エピソード4 ウィルとの出会い
アランは、しばらく写真を見つめていた。
何度見ても、写真そのものに
不自然なところは見つからない。
だが――
「……分からないな」
アランは写真をテーブルに置いた。
自分には、写真が本物か偽物かを判断する専門的な知識はない。
ならば、専門家に見てもらうしかない。
アランはパソコンを開いた。
「写真鑑定……」
いくつかの研究機関を調べていく。
その中で、ひとつの名前に目が止まった。
文書鑑定研究所(Document Analysis Laboratory)
文書鑑定、筆跡鑑定、画像鑑定などを
専門とする民間研究所。
アランは所在地を確認した。
セント・クロス・ストリートから、
歩いて十五分ほど。
アランの住む場所からそれほど遠くない。
「ここでいいか」
アランは研究所へ電話をかけた。
事情を簡単に説明すると、担当者から
写真を持参するよう告げられた。
そして、指定された日時。
アランは車を走らせ、研究所へ向かった。
研究所の建物は、都心のオフィス街にある一般的なオフィスビルと変わらなかった。
「……研究所、か」
アランは車を降り、建物を見上げる。
外から見ただけでは、ここで何が行われているのか分からない。
アランは写真の入った封筒を手に取ると、建物の中へ入っていった。
アランは中に入ると受付で名前を告げる。
確認を終えると、入館証を渡される。
「担当の者が降りてきます。
お待ちください。」
アランは
外が見える待合室で待つことにした。
しばらくして、
一人の男が降りて来た。
明るめのブラウンの髪。
表情がよく変わる男で目を見れば何を考えているのか、だいたい分かりそうだった。
人懐っこい雰囲気があり、自然と警戒心を解かせるような印象を受ける。
アランを見つけると、すぐに近づいて来た。
「初めまして、担当させて頂く
ウィル・リーズです」
「初めまして、
アラン・ヴァルノールです」
(えっ?まさか!あのヴァルノール公爵の?)
アラン
「早速だけど、この写真見てくれる?」
ウィルは写真を受け取る。
楽しそうに笑う男女の姿が写っている。
裏には日付もある。
「本物かどうか調べてほしい」
「上で詳しく調べてみます」
「見てもいい?」
「えっ?何を?」
「どうやって調べるのか」
ウィル
(断ったら俺
何されるか分からないし、ここは…)
しばらくの沈黙の後。
ウィル
「いいですけど…」
「けど、何?」
「あっ…いや……時間かかりますよ?」
「構わない」
アラン即答。
ウィル
(俺が緊張するだろ!)
「あっ…じゃあ……どうぞ」
二人はエレベーターに乗り込む。
ウィルは自分の研究室がある階数を押す。
「……」
「……」
エレベーターが止まる。
ウィル
(数秒ってこんなに長かったのか?)
ウィル
「こちらです、どうぞ」
アランは研究室の中を見渡す。
そして
「俺に気にせず調べて」
ウィルは
ちょっと不思議そうにアランを見つめた。
それに気づいたアランが
「さっきから独り言いってるよね?」
「えっ?俺が?あっ!いや……僕がですか??」
アランは少し笑う。
「年も近いし敬語はいいよ……堅苦しいし」
「いや……そうじゃなくてですねー
独り言の方!」
「ん?顔に出てた」
「えーーー!!!」
アランはふっと笑うと
(当たりだな)
「で、最初に何するの?」
「あっ!えっと…」
慌てるウィル。
その横でアランは静かに座ると
ウィルの仕事の様子を見ていた。
それから、数時間が過ぎた。
研究室には、キーボードを打つ音と、時折マウスを操作する音だけが響いている。
ウィルはモニターに映した写真を拡大し、細かな部分を一つずつ確認していた。
アランはその様子を、
少し離れた椅子から静かに見ている。
やがてウィルが、
画面から目を離さずに口を開いた。
「写真そのものに、目立った加工の痕跡はないな」
アラン
「そうか」
「少なくとも、簡単に作られた偽物じゃない」
ウィルは写真をもう一度拡大する。
「ただ……撮影された日時については、
もう少し調べる必要がある」
その言葉に、アランが写真へ目を向けた。
そこには、
楽しそうに笑う女性とジルベール公爵。
二人の間には、小さなテーブルが置かれている。
そして――
「……ワイン?」
アランが呟いた。
ウィル
「ん?」
「公爵が持っているもの」
ウィルも写真を見る。
「ワインだね」
アランはしばらく写真を見つめた。
「この写真の日付は?」
「裏に書かれている日付なら……」
ウィルが確認する。
「五月二十三日」
アラン
「その前の日、気温がかなり上がっていたはずだ」
「そうなの?」
「近年では珍しいほどの暑さだった」
アランは写真のワインに視線を戻す。
「その影響で、この地域ではワインの保管にも問題が出ていた」
ウィルが眉を寄せる。
「……保管?」
アラン
「…ああ、保管庫の温度が上がって、適切な温度を保てなかったんだ」
「それが、この写真とどう関係するの?」
アランは写真を指差した。
「このワインだよ」
「……?」
「この暑さの中で、屋外でピクニックをしている。しかも、ワインを持ち出している」
ウィルは写真を見直した。
「……なるほど」
「ただ、それだけなら決定的な証拠にはならない。別の場所で保管されていたものを持ってきた可能性もあるからな」
ウィルは黙った。
そして、もう一度写真を見る。
二人は笑っている。
その手には、ワイン。
「……確かに」
ウィルが呟いた。
アラン
「それに――」
写真を少し傾ける。
「二人とも、暑さを感じているようには見えない」
ウィルがアランを見る。
アランは写真に視線を戻した。
「木陰にいるわけでもない」
写真の二人は、芝生の上に敷かれたシートに座っている」
アランが続ける。
「服装も、暑さを避けているようには見えないな」
ウィルも写真を覗き込む。
「……確かに」
アラン
「それに、ワインまで持っている」
「暑い日にピクニック……か」
ウィルはしばらく写真を見つめた。
「でも、それだけで撮影日が違うとは言えないよね」
「ああ」
アランは頷いた。
「だから、もう一つ確認したい」
ウィルは椅子を回し、パソコンへ向き直った。
「気象データを調べてみる」
数分後。
「……あった」
ウィルが画面を見つめたまま呟く。
「やっぱり、かなりの高温だ」
アランが立ち上がる。
「写真の日付は?」
ウィルは裏面の日付を見る。
そして、気象データと照らし合わせた。
「……この日で間違いない」
「じゃあ――」
アランは写真に視線を戻した。
「……この写真は、本当にその日に撮られたのか?」
ウィルは写真を見つめたまま、ゆっくりと言った。
「……写真そのものが偽物じゃなくても、撮影された日付が違う可能性はある」
アランは小さく頷いた。
「それを確かめたい」
ウィルが振り返る。
「調べてみるよ」
ウィルはパソコンの画面に写真を表示した。
「まず、画像データを確認する」
いくつかの操作をすると、
画面に細かな情報が表示される。
アランは隣から画面を覗き込んだ。
「何を見てる?」
ウィル
「写真には、撮影した時の情報が残っていることがあるんだ。撮影日時とか、使用したカメラの情報とかね」
「へぇ……」
ウィルは表示された項目を一つずつ確認していく。
そして――
「……あれ?」
手が止まった。
「どうした?」
「撮影日時が残ってる」
「いつ?」
ウィルが画面を指差す。
「五月二十日」
アランは写真の裏に書かれた日付を確認した。
「五月二十三日だ」
「うん」
ウィルは画面と写真を見比べる。
「三日違う」
アラン
「どちらかが間違っている?」
「可能性はある。でも……」
ウィルは少し考えた。
「画像の撮影日時は、あとから変更することもできる。だから、これだけで五月二十日に撮影されたとは断定できない」
「なるほど」
アランは写真を手に取った。
「じゃあ、別の日に撮った写真に五月二十三日と書いた可能性もある」
研究室に、短い沈黙が落ちた。
ウィルは画面に表示された撮影日時を見つめた。
「……五月二十日」
「写真の裏には五月二十三日」
「三日間の差か……」
ウィルが呟く。
「これは、もう少し調べた方がよさそうだね」
アランは小さく笑った。
「そうしてくれ」
ウィルは苦笑する。
「君、すっかり僕の研究員みたいになってるよ」
「僕は座って見てるだけだ」
「それが一番緊張するんだって……」
アランは、ふっと笑った。
エピソード4 完。
お読みいただきありがとうございます。
次回、「エピソード5 崩れた噓」です。




