第50話 シンシアの魔力と、魔女の呪いと、あの声は誰だ
ロナルド先生の授業が終わり、自分はいつものようにブラットとエレナと修練所へ向かおうとしていた。
最近は授業後の修練が日課になっている。ブラットは剣術。エレナは体術。自分は【魔導】の制御訓練。三人とも少しずつ強くなっている実感があり、それが楽しかった。
そんな時だった。
「レイくん、少しお時間いいですか?」
後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこにはコーデリアさんが立っていた。その隣にはシンシアさんもいる。しかし普段より少し元気がないように見えた。
「もちろんいいよ。どうしたの?」
「できれば修練所でお願いしたいんです」
コーデリアさんの表情は真剣だった。
「ちょうど僕も行くところだったから問題ないよ」
そうして三人で修練所へ向かった。
★
修練所は珍しく空いていた。広い訓練場には誰もおらず、静かな空気が流れている。窓から差し込む夕日が床を赤く染めていた。話をするにはちょうど良い環境だった。
するとコーデリアさんが一歩前へ出る。
「実は相談したいことがあるんです」
「相談?」
「シンシアのことなんです」
その言葉に自分は隣を見る。シンシアさんは視線を落とし、どこか不安そうな表情をしていた。
「私は……」
小さな声が響く。
「魔力量が多いせいなのか……【魔力操作】が上手く出来ません……そのせいで今も魔法系スキルが一つも発動できないんです……」
「え?」
思わず声が漏れた。それは想像以上に深刻な問題だった。シンシアさんの職種は魔法系だったはずだ。それなのに魔法が使えない。例えるなら剣士が剣を振れないようなものである。
「ロナルド先生には相談した?」
「しました……でも……上手くいきませんでした……」
なるほど。ロナルド先生でも解決できなかった問題か。それなら一度見てみる価値はある。
「分かった。僕で役に立つかは分からないけど見てみるよ」
「ありがとうございます……」
シンシアさんが少しだけ安心したように微笑んだ。その笑顔はどこか儚かった。
★
準備をしながら雑談する。
「そういえば二人って同じ出身なの?」
「はい。幼なじみなんです」
コーデリアさんが答える。するとシンシアさんも小さく続けた。
「私は……人見知りなので……コーデリアがいて助かってます……」
「おおっ!」
思わず反応してしまう。
「実は僕も【人見知り】というスキルを持ってるんだよ!」
「え?」
「え?」
二人が同時に首を傾げた。
「いや本当だよ?ステータスにもちゃんとあるし」
「レイくんは人見知りには見えません」
「私も……そう思います……」
「えぇ……」
何故だろう。前世では間違いなく人見知りだったのに。もしかすると異世界転生で多少図太くなったのかもしれない。そんな事を考えながら修練用の的を設置した。
「それじゃあ見せてもらおうか」
★
「まずは【ボール】を発動するつもりで魔力を集めてみて」
「はい……」
シンシアさんが両手を前へ出す。深呼吸。集中。魔力が集まり始めた。
同時に自分は【鑑定の魔眼】を発動する。
そして――。
(……は?)
思わず固まった。
大きい。いや、大き過ぎる。
普通なら拳大程度になる魔力塊。しかしシンシアさんの前に集まっている魔力は違った。人の頭ほど。いや、まだ膨らんでいる。肩幅ほど。さらに膨らむ。ついには本人の身長に迫るほどの巨大な塊になっていた。
「ちょっ!?」
思わず叫ぶ。
「ストップ!!」
「えっ!?」
「止めて止めて止めて!!」
「は、はいっ!?」
慌てて中断。巨大な魔力塊は霧のように消えていった。
危なかった。本気で危なかった。もしあれが暴発していたら修練所の壁くらい吹き飛んでいたかもしれない。
「シンシアさん……今どれくらいの大きさだと思ってた?」
「手のひらくらい……です……」
「え?」
自分が固まる番だった。
完全に認識がズレている。本人は手のひらサイズを作っているつもり。実際は人間サイズ。そりゃ発動できない。発動したら暴発する。
「なるほど……」
原因の一つは分かった。しかしそれだけではなかった。
自分は再び【鑑定の魔眼】で観察する。そして違和感に気付いた。
(なんだこれ……?)
シンシアさん本来の魔力。その外側。さらに巨大な魔力が薄く重なっている。まるで誰かが背後から包み込むように。優しく。静かに。ずっと寄り添っているような魔力だった。
初めて見る現象だった。
★
「シンシアさん」
「はい……」
「変な事を聞くけど、家系に何か伝承とかない?」
その瞬間。シンシアさんの表情が曇った。
「……あります」
声が小さくなる。
「私の家系は……超古代文明時代の魔女の血を引いていると言われています……」
「魔女?」
「はい……そして家系には……魔女の呪いがあると……」
空気が重くなる。
「呪いが発動すると……スキルが使えなくなるそうです……」
その言葉は重かった。この世界でスキルを失う。それは人生そのものを否定されるようなものだ。
「だから私は……」
ぽろり。一粒の涙が零れ落ちる。
「最初から……ダメだったのかもしれません……」
コーデリアさんが慌てて抱き寄せた。
「そんなことありません!」
「でも……」
「絶対にありません!」
シンシアさんは小さく首を振る。何年も抱えてきた不安なのだろう。何度挑戦しても魔法は発動しない。周囲との差だけが広がっていく。どれほど苦しかったのか想像もできない。
自分は少し迷いながら肩へ手を置いた。
その瞬間だった。
『――ああ』
声が聞こえた。頭の奥で。優しい女性の声。どこか懐かしい。温かい声だった。
『ようやく……』
安堵したような響き。
『長かった……』
誰かに語り掛けているようでもあり、独り言のようでもある。
『これで……もう……』
そこで言葉が途切れる。
同時に。シンシアさんを包んでいた巨大な魔力が揺らいだ。ゆっくりと。本当にゆっくりと。霧が風に溶けるように消えていく。
(なんだ……?)
自分は目を見開いた。攻撃的な気配はない。むしろ逆だった。長い役目を終えた誰かが、安心して去っていくような。そんな感覚だった。
『安心しました……』
最後に微かな声が聞こえた気がした。
そして。全てが消えた。
★
「レイくん?」
コーデリアさんの声で我に返る。
「あ、ごめん」
気付けば肩に手を置いたまま固まっていた。
今のは何だったのだろう。幻聴? それとも【鑑定の魔眼】が何かを捉えた? 分からない。
だが一つだけ確信できることがあった。
「シンシアさん」
「はい……」
「もう一回だけ試してみよう」
「でも……」
「大丈夫」
根拠はない。だけど今なら上手くいく。そんな気がした。
「僕を信じて」
シンシアさんはしばらく迷い、やがて小さく頷いた。
「……分かりました」
再び両手を前へ出す。集中。魔力が集まり始める。
今度は違った。暴走しない。膨れ上がらない。魔力が綺麗にまとまっていく。まるで最初からそうあるべきだったかのように。
そして――。
ポンッ!
小さな光球が生まれた。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「できたっ!!」
シンシアさんの歓声が修練所に響いた。涙を流しながら笑っている。
「できましたぁ!!」
何年も届かなかった一歩。それを今、ようやく踏み出せたのだ。
コーデリアさんも目に涙を浮かべていた。
「凄いですシンシア!」
「コーデリアぁ……!」
二人は抱き合って喜ぶ。
その光景を見ながら自分は静かに考えていた。
あの声は何だったのか。あの魔力は何だったのか。
魔女の呪い。魔女の血。超古代文明。その全てが何かに繋がっている気がした。だが今はまだ分からない。
(シンシアさんが遺跡に興味を持つ理由も、もしかしたら無関係じゃないのかもしれない)
その考えが頭の端に引っ掛かった。確かめる手段は今のところない。ただ覚えておく。それだけだ。
分かるのは一つだけ。シンシアさんは魔法を使えた。それだけで十分だった。
少なくとも今日という日は、誰にとっても良い日になったのだから。




