ひとりじゃなくてよかった
「……かずみくん」
「ん……」
「着いたよ」
「……え?」
窓の外を見る。
知らない建物。
知らない人。
知らない駅。
「ここが……東京?」
「たぶん」
「たぶんって……」
「だって私も初めてだもん」
「……そっか」
電車の扉が開く。
一斉に人が降りていく。
僕たちも、その流れに押されるようにホームへ出た。
テレビで見た東京とは
もっと特別な場所だと思っていた、もっと煌びやかで
「……」
「……」
「で」
「うん」
「どうする?」
「……」
「……分かんない」
「私も」
「じゃあ、とりあえず外出てみる?」
「うん」
23時の東京。
田舎とは違ってまだ人が山ほどいる。
駅を出ても、人が途切れない。
誰も僕たちを見ていない。
みんな、それぞれの目的地に向かって歩いている。
「……すごいね」
「うん」
「こんな時間なのに」
「田舎ならもう寝てる時間だよね」
「そうだね」
「……」
「お腹空いた」
「え?」
「夕飯食べてない」
「……僕も」
「何か食べる?」
「でも、お金……」
「まだ全然大丈夫」
「そう?」
「うん」
「じゃあ……食べたい」
「何がいい?」
「……何でも」
「それが一番困るんだけど」
「ごめん」
「また謝った」
「……ごめん」
「ほら」
「……」
「ふふ」
苑乃は笑った。
「笑わないでよ」
「ごめんごめん」
「何食べようか」
「……」
「かずみくん?」
「東京って、何食べるんだろう」
「何それ」
「東京だから」
「東京関係ないでしょ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあ、苑乃が決めて」
苑乃は少し考えるように、辺りを見回した。
「えー……」
「じゃあ、ラーメン」
「ラーメン?」
「東京っぽい」
「それ東京じゃなくても食べられるよ」
「じゃあ何が東京っぽいの?」
「立ち食いそば?」
「立って食べるの?」
「かな?」
「わかってないじゃん」
「あはは」
*
「あ、ラーメンある」
苑乃が、通りの先にある店を指差した。
「ほんとだ」
看板には、見慣れない店名が大きく書かれている。
「入る?」
「うん」
二人で店の前まで歩く。
「……」
僕は入口の前で足を止めた。
「どうしたの?」
「東京来て最初に食べるものがラーメンでいいのかなって」
「いいんじゃない?」
「……そっか」
苑乃が店の中を覗く。
「東京っぽいし」
「さっき東京関係ないって言ったじゃん」
「今は東京にいるからいいの」
「なにそれ」
「いいの!」
「あ」
「なに?」
「補導されないかな…」
苑乃も一瞬、店の前で立ち止まる。
「制服だしね…」
「…」
「ま、行けるでしょ」
「えぇ…」
「気にしない気にしない」
*
ラーメンを食べ終え、二人で店を出る。
外は相変わらず人が多かった。
店の中にいる間は気にならなかったけど、外に出ると少しだけ寒い。
しばらく並んで歩く。
「……で」
「うん」
「今日どこで寝る?」
「……」
「……」
「考えてなかった」
「私も」
「ホテルは絶対無理だね」
「じゃあネカフェだ」
「…いけるの?未成年だよ?」
「…いける」
「本当に…?」
*
店員は僕らの制服と、リュック一つだけの荷物をちらっと見た。
「……お一人様、二部屋でよろしいですか?」
「あ、いえ、二人で一部屋で」
「かしこまりました」
それだけだった。
「はい、28番の部屋です」
店員から鍵を受け取る。
「……」
二人で顔を見合わせる。
「いけちゃったよ…」
「東京すごいね」
「地元なら100%ダメだった…」
「よくいるのかな…」
「ホテル近いしあり得るね」
「……」
「なんか、僕たち以外にもいそう」
「家出?」
「うん」
「……」
「東京って、家出する人多いのかな」
「知らないよ」
「そっか」
「でも」
「うん?」
「私たちだけじゃないって思うと、ちょっと安心する」
「……そう?」
「うん」
「僕は、ちょっと嫌だけど」
「なんで?」
「……特別じゃなくなるから」
「ふふ」
「笑わないでよ」
「ごめん」
*
「……眠くない?」
「個室になったらドッときたね」
「私も」
「寝る?」
「うん」
「……」
「かずみくん」
「ん?」
「東京来てよかった?」
苑乃が横になったまま聞いた。
「……まだ分かんない」
「そっか」
僕が答えると、苑乃は少し黙った。
「苑乃は?」
「私も」
「……」
「でも」
「うん?」
「一人で来なくてよかった」
「……」
「かずみくんがいてよかった」
「……そっか」
「うん」
「……おやすみ」
「おやすみ」
部屋が静かになる。
東京に来てから初めて、何も考えなくていい時間ができた。
僕は目を閉じた。
*
二時間で起きた。
隣のいびきと、前のカップルがうるさい。
「……」
まだ外は暗い。
スマホを見る。
午前二時。
「……早すぎる」
もう一度寝ようと目を閉じる。
「……」
「……無理だ」
よく苑乃は寝れるな……。
隣を見る。
苑乃は、丸まって眠っている。
「……」
起こすのも悪いか。
もう一度、目を閉じる。
「……」
やっぱり眠れない。
イヤホンを取り出そうとして、やめる。
こんな時間に音楽を聴く気分でもなかった。
天井を見る。
ここが東京なんだよな。
さっきまで電車に乗っていた。
知らない駅で降りて。
知らない道を歩いて。
ラーメンを食べて。
今は知らない場所で寝ようとしている。
「……」
スマホを見る。
午前二時十三分。
母さんからも、姉ちゃんからも連絡はない。
「……」
昨日は「当たり前だ」としか思わなかったのに、
今は少しだけ、画面を見る手が止まった。
僕は画面を消した。
そして、もう一度目を閉じる。
今度こそ眠れるかもしれない。
そう思った。
「……かずみくん」
「……ん?」
「起きてる?」
「うん」
「……眠れない?」
「そっちこそ」
「私は寝てたよ」
「知ってる」
「そっか」
少し間が空く。
「……東京って静かだね」
「え?」
「外」
苑乃が小さな声で言う。
「こんなに人がいるのに」
「……」
「変なの」
「……そうだね」
二人でしばらく黙る。
「明日、どうする?」
「……分かんない」
「そっか」
「でも」
「うん?」
「明日になったら、考えよう」
「……うん」
午前二時。
東京での一日目が終わった。
何かが変わったわけじゃない。
それでも、昨日までとは違う場所にいる。
僕は今度こそ、目を閉じた。
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