第58話 セシリアと名前と、プール開きと、水上を歩く猫
虹結晶に自我が芽生えた翌日。自分は朝から真剣な表情で悩んでいた。
理由は単純だ。名前である。
昨日までただの【虹結晶】だった存在が、今では普通に会話している。流石にいつまでも【虹結晶】呼びは味気ない。
だが、自分には大きな問題があった。前世から続く深刻な欠点。ネーミングセンスが壊滅的なのだ。
「うーん……」
机に突っ伏しながら考える。カッコいい名前。神秘的な名前。虹っぽい名前。色々考えてみる。だが考えれば考えるほど酷くなる。
レインボー一号。七色ちゃん。クリスタル姫。
「駄目だ……」
自分は頭を抱えた。センスが死んでいる。前世でもゲームの主人公に自分の名前を付けるタイプだった。ペットを飼っても「犬」と呼びそうな人種である。
『ますたー』
「ん?」
『なやんでいます?』
「うん。君の名前」
『なまえ』
少しだけ声が弾んだ気がした。どうやら興味はあるらしい。その反応を見ていると、ますます適当な名前を付ける訳にはいかなくなった。
こういう時は直感だ。自分は目を閉じる。そして自然に浮かんできた名前を口にした。
「セシリア」
言葉にしてみると、セシリアという名前は妙に懐かしいというか、不思議と違和感が全くない。
『せしりあ?』
「うん。君の声が女性っぽかったから女性の名前にしたんだ。もし嫌だったら言ってね」
『いやではありません』
少し間を置いて。
『せしりあ……』
何度か繰り返す。
『きにいりました』
その声は本当に嬉しそうだった。
「それなら良かった」
思わず笑ってしまう。
名前を付けただけ。本来ならそれだけの話だった。だが。
【個体名・セシリアが承認されました】
【セシリアとの契約が成立しました】
「はい?」
突然いつもの謎アナウンスが流れた。嫌な予感しかしない。しかも予感は当たる。
【セシリアとの同期を開始します】
「待って」
待たなかった。
【生体同期に成功】
【魔力同期に成功】
【魔素通話が可能になりました】
【魔素データ通信が可能になりました】
「……」
自分は静かに天井を見上げた。
慣れた。もう慣れた。今さらである。ジョブホッパーもそうだった。魔導工房もそうだった。この世界の謎システムは大体こんな感じだ。説明不足のまま勝手に進化する。そして後から驚く。最近はもう諦めている。
★
落ち着いてから改めて確認してみた。結果。
「携帯電話じゃないか」
完全に通信機だった。
魔素通話は距離制限がほぼ無いらしい。セシリアがどこにいても会話可能。魔素データ通信はさらに凄い。視界共有。感覚共有。簡易的な情報転送まで可能。
「これ便利過ぎない?」
『ますたーとおはなしできます』
「うん」
『たのしいです』
即答だった。ちょっと嬉しい。
それから自分は暇さえあればセシリアと話すようになった。前世の話。学園の話。発明の話。家族の話。友達の話。ジョブホッパーの話だけは流石に秘密にしたが、それ以外は色々話した。
セシリアは基本的に聞き上手だった。
『それで?』
『つづきは?』
『それからどうなりました?』
話を聞くのが好きらしい。おかげで自分も気楽だった。前世の記憶を話せる相手なんていなかったからだ。誰かに聞いてもらえるだけで、不思議と肩が軽くなる気がした。
★
翌日。自分は少し浮かれながら学園へ向かっていた。
理由は単純。プール開きである。前世では割と泳げた。だから少し楽しみだった。
『ぷーる? 大きな水遊び場かな』
『みずですか』
『うん』
『みてみたいです』
『じゃあ後で感覚共有してみる?』
『ぜひ』
何だろう。少し犬っぽい。
男子更衣室。着替え終わった男子達が集まっていた。ブラットは相変わらず六歳児離れした肉体。アランもかなり大きい。ブルーノは無駄にイケメン。そして。
クライブ。モフモフ。最高である。
「クライブ」
「なんだこん?」
「お前はずっと僕の友達だ」
「なんか嫌な予感がするこん」
「安心しろ」
「安心できないこん」
そんなやり取りをしていると女子達がやって来た。真っ先にこちらへ走って来たのはコーデリアさんとシンシアさんだった。
「レイくん!」
「レイさん!」
二人とも妙に嬉しそうである。
「どうかな? 似合ってますか?」
水着姿を見せながら聞いてくる。素直な感想は一つ。可愛い。非常に可愛い。
「二人とも似合ってるよ」
「「やった!」」
満面の笑みだった。
後ろからエレナが呟く。
「将来レイは絶対大変になるにゃ」
「何が?」
「女性関係にゃ」
「意味が分からない」
「鈍感にゃ」
失礼な猫である。
★
授業が始まった。だが最初から泳ぐ訳ではなかった。まずは水に慣れる時間らしい。
そんな中。突然クラスが騒ぎ始めた。
「おおおお!?」
「なんだあれ!?」
「すげえええ!」
何事かと思って振り向く。そして固まった。
エレナが。水の上を歩いていた。
「……は?」
普通に歩いていた。ジャバジャバではない。タッタッタッタッ。本当に歩いていた。水面の上を。
「エレナ!?」
「にゃ?」
振り返る。その瞬間。
ジャポン。
沈んだ。
「あ」
「落ちたにゃ」
どうやら止まると沈むらしい。意味が分からない。
「どうやったの?」
「水面の動きを使うだけにゃ」
「意味が分からない」
「簡単にゃ」
絶対簡単じゃない。
エレナは再び跳び上がる。そして再び水面を駆ける。しかも今度は方向転換までしている。
自分は【魔眼】で確認する。スキル無し。魔法無し。身体能力のみ。
「おかしいだろ!」
「レイが弱いだけにゃ」
「酷い!」
「ママなら水の上で昼寝できるにゃ」
「それはもう人じゃないよ!」
エリーさん基準は駄目だ。本当に駄目だ。
『ねこさんすごいです』
セシリアまで感心している。
『エレナだけだと思う』
『ねこってすごいですね』
『エレナだけだって』
★
さらに衝撃だったのは泳ぎである。
「エレナ泳げるの?」
「泳げるにゃ」
そう言うと。スーッ。綺麗な平泳ぎ。
「……上手い」
「習ったの?」
「なんとなくにゃ」
「なんとなく!?」
自分は前世でスイミングスクールへ通った。鼻に水が入った。ビート板も使った。息継ぎも練習した。それなのに。なんとなくで平泳ぎを覚える猫娘。理不尽だった。
その後。自分はのんびり泳いでいた。水の感触は懐かしい。少しだけ前世を思い出す。
『みずのなかはきれいです』
セシリアが呟く。
『本当は海の方がもっと綺麗だよ。魚が沢山いてね』
『はい』
『どこまでも広いんだ』
少し沈黙。そして。
『いつかみてみたいです』
その声は本当に楽しそうだった。
『じゃあ将来行こう』
『はい』
『約束ね』
『やくそくです』
嬉しそうな声が返ってくる。
(鉱石に海を見せに行く約束をするとは思わなかったな……)
転生してから色々あったが、これもまた前世では絶対に経験できなかった事だ。悪くない。
★
その頃。プールの反対側では。
「アラン! 顔をつけろ!」
「無理だぁぁぁ!」
「つけろ!」
「嫌だぁぁぁ!」
ロナルド先生とアランが戦っていた。戦闘訓練より激しい戦いだった。
平和な夏の始まりである。




