第54.1話 巨大血液濃縮循環機と、封印という発想と、虹結晶誕生
シンシアさんの大暴発事件から数日後。自分は寮の部屋で腕を組みながら唸っていた。
「どうしたものか……」
視線の先には、自室の半分を占領している巨大な装置がある。露店で稼いだ資金の大半を注ぎ込んで完成させた超大型研究設備。
【巨大血液濃縮循環機】
自分の最高傑作の一つだった。
だが――。
「成果が出ないんだよなぁ……」
深いため息が漏れる。
装置の中央では虹色の結晶がゆっくりと回転していた。その大きさは既に人の頭ほど。普通の魔石と比較すれば異常なサイズである。
しかし。何度【鑑定】しても結果は変わらなかった。
【虹魔石】
表示されるのはその文字だけ。名前も、性能も、全く変化しない。
「違うんだよな……」
自分が欲しいのは虹魔石ではない。目指しているのは別の存在だ。
巨大結晶。世界に十四個しか存在しないと言われる神話級の秘宝。邪神の力を封印しているという、伝説そのもの。
もちろん同じ物を作ろうとは思っていない。そんなことが出来たら世界がひっくり返る。だが構造だけでも再現できれば話は別だった。巨大結晶の仕組みを理解できれば、魔導具開発は次の段階へ進める。そう考えていたのだ。
「予想が外れたかな……」
椅子へ座り込みながら頭を掻く。
研究とは失敗の連続だ。前世でもそうだった。成功する発明なんて一握り。だが、それでも落ち込む時は落ち込む。特に今回は期待が大きかった。
★
気分転換も兼ねて図書館で借りた資料を読み返してみる。
巨大結晶について書かれた本は少ない。そのほとんどが伝承や神話だ。だが共通する記述が一つだけあった。
『邪神の力を十四個へ分割し封印した』
封印。その単語だった。
「封印か……」
何度も読み返す。封印。閉じ込める。押さえ込む。圧縮する。
「ん?」
そこで思考が止まった。
今まで自分は魔石の生成ばかり考えていた。魔素を集める。濃縮する。結晶化する。
だが巨大結晶は違う。封印だ。ただ集めるだけではなく、閉じ込める工程が必要なのではないか。
「……あれ?」
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
普段、自分は何をしている?魔導操作だ。魔力を集める。圧縮する。固定する。封じ込める。
それって封印と似てないか?
「もしかして……」
自分は勢いよく立ち上がった。こういう時は考えるより作る。それが一番早い。
前世でも、現場で詰まった時はまず動いてみることにしていた。机上の計算より現物に触れる方が答えが出ることは多かった。
★
その日から魔導工房へ籠もることになった。工房には失敗作が次々と積み上がっていく。
魔力が漏れて爆発。圧縮不足で崩壊。封印が解けて消滅。
「違う」
作り直す。
「これも違う」
さらに作り直す。何十回も繰り返した。途中から数えるのをやめた。
失敗するたびに工房が少し焦げた。三日目には壁に黒い跡が三箇所増えていた。後で【クリーン】をかければ消えるが、それはそれで妙な達成感があった。
そして三日後。ようやく手応えのある試作品が完成する。
手のひらサイズの透明な珠。見た目は地味だ。だが内部では魔力が渦を巻いている。
【魔素圧縮封印珠】 周囲の魔素を圧縮し封印する珠。
「……これだな」
確信は無かった。だが勘が告げている。今までで一番成功に近い。
★
自分は慎重に巨大血液濃縮循環機の前へ立った。中では虹魔石が回転している。そこへ封印珠を投入。
ポチャン。
小さな音が響く。
「頼むぞ……」
後は待つだけだ。
三日後。朝一番で装置を確認する。
そして。
「……え?」
思わず声が漏れた。
結晶が小さくなっていた。以前より一回り。いや二回りほど。
しかし。輝きは圧倒的に増している。虹色の光が内部から溢れていた。まるで小さな太陽だ。
「嘘だろ……」
震える手で鑑定する。
【虹結晶】
表示を見た瞬間、心臓が跳ねた。
「成功した……」
もう一度確認する。
【虹結晶】
間違いない。名前が変わっている。進化した。ついに辿り着いた。
「できたぁぁぁぁぁ!!」
思わずガッツポーズが飛び出した。数週間の研究。大量の失敗。全部報われた気がした。
工房の中で一人で跳び上がった。傍から見たら完全に不審者だ。だが構わなかった。嬉しいのだから仕方ない。
★
だが興奮が落ち着くと別の感情が顔を出す。
「……なんか怖いな」
最近こんなことばかりだった。
虹魔石。虹結晶。変装ペンダント。魔力低下ネックレス。思いつきで作った物が次々成功する。偶然にしては出来過ぎている。まるで誰かに答えを教えられているような感覚さえあった。
(魔導王伝説の本に書いてあった一文が頭をよぎる)
深淵の魔眼を持つ同胞へ。あの言葉は、こういう感覚のことも含んでいたのだろうか。
「いやいや」
首を振る。考えすぎだ。発明とはそういうものだ。試行錯誤を繰り返した結果、成功する。ただそれだけ。
「よし」
気持ちを切り替える。研究は一歩前進した。なら次だ。次の課題を考えよう。
そう思いながらステータスを開いた時、自分は別の問題に気付くことになる。
【魔導剣士 4.1】
全く成長していない職種だった。
(魔導具開発ばかりで戦闘訓練がおろそかになってたな……)
研究の充実と引き換えに、別の何かを後回しにしていた。それはいつでも起こりうる問題だった。前世の現場でも、一つに集中しすぎると別のことが抜ける。バランスの問題だ。
その問題が、次の行動へ繋がることになる。




