第61話 遠足と、料理長と、午後の事件の予感
遠足当日の朝。一年Aクラスの生徒達は、普段より少し早い時間に学園へ集合していた。
空は快晴。澄み切った青空が広がり、秋らしい涼しい風が吹いている。絶好の遠足日和だった。
だが自分は集合場所へ向かいながら少しだけ疑問に思っていた。
「一年生全員で行った方が効率良い気もするんだけどな……」
前世の遠足は学年単位が普通だった。ところが今回は違う。一年Aクラスのみ。後日Bクラス。さらにその後にCクラス。という形で順番に実施されるらしい。
その理由は出発してすぐに理解できた。周囲にいる先生の数が異常だったからだ。
ロナルド先生。女性教師二名。男性教師二名。合計五人。生徒は十名。ほぼ二人に一人先生が付いている計算になる。
「護衛だね……」
思わず呟く。まだ一年生は戦力として数えられない。何かあれば守られる側だ。だからこそ教師の数が多いのだろう。
(異世界らしい遠足だ)
前世の遠足とは根本的に目的が違うのかもしれない。
★
山道へ入ってから一時間ほど。自分達は紅葉に彩られた山道を歩いていた。
見上げれば赤。黄色。橙。色鮮やかな葉が青空を背景に揺れている。
「綺麗だなぁ……」
思わず見惚れる。前世でも紅葉は好きだった。異世界でも美しいものは美しい。自然と足取りも軽くなる。
そんな中、隣を歩いていたコーデリアさんへ話しかけた。
「そういえばエルフの森にも紅葉ってあるの?」
「ありませんよ」
「えっ?」
予想外だった。森なのだから当然あると思っていた。
「私達の里は一年中緑色です」
「一年中?」
「はい。木々が枯れることも少ないですし、季節による変化もほとんどありません」
「凄いな……」
完全にファンタジーだった。前世の常識では説明できない。
「いつか見てみたいかもしれない」
そう呟くと。コーデリアさんが嬉しそうに微笑んだ。
「その時は私が案内しますね」
「本当?」
「はい」
「じゃあ将来よろしく」
「お任せください!」
なぜか少し胸を張っていた。可愛い。エレナだったらドヤ顔になる場面だなと思った。
★
「はぁ……はぁ……」
少し後方から苦しそうな声が聞こえた。振り返る。シンシアさんだった。額には汗。顔も少し赤い。明らかに疲れている。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
大丈夫そうには見えない。最近の朝トレで体力は付いてきた。だが元々が文化系である。山道は厳しいらしい。
「少し休む?」
「みんなに迷惑を掛けてしまいますので……」
真面目過ぎる。本当に真面目過ぎる。
そこで自分はストレージへ意識を向けた。そして一本取り出す。
「これ飲む?」
「ポーションですか?」
「元気になるやつ」
取り出したのは試作品。
【パワフルポーション】
通常の強化ポーションより身体への負担が少なく、持久力を高める改良版だった。
「本当に頂いて良いんですか?」
「僕が作ったやつだから遠慮しなくていいよ」
「レイくんって本当に何でも作りますね……」
若干呆れられた。心外である。まだ家も作ってないし。全然何でもではない。
シンシアさんは恐る恐るポーションを飲む。数秒後。
「あれ?」
顔色が変わった。
「元気になりました」
「効果出たね」
「凄いです!」
その後三十分ほど別人のように元気になっていた。やっぱり売れそうだなこのポーション。
(素材の極みよ、持久力ポーションにまで手を出すな)
なんとなくそう思ったが、もう言っても仕方ない。
★
途中休憩。木陰へ座って水を飲む。するとコーデリアさんが何気なく言った。
「この山って確か魔狼の山でしたよね?」
「えっ?」
嫌な名前が聞こえた。
「魔狼?」
完全に危険ワードだ。すると近くにいた女性教師が笑った。
「ああ、大丈夫よ。魔狼がいるのは山頂付近だから」
少し安心した。だが名前だけで怖い。遠足先に付ける名前じゃない。
その時だった。
「レイくん」
「ん?」
「胸の大きい女性が好きなんですか?」
「ぶふっ!?」
危うく水を吹き出しかけた。何その質問。怖い。
「な、何で?」
「さっきから先生を見ていたので」
バレてた。完全にバレてた。
「違う違う」
「本当ですか?」
「本当だよ!?」
だがコーデリアさんの視線は疑いに満ちていた。
すると女性教師が苦笑する。
「若い男の子なら普通よ」
「先生!?」
「昔は私もモテたし」
どこか遠い目。嫌な予感。
「でも最近は周りが結婚していくのに私は子供達と遠足よ……」
目が死んでいた。
「あー……」
触れてはいけない話題だった。自分とコーデリアさんは同時に視線を逸らした。
★
その頃。頭の中ではセシリアが元気に話していた。
『けしきがきれいです』
『そうだね』
魔素データ通信を通して景色を共有している。セシリアは山を見るのも初めてらしい。
『そらがおおきいです』
『街より開けてるからね』
『なるほど』
少し嬉しそうだった。その後も木、鳥、雲、全部に反応している。完全に遠足を満喫していた。
『そのうち山も見たい?』
『みたいです』
『じゃあいつか行こう』
『はい』
楽しそうな返事だった。
(虹結晶と一緒に山へ行く日が来るとは、転生した当初は想像もしなかったな)
そう思うと少し可笑しかった。
★
そして昼前。ようやく目的地へ到着する。
広いキャンプ場だった。川もある。広場もある。そしてバーベキュー設備まで完備されていた。
「よし! 昼飯を作るぞ!」
ロナルド先生が声を上げる。
すると余計なことを言う奴がいた。
「アラン! レイの料理は超うまいんだぜ!」
ブラットだった。余計なことしか言わない男。
「マジか!?」
「村じゃ有名だったぞ!」
「レイくん料理できるんですね!」
「レイさん凄いです!」
「レイの料理久しぶりにゃ」
エレナまで参戦した。包囲網完成である。
「いやいや」
自分は抵抗した。
「みんなで作ろうよ?」
するとロナルド先生が笑顔で言った。
「材料準備は全員」
うん。
「調理はレイ中心」
「ですよねー」
知ってた。こうなると思った。
★
それから一時間。自分は半ば料理長状態になっていた。
「野菜切ってー」
「はーい!」
「肉お願いー」
「任せろ!」
「米炊いてー」
「こん!」
クラス全員を使いながら調理を進める。そしてこっそりストレージからスパイス投入。前世知識全開。
結果――完成した。
「できたよー」
大鍋二つ。甘口。辛口。そしてサラダ。我ながら良い出来だった。
全員が席に着く。そして一口。
静寂。誰も喋らない。
(あれ? 失敗した?)
不安になった瞬間。
「うまっ……」
ブラットが呟いた。
「にゃぁぁ……」
エレナが震える。
「レイくんには勝てません……」
コーデリアさんが遠い目。
「レイさんと結婚したら毎日……」
「ストップ!」
シンシアさんを慌てて止める。危険な発言だった。
すると教師達まで無言でおかわりしていた。三杯目だった。ロナルド先生なんて既に四杯目である。
「先生?」
「黙れ」
「はい」
真剣だった。怖い。
(素材の極みが暴走している)
もはや諦めていた。
こうして遠足前半戦最大のイベントだった昼食は、大成功のうちに終了した。
★
――そしてこの時の自分達はまだ知らない。
午後の自由行動で、少しだけ面倒な事件が待っていることを。




