第45.2話 垂直跳びと、可愛い女神と、全身タイツがバレた
身体測定はまだ終わらない。
五十メートル走が終わった後、生徒たちは次の測定場所へ移動していた。
自分は歩きながら小さくため息を吐く。
(男子最下位か……)
分かっていた。自分は身体能力が低い。だが実際に数字で見せつけられると、やはり少し落ち込む。
毎日鍛えている。走り込みもしている。木剣だって振っている。それなのに結果は最下位。現実はなかなか厳しかった。
そんな自分の肩をブラットが叩く。
「気にするな」
「でもなあ……」
「レイは戦い方が違うだろ」
「違うかな?」
「違う」
即答だった。ブラットは腕を組みながら言う。
「お前は魔法使いみたいな剣士だ」
「それ褒めてる?」
「多分な」
相変わらず適当だった。だが少しだけ気が楽になる。幼なじみだからこそ分かることもあるのだろう。
★
次は垂直跳びだった。
「順番に跳べ」
ロナルド先生の指示で測定が始まる。最初はアラン。
「おらぁ!」
豪快に跳ぶ。なかなか高い。続くブルーノも綺麗なフォームで高記録を出した。
「すごいなあ」
「ブルーノは何でもできるにゃ」
エレナが感心したように言う。実際その通りだった。勉強もできる。運動もできる。性格も良い。顔も良い。前世の漫画なら主人公枠である。
そしてブラット。地面を蹴った瞬間だった。
ドンッ!!
鈍い音が響く。そのまま記録更新。周囲から歓声が上がる。ブラットは満足そうだった。
だが――。
「次、エレナ」
「はいにゃー!」
軽く跳んだ。本当に軽く跳んだ。しかしブラットの記録を超えた。
「は?」
「にゃ?」
ブラットが固まる。エレナは首を傾げる。本人は全く自覚がないらしい。ロナルド先生まで額を押さえていた。
「なんなんだお前らは……」
そして自分の番。
(せめて平均は超えたい)
そう願いながら跳ぶ。結果。平均ちょっと下。
「うん」
「うん?」
「知ってた」
自分は遠い目になった。
★
続いて握力測定。自分は少し期待していた。毎日剣を振っている。鍛えている。多少は良い結果が出るはずだ。
「よし」
ぎゅうううううっ!全力で握る。
結果。平均以下。
「なんで!?」
思わず叫んだ。ロナルド先生が苦笑する。
「レイは身体強化系じゃないからな」
「そんなに違うんですか?」
「違う」
先生は即答した。
「職種による成長補正は想像以上に大きい」
なるほど。つまり努力しても限界がある。もちろん努力は無駄ではない。だが成長方向が違うのだ。それを改めて実感した。
その後の砲丸投げ。ここでも結果は似たようなものだった。ブラットが飛ばす。アランが飛ばす。ブルーノが飛ばす。バリーも意外と飛ばす。自分は普通。本当に普通。記録表を見るたびに心が削られていく。
(おかしいな……)
魔力なら自信がある。だが身体能力だけ見ると平均以下。完全に能力の偏りが発生していた。
すると思いつく。
「試してみてもいいですか?」
「何をだ?」
「これです」
砲丸を見つめた。そして【ハンド】発動。透明な魔力の手が砲丸を持ち上げる。
「おお?」
周囲がざわつく。
ぶんっ!
砲丸が空を飛んだ。ぐんぐん飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。そして――ブラットと同じくらいの距離まで到達した。
静寂。全員が固まる。ロナルド先生が額を押さえた。
「今のはレイか?」
「はい」
「なるほどな。身体能力じゃなくて魔法能力か」
「そうみたいです」
「納得だ」
クラス全員も納得していた。むしろ今の方が自分らしい。そんな空気だった。
★
測定が終わった頃には夕方になっていた。生徒たちは疲れ切っている。
自分は少し落ち込んでいた。
(やっぱり弱いなあ……)
魔法は強い。魔導具も作れる。だが身体能力は低い。前衛職としては微妙だ。
そんなことを考えていると。
「レイさん」
優しい声が聞こえた。振り向く。コーデリアさんだった。夕日に照らされた水色の髪が綺麗だった。
「落ち込んでいますか?」
「少しだけ」
「私は凄いと思いますよ」
「え?」
コーデリアさんは微笑んだ。
「だってレイさん、私にはできないことをいっぱいできます」
「でも運動は……」
「私も苦手です」
コーデリアさんは苦笑した。
「だから一緒です」
「一緒かな?」
「一緒です」
そう言って笑う。その笑顔は不思議と安心できた。だから素直に言った。
「ありがとう」
「いえ」
「コーデリアさんは本当に優しいね」
「そ、そうですか?」
「うん」
そして何気なく続ける。
「可愛い女神様みたいだ」
瞬間。コーデリアさんが固まった。
「……え?」
「え?」
自分も首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。しかしコーデリアさんの耳まで真っ赤だった。
「め、女神……」
「うん?」
「可愛い……」
「うん?」
顔を覆って俯いてしまった。自分は本気で理由が分からない。
少し離れた場所では。エレナが頭を抱えていた。
「レイはまたやってるにゃ……」
シンシアさんも小さく呟く。
「天然……」
本人だけが意味を理解していなかった。
★
その後、運動会の出場種目が発表された。
ブラットは大活躍の種目ばかり。エレナも主力。バリーもブルーノも主力。
そして自分は障害魔法レース、二人三脚、玉当て、綱引き、リレーに決定した。
「障害魔法レースは分かるけど……」
なぜ綱引きなのか。先生へ聞いてみる。
「ロナルド先生」
「なんだ?」
「運動会って魔導具使えますか?」
「ダメだ」
「強化ポーションは?」
「ダメだ」
「強化アクセサリーは?」
「ダメだ」
「残念です……」
「お前は運動会を何だと思ってるんだ」
先生は本気で呆れていた。
(いやだって綱引きで勝つためには魔力補助が必要で……)
そこはルール内でなんとかするしかない。作戦を考えよう。
★
その日の夜。自分は全身筋肉痛だった。ベッドへ転がりながら考える。
(どうしてこんなに身体能力が低いんだろう……)
魔力は伸びる。スキルも増える。だが筋力だけ伸びが悪い。職種補正なのか、それとも体質なのか。
【疑似共感覚体験全身タイツ】を着用してマルチタスク訓練でもするか。考えながら着替えていた、その時だった。
ガチャ。
部屋の扉が開いた。
「レイ! 飯行こうぜ!」
ブラットだった。
「あっ」
自分は固まる。鍵を閉め忘れていた。
そして今の自分は――全身タイツ着用中。黒い全身タイツ。しかも全身キラキラ。完全なる不審者スタイルである。
沈黙。一秒。二秒。三秒。自分の脳内では警報が鳴り響いていた。
(終わった。学園生活終わった。もう無理)
しかし。ブラットは普通に言った。
「飯行こうぜ」
「え?」
「腹減った」
「いやいやいや!」
自分は慌てて立ち上がる。
「この姿は!?」
「ん?」
「この姿だよ!」
「レイだろ?」
「そうだけど!」
「じゃあいいじゃねえか」
意味が分からない。自分は混乱した。
「これ見て何も思わないの!?」
「思うぞ」
「思うんだ!」
「今日も何か作ってたんだなって」
自分は大きな衝撃を受けた。全身タイツより。幼なじみからの評価の方が。圧倒的にダメージが大きい。
「僕ってそんな扱いなの!?」
「今さらだろ?」
ブラットは本気で不思議そうだった。
自分は膝から崩れ落ちる。そして理解した。
自分はもう。幼なじみ達の中では。多少おかしな発明をしても驚かれない存在になっているのだと。
その事実が。地味に一番ショックだった。
「……行こうか」
「おう」
自分は着替えながら思う。
(ブラットに見られたら一生笑われると思ってたのに、むしろ普通に受け入れられた方がショックだとは思わなかった)
こうして自分は、新たな精神的ダメージを受けながら食堂へ向かうことになる。
なお。全身キラキラタイツでも違和感がない。それが現在の幼なじみ達によるレイへの評価らしかった。




