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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
学園編 低学年

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第53話 泣き続ける少女と、魔力低下のネックレスと、眼鏡っ娘誕生

 運動会が中止になった翌日。


 自分たち一年Aクラスの教室には、朝から重苦しい空気が漂っていた。


 誰も騒がない。誰も笑わない。誰も走り回らない。


 いつもなら登校してすぐブラットとアランが軽い模擬戦を始め、エレナが尻尾を振りながら止めに入り、クライブが「朝から元気だこん……」と呆れるのが日常だった。


 だが今日は違った。教室の空気は、まるで雨雲が天井に張り付いているかのように重かった。


 原因は一人。教室の中央にいた。


「ご、ごめんなさいぃ……」


 シンシアさんだった。床へ額を押し付けるように土下座している。ぽろぽろと涙を流しながら。ひたすら謝り続けていた。


「わたしのせいでぇ……うぅ……」


 昨日の大暴発。運動会会場の半分を吹き飛ばしかけた超巨大ボール。幸い怪我人は出なかった。だが運動会は中止。設備は破損。教師陣は大慌て。


 結果だけ見れば大事故である。六歳の少女が起こしたとは思えない規模だった。


「シンシアさん、顔を上げましょう!」


 ロナルド先生が慌てて駆け寄る。


「誰も怒っていませんから!」


「でもぉ……みなさん……いっぱい準備したのにぃ……」


「それは事故です!」


「全校生徒のみなさんにも迷惑をぉ……」


 再び頭を下げる。


 ゴッ!


 結構いい音がした。


「痛っ!?」


「だからやめなさい!?」


 先生が慌てて抱き起こす。だがシンシアさんはまた土下座しようとする。完全に無限ループだった。


 教室中が困っていた。誰も責める気なんてない。むしろ心配している。それなのに本人だけが全責任を背負い込んでいた。


 シンシアさんはエルフ族だ。六歳なのに見た目は四歳くらい。そんな小さな女の子が泣きながら土下座している光景は、罪悪感しか生まれなかった。


「どうしよう……」


「可哀想……」


「誰か何とかしてあげて……」


 女子達も困惑している。コーデリアさんも心配そうだった。しかし誰も解決策を持っていない。


 そんな中。隣から小さな声が聞こえた。


「レイ」


 エレナだった。


「ん?」


「何とかするにゃ」


「え?」


「たぶんレイの仕事にゃ」


「なんで?」


 理不尽である。するとエレナは真顔で言った。


「今回の件、半分くらいレイの責任にゃ」


「重くない!?」


「だってシンシアさんが魔法を使えるようになったのはレイのおかげにゃ」


「あっ」


 言われて気付いた。確かにそうだった。


 以前のシンシアさんは魔法そのものがまともに使えなかった。魔力制御が出来なかったからだ。それを自分が手伝った。魔導具も作った。訓練もした。


 その結果――運動会会場を吹き飛ばす超火力魔法使いが誕生した。


「……否定できない」


「でしょ?」


「でも何をどうしろと」


「そこはレイが考えるにゃ」


「丸投げだね?」


「私の【野生の勘】がレイに任せれば完璧だと、そう言ってるにゃ」


 絶対適当だろ。


 しかし実は――解決する心当たりが一つだけあった。昨夜完成したばかりの魔導具である。


 渡すか悩んでいた。効果はある。だが少し特殊だった。下手をすると嫌がられる可能性もある。


 しかし今のシンシアさんを見る限り、このまま放置する方が良くない気がした。


「仕方ないか」


 自分は席から立ち上がった。



★


 シンシアさんの前へ移動する。


「シンシアさん」


「れ、レイくん……」


 涙で真っ赤になった瞳がこちらを向く。今にも泣き崩れそうだった。


「昨日は大変だったね」


「うぅ……」


「でもさ」


 少し考える。こういう時に説教は違う。正論も違う。


 だから。


「将来シンシアさんが凄い魔法使いになったらどうなると思う?」


「えっ……?」


 予想外だったのか。シンシアさんが目をぱちぱちさせた。


「昨日のこと」


「わかりません……」


「たぶん笑い話になる」


「そんな……」


「なるよ」


 根拠はない。でも今はそれでいい。


「昔、学園を吹き飛ばしかけた魔法使いがいたんだって。そう言われる側になるかもしれない」


 シンシアさんが少しだけ顔を上げた。


「わたしなんかが……?」


「なれるよ」


 前世でも大失敗した人間が後に偉大な職人になる話をいくつか見てきた。失敗の大きさと才能は、時に比例する。


「だから今日は特別に」


 ストレージへ手を入れる。そして昨夜完成した魔導具を取り出した。


「シンシアさんにぴったりなスペシャルアイテムがあります」


「す、すぺしゃる……?」


 涙が止まった。現金な子である。



★



 取り出したのは銀色のネックレスだった。中央には紫色の魔石。見た目は綺麗だ。だが性能はかなり特殊だった。


「これが――【魔力低下のネックレス】です」


 教室が静まり返った。


「……え?」


 シンシアさんが固まる。


「魔力を下げるんですか?」


「うん」


「そんなこと出来るんですか?」


「そう、これなら出来る」


 魔力を増やす魔導具があるなら逆も作れるだろう。昨夜そんな発想で作ったら成功したのである。


「装備すると魔力出力を自動で抑えてくれるから魔力制御が楽になるし、暴走もしない。本気を出したい時はネックレスを外せばいい」


「自動で……」


「試してはいないけど、シンシアさんの暴走をかなり防げると思う」


 その時。


「レイくん」


 ロナルド先生が恐る恐る手を挙げた。


「はい?」


「能力低下系魔導具ってな……基本的に呪い扱いなんだが……」


「えっ」


 初耳だった。教室もざわつく。


「呪い?」


「呪われるの?」


「怖くない?」


 生徒達が距離を取る。ひどい。


 先生は頭を押さえた。


「だから普通は国とか聖教会が管理する案件なんだぞ」


「へぇ……」


 知らなかった。そんな危険物を一晩で作っていたらしい。少しだけ反省した。


 少しだけ。


 しかしシンシアさんはネックレスを見つめ続けていた。そして。


「わたし……」


 小さな声で呟く。


「使いたいです」


「シンシアさん?」


「これがあれば……また魔法を頑張れるなら……」


 ぎゅっと握り締める。その瞳には希望があった。昨日までの絶望ではない。前を向こうとする光だった。


「わたしは使いたいです」


 教室が静まる。ロナルド先生も言葉を失った。


 すると自分は先生へ向き直った。


「先生」


「なんだ」


「他に解決策あります?」


「……」


「あるなら今すぐ壊します」


「ない」


 即答だった。


「ですよね」


「ですよねじゃない!」


 先生が頭を抱える。


 その横で。シンシアさんはネックレスを首へ掛けた。


 すると。


「……あれ?」


「どうした?」


「なんか……落ち着きます」


 本人が一番驚いていた。どうやら効果は正常らしい。


「魔力が暴れてない……」


 その言葉に教室中が静まった。


 今までずっと苦しかったのだろう。シンシアさんは目に涙を浮かべながら笑った。


「すごい……」


 その笑顔を見て、自分は作って良かったと思った。



★



 そして数日後。シンシアさんのためにもう一つ魔導具を作ることになる。


 その名も――【魔力認識のメガネ】。


 周囲の魔力を視覚的に認識できる補助魔導具だった。


「め、眼鏡ですか!?」


「うん」


「わたし眼鏡っ娘になれます!?」


「そこなの!?」


 本人は大喜びだった。掛けた瞬間。


「見える……」


 魔力の流れを見つめながら感動していた。


「魔力がこんな風に流れてたんですね……」


「訓練にも使えると思う」


「ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げるシンシアさん。今度は土下座ではなく感謝だった。


 そしてクラスメイト達も気付いてしまう。


 魔力暴発少女。エルフ。小柄。眼鏡。さらに魔導具装備。


「属性盛りすぎじゃない?」


「強い……」


「負けた気がする……」


 女子達が何か言っていた。よく分からない。


 その後。シンシアさんは少しずつ笑顔を取り戻していった。


 運動会を吹き飛ばしかけた少女は、ようやく前を向いて歩き始めたのである。

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