第46.2話 初勝利と、完全攻略と、無自覚爆撃
修練所の空気が張り詰めていた。
自分とエレナ。幼い頃から何百回も模擬戦を繰り返してきた二人が向かい合う。観戦席ではブラットやコーデリアさん達が興味深そうに見守っていた。
「今日はなんだか自信ありそうにゃ」
エレナが尻尾を揺らしながら言う。その金色の瞳は楽しそうだった。
「ふふふ……」
自分は不敵に笑う。
「今日の僕は違う」
「レイにしては気持ち悪い自信にゃ」
「ひどくない!?」
開幕前から精神ダメージを受けた。
しかし今日は本当に違う。昨日取得した【パラレル思考】。その恩恵は想像以上だった。今まで制御できなかった魔導操作が、まるで別物になっている。
(勝てる)
根拠のある自信だった。少なくとも以前の自分ではない。
「始め!」
ロナルド先生の号令が響いた。
瞬間。自分の周囲へ大量の魔力が展開される。
「にゃっ!?」
空中に浮かぶのは二十個の【ボール】。さらに三枚の【シールド】。以前より明らかに数が増えていた。
「数だけじゃないにゃ」
エレナの耳がぴくりと動く。ボールが動いていた。それぞれ別の軌道で。別々の意思を持つかのように。右回転。左回転。上昇。下降。停止。追尾。牽制。全てが同時進行。
以前なら到底不可能だった芸当だ。
「すごい……」
シンシアさんが思わず呟く。魔法の知識がある彼女だからこそ分かる。普通なら制御できる数ではない。しかも全て別命令。異常だった。
「行けっ!」
右手を振る。五発が一斉に発射された。
エレナが横へ跳ぶ。だが。
「そこ!」
着地点へ三発。退路へ二発。さらに背後へ一発。完全な包囲。普通なら避けられない。
「にゃっ!」
だがエレナは違った。空中で身体を捻る。猫獣人特有の柔軟性。信じられない姿勢で着地し、そのまま滑るように前進する。
全弾回避。
「なんなんだよその身体能力!」
思わず叫ぶ。
だが以前と違い、自分は追撃できた。エレナが動く。読める。逃げる先が見える。頭の中で複数の予測が同時に走る。
右へ行く。なら二発。左へ跳ぶ。なら三発。後退。なら一発待機。
未来予測のような感覚だった。ボールが次々と空間を埋めていく。
「にゃ……!」
エレナの表情が変わった。今まで余裕だった顔から笑みが消える。
観戦していたブラットが目を見開く。
「レイが押してる……?」
「初めて見る」
シンシアさんも珍しく声を漏らした。それほど異様な光景だった。三年間、自分は一度も勝てなかった。善戦したことすらない。そのレイが今、エレナを追い詰めていた。
★
だが。決定打が足りない。
(あと少しなのに……)
追い込める。当てられる。しかし仕留められない。エレナの回避能力が異常すぎる。
そこで考えた。
(なら罠だ)
わざと制御を乱す。一箇所だけ。ほんの少しだけ穴を作った。
エレナの瞳が細くなる。
(食いついた)
次の瞬間。エレナが加速した。一直線。今まで見たことのない速度。まるで雷。
「そこだ!」
叫ぶ。待機していたシールド三枚が同時展開。
ガン!!ガン!!ガン!!
三方向封鎖。エレナが閉じ込められる。
「にゃっ!?」
初めて驚きの声が上がった。逃げ場がない。
「全部いけぇぇぇぇ!!」
二十発。三十発。さらに追加展開。豪雨のような魔力弾が降り注ぐ。観戦していた生徒達が息を呑んだ。
「やりすぎじゃね?」
アランが呟く。
「いや、あれでも避ける」
ブラットは真顔だった。
そして実際、エレナは避けていた。一発。二発。三発。紙一重。頭を下げる。身体を捻る。壁を蹴る。空中回転。未来が見えているかのような回避。
「おかしいだろ!!」
叫びが修練所に響く。
だが限界が近かった。【パラレル思考】全開。二十発以上の同時演算。頭痛。吐き気。それでも。
「当たれぇぇぇ!」
ドフッ!!
「にゃ!?」
ついに左足へ命中した。エレナの体勢が崩れる。
その瞬間。全てを注ぎ込んだ。
「終われぇぇぇぇ!!」
残弾一斉射撃。最後の一発が後頭部へ命中する。
ゴンッ。
エレナが崩れ落ちた。
★
静寂。誰も声を出せない。
そして。
「勝者、レイ!」
ロナルド先生が宣言した。
一瞬遅れて。
「か、勝った……」
膝から力が抜けた。
勝った。本当に勝った。
三年間。何百回も負け続けた。勝てないのが当たり前だった。そのエレナに。ついに。
「勝ったぁぁぁぁぁぁ!!」
ガッツポーズ。思わず叫ぶ。ちょっと泣きそうだった。
ブラットも笑っていた。
「やるじゃねえか」
「ありがとう!」
アランも拍手する。
「すげえ!」
コーデリアさんも目を輝かせていた。
「凄いです!」
自分は人生で一番幸せな気分だった。
三年分の悔しさが、一気に吹き飛んでいった。
★
だが。その幸せは長く続かなかった。
数分後。
「もう一回やるにゃ」
エレナが立ち上がる。笑顔だった。とても良い笑顔だった。嫌な予感しかしない。
「え?」
「もう一回にゃ」
「いやその……」
「もう一回」
有無を言わせない圧。再戦決定。
三分後。
「取得したスキルは【パラレル思考】です……」
自分は正座していた。ボロボロだった。完敗。惨敗。フルボッコ。
一度見た攻撃パターンをエレナが完全攻略したのである。あれだけ苦労した包囲網が、まるで効かなかった。
「レイは強くなったにゃ」
エレナは満足そうに笑う。
「でも一回見た攻撃はもう効かないにゃ」
「ですよねぇ……」
知ってた。知ってたけど悲しい。
(天才は一度見たら覚えるのか……)
チートに対するカウンターが速すぎる。今後の課題は攻撃パターンの多様化だ。と、頭の別の部分が冷静に分析していた。【パラレル思考】の副産物だった。
★
「レイさん!」
コーデリアさんが駆け寄ってくる。満面の笑顔だった。
「凄かったです!」
「そうかな?」
「はい!」
彼女は興奮した様子で言う。
「何をしているのか途中から分からなかったんですけど、とにかく凄いことだけは分かりました!」
それ褒めてるのかな。でも嬉しい。
「コーデリアさんだけが僕の癒やしだよ……」
「ふぇっ!?」
コーデリアさんが固まる。耳まで真っ赤だった。
「負けた心が回復した」
「か、回復……」
「コーデリアさんが居てくれて良かったよ」
「ひゃうっ!?」
変な声が出た。さらに真っ赤になる。
自分は首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。
「コーデリアさんは僕にとって、なくてはならない存在かもしれないな」
コーデリアさん完全停止。
「なくては……ならない……」
ぶつぶつ呟いている。顔は茹でダコ状態だった。
★
少し離れた場所。エレナが頭を抱えていた。
「また始まったにゃ……」
「始まった?」
ブラットが聞く。
「レイの無自覚爆撃にゃ」
「ああ」
納得された。シンシアさんも小さく頷く。
「ひどい……」
「ひどいよな」
「天然……」
三人の評価は一致していた。
当の本人だけが何も分かっていない。
「コーデリアさん?」
「は、はいっ!」
「顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫ですっ!」
全然大丈夫じゃなかった。
だが自分は気付かない。これまで何度もやらかしてきたように。今回もまた。無自覚のまま。女の子の心へ特大の爆弾を投下していたのだった。




