第64話 帰還と、涙と、一か月の鍛錬
ロナルド先生と共にみんなの元へ戻った瞬間、自分は思わず足を止めた。
泣いているクラスメイト達がいたからだ。
「レイさんっ……!」
真っ先に飛び出してきたのはシンシアさんだった。目は真っ赤。頬には涙の跡。どう見ても泣き続けていた顔である。
その後ろにはコーデリアさん。そしてマーティナさんの姿もあった。三人とも今にも泣き出しそうな顔をしている。
「えっと……ただいま?」
「ただいまじゃありません!」
シンシアさんが珍しく大きな声を出した。その勢いに自分は思わず一歩下がる。
「レイさんが……レイさんが……」
言葉にならないらしい。代わりに腕をぎゅっと掴まれた。離したら消えてしまうとでも思っているかのように。
「本当に……無事だったんですね……」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。胸が痛くなった。
確かに自分には勝算があった。ちゃんと帰るつもりだった。だが周囲から見れば違う。六歳の子供が八十匹以上の魔狼を引き連れて森の奥へ消えたのだ。普通に考えれば死亡確定である。
「心配させてごめん」
「ごめんで済みません……!」
少し怒った声。でもその声の奥にあるのは怒りではなく安心だった。
「本当に心配したんですから……」
「うん……」
これは完全に自分が悪い。後日、特製シュークリームでも作ろう。そう心に決めた。
その隣ではコーデリアさんも涙を拭っていた。
「レイくんは無茶をしすぎです……」
「反省してる」
「本当にですか?」
「今回は本当に」
「いつもそう言っています」
「ぐっ」
痛い。反論できない。確かに最近の自分は無茶が多い気がする。魔導工房。虹結晶。魔狼の群れ。振り返ると色々おかしい。
だがそれでも今回だけは仕方なかったと思う。あのままなら誰かが死んでいた。ブルーノだけでは済まなかったかもしれない。だから後悔はしていない。申し訳なさはあるけれど。
★
一方で妙に落ち着いている二人もいた。
「だから言っただろ?」
ブラットだった。
「レイは勝算も無しに突っ込む奴じゃねえ」
「そうだにゃ」
エレナも腕を組みながら頷く。
「レイは保険が無いことは嫌いだからにゃ」
「それ信頼されてるのかな?」
「当たり前だろ」
「そうにゃ」
二人とも即答だった。何だろう。嬉しいような。複雑なような。
「幼なじみって怖いな……」
「今さらだろ」
「今さらにゃ」
完全に見透かされている。変な秘密までバレないよう気を付けよう。……いや。既に色々バレている気もする。
(全身タイツを見てもブラットが動じなかった時から、たぶんそういう関係だ)
そう思うと少し笑えた。
★
その後。自分が最も気になっていた人物の元へ向かった。ブルーノである。
結果から言うと――無事だった。命に別状はない。後遺症も残らない。ただし大怪我だったため長期間の入院は必要らしい。
「よかった……」
本気で安堵した。もしブルーノが死んでいたら。自分は間違いなく後悔していただろう。
病室へ行くとブルーノは苦笑していた。
「そんな顔するなよ」
「いや、するだろ」
「助かったんだからいいじゃねえか」
本人は妙にあっさりしていた。背中が大きく抉れた本人とは思えない。
「痛くなかったの?」
「痛かった」
「だよね」
「死ぬかと思った」
「だよね!」
やっぱり痛かったらしい。
それでもマーティナさんを庇った事を後悔していないらしい。主人公か。主人公なのか。
しかもその後、病室は大変なことになった。女子生徒。上級生。他クラス。見舞い客が次々と押し寄せる。まるで人気俳優の握手会だった。
(羨ましい。いや、怪我はしたくないけど)
そんな中、毎日通っている人物が一人だけいた。マーティナさんだ。どうやら完全に意識してしまったらしい。
まあ。命を懸けて守られたらそうなるよな。むしろならない方がおかしい。ただブルーノを狙う女子は多い。将来大変そうだ。
「にゃあ……」
そう呟いたらエレナが大きなため息を吐いた。
「何?」
「レイはそのままでいて欲しいにゃ」
「意味が分からない」
「そのままでいて欲しいにゃ」
意味は分からなかった。
★
遠足事件の影響は想像以上だった。
一年Aクラスは一か月間の授業停止。聖教会から調査団まで派遣された。教師達は連日事情聴取。安全管理の見直し。再発防止策。責任追及。かなり大事になったらしい。
そして教師陣は再教育コース送りになった。
「そんなに大変なんですか?」
「聞くな」
ロナルド先生は遠い目をした。
「考えたくもない」
相当らしい。普段豪快な先生がここまで嫌がるのだから間違いない。
さらに保護者説明会も行われた。そこで伝説を作ったのが――エリーさんだった。エレナのお母さんである。
説明会後。帰宅したエレナは完全に死んだ顔をしていた。
「どうしたの?」
「週末が終わったにゃ……」
「まだ来てないけど」
「私の人生が終わったにゃ……」
重症だった。どうやら「もっと上手く立ち回りなさい」と怒られたらしい。十分活躍していたと思う。しかしエリーさん基準では足りなかったようだ。
結果、週末は猛特訓。エレナの耳と尻尾が目に見えてしおれていた。
少しだけ同情した。本当に少しだけ。
(エリーさんって本当に何者なんだ……)
考えるのをやめた。
★
一か月の自由時間。自分は徹底的に鍛えた。今回の事件で痛感したからだ。まだ弱い。先生達の足を引っ張った。子供だから仕方ない。そう言われても納得できなかった。だから鍛える。
朝はコーデリアさんとシンシアさん相手に回避訓練。昼はブラットとエレナとの模擬戦。夜は魔導操作。属性付与。魔導具開発。
そして――建築。
購入した二つの土地の開発も本格化した。住宅予定地。店舗予定地。まずは地下施設から完成させる。
住宅側地下二階。店舗側地下二階。そして秘密通路。誰にも知られず行き来できる構造だ。
「完全に秘密基地だな……」
『そうですね』
「嬉しそうだね」
『たのしそうです』
セシリアが弾んだ声で答える。設計段階から視界共有しているので、セシリアも一緒に作っている感覚があるらしい。
さらに住宅側地下には培養設備を設置。大量の魔獣血液。虹結晶。虹魔石。研究施設というより危険施設である。
「聖教会に見つかったら怒られる気がするな……」
『たぶんおこられます』
セシリアが即答した。ひどい。でも否定できない。
住宅完成予定は一か月後。店舗完成予定は二か月後。材料は全て揃っている。後は組み立てるだけだ。
店の名前も考えなければならない。商品も増やしたい。やることは山ほどある。
だが嫌ではない。むしろ楽しかった。
★
遠足事件は終わった。魔狼事件も終わった。
しかし自分の人生はまだ始まったばかりだ。
雑貨屋。魔導具店。ポーション販売。虹結晶の研究。そして世界中を旅する夢。やりたいことは無限にある。
だからこそ。
「もっと強くならないとな」
夕暮れの建築予定地を見ながら呟く。遠くで風が吹いた。秋の匂いがする。
そして自分は気付いていなかった。
あの魔狼事件が。自分の知らない場所で。さらに大きな何かを動かし始めていたことを。




