第45.1話 身体測定と、最下位と、ブラットの怒り
コーデリアさんへブレスレットを贈った翌日。自分たち一年Aクラスの生徒は、朝から学園の大グラウンドへ集められていた。
雲ひとつない青空。春の風が心地よく吹き抜ける。だが生徒達の空気は妙に騒がしかった。
「なんだろうな?」
自分が首を傾げる。
「運動会らしいにゃ」
隣でエレナが尻尾を揺らした。
「運動会かぁ……」
前世でも何度も経験した行事だ。だが異世界の運動会がどんなものかは少し気になる。
そんなことを考えていると、ロナルド先生が前へ出た。朝日を背負う筋肉の塊。教師というより歴戦の戦士である。
「よし!」
大音量が響く。近くの鳥が一斉に飛び立った。
「今日は身体測定と運動会の選手決めを行う!」
「「おおーっ!」」
男子達が盛り上がる。特にアランとブラットがうるさい。まだ何も始まっていないのに優勝する気満々だった。
「運動会は二ヶ月後!」
ロナルド先生は続ける。
「学年対抗でもある! 全力で頑張れ!」
「はい!」
元気な返事が響く。自分も配られたプリントへ目を落とした。そこには種目一覧が書かれている。
個人種目:五十メートル走、障害魔法レース、干し肉食いレース。
二人種目:二人三脚。
団体種目:玉当て、綱引き、闘技戦、リレー。
思ったより本格的だった。
「干し肉食いレースって何……」
「レイが昔に言っていたパン食い競争みたいなものじゃないかにゃ?」
「ああ、なるほど」
異世界版パン食い競争らしい。干し肉なら確かに異世界っぽい。
「今日は五十メートル走、垂直跳び、握力、砲丸投げを測定する! 結果を見て出場種目を決めるからな!」
「「はい!」」
こうして身体測定が始まった。
★
最初は五十メートル走だった。
「まずはアラン!」
「おう!」
アランが前へ出る。自信満々だった。
「見てろよ!」
スタート。地面を蹴る。速い。かなり速い。普通の六歳児なら圧倒される速度だった。
だが。
(ブラットやエレナを見慣れてると普通に見えるな……)
完全に感覚が狂っている自分だった。
「ほう、なかなかだな」
ロナルド先生が頷く。
「へへっ!」
アランが胸を張った。
次はブルーノ。ホワイトナイト。見た目からして主人公っぽい少年だ。
スタート。走る。綺麗だった。とにかく綺麗だった。フォームが美しい。無駄がない。そして速い。
「おおっ!」
アランの記録をあっさり更新した。
「くっ……!」
アランが悔しそうな顔になる。しかしブルーノは爽やかに笑った。
「良い勝負だったよ」
爽やかだった。爽やか過ぎた。
(本当に主人公みたいだな……)
自分は少し感心した。
続いてバリー。普段はあまり目立たない。だがスタートした瞬間。
「うおっ!?」
クラス全員が驚いた。速い。まるで風だった。小柄な身体が一瞬で駆け抜けていく。流石シーフ職。敏捷特化である。順位は一気に入れ替わった。
★
そして。
「次、ブラット!」
「はい!」
元気良く返事をして前へ出る。自分は少し期待していた。幼なじみだから知っている。ブラットは速い。かなり速い。
スタート。次の瞬間、全員が目を見開いた。
「はやっ!?」
自分ですら思わず声が出た。圧倒的だった。バリーを大きく引き離す。技術ではない。純粋な身体能力。力技だった。
「よっしゃあ!」
本人は大喜び。アランは泣きそうだった。
「俺……最下位になるのか……」
「まだ途中だからな!?」
ロナルド先生が慌ててフォローする。
次はクライブ。自分は心の中で祈った。
(頼む。仲間でいてくれ)
しかし現実は残酷だった。クライブも普通に速かった。
「裏切ったなクライブ」
「え?」
「仲間だと思ってたのに」
「何の話?」
本気で分かっていないらしい。少し悲しかった。
★
そして。ついに自分の番である。
「次、レイ!」
「はい」
前へ出る。全員の視線が集まる。少し緊張した。
(クライブには勝ちたい)
目標は低い。だが重要だった。
全力で走る。本気で走る。腕を振る。脚を動かす。息が苦しい。頑張った。本当に頑張った。
しかし。結果。
男子最下位だった。
「……」
自分は空を見上げた。青空が綺麗だった。現実逃避である。
「レイ」
ロナルド先生が肩を叩く。
「他で頑張れ」
「はい……」
慰められた。余計に悲しかった。
(魔力は8なのになんで足は遅いんだ……)
前世でも運動は苦手だった。今世でも苦手だった。悲しいくらい一貫している。
★
そんな時だった。
「レイくん」
ブルーノが近付いてくる。
「もしかして手加減してる?」
「……え?」
本気だった。百パーセント本気だった。むしろ酸欠だった。
しかしその瞬間。
「ブルーノ」
低い声が響いた。ブラットだった。
空気が変わる。クラス全員が静まり返った。自分ですら驚く。ブラットが本気で怒る姿を見たことがなかった。
「レイはいつだって本気だ」
真顔だった。怒っていた。
「俺はレイの努力を知ってる」
ブラットは言う。
「毎日鍛えてる。毎日魔力操作してる。毎日勉強してる。毎日変な発明もしてる」
「最後いらなくない?」
「事実だろ」
酷かった。だが少し嬉しかった。自分の努力を見ていてくれたから。
ブルーノは素直に頭を下げた。
「ごめん。身体の使い方に違和感があったから勘違いしたんだ」
悪意はなかったらしい。
「身体の使い方?」
「うん」
ブルーノは頷いた。
「レイくんって考えを上手く身体に伝えられてない感じがする」
「そんなの分かるの?」
「姉に教わったからね」
どうやら武術の心得があるらしい。
「今度教えようか?」
自分の目が輝く。
「ぜひお願いしたいかな」
身体能力が低いなら技術を学ぶしかない。その提案はありがたかった。
男子の最終順位。一位ブラット。二位バリー。三位ブルーノ。四位アラン。五位クライブ。六位自分。
綺麗に最下位だった。
★
続いて女子。コーデリアさんは途中まで速かった。しかし後半で失速する。精霊使いらしく体力は少なめらしい。自分がギリギリ勝った。
(勝ったって言えるのかな……)
微妙だった。
シンシアさんは走り方がぎこちない。身体の使い方が上手くないのだろう。ブルーノの話が当てはまるかもしれない。
マーティナは平均以上。
そして最後。
「はいにゃー!」
エレナだった。全員が驚いた。圧倒的だった。ブラットよりさらに速い。異常だった。
「な、なんだあれ……」
ロナルド先生が呆然としている。どうやら先生より速かったらしい。エレナ本人は楽しそうだった。
理不尽である。
こうして五十メートル走は終了した。
だが。自分の試練はまだ終わらない。
次は垂直跳び。握力。砲丸投げ。
さらに現実を突き付けられることになるのだった。




