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3/12

見たかったなぁって

出会って二日目のお話です。

毎週木曜更新予定です。


「かずきー! 遅刻するよー!」


「……」


「かずき?」


「……」


「おーい」


「……あ」


「どうしたの? 昨日からずっとぼーっとしてるよ?」


「え?」


「いつものかずきじゃない」


「……あぁ」


昨日のことが、頭から離れない。


初めて本音を言えた。

初めて出来立ての夕飯を、誰かと食べた。

初めて名前を褒められた。


恋と呼ぶには浅はかで、

思い出と呼ぶには、まだ現実味がなかった。


*


授業もまともに頭に入らない。

黒板の文字は写しているのに、先生が何を話していたのかは覚えていなかった。


午後にはプール掃除があるらしい。


うちのプールはK高との共用だ。

夏になれば、向こうの生徒もこの学校にやって来る。


でも、プール掃除には来ないだろう。


K高は進学校だ。

プール掃除なんてしている時間はないはずだから。


「ひどいよな! プール掃除はこっちだけなんてさ!」


「まぁ……あっちは進学校だし」


「それにプールの授業も合同じゃないんだぜ?」


「それは関係なくない?」


「はぁ……無駄にデカくて深いの腹立つ……」


「やんないと終わんないよ」


一年放置されたプールは、底にも壁にも藻がこびりついていた。

ブラシで擦っても、なかなか落ちない。


こんな田舎の学校じゃ、高圧洗浄機なんてあるはずもなく、頼れるのはブラシ一本だ。


やらないと終わらない。

終わらなければ、泳げない。


泳ぐのは嫌いじゃない。

水に身を預けている時間だけは、何も考えなくていい気がした。


「かずき! 危ない!」


視界がぐらりと揺れた。


*


シャーッ。

 

目を開けても、しばらく現実感がなかった。

 

このまま、ずっと目を覚まさなくてもよかったのかもしれない。

 

「あ、起きた?」

 

保健室のカーテンが開く。

白衣姿の先生がこちらを覗き込んだ。


「男子の一人がね、悪ふざけでブラシを投げちゃって、頭に当たったみたい」


「お友達がここまで運んでくれたのよ」


「軽い脳震とうだと思うけど、今日は無理しないでね」


「そうですか……」


「一応、お母さんに迎えに来てもらおうか?」


「……いえ、大丈夫です」


呼んでも、母さんは仕事だ。


「本当に歩ける?」


「はい」


「じゃあ、今日はまっすぐ帰ること。何かあったらすぐ病院だからね」


「はい、さようなら…」


「うん、さようなら」


保健室を出る前に鏡を見る。

額には白いガーゼが貼られていた。

思ったより目立つな。

 

窓から吹くぬるい風が少しだけ頭を冷やしてくれた。


「疲れたな……」


みんな、もう掃除終わっただろうか。


遠くから運動部の声が聞こえる。

たぶん、何事もなく終わったんだろうな。

 

ブラシで脳震盪か……

ちょっと恥ずかしいな。


友達にも心配かけただろうし。


「……あれ?」


聞き覚えのある声。


振り向く。


「かずみくん?」


「あ……」


「え!? その頭どうしたの!?」


「あ、えっと…ブラシが当たって」


「ブラシ!?」

「投げたの!?」


「いや、僕は投げてなくて…」


「そっか…危ないから投げちゃダメだよ」


「あれ……」


「てか、なんでかずみくんいるの?」


「いや、ここ僕の学校……」


「え? そうなの?」


「なんで桐生さんこそ…」


「苑乃でいいよ」


「苑乃さん…」


「苑乃でいいよ」


「苑乃…」


そう呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。


その笑顔が、なぜか少しだけ眩しく見えた。


「なんかね、人数が足りないとかなんとかで、プール掃除しに来たの」


「なんとかって……」


「いやー、かずみくんがここの高校だとは思わなかったよ!」

 

「昨日、制服着てたのに気づかなかった…?」

 

「あー、それは、あんまり周り見てなかったから…」


「今から帰り?」


「先にプール見たい」


「え?」


「途中で抜けたから……どうなったか気になって」


「鍵貰ってこようか?」


「いや、見るだけだから……」


まだ掃除の途中だった場所を、少し確認したかっただけだ。


*


「僕が倒れる前より綺麗になってる…」


「そりゃ頑張りましたから」


「ありがと」


「……さて、どこでかずみくんは倒れたのかな?」


「そんなの確認してどうするんだよ」


「見たかったなぁって」


彼女は、当たり前みたいにそう言った。

でも、目だけは少し、いつもより真剣だった気がした。

毎週木曜日更新

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