第19話 理解者
荒れた土地に、突然現れた緑色の葉が、余計に存在感を際立たせる。
「……水が溢れたところから…」
双葉を踏まないように、目を丸くして見つめるイヴ。
「おい、早く来いって」
双葉に目を奪われて、ルークを無視してしまっていた。
私たちはルークの声が聞こえてきた、荒地の奥の方へ進んで行った。
「おい、これ見ろ。コレ!」
気づけばここがちょうど島の最北端くらいだ。
…荒れた森の中に、ここだけ山肌が伸びてせり出している。
ルークが指し示した先に、岩肌が露出し山麓に沿うように続いている。
なんだか、高速道路の高架下みたいだな。
「コレ…すごいね…山に隠れて、こんなところがあったなんて…」
「決まりだろ…拠点に…」
「決まりだね…想像以上だよ…」
砂浜からだと死角になっていて気づかなかっただろう。たまたま用を足しに行ったルークのおかげだ。
ラッキーボーイと言わざるを得ないだろう。
村の学校も、岩肌が削り取られて壁ができているが、ここも岩肌が削り取られ、張り出た岩が屋根のようになっている。
この辺は昔、海の中だったんだろうか。TVでそんなシーンを見たことがある。何があったか知らないが、都合のいい場所が見つかったんだ。結果オーライだろ。
岩の下は土だし、おいおい建物だって建てられる。基地を作るにはもってこいの場所だろう。
この大雪をものともしてないし。雨が降った時のことを考えても、作業を続けられそうなのは大きい。
「コツ…コツ…コツ…コツ」
私たちは天然の岩の高架下を歩き、どんどん進んでいく。
一歩一歩、進むごとにその足音が広い空間に反響して返ってくる。
終わりが見えない…まだ先まで続いている…。西側へ少し遠回りにはなるけど少しずつ、西側の方へは近づいて行っている。
「ルーク、あのさ。さっき荒地で…」
「おぉ、すっきりしたぜ」
イヴを見ると、またさっきと同じ、眉間に皺を寄せて絶妙な表情をしていた。
「じゃなくて、何か起こらなかった?」
「いや別に?ここを見つけたくらいだ。どうした?」
何も起こらないか…。
海の飛沫で双葉が生えていないとなると…真水でしか生えないってことか…?
私は少し岩の下の道から外れて、すぐそばに見つけた、枯れた木の根に向かった。
アイテムボックスを開き、水を少し垂らして、静かに観察した。
ルークとイヴも後から追いかけて私の横へ来た。
「……パキパキッ…」
さっきと同じだ…。また双葉が生えてきた。しかも3本も。
「おい、なんか生えたぞ」
「やっぱり…真水じゃないとダメなんだ…」
この荒地、やっぱり普通じゃないな。それに西半分に差し掛かってから…
「ザクッ…ザクッ」
少し先の丘から、人影が姿を現した。
見つけるや否やルークが声をかける。
「あ!おい!!あんた」
「ザッ…ザッ…」
私たちの存在に気づき、慌てて踵を返したように逃げる人影。
「あ、おいって」
「…追いかけよう」
丘に登ると離れて行く人影の姿がちゃんと見えた。
走ってどんどん離れていく。被っているフードが風を切って左右に揺れている。早い…。
「ダメだ。どんどん引き離される」
「スゥーーーーーー」
隣で走るルークが大きく息を吸い込むのが分かった。
ルークは山が揺れんばかりの大きな声で叫んだ。
「ボットなんだろぉお!?止まれやぁああああ!!ゴッホ…ゴッホ…あー喉いてっ」
「お願いしまぁああーーす」
ボットと思わしき人影は止まらない。
考え込むように私は足を止めた。
ルークとイヴがそれに気づき振り返る。
「おい、逃げられるぞ…」
私はルークに負けない声で叫んだ。
「ミラァア!……ミラ!……カルルキン!!」
大きなフードを被った人影がゆっくりと走る速度を緩めていき、ついにはその場で足を止めた。
「止まったぞ…」
「うん、行こう」
30メートルほど先にいる人影の元へ私たちは急いだ。
小走りで近づきながらその人影を見ると、フードを被ったままゆっくりと荒れ果てた切り株に腰掛けた。
私たちが到着するなり、フードで見えない顔を伏せたまま口を開いた。
「君たち、僕よりかなり年下だと思うけど…なぜ僕の母さんの名前を知ってるんだ」
「フランクさんに聞いたんだ。事情も……」
「なるほどね、そういうことか……」
ゆっくりと顔を上げ、ボット・カルルキンの顔が見えた。
緑の長い髪に、鋭い黄色い目がフードの中から見える。
「バサッ…スッ…」
ボットは頭に被ったフードを脱いでから、立ち上がった。
私より6歳も年上だ。とても背が高く感じる。
それに…この人……少しだけど『ケト』を身体に吸収してる……。
少し不安そうな顔で呟いた…。
「僕に会ってはいけない…帰りなさい…」
「いや、会いに来たんだ!あなたに…」
「……ック…知っているんだろ!?母さんのように……いけないんだ…本当に…」
「ボット。あんたの力を借りたい…協力してほしい」
「殺されるぞ…ガザムに…」
「覚悟の上だよ…」
ボットは少しの時間黙ってから、ため息をつき、口を開いた。
「…………はぁ〜…話だけ聞こう。…案内するよ」
「よっしゃぁあ」
「ふーー」
良かった…。話をするだけでも、何か変わるという確信があった。
ゆっくりと歩き始めたボットに私たちはついていった。
「挨拶が遅れました。私はポルテ」
「俺はルークだ。よろしく」
「この子はイヴ。話せないけど、話を聞くことはできる」
「ポルテにルークにイヴか。よろしく…。それにしてもポルテとイヴは珍しい髪色だね。僕が村にいた頃はそんな髪色の人は見なかったよ」
「あぁ、こいつらは最近、島へ来たからな。俺も初めて見たぜ?こんな髪色」
「島の外からか!?どこから来た。いつだ」
驚いたボットは、鬼気迫るような表情で私に問いかけてきた。
「えっと…私は半年前に。イヴはここ最近だよ。…私もイヴも記憶喪失でどこからか…そこら辺は……」
「そうか…珍しいこともあるもんだな…」
ボットに手助けを求めておいて申し訳なかったが、前世のことは、神の顔と、約束した言葉がちらついて、ボットに問い詰められないよう私は言葉を濁すことしかできなかった。
「でも、ルークのオレンジ頭は俺の師匠にそっくりだ…」
「師匠ってなんのだ?」
「懐かしいなあ…剣術だよ、結構いい筋してるんだよ?」
「ハッハ…」
「アッハッハ」
私とルークとイヴは思い当たった人物が頭に浮かんで笑ってしまった。
「え?」
「ボット、それ俺のオヤジだぜ?多分」
「ジャンさんか!?」
「おうっ。俺のオヤジだ」
「…ビックリだな。それだけの年月が流れたのか…」
そう呟き、ボットは寂しそうに前を向いてから、また何か思い出したように話を続けた。
「じゃあ、君の母親はダリアさんか?」
「おぉ、母さんがわかんのか?」
「ハッハッハ…そうか。ダリアさんか。僕もまだ小さかったけどジャンさんがすごいアピールしてたのを思い出したよ」
「おい、親のそんな話、聞きたくねえよ。ボット〜」
「いや、ごめんごめん。つい懐かしくてね」
鋭い目のボットは笑うと垂れ目になって穏やかになった。
ジャンがフランクの親友ということもあるけど、ガザムに敵対している理由がようやく分かった。
まさかジャンがボットの師でもあったとは…。
「久々にこんなに話したよ。僕って、まだこんな声なんだ。若いな…」
「若いなって…そんな、おっさんみてえなこと言うなよ」
「ハハハッ…ここら辺に来てから切り株が多いけど、全部ボットが?」
「あ、うん。ここへは誰も来ないからね。切り放題さ。西側へ人が来たのは、僕が西に閉じ込められてからだから〜、君たちが10年ぶりくらいじゃないかな。母さんぶりだ…ハハッ」
「そっか…大変だったね…生きててくれて嬉しいよ。ほんと」
そう呟いた私をボットはなんとも大人びた微笑みで見つめた。私はなぜか、その表情を見て、頭の中にトトの表情が思い浮かんだ。
「さぁ、そろそろだよ」
遠くから見ていてまさかとは思ったがやっぱりだ。
私の目の前に高床式の木の蔵がある。
「なんだこりゃ」
「ボット…これ……」
ボットは何も言わずに眉を上に上げ、ニコッと微笑んだ。
「ここだよ」
西端に到着した私はさらに驚いた。ほぼ完璧に近い家が建っていたからだ。
「スッゲーーーーーー!」
「い……家……」
「お、よく分かったね。すごいでしょ」
すごいなんてもんじゃない。完全な木の家。そのものじゃないか…。
「ガチャッ」
「どうぞ」
ボットは家の扉を開けて、私たちを中へ案内した。
「おっじゃまっしまぁーっす。おぉっ」
「お邪魔します」
北側の海には何も流れてこないのにテーブルに椅子、タンスまで綺麗に揃っている。
これ……全部作ったのか…。
家の真ん中に生えている木を見て、私は放心状態になった。
「り………林檎だ……」
「ポルテ……今……なんて言った?」
私が呟いた言葉を聞いたボットが驚いた顔で言った。
部屋の中に夢中になっている、ルークとイヴ。
「ルーク、イヴ…少しここで待ってて!ちょっとポルテこっちへ」
「お、おお」
ボットは私の腕を引き隣の部屋に招き入れ、その部屋の扉を閉めた。
「ボ、ボット。どうしたの」
「ポルテ…君。今、僕の家の果実を見て、林檎って言ったよね」
「……」
「あれが林檎だとなぜ知ってる!早く答えろ!!」
「私は……」
「君も…前世の記憶があるのか?」
「…前世の記憶が?」
「そうさ。前世の記憶を持ったまま生まれ変わった。このボット・カルルキンにな」
「前世の記憶を……」
どうすればいい…私も答えるべきか……
「最近、島へ来たと言ってたな…何か事情があるのか?」
「……私は…転生者だよ」
「転生者……」
私は話してしまった。神との約束を破った。
天罰が下るか?また死ぬのか?それとも、また違う世界へ転生させられるのか!?
………………………………………………何も…起こ…らない。
「だ……大丈夫…みたい」
「え?」
「いや、ごめん。こっちの話だよ。やっぱり…そうだよね…りんご…やっぱり林檎だよね!?そうだよねえ、ねえ!」
「おぉ、急に。生まれ変わったみたいに話すんだな」
「ボットは前世から記憶がある。生まれ変わりで、私が転生者!!」
「てことだな…」
「アッハッハッハッハ」
「ハッハッハッハッハ」
「アッハッハー、おっかしい…まさかこんなことになるとは。前世では何を?」
「そうだね。僕は大工一筋、68年の宮大工だった。96まで生きた。大往生さ」
「道理で立派な建物なわけだ……。大先輩じゃないか。私は34歳で死んで、ここへ…」
「フフッ…お互い厄介な所へ来ちゃったね」
「ほんとだよ。アッハッハ」
笑い声が隣の部屋に聞こえる。
「イヴ…変だぞあいつら笑ってる。何してんだ」
隣の部屋が気になって、頬を膨らませているイヴ。
ボットが私を見る妙に貫禄のある表情。そしてここへ来るまでに見た高床式の蔵に、立派なこの木の家。そして、どうやって実らせたか分からないけど、この真っ赤な林檎。
そうか、前世の記憶があるのか。しかも私の世界と同じ…点と点が繋がり、全て辻褄が合った。
「積もる話もあるけど2人が待ってるし、戻ろう。ボット」
ボットは部屋の扉を開けながら言った。
「そうだね。また後で話そう」
「ガチャッ…」
「カリッ」
「シャワッ……うめえな。なんだこれ」
扉を開けるとイヴとルークが林檎をもいで、おいしそうに頬張っている。
「あ、勝手に!」
「いいよ、ポルテも食べな」
「えっ、いいのっ!?わーいっ」
結構、躊躇いなく林檎をもいで食べた。
「カリッ…うまっ」
「ハハハ…満足そうで何より!皆んな今日はここで泊まっていきな」
「おっ。太っ腹だな〜。ボットォ〜」
ボットが96歳まで生き抜いた人生の大先輩ともつゆ知らず、ルークは木の家を満喫してくつろいでいる。
それにしてもこの林檎、本当に美味しい。今まで食べた林檎で1番甘いかもしれない。
色々聞きたいことも多い。家に泊めてくれるのはありがたい。
「みんな…蔵に案内するよ」
「さっきの建物か?」
「うん!」
さっきの蔵…気になっていたんだ。
家から外へ出た私たちは蔵の方へ進んだ。
「ガコッ」
「足元、気をつけて」
階段が取り付けられている。さすが元宮大工だ。
「カッカッカッ」
階段を登って蔵が目の前に現れてやっと気づいたが、左右で蔵が分かれている。
「ボットこれは?」
「まあ、見てて。ポルテ」
「ギィー」
ボットが左の蔵を開けると中から温かい風が出てくる。
中を見ると植物が並んでいる。畑があるではないか。
畝があり、南の森の中で見られた植物が、いろいろと栽培されている。
「おい、これ俺が知ってるやつばっかだぜ」
「ボット…これは?」
「暇で自己満足のために蔵を作ったんだけど、ある日から急に中が暖かくなったんだよね。
これは良いと思って、畑にしたのさ。潮も当たらないから枯れないしね。
しかも右側の蔵は逆に冷たくなってるんだ。夏は冷たいし、本当に助かってる。
…逆に僕が聞きたいよ。なんでだと思う?この蔵。ずっと不思議なんだ」
「ん〜」
ボットがケトを吸収していることは、見れば分かるけど…。関係あるのかどうか…。
どういう現象だろうか…。
「ギィー」
ボットが右側の扉も開けてくれた。本当だ。外の温度と変わらない。
「ボット…あれって…」
「あぁ、ウォーターミントだよ」
「ウォーターミント!?あれは山頂でしか育たねえはずだろ!?」
それだけじゃない。山頂で見た植物が他にもたくさんある。
こっそりボットが私にだけ呟いた。
「驚いた?勝手にビニールハウスみたいになったんだ。僕は何もしてない。たまたまだ。なんでだと思う?」
「私にも分からない…たまたまではないのは確かだよ…」
「そっか〜。そうだよね…」
「ボット!これ食っていいか?」
「いいよ〜」
左の蔵からルークの声がした。ボットが紫の実を切ってルークとイヴに渡してあげている。
あの2人は私より食いしん坊だ。さっきも林檎を丸々一個食べたのに。
「ザクッザクッザクッ」
私も中が見てみたい。
右側の蔵の中を歩き、進んで行く。
本当にウォーターミントだ。しっかり水の葉もたわわに膨らんでる。こっちの植物なんてほぼいちごみたいだ。…ちょっと私も摘んじゃおうかな…。そう思った時…
『 ん〜んん〜……♪
ふ〜ふん〜……♪
ん〜ん〜ん〜……♪
ふ〜んふ〜ふ〜ん……♪
ん〜んん〜……♪
ふ〜ふ〜ん〜……♪
ん〜……んん〜……♪
ふ〜……ふん〜……♪ 』
鼻歌が聞こえる。私は辺りを見渡し、植物をそっとかき分け、鼻歌が聞こえる隣の畝を覗いた。
何かいる。あれは…ドライアド…ではない。アムとピムでも無いな。
多分精霊だ。ケトが出てる。
「はっ…」
「あ!」
私と目が合うと、精霊は消えてしまった。
「ザックザックザック」
私は蔵を出てボットたちのところへ向かった。
ルークとイヴが両手に植物…いや、もう野菜と果物と呼んでいいだろう。
野菜と果物を両手に持って、口いっぱいに頬張り咀嚼している。
「ぼばべも、ぐへ。ぐめえから」
「○!※□◇#△!」
「お前も、食え。うめえから。だね。あとでいただくよ! イヴは〜、うん。嬉しそうだね。そんなことより!ボット!!この蔵の畑で何か見たことは?」
「何かって?」
「いや、こう。ちっちゃい。こんな。なんていうかな」
「生き物か?いや、ここら辺で生き物を見たことはないよ。迷い込んだミルクうさぎを、たまにそこらへんで見かけるくらいかな」
「そう…」
ボットは精霊までは見えないってことか…。
あの精霊はいったい…。
「あ、ルーク!蔵の扉ちゃんと閉めてね。そろそろ暗くなってきたし、家へ帰ろう」
「ぼい、ボルデ。かばりにじめでぐれ」
「○!※□◇#△!」
「おい、ポルテ。代わりに閉めてくれ。だね。イヴは〜、うん。嬉しそうだね。 てか、いつまで食べてるんだよ!」
「ハッハッハ、すぐできるから、いっぱい食べていいよ」
私たちは笑いながら賑やかに家に帰った。
家でもボットは嬉しそうに沢山の食べ物を振る舞ってくれた。
ずっと独りで10年も生活していたんだもんな…寂しかったんだろうな。
「あ、ポルテ!それ俺のだぞっ」
「ルークさっき食べてたじゃん」
「ハハハッ…2人とも食べてたよ」
「おいポルテ!俺を嵌めようとしたな!?」
「あれ〜?」
イヴは微笑みながら、もぐもぐ食べている。
どんちゃん騒ぎをしている私たちを、こっそり窓の外から、眺める精霊がいることには、誰も気づいていないのだった。




