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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
乳児編

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第5話 母という名の元冒険者【ソフィア視点】

【ソフィア視点】


レイが生まれてから、もうしばらくの時間が経った。


毎日があっという間だった。


朝起きて、授乳して、洗濯をして、家事をこなして、また世話をする。それだけの繰り返しなのに、不思議と退屈だと思ったことは一度もない。


むしろ逆だった。


気付けば一日の大半をレイのことばかり考えている。泣いていないだろうか。お腹は空いていないだろうか。体調は悪くないだろうか。


少し前までの私は、魔獣討伐やダンジョン攻略のことしか頭になかったというのに。


自分でも笑ってしまう。


きっと親バカなのだろう。それもかなり重症な。


だけど、それでいいと思っていた。





少し前までの私は冒険者だった。


旦那のレオンと仲間達と共にパーティーを組み、各地を旅していた。魔獣を討伐し、依頼をこなし、ダンジョンを攻略する。そんな生活を何年も続けてきた。


危険だった。辛いこともあった。何度も死にかけた。


けれど後悔はない。あの時間があったからレオンと出会えた。仲間達とも出会えた。そして今、こうしてレイにも出会えたのだから。


お腹に命が宿ったと分かった時、私は迷わず冒険者を引退した。


もちろん惜しくなかったわけではない。仲間達と旅をするのは楽しかった。新しい景色を見るのも好きだった。メイスを握る感覚も、ダンジョンの光景も、全部好きだった。


だけど、それ以上に守りたいものが出来た。


だから後悔はなかった。


レオンも反対しなかった。むしろ誰よりも喜んでくれた。あの日の顔は今でも忘れられない。普段はどっしり構えて滅多なことでは動じないくせに、私の妊娠を知った瞬間だけ子供みたいにはしゃいでいた。


あんなレオンを見るのは、後にも先にもあの時だけかもしれない。





そして私達は、モロットへ移り住んだ。


冒険者の街であるスカウトフォードから馬車で二日ほど離れた、小さな町。特別栄えているわけではない。有名な特産品もない。だけど穏やかで、優しい町だった。


子供を育てるにはちょうどいい。何より静かだ。


夜になれば虫の声が聞こえる。朝になれば鳥が鳴く。冒険者時代は野営の夜が当たり前だったから、こういう静けさが心に染みる。


今住んでいる家も気に入っている。庭は広い。建物も綺麗。しかも驚くほど安かった。最初は何か問題があるのではと疑ったくらいだ。


けれど実際に住んでみると、不便なところは一つもない。


レイが大きくなったら庭を走り回る姿も見られるだろう。そんな未来を想像するだけで、自然と笑みがこぼれた。





ただ一つだけ、寂しいことがある。


レオンが家にいないことだ。


子供を育てるにはお金が必要になる。だから今も彼は冒険者を続けている。私が抜けたことで高難度依頼は避けているらしい。


それでも冒険者は危険な仕事だ。絶対はない。どれだけ強くても、死ぬ時は死ぬ。私はそれを知っている。仲間を失ったこともある。


だから心配だった。


手紙が届くたびに安心する。返事を書くたびに無事を祈る。そんな日々を繰り返していた。


もっとも――レオン本人は全然気にしていないようだけど。


最近届いた手紙を思い出して、つい苦笑してしまう。


『レイに早く会いたい』


『レイは元気か?』


『今日のレイは何をしていた?』


『レイの髪は伸びたか?』


そんな内容ばかりだった。


出産に立ち会えなかったことを、今でも気にしているらしい。遠征中で間に合わなかったあの日、受け取った手紙には「本当に申し訳ない」と何度も書かれていた。几帳面なレオンらしくない、乱れた字で。


それだけ大切に思っているということなのだろう。


きっと帰ってきたら一日中抱きしめて離さないに違いない。そう考えると少しだけ可笑しかった。早く帰ってきてほしいと思う反面、あの顔を見たらきっとからかってしまうだろうな、とも思う。





そして視線は自然とベッドへ向く。


そこには小さな息子がいた。すやすやと、何の心配もないように眠っている。


本当に可愛い。何度見ても飽きない。


髪色はレオン譲りだった。金色。太陽の光を受けると特に綺麗に見える。それを見るたびに「やっぱりレオンの子だな」と思う。


きっと雷属性を受け継いでいるだろう。もしそうなら、いつか稲妻みたいに駆け回る息子が見られるかもしれない。


そして何より特徴的なのは、その瞳だ。


左目は金色。右目は黒色。左右で色が違う。


生まれた時に見た瞬間、思わず息を呑んだ。


魔眼。


そんな言葉が頭をよぎったからだ。


もちろん確定ではない。異なる瞳の色を持つ子供は、稀に存在する。だけど魔眼保有者にも同じ特徴がある。左右非対称の瞳。それが魔眼の証のことがある。


もし本当に魔眼なら――。


将来は大変かもしれない。魔眼は便利な能力ばかりではない。危険なものも存在する。制御を覚えるのに時間もかかる。幼い頃に制御できず、周囲に迷惑をかけてしまうケースも聞いたことがある。


けれど同時に、大きな才能でもあった。だから楽しみでもあった。


レオンが知ったら喜ぶだろう。間違いなく喜ぶ。そして調子に乗る。「やっぱり俺の息子だ」とか言い出す姿まで目に浮かんだ。


まったく、あの人は。





だが最近は、別のことも気になっていた。


レイはほとんど泣かない。


本当に、驚くほど泣かない。


周囲の母親達から聞いていた育児の苦労話。夜泣き、癇癪、寝不足。そういったものがほとんど存在しないのだ。


もちろん助かっている。体力的にも精神的にも、どれだけ楽かしれない。


だけど、少し不思議でもあった。


生まれたばかりの赤ん坊は、泣くのが仕事のはずなのだ。お腹が空いても、眠くても、何となく不快でも、泣いて訴えるのが普通だと聞いていた。


なのにレイは、泣く前にこちらが気付いてしまう。


じっとこちらを見ている。何かを訴えるように。何かを考えるように。


そして時々――本当に時々だけど――レイから知性を感じることがある。


こちらの言葉を理解しているような。


何かを考えているような。


そんな目で見つめられることがあるのだ。


先日も、魔力視を使って部屋の魔力を確認していた時だった。


ふと視線を感じてレイの方を見ると、じっとこちらを見ていた。それだけなら普通だ。だが何というか……その目が違った。好奇心のような、理解しようとしているような、真剣な光があった。


思わず「どうしたの?」と声をかけると、レイは小さく手足をばたつかせた。


機嫌が良い時の動きだ。


(この子……本当に何か分かっているのかしら)


そんな考えが頭をよぎって、自分で苦笑した。


もちろん気のせいだろう。まだ赤ん坊なのだから。そう思う。


思うのだけれど――どうしても気になってしまう。


もしかすると魔眼の影響なのだろうか。あるいは私達が知らない何かがあるのだろうか。


答えはまだ、分からない。





だけど一つだけ、確かなことがある。


どんな才能を持っていても。


どんな職種になったとしても。


この子は私達の大切な息子だということだ。


強くなくてもいい。有名にならなくてもいい。危険な道を選ばなくていい。冒険者なんて目指さなくていい――というのは少し親の勝手かもしれないけれど。


ただ幸せになってほしい。


それだけでいい。


私はそっとレイの頬を撫でた。するとレイは少しだけ気持ち良さそうに身じろぎして、小さな手をぎゅっと握った。


その仕草があまりにも愛おしくて、胸が温かくなる。


「ふふっ……」


小さく笑う。


レオンに手紙を書こう。今日のレイのことを、細かく全部。きっと読んで悔しがる。早く帰りたいと思うに違いない。


それくらいでちょうどいい。


あの人には、もっとこの子の成長を焦がれていてもらわないと。


私は今日も、愛しい息子の寝顔を見つめながら、静かな時間を過ごすのだった。

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