アイスの棒
アイスの棒
「夏祭りまで暇だね」
「バイトあるんでしょ?」
「行きたくなーい」
「あはは」
「笑い事じゃないよ」
「でも行かないとお金もらえないでしょ」
「そうなんだけど……」
苑乃は机に突っ伏す。
「暑いし」
「夏だしね」
「会えないし」
「呼んだら行くよ」
「……ほんと?」
「うん」
「バイト中でも?」
「それは無理でしょ」
「あはは」
苑乃が顔を上げる。
「じゃあ、終わったら連絡する」
「うん」
「迎えに来て」
「いいよ」
「約束ね」
「約束」
苑乃は少しだけ笑った。
窓の外では、蝉が鳴いている。
夏祭りまでは、まだ少し時間があった。
それでも、なんとなく。
今年の夏は、長くなりそうな気がした。
*
ピロン
『バイト終わったー!』
『お疲れ様』
『迎え来て』
『今から?』
『うん』
『分かった』
スマホを置く。
立ち上がって、財布をポケットに入れる。
外に出る。
昼間よりは少しだけ涼しくなっていた。
それでも、まだ暑い。
駅まで歩く。
蝉の声がずっと聞こえている。
駅に着く。
「……」
時計を見る。
まだ待ち合わせの時間には少し早い。
ベンチに座る。
人が少ない。
東京とは違う。
あの時みたいに、知らない人がたくさん歩いているわけでもない。
ここには、いつもの景色しかない。
「……」
スマホを見る。
『もう着くよ』
『分かった』
少しして。
遠くから苑乃が歩いてくる。
「かずみくん」
「お疲れ様」
「疲れたー」
苑乃は隣に座る。
「暑い」
「今日ずっと?」
「うん」
「大変だね」
「だから迎えに来てもらった」
「理由になってないよ」
「いいじゃん」
「まあいいけど」
「ねぇ」
「ん?」
「どこ行く?」
「……」
「決めてない?」
「うん」
「じゃあ歩こう」
「どこまで?」
「分かんない」
「また?」
「うん」
苑乃が立ち上がる。
「じゃあ、行こ」
「うん」
二人で歩き出す。
行き先は決まっていない。
夏祭りまでは、まだ少し時間がある。
だから今日は、それでよかった。
ピロンピロン
「あー、コンビニ涼しい」
「ね、アイス買う?」
「買う」
「何にする?」
「……」
「また何でも?」
「違うよ」
「じゃあ何?」
「かずみくんと同じの」
「それ選んでないじゃん」
「あはは」
「じゃあ、これ」
「それ?」
「うん」
「じゃあ私も」
二人でアイスを持ってレジへ向かう。
外に出る。
「……暑い」
「さっき涼しかったのに」
「もう戻りたい」
「早すぎるでしょ」
歩きながら、アイスを食べる。
「かずみくんはさ、高校卒業したら何するの?」
「なんだろね…わかんない」
「どっか他の県行くの?」
「さぁ…?」
「東京とか?」
「東京はもういいよ」
「ふふ」
苑乃は食べ終わったアイスの棒を見ながら歩く。
「私はね」
「うん?」
「卒業したら、ここ出たい」
「……家?」
「いや、この町」
「……」
「ここにいた過去、全部千切って別の街に行く」
「…そっか」
「うん」
「どこ行くの?」
「決めてない」
「ダメじゃん」
「だって、どこでもいいから」
苑乃は少し笑う。
「ここじゃなければ」
「……」
少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思ってしまった。
東京に行ったときは、どこへ行くかなんて考えていなかった。
ただ、二人で行った。
でも。
苑乃が過去を捨てて街を出ると言った。
それが、彼女の願いなら。
自分じゃなくてもよかったのかな。
蝉の声だけが、やけに大きく聞こえた。
「……かずみくん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「そっか」
「うん」
蝉の声が、二人の間を通り過ぎていく。
僕は食べ終わったアイスの棒を、近くのゴミ箱に捨てた。
「帰ろうか」
「うん」




