第51話 全学年合同運動会と、障害魔法レースと、息が合う
今日は【チェスガン学園】の全学年合同運動会の日だった。
朝早くから学園中が騒がしい。普段は授業や訓練に励む生徒達が、今日は競技用の服装で集まり、広大な訓練場はお祭りのような熱気に包まれていた。屋台まで出ている。保護者席まである。もはや学園行事というより地域祭りだ。
「すごい人だね……」
思わず呟く。見渡す限り生徒、生徒、生徒。さらに教師や職員まで忙しそうに走り回っている。
「毎年こんな感じだにゃ」
エレナが慣れた様子で言う。
「でも今年は特に多いこん」
クライブも周囲を見回した。どうやら上級生達の中に有名人がいるらしい。闘技大会上位常連だとか何とか。観客まで来ているようだった。
(いやいや)
自分は首を振る。
(学園の運動会だよね?)
前世なら保護者参加型の平和なイベントだった。しかしこの世界は違う。なにせ――スキル使用可。魔法使用可。身体強化可。魔導具使用は一部制限付き。
それでいて目的は「学年間の交流を深める」らしい。絶対嘘だろ。どう考えても戦闘訓練である。
しかし生徒達は全員やる気満々だった。優勝したクラスには特別豪華な食事券が出るらしい。なるほど。それは本気になる。
「よし」
拳を握る。
「今日は優勝を狙う」
「レイが珍しくやる気だこん」
「こういう時だけ自信満々だにゃ」
「普段も自信はあるよ!?」
「ないにゃ」
「ないこん」
即否定だった。酷い。傷付く。だが今は気にしない。今日は勝負の日なのだ。
★
競技一覧を確認する。五十メートル走。障害魔法レース。干し肉食いレース。二人三脚。玉当て。綱引き。闘技戦。そしてリレー。
改めて見ても思う。
(絶対転生者いるだろ)
競技内容が妙に前世っぽい。運動会という概念自体が怪しい。唯一違うのはパン食い競争が干し肉食い競争になっていることくらいだ。何故干し肉なのか。誰も説明できない。謎である。
やがて開会式が始まった。まず学園長の挨拶。長い。非常に長い。続いて来賓代表。長い。こちらも長い。最後に聖教会の神官。さらに長い。
(どこの世界でも同じなんだなぁ……)
少し懐かしくなった。前世の校長先生も長かった。異世界に来ても変わらないものはあるらしい。
その後は全員で準備体操。何故か音楽付き。完全に運動会だった。
「レイくん、何か面白いことありました?」
隣のコーデリアさんが不思議そうに聞いてくる。
「いや、なんでもないよ」
まさか「前世でも似たようなことやってた」とは言えない。自分は苦笑いしながら誤魔化した。
★
第一競技。五十メートル走。
しかし競技説明を聞いた瞬間、自分は頭を抱えた。
「何で全学年合同なんだろう……」
学年別ではない。一年生も五年生も同じ組で走る。身長差も筋力差もある。普通に考えて勝負にならない。
「先生も理由知らないらしいにゃ」
エレナが肩を竦める。ロナルド先生へ聞いた結果は「昔からそうだからだ!」だった。先生も知らない。伝統とは恐ろしい。
最初に走ったのはブラットだった。爆発的なスタート。さすが【戦士】。地面を蹴った瞬間、矢のように飛び出した。観客席からも歓声が上がる。しかし相手は上級生。最終的には二年生上位集団に追い抜かれてしまった。
「惜しかったな」
「いや無理だろ!相手でかすぎる!」
それはそう。五年生ともなると普通に大人一歩手前なのだ。
続いてブルーノ。こちらも善戦。そして――。
「速っ!?」
思わず声が出た。エレナだった。地面を滑るように走る。無駄な動きが一切無い。獲物を追う獣。そんな表現が似合う走りだった。
「昔からあんな感じだよ」
「昔からってレベルじゃないこん」
クライブが呆れる。確かにそうだった。六歳の頃から森を駆け回っていた少女である。むしろ遅かったら驚く。結果は全体上位。一年生では圧倒的だった。
★
競技の合間。自然と雑談になる。
「レイくんのお父さんって本当に強いんですか?」
コーデリアさんが興味津々で聞いてきた。
「僕も詳しくは知らないんだけどね」
「強いどころじゃないこん!」
何故かクライブが興奮する。
「【ソウルイーター】だこん!」
「そんなに有名なの?」
「伝説級だこん!」
力説された。しかし息子の実感は薄い。家では普通に畑仕事したり、自分を肩車したりする父親だったからだ。
(父さんってそんな凄い人なのかな……)
未だによく分からない。
★
そして問題の競技。障害魔法レース。
名前から嫌な予感しかしなかった。実際に見た瞬間、その予感は確信へ変わる。
「運動会でやる内容じゃないよね?」
「同感です」
「完全同意だこん」
目の前には重力フィールド。氷山地帯。竜巻地帯。拘束魔法地帯。が並んでいた。意味が分からない。誰だ企画したの。
「よし!ここで活躍する!」
「頑張るこん!」
「頑張りましょう!」
そして十分後。結果。惨敗だった。
★
「僕達が参加したことに意味はあったはずだ……」
「レイが一番足引っ張ってたこん」
「ごめんなさい」
反論できなかった。
まず重力フィールド。ここで沈んだ。体が重い。とにかく重い。まるで巨大な岩を背負っているようだった。コーデリアさんは普通に突破。シンシアさんも突破。自分だけ取り残される。
「なんでぇぇぇ!?」
続く氷山地帯。滑る。転ぶ。滑る。転ぶ。また滑る。また転ぶ。コーデリアさんは軽やかに進んでいく。
「待ってぇぇぇ!!」
誰も待ってくれなかった。
さらに竜巻地帯。ここではシンシアさんが大活躍した。一発でボール回収。最短ルート突破。逆に自分は吹き飛ばされた。
「何故だ!!」
観客席から笑いが起きた。納得いかない。
結果。堂々の最下位。悲しい。非常に悲しい。
「レイくんの見えない手を使えば良かったんじゃないですか?」
コーデリアさんが首を傾げる。
「あ」
固まる。
「補助だけなら問題なかったこん」
「あ」
「引っ張ってもらえば良かったにゃ」
「あ」
全員正論だった。完全に失念していた。次回への反省点である。前世でも「道具があるのに使わない」ミスを現場でよくやらかした。この世界でも変わらない。
★
第三競技。干し肉食いレース。何度見ても意味不明だった。しかし盛り上がりは凄い。
特にエレナ。スタート。ジャンプ。咥える。走る。終わり。速い。圧倒的だった。
「完全に肉を狙う魔獣だにゃ」
「自分で言うんだ……」
一方バリーも大活躍。盗賊らしい身軽さで干し肉を奪取していく。そしてグライブ。
「届かない!」
ぴょん。
「届かない!」
ぴょん。
「あと少し!」
ぴょん。
背が低いから平均のジャンプ力でもギリギリ届かず、ずっと跳んでいた。観客席は爆笑だった。グライブ本人は真剣だった。それが余計に面白かった。
★
そして第四競技。二人三脚。自分とコーデリアさんの出番だった。
しかしここで問題発生。身長差で肩が組めない。
「どうしましょう……」
「うーん……」
悩んだ結果、コーデリアさんが自分にしがみつく形になった。
近い。顔が近い。ものすごく近い。
「だ、大丈夫です!」
コーデリアさんの顔が真っ赤だった。
「そ、そう?」
自分も少し緊張する。周囲から妙な視線を感じる。特にクライブ。なんかニヤニヤしている。やめろ。その顔はやめろ。
「いち、に!」
「いち、に!」
走り出す。最初はぎこちなかった。だが徐々に息が合う。転ばない。かなり順調だ。途中までは一位争いだった。
しかし。
「速っ!?」
前方を走るクライブ&シンシア組。異常に速い。
「息ぴったりこん!」
「すごいです……!」
何だあのコンビ。練習してたのかと思うレベルだった。
結局、自分達は二位。悪くない結果だった。かなり悔しいけれど。
「クライブくんには勝ちたかったな……」
「十分凄かったですよ」
コーデリアさんが笑う。その言葉に少し救われた。
(でも次は勝つ)
心の中で密かに誓った。
★
だが運動会はまだ終わらない。玉当て。綱引き。闘技戦。そして最後のリレー。むしろ本番はここからだ。
現在のクラス順位は中位。逆転の可能性は十分残っている。
自分は拳を握った。
「次こそ勝つ!」
「レイがまた何か企んでるにゃ」
「たぶんロクなことじゃないこん」
「否定できませんね」
コーデリアさんまで頷いた。
何故だろう。クラスメート達からの信頼が少しずつおかしな方向へ向かっている気がした。




