第57話 土地購入と、秘密基地設計と、虹結晶が喋った
虹魔石を売却し、とんでもない額の資金を手に入れた翌日。自分は朝から落ち着かなかった。
理由は簡単だ。金貨三万枚。日本円換算で約三億円。前世でも見たことのない大金が、自分の【ストレージ】の中に眠っているのである。
正直、昨夜は何度も目が覚めた。盗まれていないか確認しようとして、その度に【ストレージ】は他人に触れられない事を思い出した。完全に小市民だった。
「よし……」
鏡の前で深呼吸する。今日の目的は一つ。土地を買う。自分の店を作るための第一歩だ。
もちろん、そのままの姿で行くつもりはない。懐から【容姿変更ペンダント】を取り出す。魔力を流し込むと視界が揺らぎ、鏡の中の自分が変化していく。
現れたのは見慣れた金髪美女だった。長い髪。整った顔立ち。そして相変わらず立派すぎる胸。
「……絶対盛りすぎだよな」
毎回思う。だが今さら修正するのも面倒だった。最近では歩き方まで慣れてきている。人間、適応するものだ。
★
モロットの不動産屋へ到着した自分は、営業スマイル全開のお姉さんに迎えられた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「小さなお菓子屋と雑貨屋を開業できる物件を探しています」
お姉さんの笑顔が一段階営業モードになる。机の上に資料が並べられる。
自分は一枚ずつ確認していった。
一件目。築三十年。狭い。二件目。立地は良い。でも高い。三件目。間取りが意味不明。厨房がやたら広い。
「どうでしょう?」
「うーん……」
悪くはない。だが理想とも違う。
自分の頭の中には既に完成図がある。お菓子屋。雑貨屋。魔導具研究室。秘密工房。地下施設。将来の拡張スペース。考えれば考えるほど既存店舗では足りない。
そこでふと思った。
「住宅地で店舗って出せますか?」
「騒音や風紀に問題がなければ可能ですよ」
その瞬間。自分の中で何かが繋がった。
店舗を買う必要はない。作ればいい。自分には【建築】がある。自分で設計して。自分で建てて。自分好みに改造すればいい。
「土地だけ購入する場合は?」
お姉さんが少し驚いた顔をした。
「土地ですか?」
「はい」
「でしたら……こちらでしょうか」
地図が広げられる。百二十坪。住宅街。公園が近い。学校も近い。商店街まで徒歩十分。人通りも悪くない。
「……いいな」
かなり理想に近かった。
★
現地へ案内してもらう。到着した瞬間、自分は確信した。
ここだ。
静かな住宅街。子供の声が聞こえる。近くには公園。お母さん達が談笑している。平和だ。とても平和だ。
「スイーツを売るなら最高の立地だな」
思わず呟く。
「何か仰いましたか?」
「いえ」
危ない。つい本音が漏れた。
自分は周囲を見渡す。店舗を建てる。住宅も建てる。地下施設も作る。十分可能だ。
「ここにします」
「ありがとうございます!」
お姉さんが満面の笑みになる。
「諸経費込みで一億三千万コルトになります」
「現金一括で」
「……え?」
固まった。営業スマイルが完全に消えた。まあそうなる。自分でもそう思う。
★
数時間後。手続きは無事終了した。
途中で何度も本人確認を求められたが、事前に準備していた偽名と身分証で突破した。問題はその後だった。
「分筆もお願いします」
「分筆ですか?」
「四十坪と八十坪に」
担当者が目を丸くする。普通の客はそこまで細かく指定しないらしい。
だが自分には理由があった。四十坪は住宅。八十坪は店舗。店が失敗しても住宅は残る。住宅が不要になれば賃貸にもできる。リスク分散である。前世の社畜経験はこういう時に役立つ。
(前世では一生手の届かないと思っていたものが、異世界では六歳で手に入ったな……)
複雑な気分だったが、おかしくて少し笑えた。
★
夕方。寮へ戻った自分は早速机へ向かった。紙を広げる。定規を取り出す。設計開始だ。
「まず店舗側」
三階建て。地下二階。一階はシュークリームと焼き菓子販売。二階は雑貨コーナー。三階は休憩室。地下は工房。さらに秘密研究施設。
「完璧だな」
自画自賛する。続いて住宅側。二階建て。地下二階。こちらも地下施設付き。
そして――。
「地下通路で接続」
ロマンである。秘密基地である。男の子なら絶対作る。いや、自分は今六歳だから男の子だった。
「まずは地下から掘るか」
建築スキルの実験にもなる。完成予定は半年。やる事は多い。だが不思議と疲れはなかった。むしろ楽しい。
前世で夢見たものを、今の自分は実現できる。その事実だけで胸が躍った。前世では賃貸のワンルームすら手が届かなかったのに、今は秘密基地付きの店舗を設計している。人生とは分からないものだ。
★
深夜。設計作業が一段落した頃だった。
『おつかれさまです』
小さな声が聞こえた。
「ん?」
顔を上げる。誰もいない。寮の個室だ。当たり前である。
「疲れてるのかな」
最近忙しかった。空耳くらい聞こえるかもしれない。そう思って再び設計図へ視線を落とす。
すると。
『ますたー、おつかれさまです』
今度ははっきり聞こえた。しかも近い。
「……?」
声の方向を見る。部屋の隅。そこには巨大血液濃縮循環機。そして中央には虹色に輝く結晶。
【虹結晶】
「まさか」
何となく予感がした。
『ますたー』
「えっ」
返事してしまった。完全に反射だった。
「もしかして君?」
『はい』
「虹結晶?」
『はい』
沈黙。数秒。いや、十秒くらいだったかもしれない。頭が追いつかなかった。
転生した。ジョブホッパーがある。魔導具を作る。魔法も使える。そこまではいい。だが。
「鉱石と会話するのは初めてなんだけど!?」
思わず叫んだ。
『わたしもはじめてです』
虹結晶が答える。いや、そりゃそうだろう。
★
しばらく話を聞いた結果。分かった事は少なかった。
「どうして意識が生まれたの?」
『わかりません』
本人も分からないらしい。
『でも、ますたーのきおくがながれてきました』
「記憶?」
『はい』
前世の記憶か。今世の記憶か。それとも両方か。詳細は不明だった。
(魔導王が残した本には、魔石や魔導具が意識を持つ可能性について書かれていなかったな)
完全に想定外の事態だった。
だが一つだけ確かな事がある。この虹結晶には人格がある。そして自分を主人だと思っている。
「そこから出たい?」
『このなかがここちよいです』
巨大血液濃縮循環機を気に入っているらしい。まるで水槽の魚だった。いや、結晶だから水槽で合っているのかもしれない。
「僕はレイだ」
『はい』
「レイでいいよ」
『れいますたー』
「惜しいな」
微妙に惜しい。しかし無理して訂正する必要。
「よろしく」
『よろしくおねがいします、ますたー』
こうして。土地を手に入れたその日。自分は新しい相棒も手に入れたのだった。
設計図の端に小さくメモを書き加える。
「虹結晶の部屋も作らないといけないな」
『ますたー』
「ん?」
『たのしみです』
その言葉に、そうだねと、自分は思わず笑った。




