」
「イヴ。どうだ、ちょっと受けてやろうか?」
断るかと思ったがイヴは首を縦に振った。
私とルークは顔を見合わせて息を飲み、身体が自然と前のめりになる。
構えるジャンとイヴ。
「嬢ちゃん、いつでもいいぜ」
こくりと頷くイヴ。
それと同時に私にだけは見えていたはずだ。
イヴの周りにあるケトの動きが速くなり、身体の胸元の辺りにケトではない何かが集まっていくのが見える。
私は目を奪われた。
水に変わったその『黒い何か』は胸元から両腕に流れ出し、手からイヴの持つレイピアへ移り剣身が水に覆われた。
「その感じは…テンダーの」
ジャンがそう呟くと、イヴの低い体勢から繰り出された一撃がジャンの大剣めがけてレイピアが刺さったように見えた。
「パシュッッッ」
いや、死角で見えなかっただけか。ジャンが大剣でレイピアを弾いたみたいだ。ジャンの大剣から白煙が立ち上る。
ジャンが振り返ると、その先にある木から枝分かれした太枝の付け根に穴が空いている。
イヴは我に返ったかのようにあたふたしている。
なんだ……今のは……。
一瞬みんながしんと静まり、ジャンが呟いた。
「おいおいおい、かわいい顔して、えげつねえな」
「イヴ…すげえ」
「イヴ…今のは?」
困った顔になっているイヴ。
自覚が無かったのか…。 これはすごいな。貫通して木の向こうが見える。
「嬢ちゃん。ひょっとして魔法が使えるんじゃねえか?」
「魔法…」
「あぁ。テンダーを思い出したぜ。あいつは剣術自体はそこまで強く無かったが、俺でも勝てたことがねえ」
そういうことが。イヴは器を使いこなせてるってことか!今のが魔力だったんだ…。
イヴみたいに…胸元にケトを……こうか。…くそ〜やっぱりだめだ。こんなこと何回もやったことがある。
何が違うんだ…私には資格がないのか…。
後日。
今だに進化の無い私は、イヴと川に沿いながら山頂を目指し、歩いている。
———イヴがジャンに凄まじい一撃を見せたあの日の夜。
私の部屋でイヴに座ってもらい、ずっと観察させてもらった。
「イヴ。もう一度ケトを胸元に集めてみて」
イヴの身体に蒸気のようなケトが吸収され、胸元に集まる。ここまでは分かる。私と同じだ。
すると、集まったケトが胸元で徐々に黒くなっていき、少しすると水を生み出しているのが分かった。
「ケトを集めてからどうしてるの?」
顔が真っ赤になっているイヴ。
鼻と鼻がつきそうなほど近づいてしまっていた。
「あぁ、ごめんごめん。で!どんな感じ!?」
首を傾げながら困った顔をしている。
「んん。感覚でしてるのか〜。んんんー」
私はどうすれば良いかわからずハンモックに腰掛けた。———
まぁ、そんなわけでその日から何も変わっていない。
川に沿って山頂へ向かうのは川の魚を見ながら歩くのが楽しいからだ。
前世で田舎の祖父母の家に行った時、よく川で魚釣りをしたものだ。
この透明度だ。ここから見ながら歩くのも楽しい。
「あ!イヴ。この魚獲って食べちゃおっか」
微笑みこちらを見ている。
まだトトの住む所まで、まだ山の三分の一ほどしか来ていないけど、このまま上まで行って魚がいなくなってしまっても嫌だしな。
「ここで座って待ってて!」
イヴは大人しく座って待っている。
私はアイテムボックスを漁った。
んー。釣り色はないしなー…色がついているけど毛糸のニットをほどいてと…針は〜あ、これで良いか。
……あとは〜
「ザッザッザッザッ」
森の土の中を掘る私。
「お、結構いた!!」
見つけたみみずみたいなやつを容器にいれてと。
「イヴ!お待たせ!!じゃーん。釣竿とほら!!」
「○!※□ ○!※□◇#△ ◇#△!」
驚いてから、イヴの顔からすうっと血の気が引き、青ざめた表情で一点を凝視している。
「あ……虫。苦手だった?」
「シュルッ」
「え、イヴ?」
レイピアを腰から抜いて取り出したイヴ。
ケトが集まり魔力が水に変わりレイピアを覆って行く。
「あ!ストップ!!イヴ!!すてる!捨てるからぁあ!!!」
私は容器に入っていたものをすぐに捨てた。
魚もイヴが難なくレイピアで突いて3匹捕まえてくれた。1匹はトトへの土産にする。
「パスッ………ピチッピチッ」
わーい、フェンシングじゃなくてスピアフィッシングだねっとか思った。
私は魚を捕まえたかったんじゃなくて、ただ釣りがしたかっただけなのかもしれません。
少しの間、イヴに私は睨まれていた。
この日を境にもう二度とイヴに虫は見せないことを誓った。
「カンッカンッカンッ…パチッ、パチッ」
いつものように薪を取り出し、私は魚を焼くために火を起こした。
「ジャッ」
短剣で獲れた魚を捌いている。
イヴが獲ってくれた魚は50センチはあった。見たところアユに近い。
私たちが知らないうちに川に卵を産みつけていたのかもしれないな。海から帰ってきたと考えるとこのサイズで稚魚ってことか!でかっ!!
まったく、意味がわからない。ガザムの連中は何を考えてるのやら。こんないい食材があるのに…。
「さ、焼きましょ?イヴさんっ」
イヴも嬉しそうだ。機嫌を戻してくれたみたいで良かった。
味付けは海水で作った塩をかけて焼いた塩焼きだ。海水はろ過もしたし割と手間のかかる作業だった。
ここで自分で採ったり狩ったりするようになって生き物への感謝も増した。いや、まあ虫に関してはまだ少し抵抗はあるが…。
魚の皮と脂が焼ける香ばしい匂いが漂う。
食欲をそそる。これだけ大きいと食べがいもあるだろう。
「いただきます」
「♪」
美味い。大きいから大味じゃないことを願ったがそんな心配必要なかった。
まったくワタ臭くない。爽やかかつ繊細でしっかり焼いた分香ばしい。塩加減も我ながらバッチリだった。
「ジャッ」
川の水で火を消し、トトへの土産はアイテムボックスへしまった。私たちはさっそくまた、山頂を目指した。
「いや〜、美味しかったね」
イヴと食事の余韻に浸りながら山頂を目指した。
景色も綺麗だ。山を登るにつれて森の色合いはパステルカラーに変わる。春を感じる。
ついこの間まで雪が積もっていたのに。
なんだかいつもより足取りが軽い。体力がついたおかげだろうな。ジャンさんに感謝しないと。
イヴも全然平気そうだ。
視界の先にウォーターツリーが姿を現した。
「さむっ」
アイテムボックスから上着を取り出しイヴの肩にかけ、私も羽織った。
やっぱり山頂が近づくとまだ冷えるな…。植物の上に残った雪の塊があちこちに残っている。
初めて見る美しい景色にイヴの目が輝いているのがわかる。
なんだかその表情を見て嬉しくなり、私も微笑んでしまう。
私が初めてここへ来た時のワクワクした感情を思い出したからかもしれない。
広場へ着く直前に私は上着を脱いだ。イヴはなぜ上着を脱いだのか不思議そうにしている。
「着いたよ!」
大きなプラッツとグラスウルフの大きな子供たちが私たちの方へ走ってくる。
私たちに気づきトトは手を振っている。
「トト様!」
私も手を振りイヴの方を見た。
イヴはそこへ広がる想像を超える美しい光景に、さらに目を輝かせていた。
イヴはトトの住む、ウォーターツリーで温かくなった花園へ初めて足を踏み入れた。




