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お前には無理だ

前書き


高校野球と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。


甲子園。


硬式野球。


強豪校。


全国から集まる選手たち。


特待生。


中学時代から硬式を経験し、将来を期待されているスター選手。


そんな世界を想像する人も多いと思います。


しかし、高校野球の世界には、それだけではありません。


硬式野球部ではなく、軟式野球部で青春を懸ける選手たちもいます。


本作の主人公も、その一人です。


中学時代は軟式野球。


左投げ左打ち。


特別に目立つ選手ではありませんでした。


それでも野球が好きだった。


高校でも野球を続けたかった。


そして、本当は全国大会を目指したかった。


けれど、名門高校からの誘いだと思っていた話は、主人公が想像していたものとは違っていました。


「お前みたいな軟式上がりが、レギュラーを取れると思うのか?」


その言葉は、主人公の心を大きく揺さぶります。


そこで主人公が選んだ道は、野球を諦めることではありません。


硬式野球部のない、軟式野球部のある高校。


部員も少ない。


練習場所も十分ではない。


グラウンドは他の部活動と譲り合わなければならない。


全国からスター選手が集まってくるわけでもない。


それでも――。


野球をすることはできる。


仲間と一緒に汗を流すことはできる。


そして、夢を見ることだってできる。


「軟式野球部だっていいじゃないか」


この物語は、そんな小さな野球部から始まります。


最初は誰にも期待されていない。


むしろ、「全国制覇なんて無理だ」と笑われるかもしれない。


それでも彼らは挑戦します。


一球を追いかける。


一本のヒットを打つ。


一つのアウトを取る。


一勝を積み重ねる。


その先にある、全国大会を目指して。


これは、特別な才能を持った選手たちだけの物語ではありません。


普通の選手でも。


軟式出身でも。


無名校でも。


仲間と本気になれば、どこまで行けるのか。


その答えを探す物語です。


さあ――。


軟式野球部の全国制覇への道が、今始まります。

軟式野球部だっていいじゃないか――俺たちの全国制覇


第一話 「お前には無理だ」


「……本当に、ここでいいのか?」


父親の言葉に、俺は黙って前を向いていた。


目の前には、県内でも有名な野球強豪校の校門。


春。


まだ桜が少しだけ残っている。


校門の向こうでは、何人もの高校生が野球部の練習着を着て歩いている。


その姿を見ていると、胸の奥がざわついた。


俺だって、あそこに行きたかった。


いや。


正確には――。


「あの高校で野球がしたかった」


中学三年。


俺は野球部だった。


ただし、硬式ではない。


軟式野球。


左投げ左打ち。


守備は外野。


打撃も守備も、特別に上手いわけではなかった。


中学時代、俺はチームの中心選手ではなかった。


試合には出ていた。


ベンチにも入った。


だけど、


「こいつがいれば勝てる」


そう言われるような選手ではなかった。


むしろ、目立たない選手だった。


だから高校進学を考えたとき、俺は夢を見ていた。


強豪校。


甲子園。


背番号。


そして――全国制覇。


そんな夢を。


しかし、その夢は簡単に砕かれた。


「君、軟式出身だよね?」


高校の監督にそう聞かれた。


「はい」


「硬式は経験してる?」


「……ありません」


監督は少し黙った。


そして、はっきりと言った。


「うちには全国から選手が集まる」


その言葉だけで、嫌な予感がした。


「特待生もいる。中学硬式のクラブチームで全国大会に出ていた選手もいる」


「……はい」


「君が悪い選手だと言っているわけじゃない」


監督はそう前置きした。


そして――。


「でも、うちに来てもレギュラーを取るのは難しいと思う」


胸を殴られたような気がした。


「お前みたいな軟式上がりや、普通の推薦で、レギュラーが取れると思うのか?」


その言葉が、頭から離れなかった。


帰り道。


俺は何も喋らなかった。


家に帰ってからも、部屋に閉じこもった。


机の上には、野球雑誌。


テレビには高校野球。


スマホには甲子園の動画。


何度見ても、胸が苦しくなった。


俺には無理なのか。


硬式をやってきた選手には勝てないのか。


特待生には敵わないのか。


全国大会なんて、夢を見るだけ無駄なのか。


俺はベッドに倒れ込んだ。


「……高校で野球、やめようかな」


その言葉が口から出た。


だけど。


本当にやめたいのか?


違った。


俺は野球をやめたいわけじゃない。


ただ――。


自分には居場所がないと思っていた。


そんなときだった。


母親が一枚の学校案内を持ってきた。


「ここはどう?」


「どこ?」


「この高校」


俺はパンフレットを受け取った。


そこに書いてあったのは、普通科の高校。


進学校でもなければ、超強豪校でもない。


そして、部活動の一覧を見た。


「……野球部」


「うん」


俺はさらに見る。


「軟式野球部?」


思わず声が出た。


「そう。ここ、硬式じゃなくて軟式なんだって」


俺はパンフレットをじっと見つめた。


今では、高校の野球部といえば硬式が当たり前になりつつある。


軟式野球部がある高校は少ない。


だからこそ、俺にはその文字が妙に輝いて見えた。


軟式野球部。


俺がやってきた野球。


俺が知っている野球。


「……ここなら」


小さく呟いた。


ここなら、もう一度野球ができる。


そう思った。


そして俺は、その高校を受験することにした。



入学式。


俺は新しい制服に袖を通し、学校へ向かった。


校門をくぐる。


周りには、サッカー部。


バスケットボール部。


陸上部。


テニス部。


いろいろな部活動の勧誘が行われていた。


だが俺が探していたのは一つ。


「軟式野球部……」


部活紹介の掲示板を見る。


あった。


しかし――。


「……少なっ」


部員募集の紙に書かれていた人数を見て、俺は思わず苦笑した。


部員は十数人。


しかも、マネージャーの人数が妙に多い。


「選手よりマネージャーのほうが多いんじゃないか?」


思わず呟いた。


すると、


「それ、俺たちも思ってる」


後ろから声がした。


振り返る。


そこには、坊主頭の男子が立っていた。


「軟式野球部に興味ある?」


「……はい」


「経験者?」


「中学でやってました」


「硬式?」


「軟式です」


その瞬間、男子は笑った。


「じゃあ仲間だな」


「え?」


「俺も軟式」


その言葉に、胸が少し軽くなった。


「俺、三年の佐伯。キャプテン」


「一年の……」


俺が名前を言おうとした瞬間。


グラウンドのほうから大声が聞こえた。


「おーい! 佐伯! サッカー部がグラウンド使うって!」


「またかよ!」


佐伯が頭を抱える。


「俺たちの練習場所は?」


「体育館裏」


「野球部なのに?」


「しょうがないだろ」


俺は思わず笑ってしまった。


これが俺の高校野球。


甲子園常連校とは違う。


立派な専用球場もない。


全国から選手が集まってくるわけでもない。


グラウンドだって自由には使えない。


だけど――。


「面白そうだな」


そう思った。



入部初日。


顧問の先生が部員を集めた。


「今年の目標を確認するぞ」


部員たちが顔を上げる。


先生はホワイトボードに文字を書いた。


全国大会出場。


その瞬間、部員たちがざわついた。


「先生、本気?」


「去年県大会一回戦負けですよ?」


「部員もギリギリですよ?」


先生は笑った。


「だから何だ?」


誰も答えない。


先生は続けた。


「最初から諦めている奴に、全国なんて行けるわけがない」


俺はその言葉を聞いて、胸が熱くなった。


全国。


その言葉を聞いた瞬間、忘れかけていたものが蘇った。


俺が本当に欲しかったもの。


甲子園ではない。


硬式野球でもない。


名門校のユニフォームでもない。


ただ――。


全国大会で戦いたい。


全国の舞台に立ちたい。


そして勝ちたい。


俺は左手を握った。


「……やってやる」


誰にも聞こえない声で呟いた。


その日の練習。


俺は外野ノックを受けた。


ボールが飛んでくる。


俺は走った。


一歩。


二歩。


三歩。


そして――。


「取った!」


グラブにボールが収まった。


佐伯先輩が笑った。


「いいじゃん」


「ありがとうございます!」


「肩も悪くない」


俺は左肩を見つめた。


中学では、何度も言われた。


「普通」


「悪くない」


「まあまあ」


そんな言葉ばかりだった。


でも。


ここでは違う。


俺はまだ何者でもない。


だからこそ――。


これから何者にでもなれる。


練習が終わった。


夕暮れのグラウンド。


サッカー部が練習している横で、俺たちはボールを片付けていた。


マネージャーたちが笑いながら道具を運んでいる。


「今日もグラウンド半分しか使えなかったな」


「明日は体育館裏ですよ」


「その次は?」


「……まだ決まってません」


みんな笑った。


俺も笑った。


名門校とは全然違う。


だけど。


俺は思った。


――ここでいい。


いや。


ここがいい。


硬式じゃなくてもいい。


名門じゃなくてもいい。


特待生じゃなくてもいい。


全国から集まったスター選手じゃなくてもいい。


俺たちは軟式野球部だ。


それでも野球選手だ。


俺は空を見上げた。


夕焼けがグラウンドを赤く染めていた。


そして、俺は静かに誓った。


「軟式野球部だっていいじゃないか」


誰もいない空に向かって言う。


「俺たちだって――全国制覇できる」


その言葉を聞いていた者が一人だけいた。


マネージャーの女子だった。


彼女は小さく笑っていた。


「全国制覇……か」


そして、誰にも聞こえない声で呟く。


「本当に、できるかもしれないね」


俺たちの物語は――。


まだ始まったばかりだった。

後書き


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第一話では、主人公が高校野球の世界に足を踏み入れるまでを描きました。


主人公は、決して「天才」ではありません。


中学時代から全国的に有名だったわけでもありません。


硬式野球の経験もありません。


軟式野球出身です。


そして、名門高校から見れば、全国から集まる選手たちと比べて「普通の選手」と見られてしまう存在です。


だからこそ、この物語では主人公のスタート地点を低くしました。


最初から四番でもない。


最初からエースでもない。


最初から注目される選手でもない。


そんな選手が、仲間たちと一緒に成長していく。


そこを大切にしたいと思っています。


高校野球では、どうしても強豪校や甲子園という舞台が注目されます。


しかし、全国にはさまざまな環境で野球を続けている高校生がいます。


専用グラウンドがある学校。


立派な設備を持つ学校。


部員が何十人、何百人もいる学校。


一方で、限られた場所で練習する学校。


部員不足に悩む学校。


他の部活動とグラウンドを共有する学校。


それでも、選手たちは毎日ボールを追いかけています。


この物語の軟式野球部も、そんな「普通の高校」の一つです。


グラウンドが使えない。


部員が少ない。


練習環境も十分ではない。


それでも、彼らには夢があります。


全国制覇。


最初は笑われるかもしれません。


「そんなの無理だ」


「弱小校だろ」


「軟式だろ」


「全国なんて行けるわけがない」


そんな言葉を浴びることもあるでしょう。


でも、主人公たちはそこで諦めません。


むしろ、そう言われたからこそ燃える。


「軟式野球部だっていいじゃないか」


この言葉を、この物語の合言葉にしていきたいと思っています。


硬式だから偉い。


軟式だから下。


強豪だから偉い。


無名校だから駄目。


そんな単純な話ではありません。


どんな環境でも、本気で野球に向き合うことはできる。


そして、夢を見ることは誰にでもできる。


主人公たちがこれからどんな仲間と出会い、どんなライバルと戦い、どんな壁を乗り越えていくのか。


そして、本当に全国制覇までたどり着けるのか。


まだ何も決まっていません。


ただ一つだけ決まっていることがあります。


彼らは――。


諦めない。


全国制覇という大きな夢に向かって、一歩ずつ進んでいきます。


次回からは、いよいよ本格的な部活動が始まります。


個性的な仲間たち。


頼れる先輩。


少し変わったマネージャーたち。


そして、主人公の前に現れるライバル。


まだ無名の軟式野球部が、少しずつ「チーム」になっていきます。


最初は小さな一歩。


でも、その一歩がいつか全国につながる。


そんな物語を、これから一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。


――軟式野球部だっていいじゃないか。


俺たちは、全国制覇を目指す。


次の一球へ。


次の一勝へ。


そして――その先へ。

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