第2話 神による転生
まだ、ものの数秒しか経っていないように思う。
ただ間違いなく自分が死んだ事は分かっている。
なぜか?
それは今、現実世界には存在しないであろう、地平線すら見えない真っ白な空間にいるからだ。
しかも、なぜか私は身体が少し浮いている。
そして、この空間には私ともう1人。
目の前に、黒く長い髪の真紅の瞳をした、なんとも優美な大男がいる。
普通の人間では無さそうなその姿に、私はすでに死んでいるとはいえ、驚きと恐怖を感じてしまう。
大男は肘をつき、寝釈迦像のように寝転んでいる。
私は、恐る恐る声をかけた。
「あの〜………」
目は合わないが、面倒くさそうに返事が返ってくる。
「はぁ〜……ダル……1000年ぶりくらいか。あんた、今から転生させるけど、何かしゃーなし聞きたい事ある?」
「転生!?何にですか!どこなんですか、ここ!!」
大男は私の反応を気にする様子もない。
私には見ることのできない『何か』を、本のように見ながら話している。
「んぁ〜…佐藤さんだっけ?」
「あ、はい」
「あんた、転生したらぁ〜…ポルテット・エウトピア
…人間になるみたいだね…よろしく」
「転生って…あの!あなたは何者なんですか?どこなんですか!ここ!!」
私は自然と声が大きくなる。
すると、初めて大男の真紅の瞳がこちらを向いた。
「はぁ〜…神でしょ…どっからどー見ても」
「か…神……?」
「あと、この場所に名前は無いよ。決められてるから、あんたを転生させるだけ」
「決めらてるって……いったい、誰に」
神は少しだけ微笑みながら、口を開く。
「転生先で前の世界のことと、僕の事は内緒ね。オッケー?」
ずっと面倒くさそうだった神が、微笑みながらもその時だけは、真剣な声色だった。
「…はい」
「早く済ませちゃうよ。まぁ、転生したら自分の事は『ステータス』で把握してよ。そこらへん僕にも分からないから…まあ、そんな感じかな」
神は淡々と私に伝える必要があった必要最低限の事だけを伝え終えた感じだった。
「じゃ〜、またね」
肘をついていない方の手で神が軽く手を振る。
その次の瞬間——
白い空間から、私の姿だけが消えた。
残されたのは、手を振る神だけ。
私がいなくなると気だるそうに手を下ろした。
そして神は先ほどまでとはまた少し違ったどこか影のある表情を浮かべ小さく呟いた。
「灰色の髪に緑の瞳か…まるで……」
呟き終えると何かを思い出したように、神の表情が変わる。
「あ…やべっ。……8歳になんの言ってねえ」
神は頭を掻く。
「まぁ…いいか、どーせ何もない、あの島だしな」
面倒くさそうにそう言うと、神も白い空間から姿を消した。
「ねぇ!おーーーーい!大丈夫?」
大きな声で目が覚めると少女が私を覗き込んでいた。
眩しいなと思いながらも、辺りを見渡すとそこには砂浜が広っていた。
「……ここは?」
少女は私を不思議そうにまじまじと見つめながら言った。
「ウイ島よ。い……生きてるわよね…大丈夫?
それに、あなた見た事ない顔ね。もしかして、流されてきたの?………まさかね……」
「いや………」
よく話す子だなと思いながらも、やけに波の音が大きく感じて砂浜の先の海に目をやった。
すると、異常なほど沖の方の波が高い。
波というより、もはや波の壁である。
この波じゃ不思議に思うのも無理はない。
「もしかして…あなた!記憶喪失ね!?」
「あ、いや……」
説明が難しいし、このままやり過ごすことにして話を変えた。
「お嬢さんは…何してるの?」
「私?拾ってるの!今日は綺麗な置物もあったわ。見て!」
少女は小さな身体で帽子と傘を器用に脇で挟んで持ちながら、満面の笑みでガラス細工の置物を見せてくれた。
「とゆうか……お嬢さんて……。フフッ…あなた、おじさんみたいな事言うのね」
「……え?」
そう言われた私は、その言葉と彼女との視線の高さに違和感を感じた。
慌てて自分の身体を確認し、手が小さい事に気づいた。
……子供になってる………。
彼女が持っているガラスの置物に映る自分の姿が見えた。
その姿を見て改めて私は、少女と同い年くらいの、少年に転生した事を理解した。
ガラスの置物に映る自分の姿を必死に見ていると、驚く暇もなく、少女が私の顔を覗き込む。
「グレーの髪に緑の目なんて珍しいわ。やっぱり流されて来たのかしら……あなた名前は?」
「佐藤……あ。いや、……ポルテット・エウトピア」
不思議と、名前は神もいた白い空間で一度聞いただけだったが、すぐ思い出せた。
「名前は分かるのねっ…私はアンナ・オリベルよ!…んんーじゃあ、長いからポルテで良いわね!!」
「あ、うん…」
「ポルテ…あなた、服も乾かした方がいいわよ。…私ももう家に帰るところだったし村に案内するわ」
「ありがとう。助かるよ。それに持つの手伝うよ」
アンナが持っているガラスの置物は案外大きい。
彼女は傘と帽子を私に差し出し、嬉しそうに微笑んだ。
そして、ガラスの置物を両手で抱きしめると、村の方向へと歩き出した。
「はー、よかった。ここからわりと歩くの、助かったわ」
私は何気なく聞いてみた。
「アンナ、拾った物はどうするの?」
アンナは驚いた顔で言う。
「本当に何も知らないのね、村で物々交換するのよ。…見て。あそこ!今まだ砂浜にいる人もそのために拾ってるのよ」
「物々交換……そうなんだ」
子供同士が遊びで拾っているのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。
当たり前のように砂浜には大人も何人かいる事が少し不思議だったが、私は気にせずアンナと歩き始めた。
海から離れると、私の視界はすぐ木々に囲まれた。
砂浜を抜けて現れた山麓からずっと整理されていない道が続いている。
…いや、もはや道と呼べるのか……。
足の裏に岩の硬い感触を感じながら、もう2,30分ほどか……かなり歩いて来た。
すると、今まで見たことない、変わった形の木が見えはじめた。根が膨張して山肌から大きく露出しており、その根の下の空間には人の姿さえ見えるほどだ。
「あれってもしかして…家になってるの?」
「そ!トト様が作ったの、そろそろ着くわよ」
「…トト様?」
アンナは私の顔をいたずらっ子のような笑顔で見ながら言った。
「フフッ…不思議そうね…。そのうち会えるわ」
もっと不思議な木の家をじっくり見たかったが、木の家と人の姿をチラチラと見ながら、だんだん早歩きになっていくアンナに着いていった。
ポツポツとあった不思議な木の家は歩みを進めるとどんどん増えていき、それに伴って、人の姿も増えていった。
「おい、アンナ!海で男まで拾って来たのか?」
「うわ……アッシュ…」
嫌そうな顔で、アンナが呟いた。
アンナと同い年くらいの少年3人組だ。
おそらく彼がアッシュなのだろう。ボスっぽい1人の少年が話し出す。
「ガラスの置物か。良いもん拾ってんな」
アッシュが置物に触れようとする。
しかしアンナはガラスの置物に触れようとする手をかわして言った。
「ダメよ!また、お父様に言いつけるわよ!!」
「チぇッ…ちょっと触ろうとしただけだろ?……ところでなんだお前……見ない顔だな」
アッシュに急に話を振られ、私は少し驚く。
「あ、えーと……よろしく」
少年は私を初めて出会った生き物を見るように見てから。吐き捨てるように言った。
「……フンッ、行こーぜ」
3人組はおそらく海へ行くのだろう、砂浜のある山麓の方へ降りて行った。
「アッシュ・バーナードよ。いっつも嫌がらせしてくる嫌な奴なのっ」
「ハハッ…そーなんだ…」
私は苦虫を噛み潰したように笑った。
「先を急ぎましょ」
アンナに手を引かれ、私たちは先を急いだ。
「ここよ!」
アンナは他の家の根と比べて3倍ほど幅のある根の家を、得意げに指差した。
なんだか、人の出入りも他の家より多い。
「私のお父様は村長なの」
そう言いながら、アンナはまた得意げな顔を見せた。
「へぇえ!村長。……すごいね」
中に入ると、想像していたよりずっと広かった。
家というより集会所に近い。
中央には長いテーブルが置かれ、険しい顔のおじさん達が座って何か話している。
私は、その光景はを見て転生前の職場の良い雰囲気では無い、会議中の会議室を思い出した。
長いテーブルには大人が5人座っている。
そのうちの爽やかな男が1人が立ち上がり、優しい口調で口を開いた。
「おかえり、アンナ…少し早かったね、上に上がってなさい」
どうやらアンナの父のようだ。
そして私と目が合うと、少し驚いた顔をしてから、軽く微笑み、呟いた。
「いらっしゃい」
私は軽く会釈をして、階段へ向かっていくアンナの後を追った。
アンナの父は転生前の私くらいの年齢だろうか。
村長にしては、かなり若い印象だ。
階段を上がると、2階の部屋がパンのような香りが漂っていた。
「ただいま!お母様!!」
「おかえり、アンナ。いつもより少しだけ早いわね」
「ポルテが一緒に運んでくれたおかげよ」
アンナの後ろにいた私と目が合う。
母親もアンナの父親と同じように少し驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になった。
「この子、いつも大荷物なの。助かったわ」
「いえ、私の方が助かりました。ポルテット・エウトピアと申します」
「まあ、しっかりしてるわ。アンナと歳も変わらないでしょうに」
そう言って、私の腕を軽く叩いた。
「なに!?服がびしょ濡れじゃない!夏とはいえ、そのままじゃダメよ。アンナの服しかないけど、着替えておいで」
「すみません、助かります。ずっとベタベタしてて、お願いしようと思ったところでした」
少しだけ舌を出して言ってみた。
なんとなく、その方が仲良くなれる気がした。そんな柔らかな雰囲気だった。
アンナの母親は、また少し驚いた顔をしてから大きな声で笑った。
「アハハハッ…良いのよ、ユユの実のクッキーがあるから後で皆んなで食べましょう」
母の笑う顔を見て、アンナもなんだか嬉しそうにしている。
「ここで着替えておいで」
「ありがとうございます」
私は着替えるために奥の部屋に通された。
借り物の着替える服は、膝下までゆったりしたブリーチズパンツと上はシャツのようなものだった。
私とアンナはそれほど背丈も変わらないため、サイズは恐ろしくピッタリだ。
「あの〜」
私はすぐに着替えて部屋にもどった。
「似合うじゃなーい」
「似合うじゃなーい」
4人掛けのテーブルに座っていた2人が、私を見ながらハモった。2人は顔を見合わせると、楽しそうに笑い合っている。
テーブルの上に目をやると、焼きたてのクッキーと見た事の無い果物も置かれている。
着替えた服装を褒められて少し照れながら椅子に座と、すぐにアンナが話しかけてきた。
「どう、記憶戻った?」
「あ……えっと」
私の顔を見て、アンナの母親が口を挟んだ。
「アンナ、ポルテが困ってるわよ」
アンナはクッキーを頬張りながら、口を尖らせた。
すると、アンナの母親が優しい笑顔で話し始めた。
「私は、ジーナ・オリベル。娘のアンナと、主人のフランクと暮らしてるわ」
「あ。フランクさんは、さっき下で少し…」
「そう……会ったのね」
少し間を置いてから、ジーナが話し始めた。
「正直驚いたわ……」
ジーナは私を見つめながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「ポルテ……この島は300人ほどしか住んでいないのよ。だから…住人の顔も、名前も、全員の事が分かるのよ」
「……300人!?それだけ?」
「そうよ。私だけじゃ無いわ。島の人間全員が、当然皆んなの事をお互いに知ってるの」
「そういうことか……」
アンナにジーナ。それに、さっき会ったアッシュという少年。みんなが私を見て驚いていた事に、ようやく納得がいった。
「すみません、私…名前しか思い出せなくて…」
この人達になら、今まで何があったか全て話しても大丈夫だろうと思った。
しかし、神の言葉と姿が脳裏に強く浮かんで邪魔をしてくる。
——— 「転生先で前の世界のことと、
僕の事は内緒ね。オッケー?」———
記憶を無くしたであろう私を見て、どうすれば良いのか分からず、ジーナとアンナ 2人は心配そうな顔をしてこちらを見つめていることが分かる。
その姿を見ると胸が少し痛んだ。
「良い匂いがするね。今夜はクッキーかい?」
一階にいたフランクが上がってきた。
手を仰ぎ、香りを確かめるような仕草をしながら、テーブルへと近づき、ジーナの隣に空いている最後の椅子にそっと座った。
私を見つめ、アンナに話した時と同じ優しい口調と表情で口を開いた。
「席が全部埋まったね」
今、来たばかりなのに……。
フランクのその言葉が、まるで何も話せない私の心をすべて見透かし、それでも何も聞かずに包み込んでくれているように感じた。
胸の奥から、熱いものがこみあげてくる。
私はそれを必死にこらえようとした。
フランクはクッキーを食べながら、そんな私の表情を見て少し安心したように口を開いた。
「疲れてそうだね。父の部屋だったんだが、奥の部屋が余ってるから、ゆっくりそこで休むといい」
「ありがとうございます。何から何まで…」
「遠慮しないで、アンナも人が増えて嬉しそうだし」
アンナはもう椅子から立ち上がっている。
私を奥の部屋へ早く案内したくて仕方がない様子だ。
「ポルテ!行きましょ!!」
また腕を引かれ、奥の部屋に入る。
奥の部屋とは、さっき私が着替えた時の部屋だ。
その時はちゃんと部屋の中を見なかったが、物は多いもののしっかり整理整頓されている。
「おじい樣が亡くなる直前にくれた部屋なの!」
アンナは、木で出来た窓を開けながら話す。
「物置に使ったりもしてるけど、ちゃんと掃除もしてあるわ。綺麗でしょ?」
「ありがと、使わせてもらうよ。おじい様はいつ頃亡くなったの?」
「3年前よ。流行り病で」
そう言ったアンナの寂しそうな横顔が見えた。
…だが、アンナはすぐに笑顔で私の方に振り返った。
「疲れたでしょ?ゆっくり休んで!!…なんでも聞いてね」
部屋の入口の扉を閉めながら、両親がいる部屋へ足早に戻って行った。
彼女なりの気遣いなのだろうと私はすぐに分かった。
部屋のハンモックに座ると、どっと疲れが襲ってきた。
なんだかとても長い1日だった。
ただ、不思議と心は落ち着いていた。
「身体が若くなったせいかな……ハハッ」
独り言を呟き。思わず、苦笑いした。
私が横になろうと身体をよじると、ハンモックの布が身体を吸い込むようにゆっくり包み込んでいく。
「はぁ〜〜〜〜〜」
仰向けになって天井を見る。
木の年輪が見える天井は空腹のせいか、バームクーヘンに見えた。
なんとなく手を上に伸ばしてみる。
細く伸びた小さな手が、自分のものであることにまだ違和感がある。
「…あ」
白い空間で神が話していた言葉を思い出した。
———「まぁ、転生したら自分の事はステータスで把握してよ。そこらへん僕にも分からないから…まあ、そんな感じかな」———
眠気に襲われながらも、私はぼそっと呟いた。
「…ステータス」———




