第54.3話 プール開きと、アランの過去と、ペンギンは正義
放課後トレーニングが始まって数日後。自分たちはいつものように教室で授業を受けていた。
最近は身体の使い方を意識するようになったおかげか、以前より動きやすくなった気がする。実際、素振りの感覚も変わってきた。頭の中でイメージした動きと、実際の身体の動きが少しずつ一致し始めている。
「なるほどなぁ……」
やっぱり強くなるには近道なんてないらしい。
そんなことを考えていると。
ガラッ!
勢いよく教室の扉が開いた。ロナルド先生だった。しかし今日は何かがおかしい。額に汗を浮かべている。しかも妙に機嫌が良い。
嫌な予感がした。こういう時の先生は大抵ろくでもない。
「みんな聞け!」
先生は教卓を叩いた。
「そろそろ夏だ!」
教室がざわつく。夏。つまり暑い。つまり嫌な予感しかしない。
「夏と言えば!」
先生が腕を広げる。
「プール開きだ!!」
教室中が一気に騒がしくなった。
★
「プール?」
「泳ぐの?」
「楽しそう!」
特に女子達は盛り上がっていた。コーデリアさんも少し嬉しそうだ。
「私、泳いだことありません」
「エルフの里には無かったの?」
「川遊びくらいですね」
なるほど。確かにプールなんて人工施設は少ないかもしれない。
一方で男子側は微妙だった。
「めんどくさそう」
「泳ぐの苦手だし」
「沈まなきゃいいだろ」
そんな声が聞こえる。
「もちろん全員参加だ!」
先生がさらに続けた。
「泳げない者も泳げるようになってもらう!」
どうやら強制らしい。
前世の記憶を思い返す。自分は水泳が割と得意だった。クロール、平泳ぎ、背泳ぎ。バタフライは苦手だったけど、一通りはできた。
「懐かしいな」
少しだけ楽しみだった。この世界のプールがどんなものかも気になる。魔法文明だから何か違うのだろうか。水流魔法とか、波発生装置とか。
「来週には水着を配布する!」
教室が再びざわつく。
「水着かぁ」
「どんなのかな」
「可愛いのがいい!」
女子達が盛り上がる。男子達も少しソワソワしていた。六歳だけど。やっぱりイベントはイベントらしい。
★
放課後。みんなで帰ろうとしていた時だった。アランの様子がおかしいことに気付いた。普段なら騒いでいるはずなのに、妙に静かだった。
「どうしたの?」
声を掛ける。するとアランは苦笑した。
「実はさ」
「うん」
「俺、水が苦手なんだ」
「え?」
意外だった。アランは戦士タイプだ。何でも平気そうに見える。
「魔人族は水嫌いが多いんだよ」
そう言って視線を落とす。
「昔な」
珍しく真面目な声だった。
「故郷で事故があったんだ」
氷の魔大陸。アランの故郷。幼い頃。氷が割れた。そして友達が帰ってこなかった。
聞き終わった後。誰もすぐには言葉が出なかった。重い。想像以上に重い話だった。
「それは……」
何と言えばいいか分からない。
「まあ昔の話だけどな」
アランは笑おうとした。でも少しだけ無理をしているのが分かった。
すると。コーデリアさんが静かに口を開いた。
「私もあります」
全員が振り返る。
「小さい頃に知り合いが大蛇に食べられました」
「えっ」
「それ以来、爬虫類が苦手です」
重い。こっちも重い。思った以上に重い。
(エルフの里って危ないんだな……)
自分は内心で驚いていた。自然豊かな場所というイメージだったが、危険も多いらしい。
★
空気がしんみりし始めたその時。
「氷の魔大陸は凄いところこん!」
クライブくんだった。ナイスフォローである。
「そうなの?」
「そうこん!」
クライブくんは嬉しそうに頷く。
「白熊いるこん!」
「へぇ」
「アザラシいるこん!」
「ほう」
「シャチいるこん!」
「おお」
そして。
「ペンギンもいるこん!」
「……え?」
空気が止まった。
今なんて言った?
「ペンギン?」
「いるこん」
「本当に?」
「本当こん」
次の瞬間。自分は立ち上がっていた。
★
「アラン!」
「お、おう!?」
「ペンギンは本当にいるのか!?」
「い、いるけど……」
「マジで!?」
「おう、マジだ」
ペンギン。やはりペンギンがいる。この世界に。本当に。存在する。
前世で好きだった。水族館でも動物園でも見に行った。あの歩き方。あのフォルム。あの存在感。完璧な生物である。
「行かなきゃ」
「は?」
「今すぐに氷の魔大陸へ」
「何言ってんだ!?」
アランが慌てて肩を掴んだ。
★
「休学しよう」
「するな!」
「ペンギンだぞ!?」
「だから何だよ!?」
「ペンギンだぞ!?」
「説明になってねぇ!!」
教室中が静まり返っていた。
「レイ」
アランが真顔になる。
「落ち着け」
「無理だ」
「落ち着け」
「無理だ」
「何でだよ!?」
「ペンギンだから」
理屈は完璧だった。少なくとも自分の中では。前世でも、このために仕事を辞めようと思ったことが一度だけある。本気で。
「生まれて(転生して)よかった……」
「突然何だよ!?」
「この世界にペンギンがいるから」
「お前の基準どうなってんだ!」
しかし。
「ソフィアさんが許すと思うにゃ?」
エレナの一言で全てが終わった。
お母さん。怒ると怖い。非常に怖い。超怖い。
「……確かに」
一瞬で冷静になった。
「ほらにゃ」
「でも」
「でも?」
「将来は氷の魔大陸専門の冒険者になる」
「全然諦めてないにゃ」
エレナが頭を抱える。
するとクライブくんが笑った。
「レイなら本当に行きそうこん」
「行くよ」
「即答こん!?」
「当然だろ。ペンギンだぞ?」
★
そんな自分を見て、コーデリアさんはくすくす笑う。
「レイくんって本当に面白いですね」
「そうかな?」
「はい」
優しく微笑む。
「でも、もし氷の魔大陸へ行くなら私も見てみたいです」
「ペンギン?」
「ペンギンです」
仲間がいた。
「わたしも……」
シンシアさんまで手を挙げる。
「遺跡もありそうですし……」
(目的違うな)
気付けばアラン以外の全員が氷の魔大陸へ興味を持ち始めていた。
「なんでこうなるんだよ……」
アランが頭を抱える。
こうして。レイの新たな夢が決まった。いつか冒険者になる。世界を旅する。そして氷の大陸へ行く。
目的はもちろん――本物のペンギンを見るためである。
なお。その夢を聞いたブラットは後日、「お前の夢って毎回方向性がおかしくないか?」と真顔で言った。
自分は納得できなかった。
ペンギンは正義なのだから。




