第56話 金髪美女の交渉人と、虹魔石三億円と、謎の声
自分は久しぶりに露店街へ来ていた。
最近は【魔導王】の継承者探しをしている連中が増えているとクライブから聞いていたため、以前ほど頻繁には足を運んでいない。下手に目立つと面倒事に巻き込まれる。六歳児としては平穏無事が一番だ。
……もっとも。平穏を求めているはずなのに、自分から面倒事へ突撃している気もする。今日は特に。
なぜなら――
「店を作ろう」
そんな結論に至ってしまったからだ。
思い付いた瞬間、自分の中では既に計画が動き出していた。スイーツ。雑貨。魔導具。ポーション。最近は【魔導科学】も覚えた。作れる物はどんどん増えている。だったら、いっそ自分の店を持ってしまった方が早いのではないか。そんな発想に至ったのである。
問題は開業資金だった。だが、その問題も既に解決策があった。
「今日は大物を釣る」
自分は露店へ並べた商品を見下ろした。並んでいるのは大量のシュークリーム。もちろん販売目的ではない。餌だ。毎回大量購入していく、あのダンディー執事を呼び寄せるための。そしてその背後にいる貴族へ【虹魔石】を売る。それが今回の目的だった。
★
今回のために新しい魔導具も用意していた。
【容姿変更ペンダント】
変装ペンダントの上位版である。任意の人物像を思い浮かべることで、その姿へ見た目を変更できる。ただし制限時間は四時間。魔力消費も大きい。まだ試作品だ。
そして現在。その試作品を使用した結果――。
「……なんでこうなったんだろう」
自分は露店の鏡を見ながら呟いた。
鏡の中には金髪美女がいた。年齢は二十代前半くらい。整った顔立ち。長い金髪。そして妙に豊かな胸部装甲。
「いや、盛りすぎじゃない?」
誰へともなくツッコむ。おそらく無意識の理想像が反映された結果だろう。深く考えないことにした。
ちなみに本当に変身している訳ではない。あくまで視覚情報を書き換えているだけだ。そのため身長差を誤魔化すための厚底靴や、体格を補うための工夫も必要だった。地味に苦労している。
六歳児の身長で大人の女性を演じるのは想像以上に大変だった。
★
露店を開いて一時間ほど経過した頃。目的の人物が現れた。
黒い燕尾服。整った口髭。背筋の伸びた立ち姿。ダンディー執事である。
「やっぱり来たか……」
思わず呟く。この人、本当にシュークリームが好きなんじゃないだろうか。毎回現れる。しかも高確率で。もはや露店街の名物と言ってもいいレベルである。
執事は真っ直ぐこちらへ歩いてきた。そして露店の前で立ち止まる。
「失礼ですが」
穏やかな声だった。
「このシュークリームは貴女が作られたものですかな?」
「いいえ」
自分は微笑む。
「私は代理の交渉人です」
「販売員ではなく?」
「交渉人です」
執事の目が僅かに細くなった。警戒している。当然だろう。見知らぬ美女が突然そんなことを言い出したのだから。
「ある方から伝言を預かっています。シュークリームを大量購入する執事が現れたら、その主人に売りたい物があると」
執事の表情が変わった。明らかに空気が変わる。
「私の主人をご存知で?」
「知りません」
本当に知らない。だが問題ない。こちらには切り札がある。
自分は懐から小さな布袋を取り出した。そして中身を見せる。
虹色に輝く宝石。
【虹魔石】
その瞬間。執事の瞳が大きく見開かれた。
「……これは」
驚愕。それが一目で分かった。
「他にも在庫があります」
「なるほど」
執事はゆっくり息を吐く。
「確かに主が興味を示しそうですな」
どうやら当たりだったらしい。いや、予想以上だった。
「ただし条件があります」
「条件?」
「支払いは金貨のみ。認証の指輪は使いません」
認証記録が残るからだ。身元を辿られる可能性は少しでも減らしたい。
執事は数秒考えた後、小さく頷いた。
「主へ確認します」
「お願いします」
「明日もう一度お会いできますかな?」
「構いません」
こうして一日目の交渉は終了した。
(意外とあっさり乗ってきた。やはり虹魔石の価値は思っていた以上に高いらしい)
その夜は少し興奮して眠れなかった。
★
翌日。露店へ現れた執事を見た瞬間、自分は少し驚いた。一人ではなかったからだ。
隣には以前会った青年がいる。高そうな服。不機嫌そうな顔。貴族の坊ちゃん。そんな印象の青年だった。
「本気だな……」
思わず心の中で呟く。これは想像以上に大きな話になっているかもしれない。
交渉が始まった。
正直に言うと、自分は虹魔石の相場を知らない。だから適当に高めから始めることにした。
「一個につき金貨百枚です」
言った瞬間。二人の視線が鋭くなる。
(やっぱり高すぎた!?)
一瞬焦る。だが。
「分かりました」
「……え?」
危うく素が出るところだった。値切らない。本当に値切らない。それどころか。
「在庫はどれほどありますかな?」
そんなことを聞いてくる。嫌な予感がした。
「三百個ほどですが」
「全て買い取りましょう」
自分は数秒固まった。計算する。金貨百枚。三百個。つまり――三万枚。三万枚である。
★
一時間後。目の前には金貨の山が積み上がっていた。
「……」
言葉が出ない。
日本円換算で考えると約三億円。前世の自分なら一生縁が無かったかもしれない金額だ。
「どんな資金力だよ……」
思わず本音が漏れる。
しかも相手の反応を見る限り、まだ安かったらしい。怖い。貴族怖い。金銭感覚が違いすぎる。
青年など、「今後も取引を希望する」とまで言い出した。完全に上客である。
(虹魔石が足りなくなったらどうしよう)
嬉しい悩みだが、新しい問題でもあった。
★
取引終了後。自分はすぐには帰らなかった。
まず人気のない場所へ移動。金貨を全て【ストレージ】へ収納する。その後も慎重に行動した。店を何軒も出入りする。人混みに紛れる。尾行確認。遠回り。二重確認。三重確認。
そして最後に変装解除。ようやく寮へ戻った。
「疲れた……」
ベッドへ倒れ込む。
その瞬間。急激に現実感が戻ってきた。
三億円。六歳児。危険。
その三つの単語が頭の中でぐるぐる回る。
「もしかして、とんでもないことした?」
冷静になればなるほど怖くなる。だが今さらだ。金は手に入った。なら次の段階へ進むしかない。
「明日は不動産屋かな」
店を作る。土地を買う。建物を建てる。夢だった計画が少しずつ現実味を帯びてきた。
★
そんなことを考えていた――その時だった。
『……おつかれさまです』
不意に。誰かの声が聞こえた。
「ん?」
自分は顔を上げる。部屋の中には誰もいない。窓の外にも人影はない。
「気のせい?」
首を傾げる。返事もない。沈黙だけが残る。
空耳だったのだろうか。それとも別の何かだったのだろうか。
(また聞こえる気がすることがある)
前にも一度、何かの声を聞いたような記憶があった。白い空間。女性の声。夢だったかもしれない。今回もそうかもしれない。
だが今の自分に答えは分からない。
「……まあいいか」
考えることは山ほどある。店舗。土地。魂定着値。虹結晶。魔導科学。やるべきことが多すぎる。
結局その日も、自分は眠る直前まで計画書を書き続けるのだった。
社畜気質が抜けない六歳児は、今日も忙しい。




