第55.2話 魂定着値の謎と、また説明不足
その日の夜。自分はベッドの上で胡坐をかきながら、少しだけ興奮していた。
理由は単純。【魔導科学】という新しいスキルを覚えたからだ。新しい設備。新しい知識。新しい可能性。発明家としては最高の日だった。
そしてもう一つ。こういう時は大抵、新しい職種が増える。今までの経験から考えても間違いない。
「さて……」
自分はステータス画面を開いた。
「どんな職種が増えてるかな」
期待を込めて転職画面を開く。すると――見慣れない文字が表示された。
【職種を増やすのに必要な魂定着値が不足しています】
「……は?」
思考が止まった。数秒。本当に数秒。完全に停止した。
「え?」
もう一度確認する。見間違いかもしれない。だが表示は変わらない。
【職種を増やすのに必要な魂定着値が不足しています】
「え?」
三回目。やっぱり同じだった。
「いや待って」
今までこんなの出たことない。魂定着値?何それ?聞いたことないんだけど。
「ちょっと待て待て待て」
慌てて画面を操作する。しかし詳細説明はない。ジョブホッパーは昔からそうだ。肝心な事を説明してくれない。
「いやいやいや」
焦る。かなり焦る。
何故なら。ジョブホッパー最大の強みが転職だからだ。新しい職種を取得する。組み合わせる。成長する。それが自分の最大の武器だった。
その転職ができない。
「これ結構まずくない?」
ベッドへ倒れ込んだ。
★
天井を見つめながら考える。
「魂定着値……」
字面だけなら理解できる。魂。定着。値。問題は意味だ。
「魂が定着する数値?」
ますます分からない。
自分は転生者だ。前世の記憶を持っている。つまり魂の存在自体は否定できない。否定したら自分の存在がおかしくなる。だから魂がある事は認める。
問題は定着だ。
「魂って何に定着するんだ?」
普通に考えるなら身体だろう。魂が肉体へ宿る。それなら定着という表現も分かる。
「でも六年も経ってるぞ?」
もう六歳だ。赤ちゃんでもない。魂が身体に馴染んでいないなんて事があるのだろうか。
別の可能性も考える。
「ジョブホッパー特有の制限とか?」
ありそうだった。今までが自由すぎた。職種を増やし放題。スキルを取得し放題。正直チートである。だから制限があってもおかしくない。
しかし。
「情報が少なすぎるな……」
結局何も分からない。
しばらく考えた後、自分は諦めた。
「分からないなら調べよう」
いつもの結論だった。考える。試す。調べる。分からなければ本を読む。それが自分のやり方である。
★
翌日。授業が終わった後、自分は真っ直ぐ図書館へ向かった。最近は工房ばかりだったので久しぶりだ。
静かな空間。紙の匂い。高い本棚。やっぱり落ち着く。そんな事を思いながら歩いていると――。
「あっ」
聞き慣れた声がした。
「シンシアさん?」
「レイくん」
窓際の席に座っていたのはシンシアさんだった。机の上には大量の本。相変わらず勉強熱心である。
「また来てたんだ」
「うん」
最近のシンシアさんは図書館の住人みたいになっていた。授業。訓練。図書館。ほぼ毎日である。眼鏡が夕日を反射して光っていた。
★
「何読んでるの?」
表紙を覗き込む。
『冒険家エリックの異界探索記』
「異界探索記?」
「有名な本」
「異界って別世界?」
「ううん」
シンシアさんは首を振った。
「超古代遺跡のこと」
「へぇ」
なるほど。異界という言葉は遺跡の別称らしい。知らなかった。
「レイくんは?」
「魂について調べに来た」
「魂?」
「うん」
そう答えた瞬間だった。シンシアさんが不思議そうな顔をした。
「魂なら少し知ってるよ?」
「え?」
思わず聞き返す。
「知ってるの?」
「うん」
シンシアさんは当たり前のように頷いた。
「お父さんが教えてくれた」
「エルフの族長さん?」
「うん」
(エルフの里長って何でも知ってるのか)
少し羨ましくなった。
★
「どんな話?」
興味津々で聞く。するとシンシアさんは少し考えてから答えた。
「魂は経験を保存するためのもの」
「保存?」
「うん」
さらに言葉を探す。
「あー……アーカイブ?」
「……アーカイブ?」
聞き慣れた単語だった。前世でも使われていた。記録保管庫。保存領域。そんな意味だ。
(そう言えば、前世で有名だったVRMMOのゲーム名もアーカイブ・ブレイバーだったな)
まったく関係ないだろうが、妙な引っ掛かりがあった。
「魂は全部記録してるって聞いた」
「全部?」
「見たこと。聞いたこと。経験したこと。覚えたこと。全部」
シンシアさんは真面目な顔で言った。
「つまり魂は記録媒体?」
「分からないかも」
「魂のデータサーバーみたいなものかもな……」
「でーたさーばー?」
「いや忘れて」
思わず前世用語が漏れた。
★
しかし。その話を聞いた瞬間、魂定着値という言葉が少しだけ引っ掛かった。
経験を保存する魂。その魂の定着。もしかすると。
「経験値みたいなものなのかな?」
そんな考えが頭をよぎる。だが確信は持てない。情報が足りなすぎた。
その後。自分は図書館中の本を調べ回った。魂。精神。魔術理論。神話。宗教。歴史。片っ端から探す。
しかし――。
「ないな」
驚くほど出てこない。魂について詳しく書かれた本が存在しない。
ようやく見つかった本にも。
『魂とは神秘である』
『魂は生命の根源である』
ふわっとした事しか書かれていなかった。
「参考にならない……」
思わず机へ突っ伏した。
結局。収穫はシンシアさんの話だけだった。
魂は経験を保存するアーカイブ。それ以上は不明。魂定着値の正体も不明。増やし方も不明。条件も不明。
「ジョブホッパーって本当に説明不足だな……」
シンシアさんが本から顔を上げて言った。
「役に立てなくてごめんなさい……」
「いや、十分助かったよ。アーカイブって言葉は大事なヒントかもしれない」
「そう……?」
「うん」
シンシアさんは少し安心したように笑った。眼鏡がずれた。それを直す仕草が可愛かったが、今は別のことを考えていた。
(魂がアーカイブなら。魂定着値は、その容量か、あるいは記録の完成度みたいなものかもしれない)
根拠はない。でも方向性は合っている気がした。
★
帰り道。夕暮れの空を見上げながら自分は呟く。
「ジョブホッパーって本当に説明不足だな……」
転職できないという事実だけが残った。だが逆に言えば、そこを突破できればまた強くなれる。
(今まで壁にぶつかるたびに乗り越えてきた。今回もそうするだけだ)
「まあいいか」
どうせ今までもそうだった。分からない事だらけ。だから調べる。試す。失敗する。また試す。それでここまで来た。
「そのうち分かるだろ」
そう自分へ言い聞かせながら、レイは新たな謎――【魂定着値】について考え続けるのだった。




