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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
学園編 低学年

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第47.1話 週末帰省と、フローラ補給と、父の二つ名

 週末になり、学園が休みになった。


 チェスガン学園へ入学してから一か月近く。授業にも慣れ、友人もでき、毎日が充実している。


 それでも――久しぶりに故郷へ帰れるとなると、自然と足取りは軽くなっていた。


 特に今は、どうしても会いたい相手がいる。


 フローラだ。



★


 学園からモロットへ向かう馬車の中。ブラットはいつも通り大声で話し続けていた。


「帰ったら親父に剣を見てもらうんだ!」


「また鍛冶場に入り浸るの?」


「当然だろ!」


 元気である。というか暑苦しい。


 その隣ではエレナが窓枠に頬杖をついていた。


「私はお昼寝するにゃ~」


「まだ昼前だよ?」


「移動中は寝るものにゃ」


 そう言うなり本当に寝始めた。器用な猫娘である。


 そんな二人を見ながら、自分は少し笑った。


 学園へ入学する前は、三人で遊ぶのが当たり前だった。今はそれぞれ別の生活がある。だけど。こうして週末になると自然に集まる。なんだか前世の友人関係とは違う安心感があった。


「レイは帰ったら何するんだ?」


 ブラットが聞いてくる。


「フローラを補給する」


「は?」


「フローラ不足だから」


「意味が分からん」


 正常な反応だった。しかしブラットには妹がいない。この気持ちは理解できないだろう。


(一か月離れているとかなり溜まるんだよな)


 フローラ欠乏症は深刻だった。



★


 モロットへ到着する。見慣れた町並み。木造の建物。行き交う冒険者達。露店から漂う肉の香り。学園都市とは違う。どこか落ち着く空気だった。


「じゃあなレイ!」


「また明日遊ぶにゃ~」


「うん、またね」


 二人と別れた自分は、ほとんど駆け足で家へ向かった。


「ただいま!」


 玄関を開けた瞬間だった。


「にぃにぃぃぃぃぃ!」


 小さな弾丸が飛んできた。予想通り。フローラである。勢いよく腰へ抱きつかれ、自分は思わず笑った。


「おっと」


「にぃにぃ~!」


 ぎゅううううう。全力だった。離れる気がまったくない。


「ただいまフローラ」


「おかえりぃ!」


 まだ少し舌足らずな発音。だがそれが可愛い。とても可愛い。ものすごく可愛い。圧倒的に可愛い。可愛いしか出てこない。


 気付けば頭を撫でていた。


「よしよし」


「にはぁ~♪」


 満面の笑み。破壊力抜群だった。


 学園生活の疲れが吹き飛ぶ。模擬戦の疲労。授業の疲労。研究の疲労。全部消えた。妹は偉大だった。


「相変わらずレイはフローラが大好きね~」


 お母さんが笑う。


「当たり前でしょ」


「当たり前なのね」


「うん、当たり前だよ」


 むしろ何故確認したのだろう。フローラは世界の宝である。



★


 その後一時間。自分は完全にフローラの遊び相手になった。


 膝へ乗せられる。肩車を要求される。抱っこを要求される。頭を撫でろと言われる。絵本を読まされる。おままごとに付き合わされる。


 そして。


「にぃにぃ、おうま!」


「はいはい」


 背中へ乗せられる。完全に遊具扱いだった。


 しかし嫌ではない。むしろ楽しい。


「将来絶対美人になるなぁ」


 ふと呟く。まだ幼い。だが顔立ちは既に整っている。お母さん譲りの大きな瞳。柔らかな青髪。愛らしい笑顔。将来が約束されているようなものだった。


「びじん?」


「うん、美人」


「びじん!」


 本人は意味が分かっていない。それでも嬉しそうに笑っていた。


「まあ、レイは良いこと言うわね~」


 お母さんも満更ではないらしい。


「お母さんも綺麗だからね」


「あらあら」


「だからフローラも美人確定」


「ふふっ」


 お母さんは嬉しそうに微笑んだ。前世から、素直に褒めるのは大事だと思っていた。この世界でも変わらない。


★


 昼食の時間。食卓には久しぶりの家庭料理が並ぶ。肉と野菜の煮込み。焼きたてのパン。スープ。どれも美味しい……お母さんの料理が美味しいわけないから、きっとブラットの親が経営している食堂で買ってきたのかもしれない。




 食事中、ふと思い出したことを聞く。


「そういえばさ」


「なぁに?」


「お父さんって昔【ソウルイーター】って呼ばれてたの?」


 その瞬間。お母さんの動きが少しだけ止まった。


「あら……」


 懐かしそうな顔になる。


「その話を聞いたのね」


「うん」


 学園で聞いた話を説明する。するとお母さんは少し笑った。


「有名だったの?」


「かなり有名だったわ」


「へぇ」


 思っていた以上だった。


「どれくらい?」


「王国では最強だったと思うわ」


「えっ」


 予想以上だった。モロット最強くらいだと思っていた。王国最強だったらしい。


「レオンと対峙した敵は皆死んだから、ソウルイーターって呼ばれていたり、吸魔の魔剣から来ていたり、いろいろ諸説あるのよね」


 なるほど。だからソウルイーター。魂喰らい。確かに嫌な二つ名だった。


「でもね」


 お母さんは少し困った顔をする。


「本人はあまり好きじゃないの」


「やっぱり?」


「だから本人の前では言わない方がいいかもね」


 自分は素直に頷いた。自分でも嫌だと思う。どう考えても中二病の名前だ。本人にとってはそれだけ深刻な歴史があるということだろうが。


(父さんが王国最強か……)


 木剣の素振りで地面が吹き飛ぶ人だ。今思えば当然かもしれない。そしてその息子が自分だということが、なんだか少し不思議だった。



★


 話題は自然と学園生活へ移った。


「お友達は出来た?」


「出来たよ」


「女の子は?」


「いるよ」


「あら」


 お母さんの目が少し輝いた。嫌な予感がした。


「どんな子?」


「エルフの女の子」


「へぇ」


「コーデリアさん」


 その名前を聞いた瞬間。お母さんが興味津々になる。


「どんな子なの?」


「優しくて」


「うんうん」


「綺麗で」


「うんうん」


「真面目で」


「うんうん」


「回復魔法も使える」


「優秀ねぇ」


 お母さんが妙に嬉しそうだった。


「良かったら今度遊びに来てもらえば?」


「え?」


「部屋も余ってるし」


「うーん」


 コーデリアさんがここへ来る姿を想像する。普通にありそうだった。


「聞いてみる」


「そうして」


 なぜかお母さんは本気だった。


(母親というのは息子の女友達に興味を持つものなのか……)


 前世でも似たようなことがあった気がする。



★


 夕方。仕事から帰ってきた父さんとも再会した。


「おう」


「ただいま」


 いつも通りだった。特に感動的な再会はない。だがそれがレオンらしい。


「学園はどうだ?」


「楽しい」


「そうか」


 短い。本当に短い。だがどこか嬉しそうだった。


(この父親は不器用なだけなのだ)


 それを知っているから、この短い会話でも十分だった。


しばらく沈黙があった後、父さんが付け足す。


「何か困ったことはあるか?」


「今のところはない」


「そうか」


 また沈黙。だが悪い沈黙ではなかった。


 王国最強と呼ばれた男が、息子に「困ったことはあるか」と聞く。それが妙に嬉しかった。



★


 夜。家族全員で夕食を囲む。フローラは途中で眠そうになり、最後はお母さんの膝で寝てしまった。


 静かな時間が流れる。


 学園も楽しい。友達もいる。研究も捗る。


 だがこういう時間は特別だった。


 前世では失ってから気付いた。家族と過ごせる時間は案外短い。だから今は大切にしたい。転生してから、その思いはずっと変わっていない。


「……帰ってきて良かったな」


 小さく呟く。誰にも聞こえない声だった。


 けれどその言葉は本心だった。


 ランプの灯りが家族の顔を温かく照らしている。眠るフローラ。笑うお母さん。黙って茶を飲む父さん。


 いつか自分が旅に出て、遠い場所から思い出す日が来るとしたら、きっとこういう夜の光景を思い出すのだろう。


 そしてこの夜。自分は久しぶりに実家のベッドで眠りにつく。明日にはまた新しい出来事が待っていることを知らないまま。

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