――録画から始まる頭脳戦
前書き
――軟式野球部だって、いいじゃないか。
この物語の主人公・神谷悠真は、もともと名門高校の硬式野球部を目指していた。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
特待生、全国から集まる選手、硬式野球で実績を残してきた中学生たち。
「お前は、硬式野球部には入れない」
その言葉を聞いたとき、悠真の夢は一度、大きく崩れた。
それでも、野球を諦めることはできなかった。
悠真がたどり着いたのは、硬式野球部ではなく――軟式野球部だった。
選手数は決して多くない。
しかし、そこには個性豊かな仲間たちがいた。
そして、マネージャーとして野球部を支える高橋美咲。
過去にいろいろなものを抱えていた彼女も、悠真たちと出会い、少しずつ変わっていく。
今では二人は恋人同士。
野球だけではない。
練習、試合、合宿、仲間との笑い、そして恋。
そんな青春の中で、悠真は一つの大きな目標を掲げる。
――全国制覇。
「軟式だから無理」
「硬式じゃないと本格的な野球じゃない」
そんな言葉を全部ひっくり返すために。
軟式野球部だって、いいじゃないか。
いや――
軟式野球部だからこそ、できることがある。
これは、目立たなかった一人の左投げ左打ちの少年が、仲間たちとともに全国の頂点を目指す物語。
そして、その隣にはいつも――
少しヤキモチ焼きな彼女、美咲がいる。
夏のトーナメントは、まだ終わっていない。
悠真たちの本当の戦いは、ここから始まる。
第十七話 次の相手は進学校――録画から始まる頭脳戦
初戦をコールド勝ちで突破した俺たちは、翌日の練習を終えたあと、ミーティングルームに集められていた。
「次の試合は――来週の土曜日だ」
田中先生がホワイトボードに日付を書いた。
「一週間ある」
「一週間か……」
黒田先輩が腕を組む。
俺はトーナメント表を見る。
次の相手は――。
都立・東雲高校。
東京都内でも有名な進学校。
野球部が全国的な強豪というわけではない。
しかし、初戦の試合結果を見る限り、侮れる相手ではなかった。
「進学校?」
俺が聞くと、田中先生が頷いた。
「そうだ」
「野球も強いんですか?」
「去年の成績だけを見るなら、そこまでではない」
先生は一度言葉を切った。
「だが、今年は違う」
そう言って、机の上に一枚の資料を置いた。
そこには東雲高校の試合結果が並んでいた。
「守備力が高い」
「守備?」
「それだけじゃない」
田中先生はリモコンを手に取った。
「今日から一週間、こいつらを研究する」
スクリーンに映像が映し出される。
そこには――。
東雲高校の試合が映っていた。
⸻
「これ、録画ですか?」
「そうだ」
「いつの試合です?」
「去年の大会。それから今年の公式戦」
俺たちは画面を見つめた。
東雲高校の選手たちが守備につく。
一見すると、普通のチームに見える。
だが――。
「……あれ?」
俺は画面を見ていて気づいた。
「守備位置が変わってる」
田中先生が頷いた。
「そう」
打者によって内野の位置が違う。
ランナーが出れば、外野の位置も変わる。
そして――。
打者のカウントによっても守備位置が変化していた。
「これ、全部考えてやってるんですか?」
「おそらくな」
黒田先輩が画面を見ながら呟く。
「頭いいな……」
⸻
次の映像。
東雲高校の攻撃。
一番打者が出塁する。
二番打者が送りバント――。
と思った瞬間。
「バスター」
黒田先輩が言った。
打者がバットを引き、強く振り抜く。
内野の間を抜けた。
「うわ……」
俺は思わず声を出した。
送りバントを警戒して前に出た守備陣の逆を突いた。
「これ、わざと?」
「そうだろうな」
田中先生が答える。
「相手の守備を見て、その場で作戦を変えている」
「つまり……」
俺は画面を見る。
「頭を使うチーム?」
「その通り」
田中先生は頷いた。
「東雲高校は、身体能力だけで勝つチームじゃない」
⸻
「じゃあ、どうやって攻略するんですか?」
一年生の選手が聞いた。
田中先生は少し笑った。
「だから一週間ある」
ホワイトボードに大きく書く。
観察
分析
対策
「野球は身体能力だけのスポーツじゃない」
「相手が何を考えているのか」
「どこを狙っているのか」
「次に何をしてくるのか」
「それを読むことも野球だ」
俺は頷いた。
「頭脳戦……」
「そういうことだ」
⸻
その日の練習は、いつもとは違った。
普通の打撃練習だけではない。
東雲高校の守備位置を再現する。
バントを警戒して守備が前に出た場合。
盗塁を警戒して内野が動いた場合。
カウントによって守備が変わった場合。
全部試す。
「もう一回!」
「今度は逆!」
「三塁ランナーがいる想定!」
「一死一、三塁!」
グラウンドはまるで将棋盤のようになっていった。
選手一人一人が駒ではない。
自分で考えて動く。
それが今回のテーマだった。
⸻
そして、マネージャーたちも忙しくなった。
「美咲、これ去年の映像?」
「はい」
三年生マネージャーから渡された資料を、美咲が確認する。
「東雲高校の打者データです」
「ありがとう」
一年生のマネージャーも資料を整理している。
「美咲先輩、この選手、同じ方向に打ってます」
「本当?」
「はい。右方向が多いです」
美咲は映像を確認する。
「……ほんとだ」
「じゃあ、守備位置を変えたほうがいいんですか?」
「それは先生に伝えよう」
美咲はすぐにメモを取った。
以前の美咲なら、こんなふうにチームのことを考えて動く姿なんて想像できなかった。
でも今は違う。
野球部の一員として、自分にできることを探している。
⸻
練習後。
俺は一人で映像を見ていた。
「……」
何度見ても、東雲高校は嫌なチームだった。
派手さはない。
ホームランを連発するわけでもない。
でも――。
相手の弱点を見つける。
そこを突く。
こちらが対策すれば、その対策をさらに利用する。
まるで先読みしているようだった。
「これ、勝てるのか……?」
思わず呟く。
「勝つんでしょ?」
後ろから声がした。
振り返る。
美咲先輩だった。
「先輩」
「何見てるの?」
「次の相手です」
「ずっと見てるね」
「強いですよ」
「でも、悠真たちも強いじゃん」
「……」
美咲先輩は俺の隣に座った。
画面を見る。
「私には難しくて分からないけど」
「はい」
「悠真なら大丈夫」
「簡単に言いますね」
「だって――」
美咲先輩が笑った。
「全国制覇するんでしょ?」
俺は少し笑った。
「そうでした」
⸻
一週間。
長いようで短い。
俺たちは東雲高校の映像を何度も見た。
同じ場面を繰り返す。
「ここだ」
「この打者、二ストライクになると外角を狙ってる」
「このランナー、リードが大きい」
「この守備、バントのときだけ三塁手が前に出る」
少しずつ相手が見えてきた。
ただ強いだけではない。
相手にも癖がある。
なら――。
そこを突く。
俺たちは一週間かけて、東雲高校を攻略する準備を進めた。
⸻
そして――。
土曜日。
試合当日。
バスの中は静かだった。
誰もふざけていない。
イヤホンをしている選手。
資料を見ている選手。
目を閉じている選手。
俺も、最後の確認をしていた。
すると美咲先輩が隣に来た。
「悠真」
「はい」
「緊張してる?」
「少し」
「大丈夫」
「はい」
「一週間、いっぱい勉強したんだから」
俺は笑った。
「野球で勉強するとは思いませんでした」
「私も」
二人で笑う。
そして会場に到着した。
グラウンドの向こう側。
そこには――。
東雲高校の選手たちがいた。
全員、静かだった。
無駄な動きがない。
アップの段階から、周囲を観察している。
俺は思った。
――こいつら、俺たちを見てる。
俺たちも相手を見る。
相手も俺たちを見る。
目が合った。
そして、俺は理解した。
今日の試合は――。
ただボールを打って、投げて、走るだけじゃない。
相手の一手を読み、自分たちの一手を返す。
そんな試合になる。
「神谷」
黒田先輩が声をかける。
「はい」
「頭使えよ」
「先輩もですよ」
「分かってる」
俺たちはグラウンドへ向かった。
夏のトーナメント二回戦。
相手は――。
都立の進学校、東雲高校。
そして今日の勝負は――。
頭脳戦だ。
登場人物
神谷 悠真
1年生/左投げ左打ち/軟式野球部
主人公
真面目で野球に対しては一直線
美咲と交際中
試合会場で楢橋学園のチアリーダーをついチラッと見てしまい、美咲に怒られる
本人には悪気はなく、ほんの一瞬だったが、美咲にはしっかり見られていた
左肩の状態もあり、今回のトーナメントでは無理をしないことを意識している
⸻
高橋 美咲
2年生/軟式野球部マネージャー/悠真の彼女
チームを支えるマネージャー
悠真のことを大切にしている
普段は優しいが、悠真が他の女子を見ていると少しヤキモチを焼く
今回も悠真が楢橋学園のチアリーダーを見たことを見逃さず、しっかり注意する
ただし本気で怒っているわけではなく、悠真とのやり取りを楽しんでいる部分もある
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黒田 蓮
2年生/内野手/軟式野球部
悠真の先輩
二人の関係を知っているため、悠真と美咲のやり取りを面白がっている
悠真がチアリーダーを見てしまったときも、後ろから笑いをこらえていた
試合になると真剣になり、チームを引っ張る存在
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佐藤 真由
3年生/軟式野球部マネージャー
マネージャーのまとめ役
美咲のことをよく知っている
美咲の過去も知っており、昔の美咲から現在の美咲への変化を見守っている
⸻
小川 彩
1年生/軟式野球部マネージャー
明るく素直な性格
美咲を慕っており、マネージャーの仕事を教えてもらっている
野球のルールや試合の記録も少しずつ覚えている




