第44話 鍛冶スキルと、工房拡張と、水精霊のブレスレット
最近の自分は、完全に【魔導具】作りに夢中になっていた。
新しい発想を形にする。試作品を作る。失敗する。改良する。そして完成した時の達成感。さらに売れればお金にもなる。正直かなり楽しい。
前世では会社員として働いていたが、自分で考えた物が直接評価される機会は少なかった。しかし今は違う。思いついた物を作り、それが誰かの役に立つ。その喜びは想像以上だった。
そんな生活を続けていたある日――。
【鍛冶を取得しました】
【魔導工房が拡張されました】
「おおっ!」
突然表示された文字に、自分は思わず立ち上がった。どうやら【魔導技師】の練度が上がったらしい。しかも新しいスキルまで増えている。
次の瞬間、大量の知識が頭へ流れ込んできた。金属の種類。熱処理技術。鍛造方法。合金の製法。武器と防具の構造。知識だけなら一気に理解できた。
「……いや、これ知識だけじゃ無理だろ」
思わず苦笑する。頭で理解できても、実際に金槌を振った経験はない。前世でも動画を見ただけで職人になれるわけではなかった。知識と経験は別物だ。スキルも万能ではないらしい。
「鍛冶屋に弟子入りしてみたいけどな……」
ブラットの父親の鍛冶場を思い出す。あの場所は本物の職人の世界だった。六歳児が軽い気持ちで飛び込める空気ではない。将来、ガインさんに頼めるだろうか。
「これはもう少し先かな」
そう結論付けた。そして気になったのは、もう一つの通知だった。
★
早速【魔導工房】へ入る。するといつもの作業部屋に見覚えのない扉が増えていた。
「増築された?」
首を傾げながら扉を開く。そして――。
「……え?」
固まった。
そこには巨大な工房が広がっていた。しかも並んでいる機械に見覚えがある。旋盤。フライス盤。ボール盤。研削盤。その他諸々。どう見ても前世の町工場だった。
「なんで異世界でこれを見るんだよ……」
思わず頭を抱える。ファンタジーが一瞬で吹き飛んだ。
だが。だからこそ分かる。これは凄い。前世で知り合いの工場を手伝っていた経験がある自分には、この場所が宝の山に見えた。
「これ、凄すぎるだろ……」
機械に触れる。本物だ。精度も高い。下手な町工場より設備が整っている。
「アクセサリー作り放題じゃん」
テンションが一気に上がった。気付けば夢中で機械を触り始めていた。前世への郷愁と異世界の興奮が同時に押し寄せてくる。不思議な感覚だった。
★
数時間後。試作品が完成した。
【変装ペンダント】 幻影魔法を利用した変装用アクセサリー。
顔立ちを変える程度なら十分実用的。服装までは誤魔化せないが、それでも身元隠しには使える。
「かなり良い出来だな」
露店活動にも役立ちそうだ。印象阻害のブレスレットと組み合わせれば、さらに効果が上がるかもしれない。
そんなことを考えていた数日後。
★
授業終了後。いつものように帰ろうとしていると後ろから声を掛けられた。
「レイくん」
振り返る。そこにはコーデリアさんが立っていた。柔らかな笑顔。だけど少しだけ緊張しているようにも見える。
「どうしたの?」
「最近、授業が終わるとすぐ帰ってしまいますよね」
「ああ、趣味かな」
「趣味?」
「アクセサリー作り」
そう答えた瞬間。コーデリアさんの瞳がぱっと輝いた。
「アクセサリーを作れるんですか!?」
「まあ少しだけ」
「見てみたいです!」
予想以上の反応だった。本気で興味があるらしい。
「エルフの里では木工細工や木の実のアクセサリーばかりだったんです」
コーデリアさんは楽しそうに話し始める。
「だから金属製のアクセサリーって憧れだったんですよ」
「なるほど」
それなら納得だった。エルフらしい。自然素材が中心の文化なら、金属加工品は珍しいだろう。
「どんな物を作るんですか?」
「ブレスレットとか指輪とかかな」
「凄いです!」
本当に嬉しそうだった。その様子を見ていると、自分まで少し嬉しくなる。そして気付けば自然と口が動いていた。
「良かったら作ろうか?」
「え?」
「コーデリアさん用に」
一瞬。コーデリアさんの動きが止まった。目をぱちぱちさせる。数秒固まる。
そして――。
「本当ですか!?」
満面の笑顔だった。花が咲いたような笑顔。その笑顔があまりにも眩しくて、自分は少しだけ視線を逸らした。
「どんなのが欲しい?」
「ブレスレットが良いです!」
「了解」
「本当に作ってくれるんですか?」
「うん」
「やった……!」
小さくガッツポーズしている。そこまで喜ぶとは思わなかった。なんだかこちらまで楽しくなってくる。
★
そこから二人で相談が始まった。好きな色。形。大きさ。用途。色々聞いていく。
「水色が好きです」
「うん」
「できれば邪魔にならない物が良いです」
「うん」
「あと……」
コーデリアさんは少し考えてから言った。
「精霊さんを近くに感じられるような物が良いです」
「なるほど」
それならイメージは湧く。水属性特化だな。設計図が頭の中で組み上がっていく。
「作れそう」
「楽しみにしてますね!」
その笑顔を見ていると、良い物を作ってあげたくなる。職人魂というやつだろうか。
一方その頃。コーデリアさんの心臓は凄い勢いで跳ねていた。
(レイくんが……私のために……)
エルフの里では同年代の友達などほとんど居なかった。まして男の子から何かを贈られる経験など無い。だから余計に嬉しかった。
(どんな物を作ってくれるんだろう)
考えるだけで顔が緩む。
「レイ」
その時だった。エレナが小声で話しかけてくる。
「ん?」
「コーデリアさんにプレゼントして大丈夫かにゃ?」
「大丈夫って? 手作りブレスレットだから、僕の手持ちでも大丈夫だよ」
「お金の問題じゃないにゃ……まあ、約束したし、仕方ないにゃ」
エレナは頭を抱えた。ブラットも少し離れた場所で苦笑している。
「さすがレイだな」
「何が?」
「何でもねえよ」
意味が分からない。本当に何なんだろう。
★
数日後。完成した。自分としても最高傑作だった。
【水精霊のブレスレット】 水精霊との親和性を大幅に高める特殊装備。
青白い金属。流れる水をイメージした曲線。小さな水属性魔石。さらに精霊術の補助効果も付与してある。
「よし」
納得の出来だった。依頼主の要望を全部詰め込んだ上で、自分なりの解釈も加えた。前世の仕事でも、こういう会心の出来は滅多になかった。
★
翌日。教室。
「コーデリアさん」
「はい?」
「完成したよ」
小箱を差し出す。コーデリアさんは少し緊張しながら受け取った。そっと蓋を開く。
そして。
「……綺麗」
小さく呟いた。
青白いブレスレットが光を受けて輝く。まるで水面のようだった。しばらく見つめる。本当にしばらく見つめる。
そしてゆっくり顔を上げた。
「本当に……私のために作ってくれたんですか?」
「うん」
「……」
コーデリアさんはブレスレットを両手で包み込んだ。まるで宝物を扱うように。そして胸元へ抱き寄せる。
次の瞬間。
「ありがとうございます」
「私、一生大切にします」
その笑顔は今までで一番綺麗だった。心の底から嬉しい。そんな気持ちが伝わってくる。だから自分も自然と笑った。
「喜んでもらえて良かったよ」
本当にそう思った。
★
少し離れた場所。エレナは呆れた顔をしていた。
「レイは本当に天然だにゃ……」
「だな」
ブラットも頷く。
「普通あんなの貰ったら意識するだろ」
「絶対するにゃ」
「するな」
二人は揃って頷いた。しかし当の本人は全く気付いていない。コーデリアさんも気付いていない。だからこそ周囲だけがもどかしかった。
★
放課後。コーデリアさんは何度もブレスレットを見つめていた。光にかざす。眺める。腕に付ける。また眺める。
その様子をシンシアさんが静かに見ていた。
「嬉しい?」
「うん……凄く」
「良かった」
シンシアさんは小さく微笑む。コーデリアさんは再びブレスレットを撫でた。
(ずっと大切にしよう)
それは生まれて初めて貰った、自分だけのために作られた贈り物だった。
そして彼女はまだ知らない。
この日から少しずつ。レイを見る時間が増えていくことを。
レイの学園生活は、少しずつ、確実に賑やかになっていくのだった。




