第52話 玉当て無双と、シンシアの爆発と、今日の主役は誰だ
運動会も後半戦へと突入していた。
朝から続いていた競技も残りわずか。現在のAクラスの順位は決して悪くない。だが圧倒的でもない。
つまり――ここからが勝負だった。
「遂に来たね」
自分は腕を組みながら頷いた。
「何がだにゃ?」
エレナが嫌そうな顔をする。
「僕の時代だよ」
「始まったこん……」
クライブが頭を抱える。
「レイが調子に乗る時は大体ろくな事にならないにゃ」
「なんで!? 本当にひどくない!?」
ひどい。だが今回は違う。絶対に違う。
なぜなら次の競技は【玉当て】だからだ。
先生達が投げ上げた的を魔法で撃ち落とす。ただそれだけ。つまり身体能力はほぼ関係ない。必要なのは魔法制御能力。
そして魔法制御だけなら――学園でも負ける気がしなかった。
「ここからはずっと僕のターンだよ」
「その台詞やめた方が良いと思います」
コーデリアさんが苦笑する。
「中二病っぽいです」
「えっ……そんな言葉あるの? 異世界にも?」
(転生者、絶対いるだろ)
★
競技開始直前。自分は改めてルールを確認する。空中に投げられる的。それを一定時間内に破壊する。シンプル。だからこそ技術差が出る。
つまり――自分向きだ。
「よし」
深呼吸し、魔力を練る。
その瞬間、周囲がざわついた。
「おい……なんか空気揺れてねぇか?」
「いや、何も見えないけど……?」
「でもレイの周りだけ風が渦巻いてるぞ……?」
そう。無属性魔導系は魔眼持ちにしか見えない。そしてチェスガン学園には魔眼持ちはいない。
つまり今の自分の周囲に浮かぶ透明な魔導弾は、誰にも見えていない。
一個。二個。三個。十個。二十個。三十個。四十個。さらに増える。
周囲の生徒達は「何もない空間」が揺れているようにしか見えず、逆に不気味さが増していた。
「レイ」
エレナが真顔になる。
「やり過ぎは駄目にゃ」
「大丈夫だよ。まだ余裕はあるから制御は完璧だよ」
「そういう意味じゃないにゃ……」
エレナは何かを諦めた顔になった。
★
自分の玉当て競技が開始された。
「始め!」
先生の合図と同時に大量の的が空へ放り投げられる。
その瞬間、【パラレル思考】が起動した。
一つの思考が軌道を読む。一つの思考が風向きを計算する。一つの思考が優先順位を決める。一つの思考が次の攻撃を準備する。
世界が少しだけ遅く見えた。
(簡単だ)
魔導弾発射。
バン! 一枚目撃破。さらに――。
バン! バン! バババババッ!!
次々と的が砕け散る。
しかし観客席には何も見えていない。
「えっ!? なんで割れた!?」
「誰か石でも投げた!?」
「いや、レイくんの前で何か起きてるけど……何も見えない……!」
生徒達は混乱していた。先生達も同じだった。
「な、何が起きているんだ……?」
「魔法……なのか? いや、見えない……」
「でも的だけが正確に壊れていく……?」
魔眼持ちがいないため、誰一人として魔導弾の存在を視認できない。ただ結果だけが見える。
最後の一枚まで――完璧に。一発も外さず。全弾命中。終了。
静寂。観客席まで静まり返った。
数秒後。
ドォォォォッ!!
大歓声が巻き起こる。
「すげぇぇぇ!!」
「一年生だぞ!?」
「見えない魔法で全部当てた!!」
「何やったのか全然分からねぇけどすげぇ!!」
(気持ちいい。非常に気持ちいい)
思わず笑みが漏れる。たまには無双するのも悪くない。
前世では仕事の成果が数字や報告書になってしまい、誰かに見てもらえる機会が少なかった。だからこういう瞬間は素直に嬉しかった。
★
しかし本当の事件はここからだった。
「次の組、前へ!」
呼ばれたのはシンシアさん達のチーム。シンシアさんは緊張した様子で前へ出る。
(成長したなぁ……)
保護者みたいな気分になっていた。
「シンシアさん!」
「は、はい!」
「頑張って!」
「が、頑張ります!」
微笑ましい。実に微笑ましい。
――その時だった。
(ん?)
違和感。魔力が集まっている。シンシアさんの掌に。どんどん。どんどん。どんどん。
(待って)
嫌な予感がした。
(なんでそんな量集めてるの?)
普通の【ボール】なら拳大。だがシンシアさんの魔力は違う。十倍。二十倍。三十倍。まだ増える。
(あれ……?)
冷や汗が流れた。
(もしかして本人気付いてない?)
嫌な予感が確信へ変わる。以前修練所で見た光景と同じだ。制御はできているつもり。実際の規模は全然違う。
「シンシアさん!!」
慌てて叫ぶ。
だが――間に合わなかった。
「えいっ!」
可愛らしい掛け声。
そして――。
ドゴォォォォォォォォォン!!
爆発音。轟音。衝撃波。地面が揺れた。
的が消える。砕けるではない。吹き飛ぶでもない。消えた。完全消滅。
さらに暴走した魔力弾は防御障壁へ激突する。
ズガァァァァァン!!
障壁が大きく歪む。担当教師が吹き飛ぶ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!?」
「先生ぇぇぇぇぇ!?」
会場騒然。
地面を削る。グラウンドを抉る。土砂が吹き飛ぶ。巨大な溝が生まれる。まるで上級魔法だった。
(先生が吹き飛んだ……)
自分は頭を抱えた。修練所で特訓した時も暴発の危険は感じていたが、まさか本番でここまでとは思わなかった。
そして――静寂。誰も喋らない。
シンシアさん本人も固まっている。
「……え?」
涙目で呟いた。
「わ、わたし……何かしました?」
その場にいた全員が思った。何かどころじゃない。
★
結局、運動会は安全確認のため一時中断。教師達は大騒ぎ。治癒術師達も出動。校長まで飛んできた。
シンシアさんは半泣きで謝り続けていた。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいぃ……」
コーデリアさんが慌てて抱き寄せながら「大丈夫です! 先生も治療してもらってます!」と必死にフォローしていた。
その横で、自分は遠い目をしていた。
学年最高記録。完全制覇。パーフェクト。今日の主役は間違いなく自分だったはずだ。
「レイ」
エレナが肩を叩く。
「元気出すにゃ」
「いや別に落ち込んでないよ?」
「目が死んでるこん」
クライブが言う。
そしてブラットが爆笑した。
「はははははっ!! レイの記録全部吹っ飛んだな!!」
否定できなかった。完全に吹っ飛んだ。
みんなが話しているのは【ボール一発でグラウンドを破壊した一年生】の話だけだった。
そして今年の記録は全て吹き飛んだので、自分の最高記録は非公式になった。
(努力が……)
涙は出なかった。ただ少し虚しかった。
★
こうして後に伝説となる運動会事件は幕を閉じる。
なお翌年からの玉当て競技は継続するか要協議となった。理由は一行だけ。
『安全上の問題が確認されたため』
当然である。
ちなみに吹き飛ばされた担当教師は翌日には元気に出勤していた。
回復魔法のある世界はそういうところだけ便利だ。
(たぶん今日一番危険だったのは……)
ちらりと隣を見る。
シンシアさんはまだコーデリアさんに抱きしめられながら小さく震えていた。
(僕じゃなくてシンシアさんだな……)
誰よりも強く、そう確信したのだった。




