第46.1話 パラレル思考と、脳内会議と、エレナへの挑戦
チェスガン学園へ入学してからというもの、自分の生活はかなり単純だった。
授業。修練所。食事。そして研究。
特に最近は授業が終わると、ほぼ一直線に寮へ戻っている。理由はもちろん――魔導具開発だ。
以前の自分なら、魔導具を作るだけで満足していた。だが今は違う。作った魔導具が売れる。売上で新しい素材を買う。さらに研究が進む。その結果、新しい魔導具が生まれる。完全に好循環だった。
おかげで最近は寝る時間すら惜しい。前世では休日になるとゴロゴロしていた自分が、まさか異世界で研究馬鹿になるとは思わなかった。人生、何が起きるか分からない。
そんな研究生活の中で、自分にはどうしても欲しいスキルがあった。
それが――【パラレル思考】。
複数の思考を同時に行う高位スキル。魔法使いや魔導師系の上級者が持つ憧れの能力だ。
なぜ欲しいのか。理由は単純だった。
★
今の自分は火力不足ではない。むしろ火力だけなら同年代ではかなり高い方だと思う。問題は制御だった。
例えば【ボール】。一発だけなら簡単だ。三発でも問題ない。五発でも頑張れば何とかなる。だが十発を超えると急激に難しくなる。さらに【シールド】も同時に維持する。【ハンド】も動かす。敵の位置も確認する。魔力残量も把握する。
そうなると完全に頭が追いつかない。
(前世のノートパソコンに最新ゲームを十本同時起動させるようなものだ)
当然フリーズする。
「エレナが平然と避けるのも悪いんだけどね……」
修練所での敗北を思い出す。何度挑んでも勝てない。攻撃を読まれる。避けられる。接近される。終わる。いつもの流れだ。
だから必要だった。もっと頭を増やしたい。脳みそを分割したい。そんな願望から生まれたのが【疑似共感覚体験全身タイツ】である。
鏡の前に立つ。そこには黒い全身タイツ姿の少年がいた。しかも全身キラキラ。無駄にキラキラ。本当にキラキラ。
「……」
客観的に見る。不審者だった。百人中百人が通報する。前世なら職務質問確定である。
「どうしてこうなったんだろう」
性能重視で設計した結果だった。魔石を全身へ配置。魔力情報を感覚へ変換。脳へ負荷をかける。理論的には完璧。見た目以外は。
「まあ誰にも見せなければいいか」
そう開き直る。
(ブラットにはもう見られたけど)
あの時の「今日も何か作ってたんだな」という反応が、今でも地味に刺さっている。
★
実際、効果は本物だった。最初の頃は酷かった。雷属性が青い音になる。風属性が緑色の流れになる。光属性が鈴の音になる。魔力が匂いになる。世界がおかしくなった。吐きそうだった。何度も脱ぎたくなった。
だが自分は続けた。毎日。毎日。毎日。授業が終わるたびに着続けた。
なぜなら強くなりたかったからだ。エレナへ勝ちたかったからだ。
そして。努力は報われた。ある日の朝だった。自室で【ボール】を操作しながら魔導訓練をしていた時。突然視界へ文字が現れた。
【共感覚を取得しました】
【魔力感知が共感覚へ統合されました】
【パラレル思考を取得しました】
「おおおおおおおおおおっ!!」
思わず飛び上がった。来た。ついに来た。本当に来た。ずっと欲しかったスキルだ。
だが。喜びは三秒で終わった。
「うっ……」
頭が痛い。気持ち悪い。視界が揺れる。平衡感覚がおかしい。
「な、なんだこれ……」
慌ててベッドへ倒れ込む。
★
すると。頭の中で勝手に思考が始まった。
『今日の授業は歴史だっけ?』
『虹魔石の量産効率を改善したい』
『昼ご飯は肉がいい』
『コーデリアさんのブレスレット改良案』
『ブラットの宿題大丈夫かな』
『今の状態を記録するべきでは?』
『そういえば昨日のパン美味しかった』
『エレナに勝てるかな』
全部同時だった。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
脳内がうるさい!しかも全部自分!誰も黙らない!全員勝手に喋る!脳内会議どころではなかった。脳内で十人の自分が勝手に会議している。しかも議題が全部違う。
「止まれぇぇぇ!」
数時間。本当に数時間。自分はベッドの上で悶絶した。
(これが欲しかったスキルの代償か……)
欲しかったものが手に入っても、最初は手に余る。前世でも高性能な機械を初めて扱う時は、使いこなせるまで時間がかかった。
★
夕方。ようやく慣れてきた。
「ふぅ……」
まだ少し気持ち悪い。だが制御できる。何となくだが分かる。これは思考が増えたのではない。思考の通路が増えたのだ。
「試してみよう」
自分は机へ向かった。紙を五枚並べる。ペンを五本用意。【ハンド】を五本展開。
そして同時に動かした。
一本目:文字を書く。二本目:計算問題。三本目:設計図。四本目:図形。五本目:今日の予定。
全部別作業。全部同時。しかも問題ない。
「……」
しばらく見つめる。
「やばくない?」
鳥肌が立った。本当に凄い。革命だった。作業効率が一気に跳ね上がる。魔導具開発も。研究も。戦闘も。全部変わる。
「これは……勝てるかもしれない」
自然と笑みが浮かんだ。
頭の中で複数の自分が同時に同じ結論へ辿り着いていた。
エレナに勝てる。もしかしたら。本当に。初めて。勝てるかもしれない。
★
数日後。放課後。いつもの修練所。
自分は妙に機嫌が良かった。
「ふふふ……」
「レイが気持ち悪いにゃ」
エレナが即座に言った。
「ひどくない!?」
「なんか企んでる顔にゃ」
図星だった。だから否定できない。
ブラットも腕を組む。
「今日は妙に自信満々だな」
「まあね」
「へぇ」
ブラットが笑う。
「久しぶりにレイの本気が見られそうだな」
その言葉に自分も笑った。
「今日は本当に勝つつもりだから」
エレナが首を傾げる。
「いつも負けてるのに?」
「今日は違う」
「へー」
猫耳がぴくりと動く。興味を持ったらしい。
開始位置へ向かう。修練所の空気が少しだけ張り詰めた。コーデリアさんも。シンシアさんも。ブラットも。みんな見ている。
三年間。一度も勝てなかった戦い。だが今日は違う。胸の奥で確かな手応えがあった。
ついに手に入れた。【パラレル思考】。
この力を試す時が来た。
そして。エレナへの勝利へ挑む戦いが始まろうとしていた。




